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第2-5話:約束のために

 ベージュがかった白いリュックが、まるで幼児が大人の椅子に腰掛けるみたいにちょこんと取り残されていた。

 

「まさか忘れてったの!? こんな大っきい荷物を!?」


 大急ぎでその場から立ち上がり、周りを見渡す。

 でもこの混雑したモールの中で背の低いルイを見つけ出すなんて――いや、さすがに黒髪だらけの中に一つ栗色の毛をした人が居れば目立つ。


 実際、立ち上がって五秒でルイの場所は見つけられた。

 けどどういうわけか、ルイはフードコートのアイス屋の前で腕を組みながら何かを待っている。


 置き去りにされたルイのリュックをひっつかんで、大股でアイス屋の方へと詰め寄る。


「お支払いは?」


「バーコードで……って、残高ないや」


「ちょ、ちょっと! ルイくん!」


 店員とやり取りしているルイへ、肩で息をしながら鞄を突き出す。


「私しかいなかったのにリュック置いてくって、あんた何考えて──」


「ああ、丁度いいところに。ありがとう、助かったよ」


 そう言いながら鞄へと手を突っ込んで取り出したものに、思わず驚嘆の声を漏らした。


「あ、あんた財布すら預けたまんまどっか行ってたの!?」


「え? そうだけど……ってちょっと待っててね。クレカでお願いします」


 しかもルイが折り畳み財布のボタンを外した途端に黒いクレカが姿を現す。

 


「ごゆっくりどうぞー!」


 店員がルイへ商品を差し出すと、彼は満面の笑みを浮かべながらそれを受け取る。

 そしてこちらへ振り返り小走りで戻ってきた先で、私の。


「ど、どうかした?」


「いやどうかしたじゃなくて! あんた人に鞄預けて、しかもそん中にクレカ入れたままって何考えてるの!?」


「あ、確かに。でも大和さんが見ててくれると思ったからさ。ごめん、迷惑だった?」


「迷惑とかじゃなくて! 私が人のモノ盗るような人間だったらどう……すん……の……?」


 ルイの手にされている物を目にして思わず捲し立てる言葉を止める。

 マンゴーとストロベリーの丸いアイスが入ったカップを両手に一個ずつ。

 そういえばさっきのはアイス屋だったっけ、と狭くなっていた視野を広げて思い出す。


「ああ、これ? 食べるかなって思って」


「え? いや、食べる、けど……な、なんで?」


 あまりに唐突なことに困惑を隠せない。

 意味の分からない行動にごちゃごちゃになっていた思考が、更に理解できない行動で塗り替えられる。


「なんでって……まあ、お詫びかな」


「……お詫び?」


 なんでルイが私にお詫び?

 確かにルイは異能者だけど、まだ私には何もしてない。だから私に謝る義理も理由も無いはずで。

 それでも彼は、表情に申し訳なさを滲ませている。


「……一つは、昨日のこと。僕が不甲斐ないせいで、敵に待ち合わせ場所が割れてしまった」


「いや、あれはあいつの異能が――」


「もう一つは、今日のこと。君が僕とは会いたくないって言ってたのに、無理やり予定を合わせて――しかもその場に鈴原さんまで引き合わせちゃったから」


 そのあとに「鈴原さんと、僕のことで何かあったんだよね」と続けるルイは、首を僅かに傾げながらこちらの事を見上げてくる。

 

 ……この子、ほんとに異能者なの?

 何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなるのを通り越して、純朴過ぎて逆に心配になる。


「あ! も、もちろん危ない目に遭ったのにアイス(いち)カップで全部解決とかって思ってるわけじゃ──」


 そうやって焦りを浮かべながら取り繕うルイの片手から、そっとソフトクリームを受け取る。


「もう、昨日のは大丈夫だから、その……」


 ──礼儀以外で、本心から香蓮や祖父以外にこれを言うのはいつぶりだろう。

 舌でその言葉の形を思い出しながら、ぼそっと口にする。


「あ、ありがとう……」


 なんてないこと無い言葉。

 別に恥ずかしいこと言ってるわけでもないのに、感謝の言葉を漏らした途端にルイがニヤつくせいで目線が合わない。


「へへ、どういたしまして。代金はいいから」


 なんだか、すっごく久しぶりな感じ。

 けれど胸の内から湧いてくる名前を忘れた感情の中に混じって、一つだけ気になることがあった。


「呼び方……なんだけどさ。呼び捨てでいいよ。なんだか、さん付けされるのが気持ち悪いっていうか」


「呼び捨て? それじゃあ大和、でいいのか? なら僕のことも呼び捨てで呼んでほしいかな」


「えっ!? わ、私も!?」


「私もって、そりゃそっちの方がフェアでしょ?」


 白い歯を見せながらへへへと笑うルイ。


 ……まあこっちがお願いしたんだからお互いにするのがフェアか。

 目を合わせながら渋々と首を縦に振る。


「よーし! それじゃよろしくな、大和!」


「よ、よろしく。ルイ」


 何気なくそう呼んでみたけれど。

 親しくもない人を呼び捨てする違和感だけは、やっぱり拭いきれなかった。

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