第25-4話:「熱」
畏まった声で大佐にそう告げるのは、緋色の柔らかな布地を羽織った盟約側の男、リシュリュー。
頭の上には小さな水泳キャップのような帽子を被っている、昨日円卓側で最も発言していた人。
……あれ、っていうか私シャルルさんの声ほとんど聞いて無くない?
あのリシュリューって人がほぼ全ての受け応えをして、フィリップだったかって人とかが発言する程度で。
実はありがちな操り人形のリーダーでした、って可能性を考えてみるけれど、それだとルイが尊敬していたり大佐から教わった有力者リストの記述と合わない。
「分かった、許可しよう」
文字列だけは丁寧なまま、大佐は半ば呆れたような、突き放すような口調でそう許可を出した。
「ありがとうございます。私から本日始めに行うのは、円卓側に見られる策謀の動きについての問題提起になります」
その言葉に、円卓側で名前をまだ挙げていない異能者たちがわずかにざわめく。
「ほーう、俺達に何か疑いがあると」
何を血迷ったか、しらばっくれるリチャード。
それに私が顔を歪ませると、リチャードは椅子を後ろへ倒しながら私のことを一瞬睨みつけてきた。
ああ、あくまで知らないふりってことか。
そして私には顔に出すなってこと……だよね。
もう顔に出さないぞと、奥歯を噛みしめるも。
彼女の方も気がついていないのか、それとも隠す技術を持っているのか僅かにも顔を歪ませないアリエノール。
「具体的には、盟約側として本講和会議に参加している怪物・大和めぐみ殿に対する引き抜きの工作、またその後の侮辱の疑いがあります。賢明なことにめぐみ殿はそれらの疑いに応じることなく盟約側へ告発を行い——」
そんなアリエノールを傍に置いて、リシュリューは疑いだの疑惑だのといった言葉を使って長々と語り続けた。
縁談が引き抜きなのは良いとして、あれって淡白に解釈すると身体のことは侮辱、ルイに愚痴ったことも告発って扱いになるのか。
そんな大層な言葉で包まずとも。なんせ、私の中では昨日啖呵を切ってルイに抱きしめてもらった時点で決着してること。
それを便利に使えるなら、痛い目見せられるならどうでもいいです、どうぞお好きに料理してください。とそのまま流れに任せた。
「そうは言うがな、リシュリュー。その証拠がねえじゃねえか」
「ではその証拠を提示しましょうか」
……証拠? 私とアリエノールしかあの場にいなかったのに?
まさか欠けたティーカップを差し出して証拠とでも言い出すのか。
最初計画をルイと練っている時にそう思ったけれど、ここは知恵の館。
そんな常識的な証拠提示が通じるような場所じゃなかった。
「アッラシード館長! 昨晩の午後九時頃の大和めぐみ殿の映像と音声を頂けませんか」
ここで来た。監視映像。
しかもタブレットで見せるとかいうんじゃなく、昨日ダヴィンチが部屋を呼んだみたいに天を仰いで声を掛けるリシュリュー。
さすがにあの証拠を見せたらアリエノールもただじゃ——
そう思ったけれど、リシュリューが発言してから二十や三十を数えるほどになっても何の音沙汰もない。
それに伴い、リチャードの顔がどんどん曇っていく。映画なら「おいおいこいつぁどういうこった」とでも言い出しそうな表情だ。
「はあ……」
けれど、そこで思ってもいなかった人が動いた。
さっきはあんなにも面倒くさそうにしていた大佐が、椅子へ座る姿勢をわずかに変えるとリシュリューと同じように天井を仰ぎ。
「……最大の援助者が国であることを忘れたか、アッラシード」
部屋の外には漏れないぐらいの声量で、僅かに脅すような口調でただそう言った。
直後、契約の時にも見せられた薄緑のホログラムが馬蹄字型の机の隙間に現れ、ソファや机の立ち並ぶあのメインホールの映像が映し出され始めた。
『もっと、強い人が周りにたくさんいたらって思うことはなあい?』
『えっ……ま、まあそれはありますけれど』
『それじゃあ……同盟ってのはどう?』
その会話をしていた時の光景が、あろうことか私たちが話していた机の角に、まるで監視カメラでもあったかのような視点で映し出されていた。
……そうか、ここは知恵の館。
入館の時に契約させられた監視ってのは何の間違いでも脅迫でもなくて。
それでジョンのことを突き飛ばしたアリエノールが罰せられなかったみたいに、大佐の鶴の一声で今中立が破られたのか。
やっていることがあまりにも高度過ぎて、僅かに息切れするのを感じる。
ていうか、ここで立ち回れてるルイは一体何なのか。私が言えたことじゃないけれど、頼り甲斐があることこの上ない。
一気に静まり返る議堂。円卓側も、盟約側も。蚊帳の外にいる人間が、僅かに揺れている。
そして、リチャードが事前の計画通り仕上げ作業に掛かった。
「……どういうことだ、アリエノール」
映像が出ないというちょっとしたトラブルはあるけど、大佐の一声以外は全て筋書き通り。
ぐっと前のめりになり、乗り出すようにしてアリエノールの方へ視線を送った。
そして、アリエノールの方はというと。
意外にもポーカーフェイスを貫き続けていて、杯を呷る所作にも動揺が微塵も見られなかった。
「——引き抜きとは言いますが、果たして本当にそうなのでしょうか」
「ほう? 説明してみろ」
そう問い合う両者は、お互い余裕の様子。
アリエノールは、澄ました顔でその理由を話し始めた。
「まずですが、リシュリューさん。一つ確認したいことがあるのですが、そもそも引き抜きの定義の根幹になる——同盟の約束を、あの場に至るまでに本当に締結されていたのでしょうか」
「……今年の四月末頃、口約束ということであればそちらのルイ殿が、めぐみ殿に対し列強ロムルスに対する保護提案を行ったという形ならば、同盟があったと言えるでしょう。めぐみ殿、間違いありませんね」
四月末……あれからもう三ヶ月にもなるのか、これまた随分と懐かしい話を。
「はい、間違いありません」と、これまた筋書き通りの返事をした。
「ですがお待ちください、事実としてそちらの大和めぐみはロムルスに既に臣従の契約を結ばされています。その時点で既に保護義務の違反ということで、同盟は無かったことになるのではないでしょうか」
……確かにルイはロムルスからの保護を提案して、結果その日中に私はあいつの下に降った。
だからって私もあっち側もそれを破り捨てた覚えはないけれど、どうやらそれでは弱いらしくて。
「リシュリューさん。僕に代わってもらってよろしいでしょうか」
だから、ここでルイが立った。




