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第16話 強制回収計画


三十二階層の魔力波形が、明確に変質した。


それは暴走ではない。

膨張でもない。


収束の質が変わったのだ。


点から面へ。


個体指名から、領域指定へ。


観測室で白石総一郎が眉をひそめる。


「座標固定が拡張されています」


スクリーンに浮かぶ幾何学的な紋様。


三十二階層全域を覆う形で、薄く、しかし精密に。


「転送術式の予備段階と見て間違いないでしょう」


和泉康介が低く問う。


「規模は」


「理論上は……一個体の強制転移が可能」


室内が凍る。


強制転移。


対象の意思を無視し、異空間へ引きずり込む術式。


「対象は」


誰もが分かっている。


白石は淡々と告げる。


「来生雅也」


その頃、雅也は三十一階層で通常業務をしていた。


回収任務。


倒された魔物の魔核を回収し、罠を解除し、破損装備を運ぶ。


日常。


だが空気が違う。


微細な振動。


胸の奥が熱い。


共鳴。


「……来たか」


呟いた瞬間、地面の紋様が発光する。


三十二階層ではない。


三十一階層だ。


術式が拡張している。


通信が入る。


「来生、上へ戻れ!」


和泉の声。


「術式発動兆候だ!」


遅い。


足元から光柱が立ち上がる。


転移陣。


雅也は歯を食いしばる。


力を出せば壊せる。


だが出せば――


正体が露見する。


逡巡は一瞬。


光が身体を包む。


視界が白に染まる。


その直前。


誰かが飛び込んできた。


山波大樹。


「一人で行かせるか!」


掴まれる。


光が弾ける。


二人同時転移。


観測室。


波形が跳ね上がる。


「転移完了……座標、三十二階層深部!」


和泉が拳を握る。


「全員出撃準備!」


三十二階層深部。


視界が戻る。


荒野のような空間。


これまでの階層とは構造が違う。


天井が高い。


壁面に無数の紋様。


中央に巨大な円環。


その中心に、黒衣。


「……やはりか」


雅也は立ち上がる。


隣で山波が息を整える。


「説明は後だ。今は生き残るぞ」


黒衣が告げる。


帰還者。

管理下へ移送。


山波には聞こえない。


雅也だけに響く。


「断る」


黒衣の背後で円環が回転する。


転送門。


完全発動寸前。


雅也は前へ出る。


山波が叫ぶ。


「無茶するな!」


「下がれ!」


雅也の声が鋭い。


黒衣が刃を放つ。


空間が裂ける。


雅也は最低限の力を解放。


拳が刃を砕く。


衝撃が荒野を揺らす。


山波が目を見開く。


「お前……」


説明はない。


黒衣がさらに力を上げる。


円環が光を増す。


時間がない。


雅也は決断する。


守る。


戻らない。


胸の奥の封印を、わずかに解く。


光が迸る。


空間が震える。


黒衣が初めて後退する。


危険度再評価。


管理外強度。


黒衣が杖を掲げる。


円環が一気に収束。


強制転移発動。


その瞬間。


別方向から巨大な斬撃が飛ぶ。


九条烈斗。


「間に合った!」


続いて朝霧、天城、篠宮、真田。


蒼輪と緋天。


合同突入。


和泉の指示で即時侵入したのだ。


山波が笑う。


「ほらな。一人じゃない」


円環が揺らぐ。


真田の支援術が雅也を包む。


篠宮の水流が術式の流れを乱す。


天城の闇が転送座標を歪める。


九条が黒衣へ突撃。


朝霧が連携。


初めて、黒衣が押される。


だが円環は止まらない。


強制回収は国家案件を超えた。


世界の問題だ。


雅也は深く息を吸う。


ここで全力を出せば、終わる。


だが隠せなくなる。


選択。


一瞬。


そして――


円環の中心へ、自ら踏み込む。


「来生!」


美野里の声が通信越しに響く。


彼は振り返らない。


拳を振り抜く。


円環の核へ。


衝撃。


光が爆ぜる。


術式が崩壊する。


黒衣が後退。


撤退信号。


裂け目が開く。


黒衣は消える。


荒野が静まる。


円環は粉々に砕けている。


蒼輪も緋天も、息を荒げて立っている。


山波が雅也を見る。


「今の……」


言葉が続かない。


雅也は力を抑え込む。


光は消えた。


完全には見られていない。


だが疑念は残る。


和泉の通信。


「撤退だ。今すぐ」


全員が転移門へ。


地上へ戻る。


医療班が駆け寄る。


怪我はあるが致命傷はない。


和泉が雅也の前に立つ。


「無事か」


「ああ」


短い答え。


和泉は目を細める。


「お前が壊したな」


否定しない。


沈黙が答え。


和泉は息を吐く。


「……今は追及しない」


助かった。


だが時間の問題だ。


夜。


屋上。


美野里が来る。


「戻ってきてくれて、よかった」


その声が震える。


雅也は空を見る。


星が一つ、強く光っている。


「まだ終わらない」


「はい」


想いは重なる。


だが言葉にはしない。


三十二階層深部。


壊れた円環の残骸。


だが奥で、新たな光が灯る。


強制回収は失敗。


次は、強制侵攻。


異世界は諦めない。


勇者は、まだ名乗らない。


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