ラップ探検隊、墓へ
遠くから見た皇帝陵は、白い三角形の建物で、ピラミッド型なのかと思ったが、近づいてみるとそうではないことが分かった。
ピラミッドは底辺が四角形の四角錐だが、この陵は底辺が円形の円錐だ。つまり、漏斗をかぶせたような形をしている。
きっと、魔法を使わなければ、四角錘のピラミッドより作るには骨が折れるだろう。
そして、おそらく地球のどんなピラミッドよりも巨大だ。
ショズの大伽藍に続いてこういうものを見ると、魔法なしでピラミッドを作り上げるのと、魔法ありでそれ以上のこんな墓を作り上げるのと、どっちが人類の偉大さの象徴としてふさわしいのだろうかと、そんなつまらないことまで考えてしまう。
「ほう、これはなかなか大したもんだな」
陵の前にたった俺は、そういう思考はとりあえず忘れて、その巨大さを素直にたたえる。
「どうだよ、すげーだろ」
ラップがご先祖様の墓の威容っぷりに胸を張る。確かに、これは威張ってもいいかもしれない。
「まあ、すげーけど、誰もいないのな」
そう、周囲には誰もいなかった。木もまばらな岩だらけの荒野に、墓が立っているだけで、人家もなければ、俺たち以外の人の影もない。
実に淋しい光景だった。墓の威容と合わせて、なんだか人類絶滅後の風景みたいだ。
これだけ巨大な偉人の墓というなら、エジプトのピラミッドみたいに、観光スポットになっていてもいい気がする。
いや、そもそも観光旅行という概念がこの世界にあるのかどうかも、分からないが。
「まあ、周りには何もないしね。お墓の中にも入れないし」
グラーが言った。
「入れないって?閉鎖されてるのか?」
そういえば、ピラミッドはどうだろう。あれは観光客が入れるんだろうか。
「というか、出入り口がないんだよね、どこにも」
グラーの話では、この陵の周囲どこにも出入り口がなく、穏当に入る手段がないのだという。
「魔法で壊せば入れるんだろうけど、さすがに皇帝のお墓を壊すのはまずいし、祟りもあるって話だから」
実際、俺たちはこの墓に幽霊がいるのを知っている。祟りの話もまんざら出鱈目ではなさそうだ。
「はい、壊されては困ります」
背後から、いかにも穏やかな声でそんなことを言われて、振り向けば、例のエリシャと名乗った爺さんがいた。
相変わらず、幽霊らしい凄味のない、上品そうな澄ました顔をしている。
リリが、俺の後ろに隠れて、尻尾をぎゅっと抱いた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
爺さんは、優雅な仕草で深々と頭を下げた。
「ああ、来たぜ。すぐに聖剣見つけてやるから、安心してくれ」
ラップが、自信たっぷりといった具合にそういった。
「これは頼もしい。では、参りましょうか」
爺さんは、本当に頼もしそうに微笑むと、再び一礼した。
「ちょっと待ってくれ、幽霊なら壁を通り抜けるのもお手の物だろうが、俺たちはどこから入ればいいんだ?出入り口はないんだろう?」
「こちらにいらしてください」
爺さんに連れられて、俺たちは今いた陵の東側から、北側にぐるりと回り込んだ。
そして、壁のある場所を指示して。
「どうぞ、こちらからお入りください」
そこにはただ、周りと同じ壁があるだけだ。
どうしたらいいのか、俺が戸惑っていると、グラーが黙ってその壁にゆっくりと触れた。
すると、硬いはずの壁に、その手がめり込んだ。
グラーは、そのまま進んで、全身が壁の向こうに消えてしまう。
「おい!グラー、大丈夫か!おい爺さん、どういうこったこれは!」
俺が慌てて爺さんに詰め寄ると、グラーが何気ない風に壁の向こうからひょっこりと顔を出した。
「ここ、素通りできるんだ。みんなも早くおいでよ」
なるほどそういうことかと、俺はグラーに誘われるまま、同じく壁をすり抜けて陵の内部に侵入する。
内部は、意外にも明るかった。壁のあちこちに灯りがともっていて、薄暗いところはあるが、周囲の様子はきちんと見て取れる。
目の前には、外側と同じような壁が、左右に広がっていた。
思っていたより湿っぽくなく、空気は乾燥していた。
「へえ、内側ってこうなってんのか」
俺に続いて入ってきたラップが、あたりをきょろきょろ見回しながらいった。
声が壁に反響して響く。
「でも、これくらいの偽装なら、偶然だれかが入り込むこともありそうだな」
俺がそういうと、最後に入ってきた爺さんが、
「いえ、その心配はありません。こうして」
そういって、壁の内側に空いていた穴に鍵を突っ込んで回した。
「鍵をかけてしまえば、周りの壁と変わらなくなります」
俺が先ほどすり抜けた壁を触ってみると、なるほど、もう普通の石の壁と変わらない。
内側からしか開けられない鍵というわけだ。
しかし、これは内側に閉じ込められたといえるわけで、なんだか気持ちが悪い。
「では、地下への入り口までご案内しましょう」
爺さんがそういって、先導し始める。
それに、ラップ、グラー、リリ、俺の順でついてゆく。フリシアも、たぶん俺の影の中にいるんだろう。
リリは、グラーのマントの裾を握っていた。
「リリ、本当についてきてよかったのか?外で待ってたほうがよくないか?」
