小春が羊で梨央が狼 その③
翌日の放課後。梨央と麗子は予定通りSF研の部室に来ていた。小春はまだ来ない。
「小春、遅いわね……何してるのかしら」
「あんたが怖くて帰っちゃったんじゃないの?」
「何ですって? もし、そんなことしたら……」
「したら?」
「あたし、土下座して謝るわ」
「……信念もって厳しく当ってるんじゃないのね」
のんきな会話をしているうちにノックの音がした。麗子が返事をすると、小春がからからと引き戸を開けた。
「……あ……遅くなってすみません……」
小さくなって部室に入る。
梨央は昨日と同じ席に小春を座らせた。かと思うと、やおら椅子から立ち上がり、小春のそばに寄った。
「小春、ちょっとお顔見せてね」
「え? え、え?」
腰をかがめ、戸惑う小春のメガネを外す。テーブルにそれを置くと、両手で小春の前髪をかき上げる。
「はああん……なんて可愛いのかしら……ちょっとだけ垂れ目なところがまた萌えるわ……ああ、この子と一緒にフォーティワン・アイスクリーム食べたり市民プールに泳ぎに行ったりしたい……」
「梨央、小春に触らないでくれる? さっさと本題に入りなさいよ」
「触るなって、あんた何様よ。あんたの許可が要るの?」
「そうよ、申請書を書いてちょうだい。念写の理屈を聞くんじゃなかったの?」
梨央はしぶしぶ手を放した。かき上げていた髪がばさりと落ちて、顔の半分を覆い隠す。つくづくもったいないと思う。
「さて、小春、ちゃんと考えてきた? あなたの理論を聞かせてくれるかしら」
自分の席に戻って梨央が聞いた。小春は緊張しながら話し始めた。
「え、えっと……あ、合ってるかどうかは、分かんないんですけど、あ、あたしなりに考えて……」
「前置きはいいから」
頬杖を突いた梨央が先を促す。小春は言葉を呑み込んで深呼吸した。
「……フィルムカメラの仕組みは、レンズから入った外光に、フィルムの色素が反応して、それで色がつくので、フィルムに念写しようと思ったら、塞いだレンズとフィルムの間、そこに光を送り込む必要があります」
喋り始めると意外としっかりした声音だ。梨央は相槌を打ちながら耳を傾けている。
「だから、もし梨央先輩がホタルのように身体から光を発する能力を持っていても、カメラの内部に光を送る力がなければ、フィルムは感光しません。フィルムに念写するってのは、難しいんです。それに対してデジカメは光をCCDで認識します。レンズから入った光にCCDに当るところまではフィルムと同じですが、CCDはそれを電気信号に変換します。このとき外部から強力な電磁波を当てれば、ノイズが生じてレンズが受け取った景色とは違った映像が写る可能性があります。電磁波はデジカメの外殻を容易に通り抜けますから。梨央先輩の念写はそういうものだと思うんです」
興味深げに聞いていた梨央は、ふうん、と頷いた。麗子が口を挟む。
「ちょっと待ってよ、小春。じゃあ、こいつの頭から電磁波が出てるってこと?」
小春は頷いて肯定を示した。
「電磁波って、どうやって出すのよ? 私そんなの出ないわよ」
「電磁波は電流が流れないと発生しません。それも相当の電圧を必要とします。脳の活動っていうのは、ニューロンがシナプスを通じて行う電気信号のやり取りだから、それを直列的につなぎ合わせれば電圧が増幅されると思うんです。電気ウナギが電気を発生するのと同じ原理です」
麗子はポカンとした顔をした。
「よ、よくまあ、そんな無茶な理屈を考えたわね……そんなの人間にできるわけないじゃない」
「いいえ、多分そのとおりよ」
梨央がぽつりと言った。麗子がこれまた呆れたような顔を向ける。
「そのとおりって、何であんたそんなことできるのよ」
「言っとくけどあたし、並みの人間じゃないからね。電気かなって感じはしてたわ。顔がピリピリと痺れるような感じするし、念写やってると頭が熱くなるのよ」
「マジで!? あんたよくそれでニューロンが焼き切れないわね!? あ、そうか、もう脳ミソが大部分焼きあがってるのね。それで……」
「そうそう、それでいつも世迷言を――っておい! あたしの脳は蟹ミソか!」
