兄の笑顔
「白崎さんってさぁ、笑わないよなぁ」
「えっ……」
家庭科の実習でたまたま同じテーブルになった男子が話しかけてきた。ミツはびっくりした。自分は良く笑う方だと思っていたからだ。人の倍は愛想笑いをしていると思ってきた。
「ばっかお前失礼だろ」とミツの方を気遣いながら突っ込んでいる男子生徒の言葉を耳に挟みながら、そこでミツは冷静に考えた。
仮定1、自分は人より笑うことが苦手なので、笑うたびに人より苦労した気になっている。
今目の前で、他の生徒とじゃれながらこっちをチラチラと見ている男子生徒の自然な笑顔を見ると、ありそうな話である。
(でも実際よく笑ってる方だと思うんだけど……)
仮定2、相手の勘違い。
ミツとしてはこちらの方を採用したかった。事実、自分の記憶の中には笑った回数が相応にあるのだ。「笑わない」という評価は間違えているはずだ。
(じゃあ、どうやったら勘違いされないんだろう……)
勘違いというのは、少ない情報から推測するから発生する、仕方のない法則染みたものである。
では、相手に勘違いされないほど情報を与えたいのだが、そんな機会がいつあっただろう。自分はいつその機会を逃したのだろう。
勘違いしないで、と言って話しかけるのは、それって友達相手にすることじゃないだろうか。
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「ミツ、MHO届いてたぞ。部屋に置いてある」
そう声をかけるのはミツの兄、賢一だ。メガネをかけた背の高い細身の男で、遺伝柄、顔が良い。
「ありがとう」
ミツは愛想笑いをした。しながら、やっぱり自分は笑う方だと思った。
賢一と会話するのは珍しいことだ。今も家の廊下ですれ違いざまに声をかけられただけだ。
ミツの愛想笑いを受けても賢一はニコリともしない。
賢一とミツの違い、それは笑うか笑わないかだ。どちらも友達がいないのには変わりなかったが、笑わない分賢一は中学高校と虐められてきたようだ。
ミツには賢一のことがよく分からない。嫌いではないし嫌われてはないんだろうけど、会話は弾まない。なるべく自然な兄妹関係にしようと思うのだが、距離を測りかねている。
「お前もやるんだな。あれ、結構面白いよ」
そう告げた兄を見て、ミツは衝撃を受けた。
お兄ちゃんもMHOしてるんだ。いや、それよりも大事なことがある。
賢一が微笑んでいるように見えたのだ。見間違いかと思って目を凝らしたが、やはり賢一は微笑んでいた。
(お兄ちゃんって笑うんだ……)
勘違いってどうしてしてしまうんだろう。そう同級生に首を傾げていた自分が、巡り巡って、自分に突き付けられた気がした。
兄妹として、15年間の付き合いがあっても勘違いしてしまうんだ……。
いや、そうじゃない、こんなこときっと私だからだ。
私が凄く適当に、人間関係をしていて、兄妹なのに何も分かってないからだ。
だから、私はクラスメイトにも勘違いされるんだ。原因は相手の勘違いではなく、私にあったんだ。
私は冷たい欠陥人間なんだ。
ミツは、世界が変化していくということが頭から抜けている。これまでずっと続いてきたことはこれからも続いていくのであって、新しい発見は自分が気付かなかっただけ。そして今が絶頂で、どんどん衰退していく、とミツは自然と考えていた。しかしそれは偏見なのだ。
ミツは世界も自分も完成されていると思っていて、自分が大きな変化の流れの中にいると気が付いていない。
賢一の笑顔は、中学高校の虐めが去り、大学生として心が成長し、そして自然と漏れたものなのだ。
賢一が変化したように、ミツもこれからどんどん変化していく。良いところも悪いところも時間と共に流されていくものなのに、彼女はそれはありえないと決めつけている。
自分の考えは煮詰まっていて、大人になっても変わらないとそう疑わないのは、変化を密かに恐れているからだ。
ミツは分かりにくいが、思春期なのだ。




