新学期-2
決闘場は静かだった。
魔法学校の敷地の端、普段は練習にも使われない古びた石造りの円形広場。
観客席は苔むし、中央の地面にはうっすらと魔法の跡が残っている。
「氷魔法教室にはぴったりだな」
シュラインは思わず苦笑した。
人の訪れない忘れ去られたような場所、まさしく氷魔法教室のような場所だ。
「さぁ、早速始めましょう」
ニーナが決闘場の中央へ歩み出て、魔法を使用するための短杖を取り出す。
銀色の意匠に青い宝石が嵌め込まれた、一目で高価と分かる杖。
氷魔法を象徴するような、美しい造形。
銀色のツインテールが春風に揺れ、瞳はまっすぐにシュラインを見据えていた。
「ルールは」
シュラインがニーナの向かいに立ちながら尋ねる。
「降参するか、杖を手放したら負け。大規模魔法は危ないから禁止」
ロイオンが2人の間に立ち、淡々と告げる。
その言葉にシュラインが眉をひそめた。
「別に、大規模魔法ありでも」
魔力量の少ないシュラインは、そもそも大規模魔法など使えない。
相手への一方的な制限のように聞こえたのだ。
「危ないから、禁止」
ロイオンが重ねて言う。
その声音は穏やかだが、有無を言わせぬ響きがあった。
シュラインは肩をすくめて引き下がる。
「分かったよ」
シュラインが学校支給の木製の練習用の短杖を構えた。
それを見て、ニーナも杖を構える。
「では、始め」
ロイオンの声と共に、決闘が始まった。
「いきます!」
ニーナの初手は教科書通りの正統派だった。
杖の先に氷の礫が3つ現れ、綺麗な弧を描いて飛来する。
だが、その威力と精度は桁違いだ。
礫は寸分の狂いもなくシュラインを狙っている。
シュラインは杖を構えたままぱちん、と空いた左手の指を鳴らした。
次の瞬間、ニーナの放った氷が音もなく解けて消えた。
「なっ!?」
ニーナの瞳が大きく見開かれる。
「温度操作は氷魔法の基本、ですよ」
シュラインは涼しい顔で言った。
飛来する氷の礫に触れることなく、温度を上げ、溶かし、無効化する。
精密な魔力操作を要求されるが、消費魔力が少ない対処法だ。
「まだまだ!」
ニーナが気を取り直し、魔法を放つ。
床からは氷の棘が迫り、宙には氷の刃が舞い、正面からは氷の壁が迫る。
どれも完成度の高い正統派の魔法だ。
侯爵家の令嬢に相応しい丁寧に磨き上げられた技術。
だがシュラインは最低限の動きで対処していく。
指を鳴らし氷を解かし、あるいは僅かに身体をずらして軌道を外す。
静かに的確に、ニーナの魔法を無効化していく。
「なぜ、反撃しないんですか」
ニーナが息を切らせながら問う。
「必要がないから、ですかね」
シュラインは淡々と答えた。
氷魔法使い同士の戦いなら、この程度の攻撃は無効化できる。
魔力の総量ではニーナに遠く及ばないが、技術と理解度では負けていない。
だが、ニーナも諦めなかった。
次第に距離を詰めながら、魔法の密度を上げていく。
近距離からの連続攻撃は、さすがに無効化だけでは対処しきれない。
シュラインもわずかに後退する。
(この令嬢、基礎は完璧だな)
シュラインは内心で感心していた。
魔力の無駄遣いもなく詠唱も最短、攻撃の組み立ても理にかなっている。
この年齢でこれだけの完成度は、才能と努力の両方がなければ成し得ない。
だからこそ、だろうか。
ニーナの杖が大きめに振り抜かれた。
決めに来た攻撃の予兆。明確な隙。
その隙に、シュラインは踏み込んだ。
シュラインが杖を振り上げる。
魔法は最低限、ほぼ物理的な攻撃だった。
そのためか、ニーナの反応は致命的に遅かった。
実戦経験の有無が如実に表れた。
シュラインの杖がニーナの杖を打ち据える。
カンッ
乾いた音が決闘場に響いた。
銀色の杖が宙を舞い、石畳の上で軽やかな音を立てて転がる。
「そこまで」
ロイオンの終了の声が、静けさの中に溶けていった。
シュラインの勝利だ。
ニーナはしばらく呆然と自分の手を見つめていた。
杖が無い、その事実を理解するのに数秒を要したようだった。
やがて、悔しそうに唇を噛み俯いた。
「……負けました」
その声は小さく、けれど真摯だった。
シュラインは杖を下ろし、軽く息を吐く。
「令嬢、いい勝負でした」
お世辞ではなく、本当にそう思っていた。
あと数年、彼女が経験を積めば勝敗は分からなくなるだろう。
だが、ニーナは顔を上げると意外なことを言った。
「先輩は勝ったので、私に敬語使っちゃ駄目です」
「は?」
きょとんとするシュラインに、ニーナが真剣な表情で続ける。
「先輩が、後輩に敬語を使うのはおかしいですから」
弱い方が強い方を敬う、そういうことなのだろう。
シュラインがちらりとロイオンを見ると、ロイオンは静かに頷いた。
少し考えて、それから小さく笑った。
「分かったよ、ニーナ。これからよろしくな」
「はい、シュライン先輩!」
ニーナが満天の笑顔を向ける。
敗北の悔しさよりも、認められた喜びが勝ったようだった。
「師匠、師匠」
ニーナがくるりとロイオンの方を向く。
「なんだい?」
「私、いい先輩に出会えたと思います」
ロイオンは優しく微笑む。
「そうだね。彼はちょっと変わり者だけど、いい魔法使いだよ」
「はい!」
「ちょっと待て、先生に変わり者って言われる筋合いは無いぞ」
氷魔法教室に新しい仲間が加わった。
こうして、3人となった氷魔法教室の1年が幕を開けた。




