ベタだけど蛹から蝶へ その①
翌々日。梨央と麗子、小春の三人は元SF研の部室に集まっていた。
梨央は昨日今日とサボらずに学校に来ている。彼女は当然のようにみんなに招集をかけるが、麗子は本来生徒会活動などで忙しい身なのだ。それでも律儀に部室に顔を出している。
何の因果でこいつに付き合ってるんだろうと嘆きつつ、梨央の出席率は向上しているのだから少なくとも意義はあるのだと麗子は考えるようにしていた。
ほどなくして克彦が部室のドアを開けた。手には銀色の大きなヘルメット。
「お待たせ。どうだよ梨央、カッコいいだろ」
お世辞にもカッコいいと言えるようなデザインではなかった。普通のヘルメットよりずっと厚みがあって、梨央が被ると巨大な電球みたいになった。麗子は腹を抱えて笑った。
「ひゃははは! り、梨央! すんごい似合ってる! ひゃははははは!」
小春も口を押さえ、笑いを堪えている。
「笑いすぎよ、レーコ……でも本当に、これで外を歩けって言われたら罰ゲームね……フェイスガードないの?」
「要らないだろ、バイクに乗るわけじゃないし」
「……後で付けてくれない? 顔隠したいわ」
「付けないよ、めんどくさい。格好は気にしないで性能試してみなよ。増幅するだけじゃなくて、電磁波の発生部位のエッジを解析してシャープネスを高める機能もあるからさ。前より格段に写りが良くなるはずだよ」
梨央がいつものようにデジカメを額の前にかざして念じる。
「あ、本当だ。結構きれいに写った」
梨央がデジカメを小春に渡す。モニターには、少しぼやけたところがあるものの見間違いようのない鮮明さで、著作権が厳しく管理されている黒いネズミのイラストが写っていた。
「わあ! すごい、梨央先輩! こんなにはっきり写ってる!」
小春が素直に驚いてくれるので、梨央はちょっと嬉しそうな顔をした。
「小春が絵をイメージしてやった方がいいって言うから練習したのよ。最初は丸や三角も描けなかったけど、だんだん上手になってきたの。前の画像見てごらん」
小春はダイヤルを操作する。同じ黒ネズミを写そうとしたものだろうか、ぼんやりとした白黒の画像が映し出される。麗子と克彦が横から覗き込む。
「へえ。梨央、すごいじゃない」
「でも、克彦の装置があると全然違うわね。イメージしたのがそのまま写るわ」
「ずっとつけて練習するといいわ。今日家に着くまで被ってたら?」
「こんなミカン星人みたいな格好で歩けないわよ! でも、デザインはともかく、本当に良くできてるわ。克彦、ありがとう」
「どういたしまして。そこまで格好悪くないと思うけどな」
明日また部室に全員集合と約束して、その日は解散した。梨央はヘルメットを持って帰った。大きな袋を肩から抱え、えっちらおっちらと運ぶ姿は少々痛かったが、まあ梨央なら気にしないだろうと麗子は思った。
☆
翌日。小春はホームルームが長引いて、少し遅れて部室にやってきた。いつものとおり、ノックして引き戸を開ける。
「すいませーん、遅くな……」
梨央先輩、念写上手になってるかな~♪
そんな調子でにこやかに戸を開けた小春だが、開けたとたん梨央と麗子がテーブル越しにものすごい形相で睨みあっているのに出くわし、ビクッとした。
今しがたまで言い争いでもしていたのだろうか、二人とも息が荒い。奥の席に克彦が座っているが、完全にお手上げといった様子で、手を頭の後ろに組み静観している。
二人の視線はぶつかり合い火花を散らしていたが、梨央は視線を断ち切るように首を振り、小春の方を向いた。目が怖い。
「小春!」
「は、はい!」
背中に棒を入られたように気をつけする小春。
「明日一日空いてる? 大した用がなければ空けて」
頼んでいるようで、絶対に異議を許さない物言いだ。明日は土曜で学校が休みだから図書館に行こうと思っていた、なんて言ったら一喝されそうだ。
「と、とくに用事はないです……空いてます……」
震える声で小春は答えた。梨央は居合い抜きの達人のような固い顔をしたままだ。
「そう。じゃあ明日、十時に穂久岳駅に来て。あたしとレーコも行くから。レーコ、いいわね?」
