ゲーム
ミツはゲームが好きだ。
格闘ゲームでも、レースゲームでも、パズルゲームでもなんでもする。ただ、ゲーム自体が上手くなることはあっても、彼女のプレイスタイルはエンジョイ勢の枠を出なかった。
彼女はゲームをしながら、ゆっくり流れていく現実の時間の経過を感じるのが好きだった。
家に帰ってきてゲーム機の電源をつける。しばらくすると母親が帰ってくる。母親が買い物に出かける。兄が帰ってくる。兄がお風呂を洗う。母が買い物から帰ってきてご飯を作る。晩御飯に呼ばれて返事をする……。
ぼんやりゲームをして時間が失われていくことを焦る日もあった。もっと上手な時間の使い方があったんじゃないかと焦るのだ。だが、それが幻想であることを彼女は次第に見抜いた。
もし仮に素晴らしい友達と、素晴らしい時間を過ごしたとして、それは最後に大きな倦怠感をもたらすだけだ。
また、仮に勉強に時間を費やしたとしても自分に何が残る。それも疲れるだけだ。
彼女は自分を信用していなかった。時間が経過していくことは未来に進んで発展していくのではなく、劣化と消耗であると感じていた。
死ぬその日まで、他人に迷惑をかけることがあっても、あまり大声を出さないようにして生きていこう。その方が楽だ。
一生涯一言も言葉を世界に発信しないで死んでいく人のなんて多いことか。そしてその中に素晴らしい人は何万人もいて、家族や友人以外誰にも知られず死んでいく。テレビに映るあの人より、教科書に載るあの偉人より、素晴らしい優しさをもって死んでいく。
そこでミツは自分が動画を投稿したことに思いをはせてふっと息を吐いた。
自分も、何も言わず死んでいくと思っていたのにな。
くすぐったいような後ろめたいような。しかし何もしないより立派であるような気がしたのだ。
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ミツが「MHO」というVRMMOを買ったのはゲームが好きだからだ。
MHOは一か月ほど前に発売されて以来、高い評価を得ている最新のゲームだ。
オンラインで人とコミュニケーションが必要なゲームをミツはほとんどしてこなかった。どことなく苦手意識を感じていたからだ。
しかしこのゲームがいわゆる剣と魔法の本格ファンタジーであることと、その評判の良さに、ハイファンタジーに興味があったミツは購入を決意した。
どんなゲームなんだろうか、とVRMMO初体験のミツは胸をときめかせていた。新しいゲームを買うといつもわくわくする。ただ、最近は新しいゲームを中々買う気になれなかったのでこの高揚感は久しぶりだ。
と、そこで今日の分の動画を投稿しようと思い立ち、動画サイトを開いたとき、彼女の上がっていたテンションは不意を突かれて動揺した。
『日記 2』 再生回数10 高評価0 低評価1
低評価1……。
心臓がどきんと跳ねた。
彼女はこれまで生きてきて、褒められたことも怒られたことも少しだけならあった。しかし否定されたことはなかった。
動画を見た10人の中の1人が、自分のことを「悪い」と思っている……。
ミツはインターネット初心者ではない。だから人が何の気なしに低評価をつけることも知っていた。そうして気を静めようと思うのだが、実感として、やはり低評価をつけるに至った人の思考回路を想像し恐ろしくなるのだった。
でも、大丈夫……。怒られることは決して悪いことではないから……。
誰もミツを怒ってなどいない。だが、ミツは確かに自分が間違えたことをし、それで怒られている気になっていた。
ミツは被害者意識は強くない。自尊心もある。しかし低評価をつけられた、という事実は表面的なコミュニケーションしかとってこなかったミツの心を動揺させ一時的に不安定に陥れさせるだけの破壊力があるのだった。
『日記 3』はなるべく普段通りを心掛けた。
ここで調子を崩してはならない。動揺を悟らせるな。
ミツはまるで敵と戦っているようだった。動画投稿することに関して初めて「後悔」の二文字が頭をよぎった。
投稿できたことを確認するとさっさとお風呂に入り、布団にくるまるようにして横になった。ガンガンと頭の痛みに耐えながらミツは眠りについた。
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こんばんは。
お疲れ様です。
今朝は遠くの山に朝もやがかかっていました。あそこの麓に住んでいたら、目を覚ました時どんな感じがするのでしょうか。別にどうともしないのかな。でも、ここより寒そうです。
朝もやみたいな、工場の真っ白な煙も上がっていて、それは静止しているようでした。でもよく見ると少しだけ風に乗って動いていたのは、生き物みたいでした。
たまに田舎の草原の風景を夢に見ることがあります。朝起きたら、地面いっぱいに霧が……。
羊は、いない方がいいです。湿っていて嫌だから。
そうそう、ゲームを買いました。明日はその動画を上げると思います。
日記のナンバリングとは別にした方がいいのかな。
考えておきます。ではまた。