「……蟹ミソって脳ミソじゃないんだけどね。その速さでノリ突っ込みができるなら脳はまだ大丈夫でしょう」
麗子がジト目で言った。梨央がぷりぷり怒りながら、小春に向き直る。
「まったく人をなんだと思って……小春、念写の原理は分かったわ。次はどうしたらもっとはっきりとした画像が撮れるか教えてちょうだい」
小春は梨央を納得させることができたので、少しホッとしたようである。きっと夜通し考えてきたのだろう。
「梨央先輩、念写するとき、何か思い浮かべてます?」
「いや、気合入れるのに精一杯で、何も……」
「簡単な図形を思い浮かべながらやるといいと思います。最初は思い通りにいかないと思うけど、徐々に修正していけばいいんです。丸を思い浮かべて三角が写ったら、三角を写したいときは丸を思い浮かべればいいって分かるじゃないですか。赤を写そうと思って青が写ったら、青を写したいとき赤色を思い浮かべればいいんです。試行錯誤しながらだからすごい大変だと思うけど、それしかないです」
気の遠くなるような作業だなと、麗子は思った。
目隠しして絵を描くようなものじゃないか? 誰かに「それは青だよ」とか「線が歪んでるよ」とか言ってもらいながら。
しかし、梨央はふんふんと頷きながら真剣な表情で聞いている。
「あとは、脳からでる電磁波ってそんなに強いもじゃないと思うから、それを増幅する装置があればいいと思います。頭から発せられる電磁波を測定して、リアルタイムで増幅するような」
「レーコ、そういうのって売ってる?」
即座に梨央が聞く。
「売ってるわけないでしょ、誰が買うのよ」
「じゃあ、それ作れるやつ紹介して」
「そんなの都合よくいるわけ……いないこともないわね、あいつなら……」
「いるのね! 紹介して!」
「いいわよ。二年五組よ」
「……男ね、あんたがあっさり紹介するってことは。まだ教室に残ってるんじゃない? 早速行くわよ」
「い、今から行くの!? 待ってよ、教室より、確か工学研究部に入ってるはずだから……」
麗子を先頭に、三人は工学研究部へ向かった。向かったと言っても、文系の部室は同じ棟にまとまっているからすぐ近くだ。隣の隣の部屋である。
麗子がノックして、ドアを開ける。工学研究会の部室は、精密機械を扱う町工場のようだった。
壁や床に所狭しと工具や部品が並んでいる。真ん中の作業台を三人の男子生徒が取り囲んでいた。作業台の上には、身長三十センチほどのロボット。骨格やモーターがむき出しだが、人間に近いスリムな肢体をしている。胸が膨らんでいることもあり、女性をイメージさせるデザインだ。
ロボットを取り囲む三人は、ちらっと麗子達に視線を向けただけで、再び作業に集中した。巨乳の麗子と美少女の梨央が入ってきたのに、色気のない男子達である。
「克彦君、忙しいとこ悪いんだけど」
「ちょい待ち。もうちょっとでテストが済むから」
克彦と呼ばれた男子は、ロボットに繋がったノートパソコンのキーを叩きながら答えた。モニターから目を離そうとしない。
耳が隠れるくらいの、ちょっと長めの髪。整った顔立ちはジャニーズ系と言ってもいいくらいだが、少し太めの眉が印象を男らしくしている。
麗子たちは大人しく克彦たちの作業が終わるのを待った。
克彦は、よし、と言うと、ロボットに繋がっていたパソコンや電源のケーブルを全て外した。準備ができたらしい。
作業台の端にロボットを立たせる。他の二人が台の上をきれいに片付け、もう一つ、面積は小さいが同じ高さの台を持ってくる。
克彦はその台を、メインの作業台から一メートル離れたところに置いた。メジャーで測って正確に距離を合わせる。
一人がビデオカメラを構え、指を丸めてオーケーの合図をする。もう一人の部員と克彦が頷く。
「よし、いくぞ」
克彦がロボットの向きを微調整する。それから、ロボットの腰の辺りにある小さなスイッチを入れた。
台から離れる。工学研究部の三人は真剣な眼差しでロボットを見つめている。
プログラムされた動きなのだろう、ロボットは静かに前傾した。倒れると思った瞬間、ロボットは右足を一歩踏み出した。
