第22-3話:選択
「ああ大和、着替え終わったかって——ッ!?」
もう一つだけ、ボタンを外してキッチンへと出たら。
ルイはまた目を逸らした。
彼は「わ、忘れ物か?」なんて茶化してる。
着替え終わったと思ってたのか油断してたのかな。
鍋で湯に火を掛けていたガスコンロのスイッチを触れて火を切り、シンクで人参を切っているルイのもとへとゆっくりと歩み寄る。
「や、大和? まだ鍋の湯湧いてないから……って!?」
彼の右手を握り、指の一本一本を外すようにして手に握られた包丁を解く。
すっかり汗の乾いた彼の顔、琥珀を混ぜ込んだガラス細工みたいな瞳、うるっとした唇。
目を逸らしても、私の胸元を視界の端で捉えてるのがバレバレでえ。
「え、ま、きゅ、急にどうして……」
左手で、彼の小さくてお人形さんみたいな顔を撫でると。
面白いくらいに見てて。緊張してて。赤くなってて。
私のことを、見てくれているのが分かった。
「ねえ、ルイ。好きだよ」
「え…………えっ!?」
激しく動揺するルイの顔へ。
首を下へ少し傾けながら、私は初めての口づけをした。
触れる唇、僅かに擦れる粘膜。
何よりも、顔を真っ赤にして目を瞑ったルイの顔がこんなにも近くにあるのが嬉しくて。
「ぷはっ! ま、待ってくれ。大和——」
——そう。好き。
だから、良いよね。
そのまま、彼の華奢な左手首を掴んで。
頭を支えながら床へ押し倒して。
身体を押し付けながら、深いキスを続けた。
彼が悶えるのが嬉しくて。
彼の身体が喜んでくれるのが嬉しくて。
彼の硬いものが、私の臀部へと当たるのが嬉しくて。
自分の中で欠けていたのもが埋まっていくのが、嬉しくて。
——そして、私が掴み続けて赤く鬱血した彼の左手と。
怯えるような表情を、彼の上で馬乗りになりながら目の当たりにして。
自分が、何をしてしまったのかを理解した。
「————ッ!」
私が固まった一瞬の隙を見逃さず、私の胸元を強く突いて突き飛ばすルイ。
突き飛ばされるままに尻もちをつくとともに、家の中の家具が少し揺れる。
「ルイ、ごめ——!」
そしてまたもう一度、ルイが私のことを強く突き飛ばした。
「——っ」
一瞬のことで、何が起こったか分からなかった。
何かが落ちたような音がしたあと、今度は私がいきなりルイに押し倒されて。
すごく勝手な感想だってのは分かってるけど。
少しだけ、怖いと思ってしまった。
「……危なかった」
ルイがそう口にして、彼が目を向けていた方向を見ると。
さっきまでシンクの上にあったはずの包丁が、僅かに揺れながらたわむような音を発していた。
「な、なんで……」
なんで、助けてくれたの。
なんで、見捨ててくれなかったの。
そのぐらいじゃ私は死なないし傷も塞がるのに。
わたしはあんなにもひどいことをしたのに。
自分勝手な意見が次々と。
墓に埋めたはずの悪霊が蘇ったみたいに、胸の内からルイを責め立てて——。
「大和が、傷ついていいわけないだろ」
ルイの一言の前に、一瞬で霧散した。
彼が身体を起こすと共に、私もその場へ地べたに座り直す。
緩んだ胸元のボタンを閉め直すそばで、ルイも身体についたホコリを払いながら、包丁を洗い場の中へと落とすように戻した。
「ごめん、ルイ。ルイの顔も見ずに、あんなことして」
「いいんだ、大和。僕の覚悟とか心構えができてなかっただけだ。——ちょっとだけ、痛かったけど」
そう言われてルイの左手へと目を向けるけれど、まだその赤みは引いていない。
しばらく、無言の間が流れたあと。
ルイが「僕の方こそごめん、強く突き飛ばして。それも二回も」と、謝るようなことでもないことを悪びれながら謝った。
「謝らないで。あれは私のせ——」
「なら」
ルイは、このとき初めて強く言葉を発すると。
私の方を真っ直ぐ見ながら、一つのことを求めてきた。
「今この場で、なんでこんなことをしたのか話してくれ」
******
次は、僕のことを話そう。
香蓮に続けて、ルイへもリヴァの全てを打ち明けたあと。
半ばルイに肩を貸してもらって座ったソファで、私のすぐ右手にルイが並んでったルイがそう口にした。
「……次、っていうのは」
ルイの秘密なら、初めてデートへ行った時に聞いたはず。
私がその直前に大きなことを打ち明けたのもあって、不意に身構えてしまった。
「…………ごめん、ちょっと言い方が悪かったね。さっきのことで伝えたいことがあって」
ソファの上で前屈みになりながら、そう話を切り出すルイ。
私がぽつぽつと言葉を口にしていた時から、神妙な面持ちを続けていたルイ。
でも……その表情を目の当たりにするだけで、喉がキュッと締まる。私にあんなことをされた彼が、なんでこうも真摯に接してくれるのかが分からないのが……怖い。
「正直なことを言うと……最初は、嬉しかった」
「……えっ」
でも、その理由は思ったより単純だった。
私が押し倒した時の彼の胸中は恐怖で染まっていて、それゆえのあの怯えた表情だと思っていただけに、重い瞼を持ち上げつつも目を丸くする。
すっかり腫れの引いた、彼の手首。
ルイは前屈みになったまま手を組むと、若干の恥じらいを表情に浮かべながら真剣な声色で話を続ける。




