第11話:王女と聖女が俺を巡って喧嘩を始めたが、自作の『特製ジャム』で餌付けされた件
新しく拝領した男爵邸のダイニング。
そこには、この国の至宝である第一王女アルテミス様と、隣国の象徴である第一聖女エルナ様が向かい合って座っていた。
……空気は、マイナス百度くらいに冷え切っている。
「……それで? エルナ聖女。貴女の国はもう救われたはずでしょう? いつまでゼクスの邸宅に居座るつもりかしら?」
アルテミス様が、紅茶のカップをピシャリと置いて先制攻撃を仕掛ける。
「あら、アルテミス様。ゼクス様は私の『恩人』ですから。聖教国の加護を授けるため、身の回りのお世話をするのは当然のことですわ。……部外者の王女様こそ、公務にお戻りにならなくてよろしいの?」
「ぶ、部外者!? 私はゼクスを最初に見出し、騎士に叙した主ですよ!」
「最初に見つけたからといって、独占権があるわけではありませんわ。ねえ、ゼクス様?」
火花を散らす二人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。
「え、あ、はい……。……あの、喧嘩はやめて、これでも食べませんか? 庭の『光るイチゴ』が余ってたので、ジャムにしてみたんです」
俺は焼き立てのパンに、たっぷりと深紅のジャムを塗って二人の前に差し出した。
実はこれ、ただのジャムではない。
【神眼鑑定】によれば、『神域の滋養強壮剤(極上の甘み)』。一口食べれば一週間の疲れが消え、おまけに美肌効果まであるという、美容にうるさい女性には禁断の逸品だ。
「……ふん。ゼクスが作ったものなら、毒見として食べてあげなくもないわ」
「私も、ゼクス様の真心をお断りするわけにはいきませんもの」
二人は競い合うようにパンを口に運ぶ。
――次の瞬間。
「「…………っ!!」」
二人の顔が、ポッと林檎のように赤く染まった。
「な、……何これ!? 体中がポカポカして、肌が……肌がツヤツヤになっていく感覚がするわ! それに、この暴力的なまでの美味しさは何なの!?」
「……はふぅ。……幸せです……。聖教国の秘宝『神の蜜』ですら、このジャムの足元にも及びませんわ……」
さっきまでの険悪な空気はどこへやら。
二人は夢中でパンを頬張り、ついにはお互いの皿にあるジャムの量を「そっちの方が多いんじゃないかしら!?」と別の意味で争い始めた。
「あの、おかわりならいくらでもあるので、ゆっくり食べてくださいね」
「ゼクス! 明日の朝も、これを作ってちょうだい! 毎日、私のために!」
「いいえ、私がゼクス様のキッチンをお手伝いしますわ! 聖女の祈りを込めたジャムを作りましょう!」
「……あ、はい。じゃあ、二人で一緒に作りましょうか」
俺がそう言うと、二人は一瞬顔を見合わせたあと、「……今回だけは協力してあげますわ」「……ええ、ゼクス様のためですもの」と、渋々ながらも手を組んだ。
俺は、二人仲良くパンを食べる姿を見ながら、ふと思った。
世界を揺るがす王女と聖女を、庭の雑草だけで手懐けられるなんて。
「調香師」の仕事って、意外と平和に貢献してるのかもしれないな。
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