第17話:魔族の姫が『角専用ワックス』で磨かれたら、プライドを捨てて忠魔になった件
魔王の娘リリスが、俺の部屋に転がり込んできてから一夜。
彼女はベッドの端に座り、いまだに信じられないといった様子で自分の手を見つめていた。
「……あり得ないわ。あんな一杯の白湯で、魔族としての私の『破壊衝動』が鎮まるなんて……」
「おはようございます、リリスさん。……あ、やっぱりその角、魔力の凝固した不純物がこびりついてますね。ちょっと磨かせてもらってもいいですか?」
俺が手に持っているのは、昨夜のうちに調合した『神域の研磨ワックス(光沢特化型)』。
世界樹の樹脂をベースに、聖教国の真珠粉を混ぜ合わせた逸品だ。
「……ふん、好きにすれば? 魔族の角は、誇りそのもの。人間なんかが触れたところで、傷一つつかないほど硬――」
「はい、失礼します。キュッ、キュッ……」
俺が布にワックスを馴染ませ、彼女の角を軽く撫でた、その瞬間。
――キィィィィィィィン!!
漆黒だった彼女の角が、まるで宇宙の星々を閉じ込めたかのような、神秘的な銀河の輝きを放ち始めた。
「……っ!? ひゃ、……な、なにあれ!? 角から……脳に、直接……とろけるような魔力が流れ込んでくる……っ!!」
「あ、これ。角に溜まった『古い魔力』を循環させる効果もあるんです。気持ちいいでしょう?」
「き、気持ちいい……なんてレベルじゃないわ……! ああ……、魂が、洗われる……。私、……お父様、ごめんなさい……。私、もうこの男無しでは……生きていけない……」
リリスの瞳から鋭さが完全に消え、その尻尾がパタパタと、まるで散歩を待つ犬のように激しく振られ始めた。
魔族の誇り? そんなものは、この「至高の角磨き」の前では、ただの燃えないゴミでしかない。
「ゼクス様……。もっと、もっと磨いて……。私、……あなたの『忠実な魔(忠魔)』になりますから……っ!」
彼女はゴロリと床に横たわり、俺の足元に頭を擦り寄せてくる。
かつての冷酷な暗殺姫の面影はどこにもなく、そこには「お手入れ」を熱望する一人の乙女がいた。
その時、部屋の扉が勢いよく蹴破られた。
「――ゼクス! 朝から妙な魔力が漏れ出して……って、貴女! ゼクスの足元で何を破廉恥なことをしているの!?」
「……あら、アルテミス様。……ふふ。私は今、ゼクス様に『浄化』されているのよ。……貴女たちには、この快楽は分からないでしょうね?」
「な、……なんですってぇ!? そのピカピカの角、自慢する気かしら!」
アルテミス様と、いつの間にか後ろに立っていたエルナが、顔を真っ赤にしてリリスを指差す。
「ゼクス様! 私にも! 私の杖も磨いてくださいまし!」
「私だって、剣の鞘を磨いてほしいわ!」
「……あ、はい。じゃあ、順番に並んでくださいね」
俺は、三人の美女が競い合うように背中を向けてくる光景を見ながら、「あ、ワックス、もっと大量に作らないとな……」と、幸せな(?)悩みを抱えるのだった。
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