第58話:世界中の調香師たちが弟子入りしてきたが、とりあえず雑巾の絞り方から教えた件
カイルの異臭騒動を解決した『聖域の吐息』の噂は、風に乗って世界中へと広まった。
数日後、聖域の門の前には、豪華な馬車や旅装束に身を包んだ一団が列を成していた。
「ゼクス様! どうか、その神懸かり的な調香技術を伝授してください!」
「伝説の『汚れを消し去る香り』の秘密を、どうか我らギルドの若手たちに……!」
集まったのは、各国で名を馳せる高名な調香師たち。
彼らは「どんな高価な香料を使っているのか」「どんな禁断の配合があるのか」と目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。
「……分かりました。皆さんの情熱は伝わりました。ですが、俺の調香を学びたいのなら、まずは『基本』から始めてもらいます」
「おお! 基本! 薬草の調合比率ですかな? それとも蒸留の温度管理ですか!?」
期待に胸を膨らませる彼らの前に、俺は山積みにされた『真っ白な雑巾』と、『神域のバケツ』を差し出した。
「いいえ。まずは、【正しい雑巾の絞り方】からです」
「「「「……はい?」」」」
呆然とする調香師たちに、俺は実演してみせる。
「いいですか。雑巾を縦に持ち、両手で雑巾の中心を絞るように……。適当な水分量を残した雑巾こそが、空気中の香りを定着させる『最高のキャンバス』になるんです。バケツの水が汚れたままで、どうして清らかな香りが作れると思いますか?」
俺の言葉に、調香師たちは最初こそ「馬鹿にしているのか」という顔をしたが、俺が絞った雑巾で床をひと拭きした瞬間、周囲に『清涼なミントと森林の香り』がふわりと漂うのを見て、顔色を変えた。
「なっ……拭いただけなのに、香りの『解像度』が違う……!?」
「ただの床が、香りの発信源になっただと……!?」
「……掃除とは、空間の不純物を取り除き、香りを置くための『土台』を作ること。土台が汚れていては、どんな高価な香水もドブ川に捨てるのと同じです」
俺の言葉は、彼らの職人魂に深く突き刺さった。
かつて宮廷でちやほやされていた一流調香師たちが、涙を流しながら「……雑巾、絞らせていただきます!」と叫び、聖域の床を這いつくばって磨き始める光景が広がった。
「……ゼクス。貴公、また無自覚に『お掃除教団』の信者を増やしたわね」
アルテミス様が呆れ顔で呟く横で、俺は弟子たちの雑巾の絞り具合を厳しくチェックして回るのだった。
お読みいただきありがとうございます!
「調香を学びたければ、まず掃除をしろ」……まるでどこかの老舗旅館のような教えですが、ゼクスにとってはこれが真理です。
一流の調香師たちが一心不乱に床を磨く姿は、もはや聖域の新しい名物になりつつあります(笑)。
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