踏み出した足を地面について身体を支えるが、今度は左前に倒れそうになる。ロボットは滑らかな動作で左足を踏み出した。
ロボットは前傾姿勢のまま順に足を踏み出し――信じられないことに、「走った」。
それはロボットらしかぬ、陸上選手のような見事なフォームだった。そして、台の端まで来ると、ロボットは膝を折って身をかがめ、走り幅跳びの要領で地面を蹴り、跳躍した。
両足を前後に開いて、ロボットは宙を飛んだ。ほんの一瞬の動作だが、スローモーションのように見えた。
ロボットは一メートルの距離を飛び、もう一つの台の上に着地した。二、三歩歩いて勢いを殺し、直立して静止する。
「よっしゃー! 大成功ー!!」
三人の歓喜の声が上がる。克彦たちは、ハイタッチをして成功を称えあった。
麗子たちも感心して手を叩く。特に小春は目を輝かせている。
「わー! すごいすごいー! 跳んだー! こ、これって、世界的にもすごいんじゃないですかー!?」
女子三名を無視していた男どもだが、褒められて悪い気はしないようで、顔に笑みがこぼれた。
克彦がやっと麗子に向き直る。
「いやー、うまくいったよ。放ったらかして悪い。二組の菊地原麗子だよね。何の用?」
気さくな調子で話しかける。旗森高校では麗子は有名人なので、知っているようだ。
「この子梨央っていうんだけど、克彦君の技術を見込んで頼みがあるんだって。ちょっと話聞いてくれる?」
「いいよ、今すぐ?」
「うん、そこの元SF研の部室で」
克彦はロボットのさらなる改良のため部員二人に細々と指示を出すと、麗子たちについてSF研の部室に向かった。
四人でテーブルに座る。梨央と小春が隣同士、向かいに麗子と克彦が座る。
麗子が梨央と小春を紹介した。次に克彦を紹介する。フルネームは「四分一克彦」だそうだ。
「克彦君のお父さんは、シブイチエレクトロニクスの社長さんなの」
小春が驚く。
「ええ!? あのシブイチの!? すごい! じゃあ、次期社長さん!?」
克彦は苦笑いした。
「親父は親族経営にはこだわっていないんだ。優秀な人材なら跡継ぎは誰でもいいって言ってる。けど、会社は次男の芳彦が継ぐんじゃないかな。人の上に立てる人間なんだよ。俺はそういうの苦手。開発やってる方がいい」
ふーん、と梨央。
「あのロボットすごかったわ。あんなのが作れるなら、あたしのお願いもお茶の子さいさいね」
「梨央さんだっけ? 顔は知ってるよ、目立つから。お願いって何だよ?」
「梨央でいいわ。あたしも克彦って呼び捨てにするから。先ずはやって見せた方が話が早いわね」
梨央がポケットからデジカメを取り出す。頭にそれをかざした梨央に、麗子が言った。
「梨央、声出さないで、頭も振らないでやってごらん」
「え? 何で?」
「小春の理屈が合ってたら、あんな悪魔祓いみたいな真似しなくても写るわよ。いいからやってみて」
「……気合が入んないんだけどなあ、あれなしだと」
梨央は額にデジカメを当て、口を結んで念を込めた。シャッターを押す。ちゃんともやもやが写っていた。
「あ、写った。レ、レーコ! もっと早く言いなさいよ! あれすんごい疲れるのよ!」
「知るか! 自分で気付け!」
「い、今まで何のために体力を消耗して……バカみたい……くう、でも今はそれどころじゃないわね。克彦、これ見て」
デジカメを克彦に渡す。
「何だよ、このもやっとしたの? あれ、レンズにテープが……え? 何でこれで写るの? え? ええ!? 何だよこれ!」
「あたし念写ができるの。それであんたに頼みたいことってのは……小春、あなたから説明してくれる」
「は、はい!」
男子と話すことなどほとんどないのだろう。小春は緊張気味に話した。克彦は半信半疑で聞いていた。
「頭から電磁波が出てるって? よくそんな無茶な理屈を……そう言うんなら測ってみようじゃないか」
克彦はスマートフォンを取り出し、アプリを起動させた。画面に数値が映し出される。何それ?と梨央が聞いた。
「金属探知機。スマホには方角を検出するため地磁気のセンサーがついてるだろ。それを利用して磁気の強さを測るんだよ。パソコンとか電子機器に近づけても数値が上がるんだ」
