第23-2話:知恵の館
されど下士官、たかが下士官。
町田軍曹が館へ踏み込めるのは、本棟四階へ上がる階段の踊り場までだった。
めぐみは、今からの予定のあと行動をともにする予定の町田へ会釈をし、階段の上方向へと目を向ける。
軽く先はゆったりとした大きな布を羽織る、館の下働きの職員がめぐみを先導した。
外装こそガラス張りの現代建築だった本棟の内装は、フロアによって大きく異なる。
各フロアが大型ショッピングモール以上の面積を持つ館は、一階は緩く日が差し込む吹き抜けのメインフロアが出迎える、機能的な内装。
三階は機能美はそのままに白の配色が増え、僅かにアルコールの臭いが漂う医学フロア。
そして一階の吹き抜けが面積の一定割合を占める二階は、その上下の折衷となっていた。
しかしそれまでの三つのフロアと比較して大きく面積の窄む本棟四階は、それまでの本棟の様式とは異なる。
機能一辺倒だったフロアから一転、大理石に差し色のエボニーや真鍮、そしてガラスが支配する美的空間。
これは設計した現代人の趣味がゆえ、中立組織の内装としては相応しくないと東洋人やアラブ人の異能者からは大きく非難されることになったが、それでも「ここから先は何かが違う」と、来訪者へ言葉を経ずとも伝える装置となっていた。
そんな本棟四階の廊下を二分ほど歩いたところで、彼女は大きな一枚のドアを目にする。
先日、司令室で目にしたドアがその権威を示しつつもどこか古めかしさを感じさせるドアならば、そのドアは冷徹な権威を主張するドア。
漆の塗布されているトウヒの扉に亜鉛合金の意匠、そして金ピカに磨かれた真鍮製のドアノブ。
しかしそのドアをすぐに開けることなく、支給された時計で時間を確認するめぐみ。
既に議堂の中で待機する熊沢大佐から、寸分違わぬ時間に入ってくるよう言われてのことだった。
「……開けて」
時間になる五秒ほど前になり、扉の傍に立っていた下働きの職員へ細い声でそう告げるめぐみ。
扉が開くとともに、縦に長い造りをした議堂の最奥部、全面ガラス張りの窓から彼女の瞳へ光が強く差し込む。
そのほんの少しの立ち眩みのあとに、彼女は圧巻とも言うべき議堂の内部を目にした。
縦に長い議堂の真ん中を貫く、馬蹄字のような形をした長い卓。
そしてその最奥部、席順にして上手にあたる位置に座した熊沢大佐が、めぐみのことを見上げていた。
事前に大佐に資料を渡され、町田に解説してもらいながらそれを読み込んだめぐみは、その内容をもう一度心の中で書き起こす。
彼女が事前に教えられた通りであれば、正面右手に座っている四人の異能者は「イル・ド・フランスの盟約」、通称盟約の面々。
その最も上手の席は、どういうわけか空席。
反対に最も下手に位置する席には盟約所属、そして右手の薬指に銀の指輪を着ける彼女の恋人であるルイの姿も見られた。
対面である左手には、ブリテンやそれにまつわる関係を強く持つ者たちによって結成された「アングリア円卓」、通称円卓の面々が座する。
萩での虐殺後に除名されたと大佐から聞かされていたとはいえ、元は黒太子が所属した組織。
めぐみは緊張の面持ちで、事前の取り決め通り熊沢大佐の左横、上手の位置にあたる席へと歩いていく。
その様子を、卓を囲む異能者たちが興味深そうに見つめる。
彼らが真っ先に目にしたのは、彼女の性別。
卓を囲む中には円卓側に既に一人女の異能者が居たが、それでもめぐみを含めて二人しか女性は見当たらなかった。
そして次に目が行ったのは、彼女の右腕が長袖をした薄手のシャツ。
これもまた、熊沢大佐によって必須事項として依頼された、彼女自身も知らないパフォーマンスの一貫。
彼女の格好は、ストリートチックな長いデニムズボンに上半身は薄手の長袖シャツという現代的な服装。
そして、右腕に刻まれたロムルスの刻印を隠したうえで議堂という正式な場へと姿を現す。
特に最後はロムルスの所有物であるということを公然と隠す——過去の異能者たちの常識からすれば、所有者への敬意を欠く静かな抵抗であるという。
馬蹄字型をした席の、奥から二番目へ腰掛けるめぐみ。
今日この場でやることは、事前に大佐から言われたことをこなすだけ。
彼女はそう息を落ち着けながら、今日この会場に集った中でも特に重要とされている、事前に顔を覚えてきた三人の異能者へと目を向ける。
最初の一人は、耳元から顎に至るまで整えられた赤毛の髭を蓄える男、獅子心王リチャード。
行方不明の列強序列二位、女帝ヴィクトリアに代わって円卓の実権を握った、勇猛果敢を擬人化したような外見をした男。
この会議は戦争中に実権を握った彼にとっての初の大仕事。
さすがの彼であっても緊張するかと思いきや、その大胆な性格ゆえか。
表情に緊張が見られないどころか、彼は自らの真正面へと座しためぐみを目の当たりにしてどこか面白そうな表情を浮かべていた。
二人目はめぐみのすぐ左手に座す、茶髪に細身の長身をした男、勝利王シャルル。
イル・ド・フランスの盟約創設以来、一貫して盟約のリーダーを担う彼は軍との同盟や盟約内における威信の再配分などを駆使し、円卓を撃退。
新しく指導の地位に就いたリチャードと共謀し、この講和会議を画策した。
また軍からの依頼でルイを尾張南高校へ派遣し、めぐみの観察任務へとつけたのは他ならぬ彼。
そのためめぐみの来歴は公の情報については網羅しており、どういうつもりか自身よりも上手にめぐみを置いたのも彼の要望であった。
最後、三人目にして要警戒人物——円卓側の第二位の席に座る一人の女性、アリエノール・ダキテーヌ。
欧州の母、あるいは単に母と呼ばれることもしばしば。
彼女は本来リチャードとは親子関係のはずであるが、奇特なことにこの二人の外見年齢はそう乖離していない。
大半の異能者が若かりし頃の姿で現代へと現れ、またその出現も五年ほどの期間に集中していたため発生した特異な現象であった。
政治的な話へ軸を戻すと、アリエノールは「円卓指導者」にリチャードを座らせた立役者。
ヴィクトリアの失踪とシャルルの猛攻で崩れる円卓、戦争を続行するために人気のあったリチャードを指導者へと着けた。
しかし現実はどうかと言うと、勝ち目のない戦いを嫌うリチャードは和平を実現しようとしており「彼女はこの会議を最も破壊する可能性のある女」として大佐から事前に警告されていた。
しかしめぐみにとってはそれ以上に気になるのは、アリエノールが僅かに細める目。
その目がどこか自分を見定めようとしていることに、めぐみはこの上ないほどの圧を受けた。
「それではこれより、俗に瀬戸内百日戦争と呼称されている紛争の調停を始める。参加勢力はイル・ド・フランスの盟約に並びに——」




