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第17話 揺れる均衡


強制回収計画の失敗は、明確な転換点となった。


三十二階層は完全封鎖。

国家主導の警備部隊が地上入口を固め、ギルドの許可なく近づくことはできなくなった。


それでも、緊張は消えない。


むしろ、均衡が崩れる前触れのような静けさが広がっていた。


ギルド本部、戦略会議室。


和泉康介は腕を組んだまま沈黙している。


白石総一郎が報告する。


「円環崩壊後、異世界側の直接干渉は停止。ただし、深層に高密度魔力反応が持続しています」


「嵐の前の静けさか」


九条烈斗が低く言う。


白石は頷く。


「おそらくは再編成段階。強制回収が失敗した以上、次は“環境ごと制圧”の可能性があります」


環境ごと。


それはつまり、階層そのものの改変。


国家側代表が口を開く。


「ダンジョンの破壊は可能か」


室内が凍る。


ダンジョン破壊は最終手段だ。


地殻魔素の暴走を引き起こす危険がある。


和泉は即答する。


「不可能ではない。だが被害は地上に及ぶ」


「では現状維持しかないのか」


その問いに、誰も即答できない。


会議終了後。


廊下で朝霧直哉が雅也に声をかける。


「お前を中心に動いているのは確かだ」


責める口調ではない。


事実の確認。


雅也は頷く。


「否定はしない」


「だが、俺たちはお前を引き渡す気はない」


はっきりとした言葉。


九条も横に立つ。


「俺たちは探索者だ。荷物の受け渡し屋じゃない」


信頼。


守る意思。


雅也は一瞬だけ目を伏せる。


「……感謝する」


短いが、重い。


その頃、山波大樹は単独で三十階層に潜っていた。


許可済みの通常任務。


だが彼の動きは鋭い。


迷いが減っている。


魔物を斬る。


足運びが安定している。


過去の挫折は消えない。


だが、今は立つ理由がある。


討伐後、彼は息を整えながら呟く。


「逃げないって決めただろ」


自分への確認。


一方、松浦かなの配信は新たな局面を迎えていた。


「今日は三十二階層封鎖についてです」


視聴者数は過去最高。


かなは慎重に言葉を選ぶ。


「恐怖は事実です。でも、対策も進んでいます」


コメント欄に流れるのは不安と期待。


「守られている」と感じる声が増えている。


世論は完全に割れていない。


それが救いだった。


夜。


ギルド屋上。


雅也は柵にもたれて街を見ている。


足音。


弓永桜子が隣に立つ。


「政治は動いています」


静かな声。


「私を前面に出す準備が進んでいます」


聖女として。


象徴として。


「異世界との交渉役、という名目で」


雅也は横目で見る。


「危険だ」


「承知しています」


桜子は空を見る。


「でも、誰かが立たなければなりません」


彼女の瞳は揺れない。


「あなたが名乗らないなら、私は名乗ります」


重い言葉。


雅也は沈黙する。


守ると決めた。


だが彼女は守られるだけの存在ではない。


「……無茶はするな」


それが精一杯。


桜子は小さく笑う。


「あなたほどではありません」


そのやり取りを、少し離れた場所で美野里が見ていた。


胸がざわつく。


嫉妬ではない。


焦りだ。


自分も並びたい。


守られる側だけではなく。


翌日。


三十二階層で異変が起きる。


深層から、ゆっくりと魔力が滲み出す。


拡張ではない。


浸食。


階層構造がわずかに変質し始める。


白石が報告する。


「地形の一部が異世界側構造へ書き換わっています」


「侵攻準備か」


和泉が唸る。


「時間は」


「推定二週間以内に臨界」


猶予は少ない。


国家側は自衛隊の限定投入を検討し始める。


だがダンジョン内部での運用経験は探索者に及ばない。


結論はひとつ。


蒼輪と緋天を主軸に、防衛線構築。


その中心に――


来生雅也。


彼は医療室で包帯を巻き直していた。


軽傷だが疲労は残る。


山波が入ってくる。


「二週間だとよ」


「聞いた」


山波は壁にもたれる。


「怖くないか」


唐突な問い。


雅也は少し考える。


「怖い」


正直に答える。


山波は笑う。


「だよな。俺もだ」


沈黙。


だが居心地は悪くない。


「でもさ」


山波が続ける。


「怖いまま立てるなら、それでいいんじゃないか」


雅也は頷く。


恐怖は消えない。


だが逃げない。


三十二階層深部。


異世界側。


黒衣が跪く。


円環は失われた。


だが新たな構造が組み上がっている。


環境浸食完了率三十パーセント。


強制侵攻準備。


管理外個体の排除優先。


均衡は、まだ保たれている。


だが傾き始めた。


街は静かだ。


人々は日常を生きている。


その裏で、世界の境界が軋む。


名乗らない勇者は、決意を深める。


戻らない。


守る。


その選択が、均衡をさらに揺らしていく。


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