第24-2話:支配
「テーマ?」
「そうじゃ。あいつは欲深い男で、なおかつ手や女の癖が悪かった。そんなあやつに発現しておった異能が、その欲深さを象徴する触手じゃった」
「……まあ確かに、私もタコが欲望のモチーフにされているところはよく見ますね」
横で聞いていた町田さんが、顎に手を当てながら同意する。
「それだけじゃない。疑心暗鬼と人を近寄らせたがらない性格をしていた黒太子は血の鎧を纏う異能を、騎士道よりも実務を優先したゲクランにはトリッキーな剣を顕現させる異能を、そして私は博学を修めんとする蔵書の異能を発現させた。これは、あまりにも都合が良すぎる」
「……それは、そういう異能を自分で望んだからじゃないんですか」
「違う。異能の内容を自分で決定した異能者はこれまで観測されておらん。にも関わらず、その個々人に合った異能が顕現しておる」
ダヴィンチはジャンの模型の入ったショーケースを懐かしそうに撫でると、こちらに向き直りながらこう口にした。
「つまりは——我々が深層心理で本質的に何を望んでいるかを観測した何かが、我々の表層の意思に関係なく異能を与えている。こう考えるべきなのでは、と」
「——ってことは、私が実は深いところで異能を欲してるってことなんですか!?」
「落ち着けお嬢ちゃん。これはあくまで、『従来の』仮説じゃ。学問的に厄介なのはそいつ——お嬢ちゃんがリヴァと呼んどる存在じゃ」
私が取り乱しかけたところで、ダヴィンチはまた私の前の丸椅子へ腰掛けながら続きを語り始めた。
「自由を名乗るリヴァが、英国の戴冠用宝剣である無鋒剣。ドイツの国章に描かれておる、橙色の嘴と鉤爪を持つ黒鷲を異能として与えた……字面だけ見れば矛盾は無い」
まあ、それで合ってる……っていうかあの二つの異能ってそんなに大層な肩書をもった異能だったのか。
「じゃがな、他の異能者の中にそのリヴァにあたる存在は確認されておらん」
……それはまあ、分かってたことで。
リヴァの話をルイへした時の驚きようからして、全くの初耳だってことはなんとなく分かってた。
「じゃああいつは一体なんなんですか」
「そこで、さっきの『テーマ』の話じゃ。実際、リヴァは自由にまつわる異能を君へと与えた……だが、リヴァは君へ自由とは対極に位置する行為をしておる」
……香蓮との関係修復を拒み、私が誰かと関わろうとすることを恐れ、私が望まない身体改造をする。
言われなくても重々理解していたつもりだったけど、他の異能者が異能を前向きなものとして使っているのに、私だけが重すぎる代償を求められる。
不公平で、理不尽なことこの上ない。
「しかし……こう考えてみればどうか。リヴァにとっては『それらの行為こそが自由である』と」
「……どういうことですか?」
「つまりは君を孤立させ、自己中心的かつ自罰的に立ち回らせ、君の身体を改造することによってリヴァが自由を得るのであれば、それは君の異能のテーマである自由に一切反しているとは言えない……ということじゃな」
「ちょっと待ってください。それじゃあそもそも、リヴァって存在はなんなんですか」
町田さんが、話の本筋をそこに戻す。
今話したのは悪魔が「自由そのもの」を名乗ったことに則してるかって話で、それがなぜ存在しているのかって答えは出ていない。
「そりゃあ私の身体の中にしか居ない存在だから、分かんないなら分かんないでいいんですけど……」
「待て、お嬢ちゃん。私は『確認されておらん』と言っただけで『存在しない』とは言っておらんぞ」
「……?」
「先の『我々の深層心理を観測した何かが異能を与えている』というのも、従来の仮説にすぎん。目を覚ましていないだけで、そのリヴァに近しい存在……テーマそのものが異能者の身体の中で沈黙しており、異能を与えてただ黙っておる。そう考えることもできる」
「じゃあ、私の中にいるリヴァ……自由のテーマが、勝手に目を覚ましてしまったってことですか?」
「うむ。それも自由のテーマそのものが、自らの自由のために宿主である異能者を蝕むほどはっきりと、な」
「…………」
……リヴァの正体の、仮説。そう、あくまで仮説。
そう理解しているのに。この力を手にしてしまったのは、もしかしたら自分のせいかもしれないと思えてきて。
「……六年前のことになります」
気がつけば私は、六年前のことを息を切らしながらぽつぽつと口にし始めていた。
「私が、友達と一緒に。異能者に攫われて。目の前で、友達がその男に足蹴にされていたんです」
ダメだ、これを言ったら認めてしまう。けれど今この場で、言わないと。
ルイや香蓮に言うことは出来ても、今この人に告げるのはこの場でしかできない。
過呼吸になるのを抑えながら、一息で言い切ってしまおうという思いで、ぐっと息を吸い込む。
「そのとき、思ったんです。自由になりたいって。救い出したいって。その檻から出たいって思った時に——あいつが姿を現したんです。今の私が苦しいのは……そのときに自由になりたいって思ったからなんですか?」
だから息も絶え絶えになりながら、それを吐露した。目を大きく見開くダヴィンチ。
今までほぼ即答に近い間で答え続けてきていたその博学の天才が、今初めて口を開けたまま呆然とした。
「……その時の感情は間違っておらん。悪いのはこの異能と『ゲーム』という超常じゃ。死者が突然現代へと現れ、争い、多くの人間が被害に遭う」
「…………」
「私も本来は、アンボワーズの教会にある墓の下で、神がお救いになるときまで眠っているべきだったはずなんだが……この超常はそうはさせてはくれんかった」
私に合わせてなのか、ダヴィンチさんもまた自罰的なことを口にする。
横で私へ憂いの目を向ける町田さんも、心ここにあらずといった様子で。
もしかしたら、これは宿のベッドの中に持ち帰るべきだった話なのかもしれない、と少し自分の発言を悔いた。
そこから何拍か時の流れたあと。
ダヴィンチは鼻で深い息を一つ吐くと「じゃが、今の話と今日の一連の検査を絡めると興味深い事が分かった」と、さっきまでの調子をうわべだけ取り戻した。




