第24-1話:支配
診療室を二十部屋ほど回り、ダヴィンチさんやフローさん、他にも現代過去多くの医者からの診察を受けたあと。
私と町田さんは元のあの広々とした診察室へと戻ると、ダヴィンチが診察結果を元にしてか分厚い本を何冊も捲っては結果と照合する作業をしていた。
「ふむふむ、なるほど……なるほど?」
けれど、奇っ怪なのはその本の取り出し方と収納法。
ダヴィンチが手を開くと、その手元に英語や中国語で書かれた本が光の粒子から現れ、数行読み込んだあとに机の上へ積んでいく。
机に積んだ本が溜まったら、ダヴィンチは自分の頭のはげた部分をまるで容器の蓋を外すように回すと、中に広がる真っ黒な空間に本を投げ入れていく。
もはや聞かなくても分かる。これが、ダヴィンチの異能。
何も聞いてないから見ただけの予想になるけど、本を自分の中にしまって、読みたい本を読みたいページで取り出せる異能……多分、頭の中に収納した本を検索エンジンみたいに使える異能なんだと思う。
あれがあればテスト勉強なんて要らない……そう思ったけど、本が手元に出現してる時点でカンニングには使えないか。
夢膨らむ異能へ勝手に期待して、勝手に一人で落胆した。
「なるほど……重要な事が分かった」
「「……!」」
そうやってダヴィンチがただ本を捲り続ける時間が十分ほど過ぎたあと。
表紙が英語で書かれた真っ黒な本を折りたたむと、彼は真剣さを醸し出しつつもスッキリしたような表情を浮かべた。
「そ……そんなに重要なことが分かったんですか」
町田さんが珍しく声を震わせながらそう口にすると、ダヴィンチは今度はその声を落としながら続きを答えた。
「ああ……分かったさ。何も分からん、ということがな」
「……」
そんな、お決まりのことを言わなくても。
分かった事実を受け入れようと肩に入れていた力が、いやな形で抜けていくのを感じる。
「だが裏を返せば、医学や生理学に答えを求められないということなら、ここでやっと異能学へと答えを求めることになるな」
「…………!」
ついに来た。異能に絡んだ話が。
私がその答えを急かしたのは反省するけど、それはそれとして私がしてほしくてたまらなかった話。
「……この話を始める前に、お嬢さんに二つ確認してもらいたいことがある」
その話をする前に、先にも増して真剣な眼差しで私の目を見てくるダヴィンチ。
あまりに質量をもったその視線に、不意に背筋がぐっと伸びる。
「一つ、これからする話は全て異能という科学を分析した異能学の話になる。異能学は学問のブルーオーシャンであるがゆえ、大変研究のし甲斐のある分野だが……まだ分かっていないことが多く、全て推測や推論、傾向から読み取った話になる」
そしてダーヴィンはその一つ目のことを「今すぐの問題解決には何も寄与しない、これを聞けば君はまた更なる謎を持ち帰ることになる」と締めくくった。
「構いません」
返事をする私を見て、少しばかり意外そうな顔をするダヴィンチ。
もちろん、出来ることなら今日解決して帰りたい。
けれど少しでもこの浮きっぱなしになった状況をどうにか出来るのなら、多少の謎を持って帰っても構わない。
前までなら一人で抱えるだけしかなかったかもしれないけど……今の私にはそれを話せる友達が、恋人が、信頼できる大人がいる。
その大人の一人……町田さんも、私の横顔へ目を向けながら小さく笑った。
「では二つ。医療従事者としての私は、その話を始めた途端に終わりを迎えるじゃろう。もし君が私の話し方やその内容に耐えられなくなったら、いつでもその旨を伝えて退室しても構わん」
「はい」
これも今更だ。その話を聞かなかったところで、私の中にはリヴァと名付けられた何かが巣食っていることには変わりはない。
けれどそれは、「話す内容、語彙、全て容赦はしない」ということの表れでもあって。
「……そうか、首を縦に振るか。だが安心してくれ、途中で話を切り上げても、患者として、そして研究対象として見放すことはせん」
私が同意するなり早速口にされる「研究対象」という言葉。
ほんの少しだけ胃の縮こまる感覚がしたけれど、これもまだ序の口。こんぐらいで音を上げていちゃ始まらない。
「では、まずは君にとって身近な話をしよう」
ダヴィンチはそう言いながら立ち上がると……例のジャン・ド・モンフォールの模型へと歩み寄っていく。
上半身は粘土細工か何かで造られていて、模型なのになぜか憎たらしい、私の中のジャン像そのものの表情で造形されている。
……多分、私以外から見てもあいつは憎まれがちな性格だったんだろうな。
「ジャン・ド・モンフォールと戦った君は、彼の身体の……触手の仕組みを説明できるか」
けれど、今日はそんな彼の人間性じゃなくて異能についての話。
模型には二十本から四本へ大幅省略された触手がついていて、内部には骨格や血管ということだけが分かるパーツが幾つも付いていた。
「いや、私は医者じゃないし生き物の構造も分からないので……」
「まあそうじゃろうな。なんせ私も全ては分からないのじゃからな。例えばだがお嬢ちゃん、君は腕を伸ばせるか?」
「えっ……普通に無理です」
「それはタコも同じじゃ、筋繊維を伸ばしても二割や三割腕を伸ばすのが限界じゃろう。じゃが、どういうわけかあやつの触手は元の長さの二十倍、三十倍にまで伸びる」
思い返すと……ルイに奮い立たせてもらったあとにジャンと再戦したとき、触手はどこまでも追ってきた。
今までは「そういう強い異能」ぐらいに思っていたけれど、考え直すとあれってそんなにおかしなことだったのか。
「しかし、あやつの異能は不可能を可能にした。本体が摂った食事の栄養素を仮想空間に保管し、必要な時に触手へ与え通常の数万倍のスピードで細胞分裂を行うことであの圧倒的な射程を実現していた。神経細胞の増殖が追いつかないため、射程が伸びれば伸びるほど操作がお粗末になったようじゃがの」
「……それが、私の身体と何の関係が」
「要は栄養素の仮想空間への保管、数万倍のスピードで行われる細胞分裂など、異能は基本的に常軌を逸したものであるということじゃ」
新しい話のように聞いていたけれど、私の無鋒剣だってそうだ。
少なくとも私は剣が大砲に変形するなんてほかで聞いたことがないし、黒鷲もロムルスに殺されたのにいつの間にか復活していた。
そのどれもが、普通の生き物や物体じゃないことを際立たせている。
「ジャンの話はそれだけじゃない、異能の不可思議な点として『テーマ』がある」




