第23-1話:知恵の館
大和めぐみらを始めとした異能者たちにとって「ゲーム」とはいったいどのような執り行いなのだろうか。
主催者が管理するデスゲーム。違う。
仁や義に則り、審判のもと剣を交わす武人同士の試合。違う。
では、個人間で行われる完全な無秩序な争いなのだろうか。それも違う。
まず漠然と存在する事実として、ゲームには威信や霊兵を始めとした数多くの「法則」は存在するが「ルール」は存在しない。
だがしかし、本当に「ルール」が無いと言えばそれも嘘になる。
理由は、意外にも簡単だ。
人はわけも分からない場所へと放り込まれれば、その中にルールを見出そうとする。
次に志や目的、由来を同じとする……ルールの通ずる者たちと共同体を形成する。
そして共同体の中で共通となったルールは、他の共同体と混ぜ合わさるようにしてゲーム全体へと波及してゆく——。
ここ京都に位置する、過去の異能者「ハールーン・アッラシード」の創設した知恵の館が現在の形へと収束していった経緯がその最たる例だろう。
最初期の知恵の館は、過去の異能者のなかでも画家や学者、医者などの知識人が徒党を組み出来た組織であった。
しかし彼らのうち霊兵の召喚条件を満たす者は少なく、ラシードの異能を以てしてもゲームの謀略から組織を守ることは困難となりつつあった。
だから彼らは、他の組織からの保護を受けた。
自らの世俗研究や洋の東西を問わぬ宗教学、更には異能研究に価値を見出すパトロンを探し出そうと。
最初は南の組織から、次は西の組織から、その次は箱根の遠く東の組織から。
次々とパトロンを変えていくなかで、いずれほぼ全ての組織からの援助を受けるようになり——最後、国が学術機関としての認可を降ろすとともに破格の資金援助をしたことで。
ここで初めて、ゲームの中で数少ない「中立組織」として運営される、知恵の館が出来上がったのである。
知恵の館の役割は文理を問わず、社会学や文学、医療に芸術、数学。
異能者の子らの帝王教育や異能学など、真の意味での「博学」を修める組織へとその構造を変化させていった。
「列強」とその序列を発表しているのも、この知恵の館である。
果てには異能者の組織間を巡る講和会議も、特に断りが無ければ知恵の館やその分館で行われる手筈になるほど、組織の中立化は異能者たちの間では普遍たる事実として広まっていった。
そしてこういった社交の場へは顔を出さない須藤武蔵を除けば事実上唯一にして無二、ここ数ヶ月で目覚ましい勢いで頭角を現しつつあった現代の異能者。
「怪物・大和めぐみ」が館へと足を踏み入れたのは、土曜の午後になってからの話であった。
知恵の館の外見は焼成煉瓦で造られたミナレットや、その他イスラーム建築が群れをなし繋がる人文棟。
ロムルス台頭以前のローマ系の組織が援助していた時期に増築された、ギリシア・ローマ建築の並ぶ数理棟。
医療や異能研究施設、館やゲーム全体の会議が行われる議堂の設置された、国家の認可以後に建設されたガラス張りの現代的な建築が特徴の本棟の三つに別れていた。
そしてこれら全てが「彼」の体内であると同然であった。
『知恵の館へようこそ。本施設では、以下の条文の違反者には永続の退去命令が課されます。最初に、本施設にてあらゆる暴力行為を行わないことを契約しますか』
「……なに、これは」
館の外で警備についた須藤武蔵と別れ、数名の軍職員とともに館の本棟へ足を踏み入れためぐみが改めて最初に目にしたのは、薄緑色をしたホログラムのような数枚の「契約書」。
館へと初めて立ち入る人間全てに、例外無くこれらの契約を押し付けることとなっている。
ここで拒否するか、後に契約内容に違反すれば即座に館の周囲数キロに転移させられ、以後館へと立ち入ることはできなくなる。
現代のインターネットを参考にしたそれらの契約は多岐にわたる。
暴力行為の禁止、武器顕現の禁止、建造物へ意図的に攻撃を加えることの禁止、緊急事態時の館非関係者のランダム転移。
それらの契約内容が一条ずつ、めぐみの前へ現れては同意を内心で確かにするたびに消えてゆく。
そして最後に。
「館内での全ての言動と行動、そして通信は監視されている」という条文を目にしためぐみが、きらりと光る銀の指輪の付いた右手でそれを叩き割ろうとしたところで。
随伴の町田聡美が、その右手をすんでのところで制止する。
「それはダメよ、めぐみちゃん」
「けどこれって」
「大丈夫。この館を監視しているアッラシードって異能者は、情報を館の秩序維持以外に使わないことを条件に即時退去を実現してるの。だから心配してるようなことは起こらないわ」
「……分かりました」
建物そのものが異能者ということを事前に聞かされていためぐみは、表情だけ腑に落ちたということを述べながら、その条文へと内心で確かに同意した。
「私が行けるのはここまでよ。ここからは、一人でお願いね」