麗子に向き直り、強い意志を込めて梨央は言った。麗子は梨央の射るような視線を毅然と受け止めているが、その表情にはどこか悔しさが滲んでいる。
「……分かったわよ! こうなったらあたしも意見出すからね! 全部あんたが決めるんじゃないわよ!」
「いいわよ、スポンサーなんだし……まったく強情なんだから……説得に一日かかるとは思わなかったわ」
梨央は疲れた様子でパイプイスに身体を預けた。麗子も溜息をついてイスに掛ける。よほど激しい口論だったのか、二人ともぐったりしていた。
「あ、あの……ど、どうしたの……梨央先輩も、レーちゃんも……あ、明日って……?」
状況が呑み込めない小春が途方にくれる。助けを求めるように克彦を見るが、克彦は苦笑いして両の手のひらをみせた。
「……梨央、あんたから小春に説明しなさいよ」
嗄れた声で麗子が言った。
「……疲れた……もういい。明日来れば分かるわよ……念写の画像見てもらったら帰る……」
梨央は腰掛けたままだるそうに鞄に手を伸ばし、テジカメを取り出した。電源を入れて小春に渡す。
「うわあ、すごい……」
小春が感嘆の声をあげる。つられて麗子もモニターを覗き込んだ。
モニターには風景や人物、動植物などが写真のように映っていた。ちょっと前までのもやもやとは雲泥の差である。
「もう、思い通りの絵が写せるわ。ちょっとしたモンでしょ?」
さっきまで口角泡を飛ばす激論を繰り広げていた麗子も、さすがに感心したようだ。
「昨日の今日で、よくこんな……うわ、大統領がメイド服着てる……想像でも撮れるのね……」
「そう、欲しい画像があったら言ってよ、撮ってあげ――」
「!! きゃ、きゃああああ!」
デジカメの画像をめくっていた小春が突然大声で叫んだ。麗子が怒りに目を吊り上げる。
「こ、これは!? り、梨央ー!!」
女子二人にくっ付いて見るわけにもいかないので順番を待っていた克彦が、カメラを覗き込もうとする。
「何が写ってたの?」
「いやあああ!! 見ないでっ!!」
意外に切れのいい小春の右フックが克彦の横っ面にクリーンヒットした。克彦は一回転し、パイプイスを巻き込んで倒れた。
「梨央!! 何よこれはー!!」
麗子がデジカメのモニターを梨央に突きつける。そこにはあられもない姿の小春が映っていた。どうあられもないかというと、ベッドの上で制服の胸をはだけ、おっぱいを出して誘うような視線を送っている。
「あっ! し、しまった……まだ残ってたか」
「あんた何撮ってんのよ!! な、何でも自由に写せるからって、こ、こんないやらしい……」
デジカメを握りしめ、ぷるぷる震えて怒る麗子。小春は泣きべそをかいている。
「い、いいじゃない、ちょっとくらい! 隠し撮りしたわけじゃないし!」
「アホ! こんな画像、流出でもしたらどうするのよ! メモリーカードフォーマットしろ!」
「ふ、ふん! そんなことしたって好きなときいつでも撮れるんだからね! 意味ないわよ!」
開き直って梨央が言い返す。小春はとうとう声を上げて泣き出してしまった。
「ふえ……ふええ~ん、ええ~ん」
握った両手を目に当てしくしくと泣く小春。こうなると梨央は弱い。
「あ、あああ、ご、ごめん、小春……」
おろおろと小春を慰めようとするが、簡単に泣きやみそうにない。
「ほらごらん。どうするのよ、梨央? もう二度とこんなの撮らないって誓う?」
「撮りません! 絶対撮りません! 神様とママと小春に誓います! 金輪際撮りません!」
イスから立ち上がり、頭を下げて梨央は言った。麗子が溜息をつき、小春をなだめる。
「ほら、小春。梨央がもう撮らないって言ってるから、許してあげて。神様に誓うって」
幼なじみだけあって小春の扱い方は心得ているようだ。小春はじきに泣きやんだ。
「ぐすっ……梨央先輩、もうこんなことしないでね……」
鼻をすすりながら小春が言った。梨央はぶんぶんと首を上下に振って頷いた。
「じゃあ、指切り」
小春が小指を差し出す。
