今日から悪魔(ルシファー)第二十一章
よろしくお願いします
「初めましてといったとこかしらね」
殺意を向けられたその人物は愉快そうに微笑みを隠さない。まるで無邪気な子供のような笑顔。だがその奥にどす黒いものをあえて隠そうとはしていない。
「初めましてなのに私のことを知っているような顔をしてるって奴なのだけど」
「マモンからの情報であんたの面はすでに特定しているわ。ユグドラシル最上級幹部にして天界の四大天使の一翼……ミカエル。もっとも人間としてのあんたの名前は知らないけれど」
美しい金髪に輝く白銀の八枚の翼。誰もが一度は振り返るであろう美貌。
白河の敵意をものともせず微笑み優雅に翼を羽ばたかせ、そして消滅させたミカエルは、
「初めましてレヴィアタン、そしてまたまたこんにちはルシファー。私ユグドラシル最上級幹部の一人にして天界の大四翼の一人ミカエルと申します」
「ミカエル……」
「そう睨まないでほしいって奴なのよレヴィアタン。私個人としてはこれ以上の争いは望まないとこなのって奴なのよ」
のんきそうに答えるミカエルだが鴇矢は引っ掛かる部分があった。
「おいミカエル、襲撃は二日後のはずだったろ。確かにそう聞いたぞ俺は。なんで今日攻撃してきた。やっぱりお前は口だけなんじゃ」
「そんなの~」
わざとらしく口元に人差し指を当てながら、
「気分が変わったからって奴よ。君のことをサリエルからいろいろ聞いてたらいてもたってもいられなくなってね、どうせ仲間にするなら早い方がいいと思ってアズリエルをけしかけたって奴よ」
「なんで気に入られてんのか解らんのだけど。その辺詳しく話してくれねえか」
「ふふふ、ルシファーは堕天使。何故あなたにそんな存在が宿ったか解る? 理屈は簡単。あなたが人として駄目だからって奴よぉ」
「殴るぞお前」
「ふふふ、だからこそ気に入ったの。私ってばレヴィアタンのように完璧少女よりルシファー、いえ鴇矢さん、あなたのような最低の人間の方が興味があるの。だからあなたには是非ともルシフェルに転生し直して私と一緒に天界に行きましょうって奴なのよ」
「断る。ふざけんな。誰が天界なんぞに行くか」
「そんなこと言ったって無駄よ。私決めちゃったから。あなたをルシフェルに転生させるって。その為の手続きとついでに情報も得たって奴なのよ」
「話にならないわね。切り殺してあげるからこっちに来なさいな」
「勝てると思ってるの? そんな状態で? 嘘でしょう? そんな馬鹿だとは思ってなかったって奴なのよ」
「話してるとイライラしてくるわねこの女」
「同感だな」
「ま、今日のところはアズリエルを連れて帰るだけで終わり。お楽しみは次の機会って奴よ」
「どういう意味かしら」
「すぐに解るって奴よ。にしてもやだアズリエルったら腕から血がドボドボじゃないの。これ死んじゃってるって奴かしらもしかして。ルシファーさすがにやりすぎって奴でしょう」
そういうと手の平に光を灯し法術を施したミカエル。
術式が何重にも重なって見えた。
「う、ぐぅ」
するとアズリエルの捥がれた腕は元の状態に戻ったのだ。同時に息も取り戻した模様。
「どんな神業だよ。なんでもありか」
「とんでもない高位法術よ。別名多重法術。いくつもの術式を同時に行って全く別の術を編み出すやり方よ。けれど今のは軽く二十以上の高位法術だったわ」
「ふふふ♪ 思ったより感知能力は高くないみたいねこのレヴィアタンさんは。残念残念不正解よ。ぶっぶー、惜しかったわねぇ……正解は五十七でしたって奴よぉ、ふふふふ♪」
それを聞いた白河の瞳孔が開き歯を噛みしめるような仕草を見せる。
「馬鹿げてるわね……どっちが悪魔か解らなくなりそうだわ」
「どんだけ凄いんだ?」
「通常十の術式を同時に編んで行うものを中位法術。それ二十以上の術式を編んで行うものを高位方術って呼ぶのだけど中位法術を扱えれば優秀な称号者。それは天使も変わらないわ。連中がよく使うアークセナルは十二の法術を編んで作られているものだから大天使クラスは容易く十五は編めるでしょうね。だけど……」
