第25話:「熱」
獅子心王リチャードが、そのあとも。
耳をつんざくような大声で。部屋を超えて、館全体に響き渡るような声量で豪快に笑っていた。
机をドンドン叩き、大佐が笑うのをやめるよう言っても全くやめず、後ろでジョンがリチャードへ向けて口角を上げていた。
な、なんで今のが笑えるの?
っていうか、今のを笑うってルイがどう受け取って——。
けれど、そのルイも。私の手を握る力を僅かに強めながら、彼へ柔和な笑みを浮かべているうちの一人だった。
「はー……………………」
かと思えば今度は顔面を手のひらで覆いながら、急に天井を仰ぎ始めた。
ほんとうに、何を考えているのか分からない。
「よし、この話は終わりだ。ジョン、ペンを貸せ。サインをする。そしてシャルル殿、めぐみ殿、ルイ殿。今回のことは正式に詫びる。うちの成員の面倒を見切ることができずに、本当に申し訳なかった」
「「「「「!?」」」」」
私たち二人だけじゃない。アリエノールも、エドワードも、シャルルも、リシュリューも、大佐も、ジョン除くその他全員がポーカーフェイスを崩し。
机に腕を立ててその場で深々と頭をさけるリチャードへ向けて驚きの表情を向けた。
「代わりと言っちゃなんだが、講和内容はこちらが大幅譲歩する。昨日一時的に上がっていた盟約側の条件を一部修正しただけのものを呑み——」
「待ちなさいリチャード! 今のどこが——」
「そこらへんにしとけ、アリエノール。お前の、じゃない。俺達の負けだ」
負け? 今のが?
理由がわからない。
「怪物殿も分かってねえみてえだけどよ。今、俺達は負けたんだ。生きた年数が七十や九十超えるやつらが、ケツの青いガキだと思ってた漢に」
「負けたですって?」
「少なくとも、俺は無理だ。会ったばかりのベレンガリアが横にいて、同じことを宣誓しろと言われたら」
「ですけど、この二人が婚約してるわけないでしょう!?」
「そうだな、俺達にとっちゃ家の許可も教会での宣誓もない婚約なんて嘘八百だ。けどよ、しちまってんだから認めるしかないじゃねえか。そいつらんハートの中ではよ」
いや……婚約は……まだ、してない。嬉しがってる自分はいるけどさ。
ってか自分で気付いたけど「まだ」ってなに!?
「それを俺達に論破しろって言われても無理なこった。それどころか、俺はそこの漢の味方をする。なあ、アリエノール」
「ッ…………! さっきからアリエノールとはなんですか、母上と————!」
アリエノールはそうやって、自らの呼び方を改めるように呼びかけながらその場から立ち上がると。
動きをピタリと止め、大きく目を見開いた。
その様子を、リチャードは面白おかしそうに眺めていた。
「——っ」
そしてアリエノールはリチャードへ最後にガンを一つ飛ばすと、何も言うこと無くエドワードを連れて議堂のドアを開け。
振り返ることすらなく、議堂から去っていった。
「……え?」
ルイが……勝った?
たった一人で?
私が前に立って守らないといけないと思ってたルイが?
なんだか私の羞恥心っていうすっごく大切なものを一気に焼き払われた気もするけれど。
私がされたことに対して、得られるものが軽い気がするけど。
ルイがしてやった。ルイが成功させた。ルイがしてくれた。それが、すっごく嬉しかった。
「へっ、ババアは最後までババアかよ。大佐、昨日の草案貸してくれ」
「……いいのか」
「良いんだよ、どうせ昨日俺と対立してたのはあの二人だけだ。俺が残りの席を講和派で埋めたのはなんのためだと思ってる」
いや、なんか雑だな。
私たちも手を離して席につき、やることもないのでルイのことをちらちら見たり考え事をしたりしながら残りの時間を過ごした。
そして、大佐の閉会の言葉とともに、リチャードは最後まで雑な欠伸をあげて。講和会議は、本当に終わってしまった。
「よっし! 解散するか! 退席の指示はいいぜえ、大佐さん」
「……分かった」
「ところで大佐さんよお、なんでケツが青いとガキなんだ?」
現実味のないままそのまま唖然としながら、リチャードが意味の分からない質問をしているのを耳に挟むそばでルイに話しかけようとすると。
他の異能者たちが次々と立ち上がるそばで、リチャードがルイのことを呼びつけた。
「あっ、ちょ……」
「ごめんね。一時間ぐらい掛かると思うけどまたあとで。詳しい場所についてはリシュリューさんに」
「…………? う、うん」
ルイは若干遠回りしながらリチャードの元へ辿り着くと、到着一番に胸元を軽くぽんと小突かれる。
けれど叱られている感じはなくて、私に聞こえないぐらいの声量で何かを放していた。
「大和めぐみ殿。少々よろしいですかな」
左腕にやタブレットを抱えたリシュリューさんが、座ったままの私へ話しかけてくる。
ていうか今気付いたけどこの人神父さん? なのか。その格好でタブレットを持っているのが少しおもしろい。
「軽い話ですので、腰を落ち着いてお聞きください。用は簡単で、今日の会議についてのお知らせと待ち合わせ場所についてです」
「会議について? もう終わったんじゃないですか?」
「ええ、その終わった会議の内容ですが。主にアリエノール女史に関する追求は、最初からルイ殿がお考えになったということを」
「え、あれって最初からルイが考えてたんですか」
「はい。会議の進行上私が申し上げましたが、あれは彼が計画を練ったものですね。昨日のもまたいくらか、彼が提案したものでしたな」
……ルイ、私の見てないところでそんなにも。
そう思って目線をルイたちの方へ向けると、ちょうどリチャード相手に一本取ったところなのかリチャードがまたもや何か笑っていた。
「そして、このあとですが約束の時間にこの館の人文棟の展望台に来てくださいとのこと。二階の食堂を抜けた先にある渡り廊下の向こうが人文棟になりますな」
「約束の時間……分かりました、ありがとうございます」
リシュリューは私へ向けて一瞥をすると、ゆったりとした歩調で議堂の外へと出ていった。
「展望台かあ……なんか話したいことでもあるのかな」
というか、ルイはなんで今回そんなに頑張ったんだろうか。
昨日も夜会った時すごく疲れていそうだったし、もしかして私が診察してる間にも——。
いろいろ予想は広がる。
けれどこのままここに居続けてルイに「早くしろ」って圧力掛けても悪いし。
一人、ルイ以外で会いたい人のことを思い浮かべながら、私は議堂をあとにした。