涙目で小指を立てている小春は衝動的に抱きしめたくなるほど可愛かったが、そこはグッと堪えて梨央は小指をつないだ。柔らかな感触に、胸がキュンと鳴る。
「♪指切りげんまん嘘ついたら針千本呑~ます、指切った」
小春が子供のように歌いながら手を振る。梨央は気恥ずかしさを感じつつすごい幸福感に包まれた。
「さ、これでいいね。梨央、約束破ったら針千本とは言わないけど、でこピン百発くらいは覚悟しといてよ」
「は、はい」
こういう場合麗子はだいたい本気なので、梨央は息を呑んだ。
「ただでさえ疲れてるのに余計な手間かけさせて……アホ梨央。私もう帰る。あとよろしく」
「あたしも帰るわ……小春、明日十時、駅前で、忘れないでよ」
麗子と梨央は揃って部室を出て行った。後姿に向かって小春がさよーならと言う。
小春が振り向くと、殴られてぶっ倒れたのに誰にも気に留めてもらえず仕方なく自力で復活した克彦が、腕を組んでイスに腰掛けていた。左の頬がぷっくりと腫れている。
「克彦君、どうしたの? 片方だけアンパンマンみたいな顔して」
「うおーい! 忘れてんのかよ! 小春が殴ったんだろ!」
目を大きくして克彦が抗議する。
「あ、そうだった! ごめんなさい! 動転しちゃって……ところで克彦君、レーちゃんと梨央先輩なんだけど」
え? 右フックの件はもう終わり? 克彦はそう聞きたかったが、小春はまったく気にしていない風だったのでとりあえず封印した。
「ああ、すごい剣幕だったよ。部室だけじゃなくて、朝から教室でやり合ってたらしいよ」
小春が心配そうな顔をする。
「いったい何の喧嘩? あたしに関係あるの?」
「梨央がさ、小春を可愛くするんだって。明日美容室に連れて行くつもりらしいよ。それに麗子が反対して、喧嘩になった、らしい」
「び、美容室!? 何で……!?」
小春が目を丸くする。そんなことが原因だとは思わなかった。
「小春の、その……ちょっと重い感じのその髪を切って、可愛らしく変身させるんだって。麗子はそんなことしたら学校中の男が群がってくる、今はまだ早いって反対して、言い合いになったんだよ。でも最後には梨央が『まだ早いって、じゃあ何時ならいいんだ! 可愛くなるのは全ての女の子の夢だ、それを邪魔するなんてあんたは鬼か!』って言い切って、それで麗子が折れたんだ」
「えー? そ、そんな……あたし、別に可愛くもないし……」
戸惑いの表情を浮かべる小春。克彦はどちらかというと梨央に賛成しているので、楽しそうに話している。
「幼なじみなのにずっと放っておいた罪があるから、費用は全部レーコが持てって。レーコも承諾したよ。月五万円小遣いもらってるんだって? 彼女?」
「それはレーコのお父さんの教育方針で、お小遣いだけじゃなくて、教材とか学費とか、将来の大学の入学金まで全部含まれてるのよ。金銭感覚を身に付けさせるんだって。全部自由にしていいわけじゃないわ」
「何にしたってまとまった貯金はあるんだろ? 二人の好意に甘えたら? 俺も可愛くなった小春を見てみたいし」
小春が頬を赤らめる。
「そんな……あたし、髪切ったくらいでそんなに変わるわけないし……」
「いやいや、俺から見ても小春はかなり可愛いと思うよ。その髪の隙間から垣間見ることしかできないけどね。一度二人に任せてみたら? 変身すると思うよ」
褒められ慣れていないので、小春は顔が真っ赤になった。
「う~、急に変わっちゃうの恥かしい……全然似合わなくてみんなに笑われたらどうしよう……」
「大丈夫だって。梨央は小春のために髪型とか研究してるみたいだし。どっちにしろ、明日は行くんでしょ?」
「……行くよ。行かないと梨央先輩怒り狂うだろうし……克彦君来ないの?」
「行くわけないでしょ。月曜日を楽しみにしてるよ」
「はああ……あたし、どうなっちゃうんだろう……」
右手を頬に当てて小春は溜息をついた。克彦は愉快そうに笑っている。梨央と麗子に任せておけば大丈夫と信じているようだった。
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