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第3-1話:接触

「ん……」


「どうした? 自分の口の周り触って」


「んーん、さっき食べたアイスが口の周りにまだついてただけ」


 そうやって何かにつけて手持ち無沙汰にしているけれど、実はそれは真っ赤な嘘。本当は慣れない場所にいて居心地が悪いだけ。

 光沢加工のされた本皮のジャケット、足先にかけて末広がりなシルエットを持つダメージジーンズ。モールの一角にある、エニクロやQUでは見れない非凡な服が並ぶ服屋。

 

 倉庫のようにところ狭しと服が陳列されているんじゃなくて、服が余白をもって飾られている。

 ハイブランドではない、けれど一般の高校生には到底手が届かないような服の数々が並ぶいわゆるセレクトショップ。


 普段入るのがチェーン店や古着屋ばっかりなせいで、新品の高価な服に囲まれているせいでなんだか落ち着かない。

 勇気を出して「このズボンかっこいいな」と衝動に任せて手にしたとしても、ポケットから出した値札に記される二八八〇〇円の文字列が購入意欲を無へと還す。

 

 世の中分かんないことだらけではあるけど、今ここでこれだけは断言できる。私はここにいるべきじゃない。

 というか私がそう思わなかったとしても、この店の雰囲気自体が「お前はお呼びじゃない」と言わんばかりに追い返したがっている気さえする。

 


「なあ大和、このシャツとあの上着の組み合わせだったらどっちのズボンが良いと思う?」


 そんな私に構わず服をあれこれ手に取り選ぶルイ。

 派手派手な服が並ぶなか、彼に手にされた服は比較的カジュアルなラインナップだった。


「わっかんない……男の服なんて選んだことないから」


「そんなこと言わずにさ、直感でいいから」


「じゃ、じゃあこっちの薄手のツルツルしたズボン」


「お、理由は理由は?」


「……夏、涼しそうだから」


 無知だから分からないなりに考えて絞り出したのに、あろうことか吹き出して笑うルイ。

 私が「ちょ、何がそんなにおかしいのよ!?」なんて問い詰めても、その場に屈んで肩を震わせるのをやめない。


「いやー、おかしいっていうか、面白いっていうか。大和ってお洒落なのになんでそんな返事が出るのかっていうか」


 明らかにからかわれている。私の男服選びのセンスのなさを。

 でも、今まで見てきた異能者の見下すような嘲りとは違う、同じ目線の親しみをもったからかい。


「……もう」


 言い返したいことはいっぱいあったのに。そのどれもが口から出ることなく胃の中へと落ちていった。



 ******



「そういえば、さっきのお店で何も買わなくて良かったの?」


 さっきのセレクトショップから出て右斜向かい、流行りの小物やらCDやらが雑多に並べられている雑貨店。

 店内には最近町中でよく耳にするトレンドの音楽がやかましいほどの大音量で流れている。

 

 そんな店のいちばん奥、照明が届かないせいで賑やかさを少しばかり落としているインテリア売り場で。

 一見奇抜なようで凡庸な棚のラインナップに飽きてふと目を向けた先にあった、手ぶらなルイを見てそんな疑問が浮かんだ。


「別に、なんか惹かれなかったっていうか」


「……でも真っ直ぐ向かってったことは何か買うつもりだったんじゃないの? 私が言っちゃなんだけど、お金はあるんでしょ?」


「うーん、ていうのも僕もなるべくみんなと同じもの着たいって思ってるからさ。ほら、みんなで集まって僕だけブランドモノだったら浮くだろ?」


 ルイは王冠型をしたペン立てを棚へ戻しながら、私の方へ向けて「何当たり前のことを」と言わんばかりに首を傾げてきた。


 ……なんか今、何の飾り気もない本物の金持ちを見せられた気がする。

 そっか、金持ちはお金を使うだけじゃなくて使った先のことも考えるのか。


 そう考えると、ズボンのポケットに入ってる小銭だらけの財布がなんだか急に頼りなく感じてくる。


「ていうか『お金ある』って、大和でも僕のことは知ってるんだな」


「待って待って、大和でもってなによ。私のこといったい何だと思ってるの」


 またからかわれた。でもやっぱり悪い気はしない。

 まあ私の方から独りでいるわけだし、そこを突かれたからって今更何も思わない……はずだった。

 

 次の瞬間にルイが発した言葉に思考が急ブレーキを踏む。


「大和の事情を考えると、僕のこと知らなくても不思議じゃないなって思っただけだよ」


「…………私の、事情」


 事情。単なる一つの言葉。それだけのはずなのに、そこから何かしらの含みを感じる。


 最初の一瞬は私が独りでいることを指しているんだと思った。「独りいるから仕方ない」という事情。

 けれど、それならわざわざ事情なんて言葉を使わなくていいはず。どちらかと言えば、その言葉は私が独りでいる理由に向けられている気がして。

 

 ……もしかしたら、私のことも知られているのかもしれない。それもかなり深いところまで。

 

 どこから仕入れたのか、今までに戦ってきた異能者の一部も私の過去を知っていた。ルイもその例に漏れないのかもしれない。

 

 ――そうだ、忘れるところだった。ルイはあくまで異能者。

 ルイが悪い人間じゃなかったとしても、その前提だけは崩さないようにしなきゃいけない。

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