新学期-6
学期末試験も無事に終わったある日。
「「はぁ……」」
氷魔法教室に、シュラインとロイオンのため息が重なった。
窓際の席でろくに読みもしない論文を机に広げたまま、シュラインが天井を仰いでいた。
執務机では、ロイオンが書類の束を前に珍しく窓の外に視線を向けている。
ニーナは共通授業に出ていてまだ戻ってきていない。
「最近、ニーナを他の教室に移せってよく言われてねぇ」
ロイオンがぽつりと零した。
困っているというよりは、面倒くさいという色味が強い。
「こっちも同じく」
シュラインが力なく手を振った。
ここ数日、彼のもとにも様々な生徒や教師が訪れるようになっていた。
用件は決まって同じ、氷魔法教室からニーナを移籍させろという内容。
違いと言えば直接的に言われるか間接的に言われるかくらいのものだ。
「お前からも言ってくれないか、なんて言われてもな」
何を言えと言うのか、シュラインが不満気に頬杖をつく。
ニーナ・アルカンシエル。
侯爵家の令嬢であり、学生の中で最も身分が高い。
その上、五人兄妹の末妹のためか将来の進路は未確定、婚約者もいない。
入学当時から近づこうというものは少なくは無かった。
さらに、先日の学期末テストでニーナは全教科満点の文句なしの首席を取った。
これが拍車をかける原因の最たるものになった。
身分だけでなく、有能でもある理想の生徒。
氷魔法教室にいる時は、ニーナはただの快活な後輩。
だが、ひとたび教室を出れば、周りの評価は優等生の侯爵令嬢なのだ。
「ニーナが所属していれば、その教室の将来は約束されたも同然。だってさ」
「誰がそんなこと言い出したんだか」
シュラインが忌々しげに呟く。
現状の氷魔法教室をどう見たら将来が約束されているように見えるのか。
「大体、魔法属性の適性ってものがあるだろ」
氷魔法に適性があるから氷魔法教室にいるのだ。
魔法の属性適性は生まれ持って決まっている。
無意味とまではいわないが、他の属性魔法を習わせてどうしようというのか。
「あぁ。ニーナは全属性適性があるから、そこは問題無いんだよ」
「は?全属性?」
2つ3つの属性魔法に適性がある人間は稀にいる。
だが全属性適性ともなれば、この王都全体でも片手で数えられるかどうかだ。
「あれ、ニーナの入学の時に噂になってなかったのかい?」
「少なくとも俺は初耳だ。侯爵令嬢って方が話題になってたからな」
どこまでも規格外な後輩だ、とシュラインは思った。
侯爵令嬢な時点で十分規格外ではあるのだが。
しかし、それなら他の教室から勧誘が来る理由も納得できるというもの。
「けど、ニーナ本人の意思を無視して騒いでるのは気に食わない」
シュラインの声には棘があった。
全属性適性だというなら、なおのこと本人が選んでこの教室にいるということだ。
それなのに周囲が勝手に騒いでいる。
外野がとやかくいうことではないだろうと、シュラインは思う。
「卒業後や教師の経歴にも関わる問題だから、向こうは必死なんだよ」
「じゃあ、どうするんだよ」
シュラインがむすっとしながら尋ねる。
ロイオンは書類から顔を上げ、苦笑した。
「実害は無いから、こっちから動く訳にもねぇ」
動けば付け入る隙を与えかねない。
状況が更に悪化する可能性が高い。
現状通り教室内で文句を言いながら、外では黙っているのが最善なのだ。
「だよなぁ」
シュラインが机に突っ伏す。
冷たい天板が火照った額に心地よかった。
「……面倒だな」
「それなら、ニーナに他の教室に移ってもらう?」
「馬鹿言え」
即答だった。
シュラインは顔も上げずに、はっきりと言い切った。
その反応の速さに、ロイオンが小さく笑う。
「一応、聞いておこうと思ってね」
「分かりきったこと聞くなよ」
シュラインがむくれたように言うと、ロイオンはますます楽しそうに笑った。
この教師は、こういうところがある。
分かりきった答えを引き出して、相手の本心を確かめるのだ。
ガチャリ。
不意に扉が開く音がした。
「こんにちは!」
元気のいい声とともに、ニーナが入ってきた。
手には分厚い本を抱えている。
図書館で課題の参考文献を借りて来たのだろう。
「おかえり、ニーナ」
「ただいま戻りました、師匠。先輩も」
ニーナはにこにこと笑いながら、自分の席へ向かう。
その姿は、他の教室に移るなど微塵も考えていないように見えた。
シュラインは、ふと思い立って尋ねた。
「ニーナ、ここの教室は楽しいか?」
「はい!」
ニーナは即答した。
抱えていた本を机に置き、振り返る。
きらきらとした瞳が、まっすぐにシュラインを見つめていた。
「素晴らしい先輩と師匠がいるので、最高です!」
満面の笑顔だった。
その言葉に嘘やお世辞は一切含まれていない。
シュラインには、それがはっきりと分かった。
「そうか」
シュラインは短く答えると突っ伏していた顔を上げた。
そして、ロイオンと目を合わせる。
ロイオンも同じことを考えていたようだった。
「じゃあ、俺たちで頑張るか」
「そうだね」
2人は小さく笑い合った。
外野が何と言おうと関係ない。
この教室に、この3人がいる。
それで十分だ。
「先輩?師匠?何の話ですか?」
「なんでもない」
「そうだよ、なんでもない」
ニーナが首を傾げるが2人は揃って誤魔化した。
その様子を見て、ニーナはますます首を傾げるのだった。




