第23-5話:知恵の館
「……なんですかダヴィンチ先生。今休憩中なんですけど」
呼ばれて出てきたのは、疲れた目をした茶髪の白人女性。
目元だけじゃなく声も疲れを隠していなくて、ドアの向こうから出てくるなりダヴィンチへダウナーな声で悪態を突いた。
「さっき無しと言った子宮鏡検査だが、やっぱりやっておきたい。君に頼む」
「はあ……何度も言いますが、私は外科医ですよ。ダヴィンチさんがやればいいじゃないですか」
「うむ? 私に生娘の検査をさせるつもりか? これも患者の負担を減らすためだ、やっておくれ」
「……分かりました」
ダヴィンチがフローと呼んだ女性は、最後に声を僅かに上向かせると部屋へと戻っていく。
目には疲れを孕ませながらも、僅かにその目が吊り上がったように見えた。
「今のは誰でしょうか?」
「外科医のフローくん……いや、ナイチンゲールと言った方が伝わるか」
町田さんがそう訊くと、そう返すダヴィンチ。
ダヴィンチに続きナイチンゲールか、この調子なら私が知ってるような人はみんなこっちに来てるんじゃないか?
最早日常化しつつあるけど、さっきの議堂に居た人たちも昔すごい偉い人だったのかもしれない。
相変わらず感覚歪んでるなあ……私って。
「じゃあ他には内膜組織採取に、時間加速と細胞増殖のためにカントくんと柴三郎くんも呼びつけて、採取した組織が増殖するか見てみるか——」
なんて言ってるけど、私には何がなんだかさっぱり分からない。
検査項目を読み上げるダヴィンチはどこか楽しそうだけど、それも多分気のせい。
そこまで徹底的に調べ上げるってなるとちょっと恐い自分がいるけど、それで治るのなら余裕で我慢のし甲斐があるもの。
「いろいろやるのはいいんですけど、それで私の中に巣食っているものについてどんなことが分かるんですか?」
少し晴れた気がする未来の展望、特に何の抵抗もなくそう聞いてみるも、ダヴィンチは動かしていた手を僅かに止めたあと顔を曇らせる。
「いいや、まずは生理学の観点から通常の無月経の可能性を潰していく」
「えっ」
通常の無月経の可能性?
普通の大学病院じゃなくて、せっかく京都まで来たのに?
彼がそう溢したのを前に、さっきまで上向いていた何かが落ちていくのを感じ取る。
「事前に情報を交換した産科から子宮内膜再生と排卵が同時に停止する稀有な症例と聞いてるが、合併症などの可能性も考えられ——」
「そうじゃないでしょ! そんなんじゃなくて、もっとここでしか出来ないような!」
自分がそう言いかけたところで、自分が大きな音を立てながら椅子から立ち上がっていたことに気付く。
横へと目を向けると、町田さんも目に憂いを纏わせながら私のことを見上げていた。
「……お嬢さん、席につきなさい」
……取り乱していた。
軽く息を整えてから、少しの恥じらいとともに席へとつきなおす。
「まずじゃが、君の今後の人生のためにも一つ咎めておかねばならんことがある」
「咎めておかなきゃいけないこと?」
「以前君が受診した産科でのことじゃ。受診と基本的な検査の終了後、大学病院へと案内する産科医へ君は何をした」
「何……って」
そう言われても、あのときは焦りと切迫感ばかりに苛まれていたせいで、治らないと突きつけられた事実以外何も覚えていない。
答えあぐねている私を見てか、ダヴィンチはまた一つ息を漏らす。
「分からないことが多いながらも治療の可能性を模索するため、大学病院に案内しようとした産科医に対して、明確な白か黒の答えを求めたそうじゃないか」
「で、でもお医者さんは治らないって」
「違うな、その産科医は治らんとは一言も言っとらん。彼は君に対して『現行施すことの出来る治療も処方も無いが、もっと上の医療機関に掛かればきっと解決法は見つかる』ときちんと伝えたと、FAX交換で伝えられた」
ダヴィンチはボードへ何かを書き込みながら、私へそう淡々と述べる。
……あの時の私なら、あのあとにルイを否応なしに襲った私ならやりかねない。
納得するのと同時に、精神的に追い込まれたときの自分自身に対する信用の無さを自分でも感じ取る。
「君の気持ちは尊重する。多感な思春期に異能という超常に巻き込まれ、その中で将来の選択すらをも奪われる。その喪失感は測りしれんものじゃろう」
「…………」
「だが、小手先の不確かな知識と自らの不安だけで専門家の意見を無下にするばかりか、事実を捻じ曲げその不安を加速させる。その姿勢は頂けん」
ボードを机の上に置き、私の方へと改めて向き直るダヴィンチ。
今度はため息をつくこともなく目を直接見てくると「超常が絡んでおる可能性があるゆえ、今日治して帰してやれる保証はどこにもない」と前置きながらも、私へこう言った。
「だからこそ、私らを信じてくれ。でなければ治るもんも治らん」
……先週の私はひどく動転していたのは否定できない。
今こそこうして「彼」の存在を感じられるからどうにか気を保っていられるけれど、さっきもその場で立ち上がって声を荒げかけた。
「分かりました。ごめんなさい」
謝罪を口にする私へダヴィンチは鼻息を一つ漏らすと「分かればよろしい、その産科にまた掛かることがあったら、その時に謝っておけ」と溢しながら立ち上がった。
「館長! 第十一診療室を頼む!」
ダヴィンチが天井へ向けてそう呼びつけると、さっきまで何もなかった壁にいきなり一枚のドアが現れる。
「面白いじゃろ? 館長のアッラシードの異能じゃ。館内ならこうやって好き勝手に部屋を移転させられる」
「確かに便利ですね、うちの基地にも一人欲しいぐらいです」
町田さんが洒落をこぼすと同時に、「じゃろうじゃろう、だが時間はそう無い。さっそく集中検査を始めようじゃないか」と急かしながら、呼び出された診療室のドアを潜っていく。
——こうして私の身体を巡る診療を兼ねた研究が、館の総力を挙げる形で始まった。




