第24-5話:支配
視界の歪みが、急速に引いていくのを感じる。
それも、さっきまでの自分の混乱や焦りがちっぽけに見えるぐらいはっきりと。
そしてこれは、開き直りかもしれないけれど。
ルイのことを侮辱してくれて、却って冷静になれたことに少し感謝するべきかもしれない。
「……同類、ですか」
持っていたマグカップが机の上に置かれると共に、大きな音が響き渡る。
「待ちなさい。どこへ行くのです」
「どこへって。宿ですよ。まだ明日があるので」
疲れを滲ませながらそう口にしたあと。
そういえば、言い忘れていたことがあるのに気が付いた。
「おばさんも、帰るなら時間開けた方がいいですよ。私のことついて来られたまま外出たら、何しちゃうのか分からないので」
自分がどんな顔をしていたのかは自分でも分からない。
けれど、確かなのは右手が異能を行使する時特有の熱のある感覚を帯びていたことと。
机の上に置かれたティーカップの取っ手が、少し欠けてしまっていたことだけだった。
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コンコン。
浴場で身体を流し、歯を磨いたあと。
ルイに教えてもらった、館のすぐ近くにあるホテルの二一二号室の扉をノックする。
時刻は既に夜の二十二時を過ぎている。
けれど、どっちがあとに終わっても。何時になっても。
ちょっとだけ、一緒に会う。そういう約束だった。
後ろで手を結びながら彼のことを待っていると、中から何の返事もなしにゆっくりと扉が開いた。
「大和、入って」
そう言われるのと一緒に、彼の部屋の玄関へと入る。
けれど、玄関へと入るだけで靴は脱がない。
脱いじゃったら、帰れなくなるから。
「お疲れ様。結構時間掛かっちゃったみたいだね」
中で待ってたのは、羽の柄の入ったシルバー指輪を付けた男の子——本田ルイ。
「お待たせ、ルイ」
彼も今日忙しかったのか、目に若干の疲れを浮かばせながらも、私へ朗らかな笑みを浮かべてくれていた。
ここ二日はしっかり寝られたのか、涙袋のあたりにあった黒い隈はどこかへ消え去っている。
「けど、ちょっと意外だったな」
「なんで?」
「大和、もっと浮かない顔して帰ってくると思ってたから」
「む……何よ、その言い方」
けれどそれは私も同感もいいとこ。
顔に影を落とすんじゃなくて、ルイの微笑みに微笑みで返すことが出来ているのに、自分でもびっくりしていた。
「もしかしてだけど、何か分かったのか!?」
「んーん、なんにも」
けれど持って帰ってきたのは目の前が僅かに晴れた霧と、その更に奥にある謎だけ。
ルイが早合点になって組んだガッツポーズが、重力に従うように崩れていく。
「じゃあ……なんでそんな元気そうなんだ」
「まあ……何と戦ってるか分かったってのと、イラッとくるやつに言いたいこと言えてスッキリしたから……かな」
あのあとアリエノールとの間であったことを大佐へ報告したら、「…………分かった。災難だったな」と短く返事を貰った。
その言葉のニュアンスに、物凄い億劫なものが含まれていたことは言うまでもない。
「イラッとくる人……って?」
「んーとね、アリエノールって人」
「アッ!? アリエノールと接触したのか!? どうしてまた!?」
「んーとね……診察終わった時にお茶誘われちゃって————」
お茶、同盟、結婚、侮辱。
あそこであった大体のことを、特に脚色することなく事細かに話した。
って言っても、大佐に報告した時と違って愚痴混じり。
グチグチと言葉を重ねるごとに、胸の奥に溜まった毒が吐き出されていく。
「————それで結婚がどうのとか、私の身体がどうのとか言われて、それで啖呵切ってきちゃった」
「け、結婚って縁談のことか!? まさか——」
その話を聞いて、ちょっと焦った表情を浮かべるルイ。
……私がそんなことするわけないじゃん。
けどそれを正面から否定するんじゃ面白くない————だから、今はあえて別のことに話題を振る。
「ねえ、ルイ。背伸びた?」
「えっ? なんだ、急に。そ、そうだな。前までは一五六だったけど、今は一五九に——」
「じゃあさ。比べっこしよ」
そう言って、彼の手を掴んで優しくこちらへ引き寄せる。
ルイは笑みを浮かべながらもスリッパへ足を伸ばすと、狭い玄関の間に私と同じ高さまで降りてきた。
「……確か大和が一七一だったよな。僕はまだまだ遠——」
そうやって油断してた隙に。
私はルイの唇に、優しく口付けをした。
「……ねえ、ルイ。私がほんとに、そんな縁談真面目に考える人間だと思った?」
「お、思ってないけど……不意打ちはずるい……ぞ」
脈略のないことを並べるルイの頭をぐっと引き寄せながら、少しだけ腰を引いて彼の首元に顔をうずめる。
「ごめんね。嘘ついてた。実は、ちょっとだけ心細かったの」
「大和……」
「けどもう大丈夫だよ。ありがと、ルイ」
ルイの温かさを感じられて。
前みたいに突き飛ばされずに受け入れられて。
今みたいに、私が抱きしめたら抱きしめ返してくれて。
それだけで、心細さっていう穴はすっかりと埋まってしまった。
けれど。
「……大和、僕に考えがあるんだ」
最後、さっきの余韻で顔を赤くし続けるルイが。
少しだけ悪い企みを口走り始めたのを、自分の部屋の布団に潜り込んだあとも覚えていた。




