第21-5話:実り実った日常
「し、失礼しまーす……」
香蓮や若菜と楽しくお昼を共にした日の夕方。今日は訓練は無い代わり、ルイに送られる形で春日井にある陸軍の基地を訪れていた。
学校でお昼を食べ、夕方には制服から着替えて陸軍基地でお偉いさんと面会。
自分ではなんとなくやってるけど、考え直すとその落差が酷いのなんの。
軍の人から奇異な目で見られながら渡された地図通りに構内を進むんだ先に、一枚だけ「格」が違う木製のドアが鎮座していた。
その黄土色に輝くドアノブへ手を掛けると、僅かな軋みと共に中から木製家具特有の木の臭いが漂ってくる。
「えっと、町田軍曹殿に呼ばれて来ました、大和めぐみです」
司令室内は思っていたほど物々しくはなく、漆の塗られた高そうな家具が並び、部屋の真ん中には座り心地の良さそうな椅子が六脚ほど置かれている。
地面には格式の高さを示す、縁が金で彩られた淡い赤色の絨毯が敷かれているけれど……全体の印象は校長室に近い。
校長室か司令室かって言われても、見分けがつくのは小さな棚に飾られている「全国駐屯地対抗駅伝優勝」と刻まれたトロフィーぐらいのもの。
「よく来たな、大和めぐみくん」
「っ!」
その部屋の最奥、綺麗に整頓された木製の事務机に、初老の男が腰掛けていた。
間違いない。あの人が旅団のリーダー……熊澤聡大佐。
自己紹介が無くとも、その豪華な将校制服が「私は偉いです」と自己紹介をしてくれている。
でもふんぞり返った権力者って感じでもなく、恰幅が良くて落ち着いた話し声。
短い毛髪もほぼ全てが白髪になっていて、ところどころに色を残している毛が散っている。
親戚の集まりに行けば四等親ぐらいの間柄に一人ぐらいは居そうな外見をしている。
「中へ入ってゆっくりしたまえ。もう一分ほど手が離せんのでな」
大佐はタブレットを手にしたまま立ち上がると、鞄片手に部屋の真ん中に置かれていた客用の椅子へ腰掛けなおす。
私も言われるがまま大佐の向かいにある椅子に腰掛けるけど……自分からみても借りてきた猫って感じが否めない。
「すまないな、目が悪く書類の確認が遅いのだ」
タブレットをなぞる大佐の細い目へ視線を向けると、その目は僅かに緑がかっている。
……目が悪いってことと合わせると緑内障か何かかな、確信はないけど。
「……これで終わりだな」
独り言をつぶやきながら、隣の椅子に置かれていた鞄へタブレットをしまう大佐。
その背筋が伸びると共に、私も背筋を一緒にピンと伸ばす。
「緊張せんでいい。そうだな……校長か何かと話すぐらいの気分でいてくれ」
校長と話すのも割と気を遣うんだよ、おじいちゃん。
なんていうツッコミは置いておいて、熊沢大佐は丁寧な口調で自分の名を名乗った。
「儂は熊沢愉。階級は大佐、ここの駐屯地司令と特別異能対策旅団の旅団長を兼任させてもらっている」
「わ、私は大和めぐみ……です」
「うむ、自己紹介には自己紹介で返す。その歳にして礼儀がなっているとは、儂の娘にも大和くんのことを見せてやりたいわい」
苦笑交じりにそんなことを口にする大佐。
小さな目を更に細め、髭のないツルツルな顎を懐かしそうに撫でている。
「さ、ここまで来てもらって長居させるのも悪い。今日の要件は三つだ、手短に済ませるとしよう」
機嫌の良さそうな声のまま、鞄をゴソゴソと漁る熊沢大佐。
取り出した小さな封筒を確認すると、机を滑らせるように差し出してきた。
「これは……って、重!」
封筒には「五月付け・大和めぐみくん」とデカデカと書かれていて、かなり分厚い。
重さもなかなかのもので、けれど持った感じからして中身は固いものではない。
その下には月を六月に変えただけの同じものがもう一つ重なっていた。
「……まぁいきなりのことで困惑するだろうが、遠慮せずにこの場で開けてもらっても——って、何をやっとるんじゃ」
「えっ、ああいや、ちょっと手持ち無沙汰になって」
あまりにも分厚くて頑丈なもんだからと、手持ち無沙汰に突き動かされるがまま、私の手が勝手にその封筒をT時型に積み上げていた。
っていうか開けていいのか、じゃあ先に開ければ良かったな。
中身はなんだろなんて思いつつその封をなんとなく破ると……そこにあったのは、淡く黄色がかった紙束。
「……いやいやまさか」
自分の目を疑いつつも、中身を取り出す。
視界に飛び込んできたのは、明治天皇の肖像画と「壱万円」の文字。
それが大体二センチと少しほどの厚みに渡って続いていて、百と書かれた帯によって二つに分けられている。
更にそれがもう一袋……?
