新学期-4
長雨が続いた後の、珍しく晴れた日だった。
窓から差し込む陽光が、久しぶりに氷魔法教室を明るく照らしている。
ロイオンは1人、執務机で静かに本を捲っていた。
シュラインとニーナは買い出しに出ていて不在だ。
頁を捲る音だけが、静かな室内に響いていた。
「ただいま戻りました!」
元気な声と共に扉が開く。
ニーナとシュラインが、揃って教室に入ってきた。
2人共、やけに息が上がっている。
額には汗が滲み、ローブの裾は少し汚れていた。
「おかえり、何かあったのかい?」
ロイオンが首を傾げながら尋ねる。
本を閉じ、椅子の背にもたれかかる。
「とんだ大冒険だったよ」
シュラインがため息を吐く。
手にした紙袋を机に置く動作も、どこか疲れている。
なんでも、買い物をしたまでは良かったが、帰り道にガラの悪い連中に絡まれたそうだ。
表通りを外れた路地で、数人の男たちに囲まれたらしい。
「怪我は無かったかい?」
「はい、先輩が守ってくれたので!」
「それは良かった」
ロイオンが目を細める。
2人とも、目立った外傷はない。
少しローブの裾が泥跳ねで汚れているくらいだ。
「先輩、格好良かったんですよ」
ニーナが目を輝かせながら言う。
シュラインが鮮やかに男たちを撃退したと、身振り手振りを交えて話す。
まるで観劇をしたかのような、興奮した語り口だ。
「『今度手を出したらタダじゃおかない』って決め台詞まで」
「話を盛るな」
シュラインがため息を吐く。
実際は氷魔法で水たまりを凍らせ、相手を転倒させた隙に逃げて来たらしい。
決め台詞など言っていない、とシュラインは主張する。
「でも、恰好良かったのは事実ですよ?」
「……そうか」
シュラインが照れるように紅茶を淹れ始める。
カップを取り出し、茶葉を入れる手つきは少しだけ乱れていた。
ニーナは、そんな先輩の横顔を楽しそうに眺めている。
「ニーナを狙った犯行?」
「違うと思う。学生を狙う子悪党だったよ」
シュラインが答える。
だが侯爵令嬢であるニーナを狙う可能性もあった。
だとすれば、今日の買い出しは浅慮だったかもしれない。
そうシュラインは内心で反省していた。
「仮にそうだとしても、先輩が守ってくれるんですよね?」
「頼りにするな。自分の身は自分で守れ」
「そんなぁ」
ニーナが不満そうに、だが楽しそうに答える。
その笑顔を見て、シュラインは小さく息を吐いた。
本当に手のかかる後輩だ、だが不思議と嫌ではない。
紅茶に砂糖を落としながら、シュラインはそんなことを考えていた。
「まぁ今日は早めに帰って、ゆっくり休むといいよ」
ロイオンが静かに言う。
その言葉に、2人は頷いた。
「また買い物行きましょうね、先輩」
「次は何事も無いことを祈る」
ニーナが小さく笑った。
その笑顔は、先程の危険があったことなど忘れたかのように明るかった。
シュラインは紅茶をひと口飲み、温かさと甘さにほっと息を吐く。
窓の外では、雨上がりの空が青く澄み渡っていた。




