第23-3話:知恵の館
開会時刻を確認した熊沢大佐は、威厳のある声色で開会の言葉を宣言する。
開会宣言の少し後になってから、その日の議事進行規則——噛み砕いて言うならば、その会議で何を話すのかという一覧。
それを目の当たりにしためぐみは、いまいち理解できない熟語や横文字の数々を前に、書類を杯の並べられた机へ置き直した。
彼女にとってそれ以上に気に掛かったのは、事前に渡された会議へ出席する十三人の中に顔の無かった、一人の青年。
背丈的にはめぐみより僅かに低い程度、白い長袖カッターシャツの上から真紅のチョッキを着込む、原色インクをぶちまけたような毛束感の強い真っ赤な髪の青年。
外見の歳はめぐみよりも少し上ほどの印象を受け、めぐみ含めた出席者全員へと、下品でない、しかし下手の態度をしながら書類を配っていた。
にも関わらず頭上には小さな王冠が張り付いていて、妙にちぐはぐな印象を受ける。
しかも仕事の無いときの定位置はアリエノールのすぐ後ろであり、ただの職員にしてもその位置がおかしいことぐらい、めぐみの常識でも理解できた。
そんなことに目を向けている間にも、会議はどんどんと進行してゆき。
第何条外交アクセスの回復だの、第何条どこの街を差し出すだのといった確認が終わったあとに、互いの異議申し立ての時間がやって来た。
交渉の内容はおおよそが威信の供給源となる共同体……所領の帰属が争われる。特に激しいのは呉、下関や瀬戸内の島々。
異能者は所領を統治するわけではないが、裏を返せば所領を奪えば奪うほどその異能者の、異能者が威信を上納する組織の力は増す。
結局所領についての話はまとまらず、互いが話を持ち帰り一旦凍結。
その他の条項についての異議申し立てすることとなった。
「では……私の方から」
この中では外見は一番老けている一人の老人が、それとともに軽く手を上げる。
彼は滝のような髭にひときわ大きな目を持つ——黒太子と同名だが別人、かつ父親のエドワード三世だったか。
めぐみは自分の中でなんとか記憶を引っ張り出す。
「第一条に紛争状態の終了、第五条に互いが捕らえた捕虜の交換とあるが——この中に私の息子、黒太子の名が無いのはどういうおつもりで」
書類を指さしながら、怒りを孕ませた声で熊沢大佐とシャルルへ説明を求めるエドワード。
大佐とシャルルの間に挟まれためぐみも、自分が詰められているんじゃないかと錯覚して胃の痛みを覚える。
しかし同時に、萩で虐殺を行った黒太子の解放を要請されたことに憤りをも覚える。
彼女の怒りは虐殺という言葉だけでなく、その現場と死の瞬間を見てきたからこそ巻き起こる憎悪にも近い感情。
まさかこれに応じるのではないかと、めぐみは眉を寄せた表情を大佐の方へ視線を送るも。
熊沢大佐はそれを介することなく「萩での出来事はこのゲームという超常社会でも看過出来ないことであり、また瀬戸内百日戦争とは無関係だ」としてその釈放を否定したことに、彼女は胸を撫で下ろした。
それを耳にしてか、エドワードの味方であるはずのリチャードすらも「それぐらいにしておけエドワード、あいつは帰ってこんし、帰ってきても俺が追っ払う」として席に着くよう言う。
しかし、エドワードも「戦いが終わって矛が降ろされたのなら、神の前に人の尊厳は守れられるべきだ」と否定し退こうとしない。
「はあ……。なあ、怪物の嬢ちゃん。あの滝髭野郎をどう思う」
この会議の場で初めて、なおかつ予期せぬタイミングで発言を求められるめぐみ。
彼女は左右を見渡すも、怪物という二つ名が自分以外を指さないことはとうの昔に分かっていた。
おそらく、私に何かこの場を動かす発言を求めてるわけじゃない。
エドワードの発言を利用して私を試そうとしているんだと、めぐみはエドワードへの皮肉が混じったリチャードの台詞から読み取った。
「やめんか獅子心王」
「別に良いだろ大佐さん、どうせ誰がなんと言おうとも黒太子の収容は決定してんだからよ」
顎を突きながら、前のめりになって彼女へと返事を促すリチャード。
重たそうな瞼をしながらも、その口角を僅かに上げてどこか楽しげにしていた。
めぐみへ発言をさせたくない大佐、しかし二人がやりとりをする間に、めぐみは脳内で一つのフレーズを絞り出す。
「……萩の街の人たちの尊厳も守られてないのに、なんであの男の尊厳が守られる必要があるんですか」
なるべく怒りを抑えながら、信じてもない神を交えた皮肉っぽいニュアンスでそう口にした。
「ハハッ! 今のを聞いたか皆の者よ! 怪物殿に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
リチャードはめぐみの言葉に心底感心したようなニュアンスでそう言うと、杯を手にしてそれを空へと仰いだ。
他の同席者も次々と杯を手にする中で、めぐみは杯を手にしかけたところで「私が乾杯されてるんだから杯持っちゃダメなやつじゃん」と気が付きながらも若干辿々しく会釈を続けた。
「万能たる神が我らをお救いになるときには、少なくともあの滝髭野郎よりも怪物殿の方を先にお救いになるだろう!」
上機嫌そうに杯を煽るリチャードの横。
アリエノールが満更でもなさそうな表情を向けるのを見て、めぐみはなんとか山場を乗り切っただろうことに、心の中で胸を撫で下ろした。