「えっ…………これ、何万」
見たところ十万や二十万では足りない。
それに、よくドラマ現場である「一番上だけ現金」でもない。
「む? 月頭二百じゃ足らんかったか、ならもう少し包んで――」
奥歯が、足が、腕がカタカタと小刻みに震える。
え、月頭二百万? それが二つ? っていうかさっき私札束で積み木遊びしてたの?
「ってか! わ、私に何させるつもりですか!? か、身体は売りませんよ!?」
「バカタレが、儂をなんだと思っとる。給与じゃよ給与」
「あっお給料か……ってそれで納得できるわけないでしょ!」
大急ぎで封筒に札束を包み直し、机の上を滑らせながら熊沢司令へと差し返す。
「お金は大丈夫です! 父の遺産で食うには困っておりませんので!」
高校二年生にとって明治天皇四百人はあまりにも荷が重いうえに恐れ多い!
食うに困ってないは嘘だけど、たかが高校生に二ヶ月分とはいえ四百万包むっていったい何考えて――。
「……気持ちは分かるが、ダメだ。受け取ってもらわねば困るのはこちらだ」
顔を上げると、口を噤みながら腕を組んでいた熊沢司令の声色は、どっしりと据わりつつも苦慮を孕ませていた。
「まずをもって、現代人の異能者は七人しか確認されておらん。して日本の列島は広大。そんな貴重な人材に金を出さんほど、私は義理に薄くない」
だとしても高校生に二月分とはいえ四百万なんて……社長でもそうそうそんな額貰えないぞと正気を疑う。
「そして次に質問させてもらうが……大和くん、君の身分はなんだ」
「……異能者?」
「違うな。君が社会の上で何か契約をするときに申する身分。それは高校生や学生という身分になるはずだ」
ああ、そういう俗っぽいやつか。
ちょっと身構えすぎていて思考が固まっているのを感じ取る。
「そして……その高校生を『七人しかいない現代の異能者』という名目のうえで鍛え、戦力として用いようとしている。それが私だ」
……そっか。
私にとってはこれがもはや普通だから麻痺してたけど、高校生を戦わせるなんて社会では到底許されることじゃない。
基地に入る時も高校の制服じゃダメって言われてるのもそういう理由、あえて露悪的に言うなら隠蔽とか責任逃れに近いのか。
「この金は我々が出来る少しもの罪滅ぼしだ。金で解決できる問題とは微塵も思っておらんが……もしこの老人の思慮を労ってもらえるならば。受け取ってくれると助かる」
私が還した封筒を、もう一度差し出してくる熊沢司令。
鼻で小さなため息をしたその表情は、どこかに哀愁が漂っている。
「娘さん、おいくつなんですか」
「……今年で大学二年。今は十九じゃな」
…………私と三つしか違わない、なんなら私の方が幼いわけで。
そんな子どもを戦わせることが辛いことぐらい、親になるとしても遠い未来な私でも分かる。
「分かりました。ありがたく受け取らせてもらいます」
「助かる。君の身分を鑑みるに、こうして手渡しになり申し訳ない。もちろん、金を理由に裏切られては困るという事情もあるわけじゃが……まぁ、こと君においてはその心配は要らんじゃろう」
義理人情を感じさせる声で、熊沢司令は確かにそう述べた。
だとしても四百万の重みは絶大。
総価値にして一万も無かったはずの私の鞄が、たった二つの封筒をしまっただけで数百倍以上に膨れ上がる。
……帰り際に銀行、寄ろう。すぐに。
「そして二つ目の依頼じゃが……君に出席してもらいたい会議があってな」




