第25-3話:「熱」
その日の正午少し前。昨日と同じ時間に席につくため、ルイの後ろをついていく形で階段を登っていると。
ルイが議堂のある四階メイン廊下に踏み出そうとした瞬間、急に一歩引いて私の前に腕を出してきた。
「待て、アリエノールだ」
アリエノール……別に私も今からトラブル起こそうとしてるわけでもないんだからここで隠れなくても。
そう思いつつも、ルイが屈みながら廊下の向こうを覗き込む上から私もそこへ目を向けると。
議堂から少し奥、待機室の入口あたり。
昨日の柔らかな話し方から一転、口を大きく開きながら赤髪の青年ジョンへ何かを言いつけている姿だった。
その横には白い滝髭を垂らした老齢の男、エドワード三世の姿も見える。
ジョンはアリエノールから何かをガミガミ言われているけれど、こちらに背を向けているせいでどんな表情をしているのか分からない。
「ジョン……かわいそうに」
ルイが少し他人事風なニュアンスを含ませながら憐れみの言葉を口にする。
「あの二人、いっつもそうなの」
「うん。さっきもリチャードさんが言ってただろ、父親が鬱で面倒見てるのにアリエノールは出てったって」
そう言われてみればそんなことを言っていたような気もするけど——。
片手間でさっきの話を振り返っていると、カッと眉間にシワを寄せたアリエノールがジョンの肩を突きその場に転ばせた。
彼の持っていた書類が、その場にぶちまけられる。
「うわ……そこまでやるか」
「ちょっと待って、館の中では暴力行為厳禁なんじゃないの?」
今のは暴力じゃないって、血が出なけりゃなんでもヨシの大阪スタイルなの?
なんなら契約を結ばされるときに真っ先に厳禁って言われた記憶すらあるのに。
「結局、館も利益のために中立やってるだけだからね。今のもアリエノール側に味方した方が得だって館の管理者が思ったんだと思う」
「…………」
今から、会議だ。だから出てっちゃだめだ。
ルイの理不尽な館の実情の説明を、私はジョンの顔に貼り付けられた薄っぺらい笑顔へ目を細めながら聞くことしかできなかった。
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「……これはどういうことよ」
リチャードの後ろへ経っているジョン含め、議堂へ最後に入ってきたアリエノールが開口一番にそう口にする。
彼女が驚いたのは何か特別なものが議堂に配置されていたからというわけではなく、その席順。
まず最も上手が大佐というのは変わらずに、私が盟約側の一番から下から二番目に押し下げられた。
私は席順とかそこまで興味はないけれど、昨日のは演出だし本来はこれぐらいの「ルイとどっこいどっこい」が良い位置。
それに、これは後からの「仕掛け」のためでもある。
そうやって軽く目を向けた左手の側には、暗記でもしていたのかさっきまでぶつぶつと何かを言っていたルイが座っていた。
そして、問題は円卓側。
リチャードが一番なのは変わらないけれど、エドワードが一番下の席に既に座っており。
それに引っ張られるようにアリエノールも下から二番目の席に押し下げられていた。
「どうした、母上。会議が始まる、早く座ってくれ」
——その席を受け入れろ。リチャードの急かすような口調はアリエノールへそう命令しているようにさえ尖っていた。
「……ジョン、こちらへ来なさい」
何かを飲み込むような表情を浮かべながらも、自らの席に手を掛けるアリエノール。
けれど、ジョンはリチャードの後ろから離れようとしない。
「ジョン」
そう呼ばれてもなお、ジョンは何かそれらしい返事を見せることも表情を変えることもしない。
それに耐えかねてか、逆にアリエノールの側がジョンへ疑いの表情を向ける。
「この——」
「裏切りもん……とは言わせねえぞ、母上」
またもやアリエノールとの間に割って入るリチャード。
母上という呼び方がその場で浮きまくるほど言葉の全体が刺々しい。
「元からな、ジョンのことを食わせてやってんのは俺だ。母上の前では従順にさせてたのはそうしないとあんたが五月蝿いからだ」
……なんかこの人打ち合わせにないこと言い始めたんだけど。
ってかジョン、あんたリチャードに食わせてもらってたって……なら掃除もジョンに丸投げするのは仕方ないのかな。
「なに、それじゃあ私の声はもう五月蝿くないって——」
「やめんかっ、家族喧嘩は帰ってやれ」
大きなため息をつきながら、厳かな声色でそう口にする大佐。
……昨日、大佐が電話の向こうで心底面倒くさそうにしていたのはこういうことか。
大佐はそのまま鼻で大きく息を吸うとその口で開会の宣言を再び口にした。
あくまで昨日の続きだからか。
条文の確認だの論点の振り返りだのを軽く流したあと、早速異議申し立てや草案の擦り合わせ・
という名の、昨日の様子を見た感じ自由発言タイムがやってきた。
「それでは早速私の方から一つ。良いですかな、大佐殿」




