第24-4話:支配
「あら、こんな夜遅くにご苦労さまね」
天井の灯りが、五個に一個は灯っているか。
多くのソファと低いテーブルの並ぶ光景が、大病院の外来待合のように見える薄暗いメインホールの片隅に、その女性は居た。
物腰柔らかな話し方で私のことを出迎えた、そこそこ綺麗な女性。
若さのある可愛げのある表情ではなかったけれど、学校に先生として居れば男子から人気が出るぐらいで、けれどその装いは現代的なそれとは全然違っていた。
頭に白い布を被り、それを上から金色の輪っかのような冠を被るようにして止めるている。
肩には紅と桃が混ざったような柔らかな色をしたマントを羽織っていて、婦人服のようなゆったりとした格好をしていた。
「お茶は要らない? 冷めちゃってるけど、美味しいわよ」
「……それじゃあ、もらいます」
診療室へ持っていったペットボトルの中身が早い段階で無くなってしまったのもあり、少し喉が乾いていたのもあった。
席に腰掛けてカップへ口を付けてみるも……高貴な装いから想像していたような味じゃない、普通のパック紅茶の味。
その後で「私たちの時代にお茶はなくってね」なんて話していたから、多分お茶を見る目は私たちと同じぐらいなんだろうな、とどこか親近感を覚えた。
「さて……ジョンから聞いてると思うけれど。今日はちょっとあなたとお話がしたくって。あなたが今までどんな人生を歩んできたのか知りたいの」
「どんな人生って……」
「別に、ここ最近の話でもいいわ。例えばそう……ロベール・ダルトワのあたりからとか」
確か、ロベールって味方だったんじゃないのか。
そうやって聞いてみるも、「女に負けるような男なんて知らないわ、それはジャンやエドワードにも言えるけどね」と、仲間を下に見るようなことを口にしたのが気にかかった。
「そう……それは大変だったわね」
ここ最近のことを大体話し終えると、アリエノールは憐れむようなニュアンスを含ませながらそう口にした。
話したことは私がどう敵に立ち回って、どう解決したかってことだけ。
そこの後ろにある迷いや悩みについては「多分そういうことじゃないんだろう」っていう予感であえて省いたけれど、どうやら正解だったみたいでちょっとだけ安心した。
「急に異能者に襲われ続ける生活……何も知らないあなたにとっては、さぞ苦しかったでしょうね」
「は、はは……」
そうやって不器用に笑ってみるけれど、緊張で上手く笑えている気がしないでいると。
アリエノールは手のひらを差し出すように私の右手を指すと、「それ、見せてちょうだい」とアームカバーを取るように言ってきた。
「……えっ?」
「別に、今からそのアームカバーを取ったところで抵抗の意思が無くなるわけじゃないから大丈夫よ」
半ば根負けする形でアームカバーを取ると……そこに現れたのは、「ROME」の字を鷲掴みにした赤黒い鷲の刻印。
「列強から強制的に契約させられてる異能者は見るけれど……やっぱり碌なものじゃないわね」
「……そうですね。契約の時の夢にうなされることも、今まで何回かあったので」
「それに、最近は無くなったとはいえ異能者からの襲撃。もっと、強い人が周りにたくさんいたらって思うことはなあい?」
「えっ……ま、まあそれはありますけれど」
咄嗟にそう返したのを聞いてか、ほくそ笑むアリエノール。
……まずったか。具体的になにをまずったかまでは分からなかったけれど、とにかく何かを間違えた。そんな予感がした。
「それじゃあ……同盟ってのはどう?」
「同盟……?」
それなら既にルイの組織……盟約がいるから大丈夫で。
ああ、だから私を引き剥がしに来てるのかと裏を読んでる間にも、アリエノールは言葉を続ける。
「同盟って言っても難しいことをする必要はないわ、ただちょっと私の息子たちと結婚してもらうだけで」
結婚って難しいことじゃないのか。
私が困惑している間に、アリエノールはまるで服のカタログを見せるみたいに自分の息子達の写真を私へと見せてきた。
けれど、そんなことに毛頭興味はない。
っていうか私は右手の薬指とかいうすごく分かりやすいところに、指輪をつけているから分かるはずで。
そう思って手を目を向けて見たけれど、そういえばMRIを撮る時に外したまんまだった、と思い直しながら右手の薬指へと指輪を付け直した。
「ごめんなさい、私恋人がいるので……」
なんでいきなり結婚の話なんかしだしたんだ、何の脈略もないのにと困惑していると。
アリエノールは「あら。相手は誰なのかしら」と聞いてきた。
「……ルイって、分かりますかね」
「えー嘘! あなたと盟約が仲良ししてるのは知ってたけど、まさかそこまで話が進んでるなんて。私としたことが、ちょっと遅れ取っちゃったかも」
なんとかなったか。
左手で口元を隠しながら笑うアリエノールに、私が笑い声を合わせていると。
「それじゃあ——」
……聞き間違いだったか。
アリエノールは突然、意味の分からないことを口にした。
「こういうのはどうかしら。あなたとルイくんの子どもと、私の子どもを婚約させて同盟成立、ってのは」
「……………………え?」
困惑を口にしたけれど、それが鼻息の音なのかなんなのかも分からなくて。
ていうか、なんでそもそも結婚の話が出るの。
しかも婚約「させる」なんて、明治とか大正じゃあるまいし——ああ、そういうことか。この人は、そういう世界で生きてるんだ。
昔何かのドラマで見た、商家の男と結婚させられる村娘のシーンを思い出す。あれみたいに、自分の子供を、資源としてしか見てないような人なのか。
この人の味方であるはずのジョンが、最後の最後で警告をしてきた理由の片鱗が見えた気がした。
けれど、その価値観を理由に拒んだら相手が怒ることぐらいは分かっていて。
困惑していたのもあるけれど、咄嗟の理由として私は……使ってしまった。
「実は——」
その、理由を。
そしてその後に目にした、私の正気を疑うような表情を。一生、忘れることはないと確信してしまった。
「じゃああなた、このゲームでどうやってくつもりなの?」
さっきまでの物腰柔らかさはどこへ行ったのか。
「あなた、分かってるの? このゲームで子供を産めない意味が」
さっきまであったような、私のことを認めるような目の色もどこかへ行って。
「あなたは強いかもしれないけれど、戦いなんてのは女の役割を果たした後についでにやればいいの」
そして困惑する私へ、ルイもそのことを知ったうえで恋人をやっているのかと聞かれたのに答えてしまったあとに。
そいつは、踏み抜いた。
「……それじゃあ、そのルイって子も同類じゃない」
「…………………………あ?」