これは、陵に着く前にも聞いたことだ。俺の言葉に、リリは首を振って、
「みんなと一緒にいたいから」
はっきりそういった。
「そうか。まあ、みんなでいれば怖くもないか」
俺の言葉に、リリは笑ってうなずいた。
俺たちは爺さんについて、陵の北側から、今度は南側のほうへ回った。
どうも、この陵の内部は、巻貝のような螺旋の形になっているらしい。ずっと歩いていけば、きっと中心に至るんだろう。
だが、中心に行く前に、爺さんが立ち止った。
「こちらから、地下のほうへと降りることができます」
なるほど、爺さんの示した先から、道が下り坂になっている。
「らせん状に、中心に向かって降りていく道でございます。おそらく、中心部にネズミどもが潜んでいるに違いありません」
ということは、この墓の全容は、巻貝を二つ張り合わせた形になっているということだ。
俺と子供たちがその先へ進もうとするが、爺さんが動かない。
「あれ、爺さんは来ないのかい」
「はい、あれをご覧になってください」
爺さんの指さす先には、白い粉がばらまいてあるのが見えた。
「もしかして、塩?」
「はい、ここから先、いたるところにまかれておりまして」
つまり、ここからは俺たちだけでいくしかないということか。
「これをどうぞ」
爺さんが、ランタンを俺に手渡した。通路に灯りがあるので今まで、使わずにただ持っていただけのものだ。
「ここから先、地下には灯りがありませんので、これをお使いください」
「あ、これ魔法のランタン」
俺が手にしていた、見ただけでは何の変哲もないランタンを見て、グラーがいった。
「魔法のランタン?」
「はい、油をさす必要もなく、炎もなく、ただ中に入った石を指で擦れば光る、そういう魔法のランタンでございます」
「へえ」
乾電池もいらないとなると、懐中電灯よりも便利かもしれないな。
「暗くなってきたら、また擦ってください」
「ああ、ありがたく使わせてもらう」
「それでは、皆様、どうか聖剣のことをお頼みします」
爺さんが、深々と頭を下げた。
「ああ、待っててくれ!」
ラップが相変わらず、自信満々で応えた。
「できるだけ頑張ります」
グラーの方は控えめに、それだけ言う。
「……」
リリは、何も言わず、俺の尻尾の影に隠れている。やっぱり、幽霊は苦手のようだ。
そして俺たちは、ランタンの明かりをつけると、墓陵の地下へと足を踏み入れていった。
―――
明りがランタン一つになって、ずいぶん暗くなってしまった。
それでも、爺さんが言っていた通り、あちらこちらに塩がまかれているのがわかる。
しかし、本当にネズミが剣を奪って、塩をまきながら逃げるなんてことがあるんだろうか。
「なあ、グラー」
こういう疑問は、まずグラーに聞いて見るに限る。
「何?アベさん」
「この世界のネズミって、剣を盗んだり、塩をまいたりするものなのか?」
「どうだろ。ここのネズミって、たぶん墓ネズミってネズミだと思うんだけど」
俺のちょうど前を歩いているグラーが、首をかしげながら言った。
地下へと降りるごとに、どんどん通路が狭くなってきて、今では一列になってでないと進めなくなっている。
「墓ネズミ?」
「うん。こういう墓陵とか、墓地に住んでるネズミでね。死体を齧ったりするんだって」
「ひっ」
グラーの前を歩くリリが、小さく悲鳴を上げた。そりゃ、こんなところで死体を齧るネズミの話は聞きたくないだろう。
「あ、ごめんねリリ」
「ううん、大丈夫だから」
謝るグラーに、リリが振り返って言った。
「でも墓ネズミが剣を盗ったり、塩をまいたりなんて話は、聞いたことないな、ラップはどう?」
「そんな話、俺だって聞いたことねえ」
先頭を歩くラップが言った。
「そうか、ありがとな」
俺はグラーの頭をポンとたたいて、礼を言った。
やはり、どうも変だ。あの爺さん、何か嘘をついているのか、それとも何百年と幽霊をしていてぼけてしまったのか、どちらにせよ俺たちの知らない事実が裏にはありそうだ。
そういえば、剣を盗られた当の皇帝とやらにも会っていない。
そうそうお目通りできる相手じゃないだろうから、あえて会わせてくれとは言わなかったが、これも不自然な気がする。
「あれっ」
考え事をしながら歩いていると、先頭のラップが声をあげて立ち止まった。
「どうした?」
「いや、なんか床の石がぐらっときたような……」
俺が聞くと、そんなことを言った。
ちなみに、この墓の床も石が敷かれている。こちらは、壁とは違って小さな石がタイルのように敷き詰められていた。
「おいおい、不吉なこというなって」
俺がそう言った瞬間。
突然、重力が消えた気がした。
いや、そうじゃない。床が崩れたんだ。それも、ラップのいるところから俺のいるところまで、全部の床が。
そして、床を失った俺たちは、石とともに落ちるしかなかった。
ガラガラと、床の石が落ちる音が聞こえた。
「うあああああああああ」
誰の悲鳴ともしれない声が、墓にこだました。
そうだ、こういう墓には、トラップの一つや二つあってもおかしくなかったんだ。
そんな無駄な後悔をしながら、俺は暗い穴の中に吸い込まれるように落ちていった。




