新学期-3
王立魔法学校の新学期が始まって1週間が経った。
皆が皆、新しい学校生活に慣れ始めた頃合い。
氷魔法教室での授業は、新入生のニーナの想像していたものとは全く違っていた。
「師匠と先輩はどうやって2年間も学校を騙してたんですか」
ニーナが机をぺしぺしと叩きながら言う。
机には山のように積み上げられた羊皮紙の束があった。
その全てが授業の課題として出されたものである。
「騙してるなんて人聞きが悪いな、ちゃんと授業だろ」
シュラインは、やはり山と積まれた課題に目を通している。
窓際の定位置、日当たりの良い特等席だ。
砂糖の入った紅茶を飲むと、文字を追い続けていた脳に糖分が染みわたる。
「これのどこが授業なんですか」
ニーナが顔を上げて訴える。
この教室では、まともに授業は行われていなかった。
教師のロイオンは執務机でなにやら書き物をしている。
生徒のシュラインは1人で黙々と課題を進めている。
教師と生徒の会話がほとんど無いのだ。
新学期から1週間、それが氷魔法教室の日常だった。
「この量の課題を1年分積み上げたら、何もしてないなんて思われないだろ」
シュラインが課題の山を叩きながら答える。
確かに、この課題の量は常軌を逸している。量も質も。
他の教室の生徒が見れば、十分すぎるほど勉強しているように見えるだろう。
「つまり、見せかけってことですよね」
ニーナが不満そうに呟く。
魔法学校の授業には3つの種類がある。
共通授業、選択授業、専任授業。
氷魔法教室はこのうちの専任授業に当たる。
共通授業は他の教室の生徒と一緒に受ける必修の授業。
これはニーナが想像していた通り、教師の話を聞いてノートを取る普通の授業。
選択授業は自分の興味に応じて選ぶ授業。
こちらは実技もあるが、想像していた通りの普通の授業だ。
つまり、氷魔法教室の授業だけがおかしいのだ。
「自由が1番だからね」
ロイオンがにこやかに言う。
あくまで放任主義、生徒の自主性を重んじるという名目だ。
「自由というか、ほとんど放置ですよね」
ニーナの指摘にロイオンは楽しそうに笑うだけだった。
「先輩は変だと思わないんですか」
ニーナがむくれたように言う。
「思うけど、普通が正解って訳でもないからな」
シュラインは手元から目を離さずに答えた。
最初は自分も戸惑った。
だが、この教室の在り方は自分にとって都合が良かった。
魔力が少ない自分は、集団授業よりも自分のペースで進められるこの環境が合っていた。
「先輩はそれでいいんですか」
「俺は魔法使いとして強くなれれば、それでいい」
シュラインは顔を上げてニーナを見る。
そこには不満の色はない、むしろこの方法で良いと物語っていた。
「この教室に入って後悔したか?」
シュラインが唐突に尋ねる。
「いいえ。それは無いです」
ニーナは即答した。
「そうか」
シュラインは短く返事をすると、再び課題に目を落とした。
その横顔を見ながら、ニーナは思う。
この先輩は、きっと誰よりも自由だ。
周りの評価なんて気にせず、自分の信じる魔法だけを追求している。
そこに至るための勉強方法など何でも良いのかもしれない。
普通の方法でも、この教室のように変わった方法でも。
「先輩」
「ん?」
「私、先輩みたいになれるでしょうか」
その質問に、シュラインは顔を上げずに答えた。
「俺みたいになる必要なんてない。」
「でも……」
シュラインは少しだけ口元を緩めた。
「俺の真似なんかするな。お前はお前の方法で魔法を極めればいい」
「……はい!」
ニーナは明るい声で返事をした。
その様子を、ロイオンは紅茶を飲みながら穏やかに見守っていた。
「楽しそうだし、追加の課題でも出そうか?」
ロイオンのその言葉に、二人は同時に顔を上げた。
「「え?」」
「2人とも、文句を言うくらいに余裕があるのかなって」
「普通の授業がしたいって言っただけです!」
「手一杯だって話だったろ!」
生徒2人の抗議の声を聞きながら、ロイオンは楽しそうに笑うのだった。




