第23-4話:知恵の館
——私が初めてあの議堂に踏み入れてから、はや四時間ほどが経った。
結局会議は互いの意見擦り合わせが上手くいかず明日へ持ち越しになり、今日はとりあえず解散という手立てに。
会議の終了後、シャルルさんに呼び出されるルイを尻目に、大佐から「よくやった」と椅子の肩を叩きながら褒めてもらってけど……この後に控えている診察の方が頭の大部分を占めていて、正直なところ気が気じゃない。
それを察してか、大佐は小さくため息を漏らすと「反省箇所はメールで送っておく。早く行ってきなさい」として議堂から半ば追い立てる形で私を見送ってくれた。
「失礼します……」
町田さんと合流し、本棟二階に位置する医療棟の清潔な両開きドアの一枚を開ける。
ドアの向こうから私のことを出迎えたのは真っ白な内装。
反射のまぶしさのあまりにあの空間にいるのと勘違いし、僅かに目眩がした。
右側へ目を向けると、三脚ほどの椅子やモニター、テーブルみたいな普通の診療室の内装。
けれど一転して左手を見返すと、そこには動物やヒト、それだけじゃなくて古今東西の飛行機や飛行船の模型が並んでいる。
書類や検査機器でごった返しになった診察室というよりも、趣味と仕事の場の入り混じった書斎って言った方が近いかもしれない。
「……え?」
けれどその中で一際目を引いたのは、診察室に入って右手。
恰幅の良い体つきをした骨格標本に、腰のあたりから生えた触手の断面図やその中の骨格が分かるようにデザインされた標本。
もっと分かりやすく言うなら——あの廃工場で戦った、ジャン・ド・モンフォールが、まるで自慢のコレクションのように飾られていたことだった。
「おやおや、あの模型が気になるかね」
「……!」
広々とした診察室の奥の扉から、さっぱり毛の無くなった頭頂部に、焦茶色をした長い髭を蓄えた一人の中年ぐらいの男が入ってくる。
「……いい趣味してますね」
「安心してくれ、君が考えておるような真似はしておらん。あの模型は彼の生前、金銭と引き換えに採取させてもらったデータから作った粘土細工じゃよ」
私の皮肉交じりな言葉にそう返す男。
……まあここは国からの援助も受けてるっていうし、そんなあくどい実験には手を染めてないか。
不安を飲み込むと、私たちは言われるままに、何枚ものモニターが並ぶ前に置かれた二つの丸椅子へ座る。
男もその対面に腰掛けて、髭を撫でながらゆったりとした口調で自己紹介をしてくる。
「初めまして、お嬢ちゃん。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。この知恵の館で医学と異能生理学を研究している、一人のしがない医者じゃ」
「今日はよろしくお願いします、先生」
横に立っていた町田さんが、保護者のように私の代わりに挨拶をする。
私もそれにつられて、小さな声でよろしくお願いしますと言った。
ダヴィンチ? 私でも、っていうか誰でも知ってるような人だ。たしかモナリザの人だっけ。
「なんで医者なんてしてるんですか。私の中では画家のイメージなんですけど」
「画家? ああ、この時代ではそういう触れ込みだったか。あれも数ある修めた門の一つ、私の興味は博学へ向くのだよ」
頭の中にあった画家としてのダヴィンチ像を一撃で破壊すると、「ま、博学へ手を伸ばしすぎてどれが本業だったか分からなくなったがね」と自嘲げに笑った。
「だが、この時代はいい時代じゃ。大図書館と一年の時間さえあれば門を一つ修められてしまった前世と違い、この時代では普通のやり方では一つの学問ですら一生を掛けても修めきれん。加えて安価な本に莫大な研究資金、そして何より長い寿命。私ら学者にとっては天国のような環境じゃ」
なんか……いかにも学者肌って感じの人だ。
ジャンの模型を見たときは診察の名目で解体されるんじゃないかと思ったけど、ちょっと趣味の悪い探究心マシマシおじさんなだけみたい。
「して、今日はどういう御用かな。もちろん事前に事情は軍から知らされているが、まずはそちらの口から要件を聞いておきたい」
…………今日の、要件。
いざそう言われると、胸の内で何かが沈み込む。
「今日はですね、この子の————」
その様子をみかねてか、隣に座っていた町田さんが口を開こうとするのを、ダヴィンチは手のひらを突き出し無言で制止する。
「ダメじゃ、軍曹殿。患者はこのお嬢さんなんじゃろう? 私はこのお嬢さんの口から聞きたい」
私の口から…………か。
出来ることなら口にも出したくないことではあるけど、そうしないと始まらない。
息を大きく吸い、なるべく一息で言い切るつもりでそれを伝えた。
「三か月ほど前から、生理が来てないんです。具体的には私の中にいる異能の……悪魔って言ったらいいのかな、そいつから契約の深化を求められたあたりから。産婦人科でも治らないって言われて」
「…………ふむ、なるほど」
ダヴィンチは机の上に置いてあった木のクリップボードを手に取ると、何かを書き込み始める。
「うむ、よくぞ言ってくれた。今ので医学的に何かが変わったわけではないが、今の君はその症状が由来で非常に強いストレス下に置かれており、可能ならば医学的に、かつ可及的速やかに解決したいと考えておる。違うか?」
「……! そ、そうです!」
「なるほどな。口にするもの辛いじゃろうが、書面や付添人だけじゃなく本人の口から言わんと分からんこともある。堪忍してくれ」
私が言葉からそんなことまで読み取ったの!?
なんか良い意味で足元を掬われた、もしかしたらなんとかなるんじゃ。
「それではまずは採血から始めて、骨盤MRI、超音波検査とそうだな、子宮鏡検査もやっておくか」
今日の本題、集中検査の項目を読み上げたダヴィンチは、軽く振り返りながらさっきダヴィンチが出てきたドアの方へと「フローくん! ちょっと出てきておくれ!」と大声で呼びかけた。