一向に視線はミカエルから外さない。外せば次の瞬間には肉片に変えられてしまう。そんな予感があるような様子。
「……五十七なんて高位法術を片手間でやってのける天使に私は会ったことがないわ」
「そ、そんなに今のは凄いのか」
「あんたの因果を操る力に匹敵する法術よ。名前は知らないけどね」
ちなみに魔術も原理は同じだとか。
「あーそうそう、ちなみにだけど学校にいるマモンの正体。こっちで特定しちゃったって奴なんだけど、どうするのかしらレヴィアタンさん」
その言葉に一瞬怯む白河だが、
「だからなんだっていう話よ」
「あら連れない。まあその予想は当たってるんだけど、多分別の予想は当たってないんじゃないかな」
「……」
白河はただミカエルを睨みつけるだけ。
ユグドラシル北関東支部。
「随分悠長じゃない。もう戦いは終わったわよ」
制服姿の長瀬が一室で一人の男子生徒に微笑みかける。
その男子生徒はいつもと変わらない砕けた雰囲気を崩さない。
「なるほど……想定以上に力をつけていたみたいだね~天野は」
谷崎昭午。鴇矢のクラスメイトでありマモンである、本名シエリア=アーディエント。
それに対峙するようにドアの横の壁に寄り掛かり腕を組む女が一人。
「アズリエルに視線が向いている内にこちらのテスタメントに手をつけようなんて随分大胆じゃないのマモンの分身、谷崎くん」
「やれやれ、ついにばれてしまいましたねめんどくさい。それでここで戦うつもりなのかしらサリエルさんは」
「知ってるでしょう。私はまだ万全じゃない。今のあなたがどれほどの力を有しているかは解らない以上下手に戦うなんてことはしないわ。解ってるんでしょう?」
「そう……こちらとしてもめんどくさいし戦うつもりはないから」
静かにテスタメントと呼ばれる聖書らしきものを机に置く谷崎。
「今日のところは諦めるわね」
「そうしてもらえると助かるわ。今日でこの支部は解体だしこれ以上面倒事は避けたいからね」
「明日からどうするつもり?」
「想像通りよ。ユグドラシルの人間は普通を望み神を信仰する。これに尽きるから」
「……」
「私も疲れているのよ。マモンの分身の正体を特定できたのなら十分仕事はしたからこれ以上は疲労を抱えたくないの。解ってちょうだい」
つまり明日からも普通にやっていこう。そういうことだ。
「信用すると思う?」
「そんなに殺気を向けないで。今日は本当に戦う気が無いの」
「……」
「あの女も目的は果たしたみたいだしね」
「……そう」
「解ってくれた? それじゃあ出てってくれるかしら。今日はあくまで休戦。明日からはまたいつもの 殺し合い(にちじょう) が待っているんだから」
「了解した。でも油断はしないことね。ルシファーは覚醒しつつある。こちらの戦力は集まりつつある。他の七大罪もすぐに集める」
「……」
長瀬は何も言わなかった。
ただ無言で谷崎が部屋を後にするのを見送り、誰もいなくなった一室で一人愚痴のように呟いた。
「ほんとに……いい加減にしてほしいものね」
「とにかく今日は終わりって奴よ」
ミカエルは適当な仕草でアズリエルを掴むと踵を返した。
「また会いましょう」
「次会うときはあんたの首が落ちる時よ」
白河の殺意は変わらないが、どことなく気押されているような気もする。多分気のせいじゃない。それほどまでにミカエルは圧倒的なのだと知らしめている。
「ふふふ、それまでに万全にしておいてねレヴィアタン。でないと退屈って奴だから」
「俺としてはできれば会いたくないんだがな」
「それは無理って奴よ」
「なんで?」
「あなたがルシファーで、何より私あなたを気に入っちゃったって奴だから」
「お前に言われてもあんま嬉しくないな」
「悲しいこと言わないでほしいって奴ね。ま、時期に解るって奴よ」
そんなよく解らないことを口にしたミカエルは一瞬の間に姿を消した。
白河には目で追えたのかもしれないが鴇矢にはさっぱりだった。
「よく解らない女ね」
全くだと鴇矢は肩をすくめるしかなかった。
ありがとうございました