克彦は立ち上がって梨央の頭にスマホを近づけた。数値に変化はない。
「何にも出てないじゃん」
「ちょっと待って、気合入れるから」
梨央は目を閉じて念じた。数値がぐんぐん上がる。
「うわっ! マジでなんか出てる! こ、怖っ!!」
麗子もスマホの画面を覗き込む。
「あんな無茶な理屈、いくらなんでもと思ってたけど、本当だったのね……克彦君、数値が変わらなくなったわよ」
「……振り切れた。わっ! 画面がおかしくなった! こ、壊れる!」
画面にモザイクノイズが発生したので、克彦は慌ててスマホを梨央の頭から離した。
「よ、良かった、壊れなくて……梨央、あんた何者?」
「見てのとおり、ただの美少女よ。小春、増幅機のことも話して」
小春は続きを話した。克彦の顔からはもう疑いの色が消えている。
「増幅器ねえ……難しくはないな。いいよ、作ってやる。面白そうだし」
「ありがとう克彦、頼りになるわ。費用はそっち持ちでいいわよね。社長の息子だもんね」
「ずうずうしわね、あんた」
「構わないよ、親父の会社の先駆的技術開発予算使うから。明後日まででいいかな」
「ふ、二日で作れるの!? 克彦君!? すごいわね」
克彦はメジャーで梨央の頭部を細かく採寸し、図を書いて詳しくメモを取った。
明後日部室に集合と打ち合わせ、四人は分かれて帰宅した。
家が近い麗子と小春は連れ立って帰り道を歩いていた。今日一日、いろいろなことがあったので、話題には事欠かない。
「梨央先輩すごいね、超能力があるなんて。レーちゃん、前から知ってたの?」
「超能力身に付けようとしてるのは知ってたけど……考えてみるとそれ知ったのもつい四日前ね……念写に成功したのは昨日よ」
「へー、そんな最近なんだね。梨央先輩って、どんな人なの?」
「家は穂久岳町で、不良で無断欠席が多くて、レズビアンよ」
「ふーん、穂久岳町なんだ。メガ書房が近くていいね」
「そこに食い付くの!? 私レズって言ったわよ!」
警告を与えるつもりで言ったのに爽やかにスルーされ、麗子が怒った。
「レズだっていいじゃない。どんな形であれ、人を愛するのは素晴らしいことよ」
「他人事ならいいけどね、あいつはあんたの身体狙ってるのよ。気をつけなさい」
「気をつけなさいって、梨央先輩があたしを襲うみたいな言い方ね」
……全く警戒心がないわね、この子。ちゃんと釘を刺しておかないと危ないな。
「半年前のことだけど、私、あいつに無理やりファーストキス奪われたんだよ。小春も防犯ベル持ち歩くくらい警戒した方がいいわ」
「キスしたの? 梨央先輩と? レーちゃんもレズの人なの?」
「人の話聞いてる!? 無理やり奪われたんだってば!」
麗子は生徒指導室での一件を話した。
「それはレーちゃんも悪いじゃない。キスしてあげるって言ったんでしょ? 騙すのは良くないわ」
「……それは悪かったと思ってるけど、私が言いたいのは、あいつは頭に血が上ると何するか分かんないってこと。あいつはね、小春のこと裸にして身体中ぺろぺろ舐め回したいっていつも考えてるのよ」
「そ、そんなこと……」
「そう、怖くなった?」
「そんなことしたら、くすぐったいよ」
「くすぐったいで済むか! お嫁にいけなくなるわよ!」
小春は、むー、と言ってむくれた。梨央みたいにレズっけはないが、こういう顔も可愛いと麗子は思う。
「くすぐったいじゃ済まないって、どう済まないのよ?」
「そりゃ身体中舐め回されたらそのうち……ああもう、何言わせるのよ!」
どう言や分かるのよこの子は! 麗子は両手で頭をがりがりと掻いた。
「変なレーちゃん。心配しなくても、梨央先輩はそんなことしたりしないわ」
「小春、あなた子供のころ絵本で読まなかった? 狼はね、優しい振りをして獲物に近づいてくるのよ」
「レーちゃん、『あらしのよるに』って絵本読んだ? 狼と山羊さんが仲良くなるお話よ」
見事に切り返され、麗子は絶句した。小春はにっこりと笑った。ぼさぼさの髪の間からのぞく笑顔が、木漏れ日のように輝いていた。




