お化け退治の顛末は
「ええと、どういうことなんだ?主の命?」
正直、関わりを避けたほうがいいとは思いながらも、聞かないわけにもいかなかった。
俺の言葉を聞いた爺さんは、深々とお辞儀して、
「はい、ラップ様は私の用意した試練を見事乗り越えました。その強く気高いお心をもって、是非力を貸していただきたいのです」
「ちょっと待ってくれ。何だか、この村も、骸骨も何もかも、爺さんの仕込みという風に聞こえたんだが」
「はい。こういう次第でございまして」
爺さんが、そういって指をぱちりと鳴らした。
すると突然、意識が切り替わって、俺たちの居場所が墓地から、爺さんの家の中に変わっていた。
揺れる暖炉の火が、俺たちの影をあちらへやったり、こちらへやったり。
目の前には、グラーとリリがいて、お互いにもたれ掛りながら眠っていた。
ラップは、周りを見回して、目をぱちくりさせている。
「もしかして、俺たち、今まで眠っていた、眠らされていたのか?」
俺が、誰に聞くともなくそうつぶやくと、
「はい、さようでございます」
「じゃあ、さっきのお化け退治は」
「夢、ということになります」
それを聞いて、ラップは、がっくりとうなだれた。
まあ、ずいぶんな活躍だったものな。あれが夢だと聞かされれば、落ち込みもする。
「それで爺さん、あんたは本当は何なんだ?狐か?狸か?」
「いえ、わたくしは」
破れ窓から吹き込んだ風に揺られたかのように、爺さんの姿がゆらりと動いた。
そう思うと、たちまちその姿が、黒い上等の服を着て、白くなった髪を丁寧になでつけた、老紳士に変わっていた。
顔の傷も消えていて、いかにも品の良い顔立ちをしている。
俺たちは、その変わりように、あっけにとられた。
「わたくしは、今は亡き皇帝陛下の侍従を務めておりました、エリシャと申します。改めまして、お見知りおきくださいませ」
爺さん、そう慇懃にいった。
「『皇帝陛下』?それは、ひょっとすると例の、勇者と呼ばれた初代皇帝だったりするのかい?」
「はい。この大陸で皇帝陛下といえば、その方の他いらっしゃいません」
「なあ、ラップ、その皇帝って最近死んだのか?」
「そんなわけあるか!ずっとずっと何百年も昔の人だよ」
ラップがそう答えた。だとすると。
「つまり、幽霊なのはあんたのほうだったのか?」
「はい、ご明察でございます」
つまり、お化けが出るという言葉は、嘘ではなかったわけだ。ただ、言った本人が、それだったというだけで。
「俺たちを眠らせたり、好きな夢を見せたり、幽霊ってのはずいぶん芸達者なんだな」
「死人というのは、眠りというものを熟知しておりますから。他人の眠りを操るのも、お手の物という具合でして」
なるほど、確かに、死人ほどよく眠りを知るものはいないだろう。
「それで、さっき言った『主』というのは、皇帝のことでいいわけだな」
「そうでございます。皇帝陛下に代わって、ラップ様にお頼みしたいことがあるのです」
「俺に?」
今までのが夢だったと聞かされて失望していたラップが、今度こそ本当の冒険の予感を得て、身を乗り出して言った。
「はい。かつて皇帝陛下が、陣中常にお佩きになっていた、聖剣のことはご存知でございますか?」
「そりゃ知ってる!海を割り、地を砕き、天を突く、聖剣!」
「それは少し言いすぎですが、確かに特別の力ある剣でございました。では、それが皇帝陛下の御陵に納められたのはご存知でしょうか?」
「え、聖剣なら、うちにあるんだけど」
ラップが、心底不可解なことを言われたという具合に、首をかしげて言った。
「はい、リシアの王家にも、他の王家にもあるという話しですな」
「それは偽物で、うちのだけが本物だって。父様はそういってたけど」
「残念ですが、それらは全部偽物です。箔付けに、模造品を作ったのでしょう」
「うそだろ……」
ラップには、なかなかショックな話しだったようだ。
聖剣というのは、おそらく帝国の後継者として証しでもあるんだろう。
もちろん、この爺さんの話が全部本当だとして。
「ちょっと待ってくれよ。まず、あんたの話を信用していいのかどうか、証がほしいんだが」
もしかしたら、たちの悪い悪霊にたぶらかされている可能性だってある。いや、そもそもちょっとした魔法の使えるただの人間だって可能性もある。
なにせ、こうして見ている限りでは、生きた人間と見分けが付かない。
「そうですなあ。ちょっとお待ちを」
そういうと、ふっと煙が風に吹き消されるように、爺さんの姿が消えてしまった。
なるほど、これはなかなか幽霊っぽい。
「なあ、ラップ、元気だせよ」
俺は、爺さんを待つ間、ラップを慰めようと声をかけた。
「いいよ、別に、気使わなくて」
ラップは、ふてくされたようにそう言ったとき、爺さんが、さきほど消えた場所に、吹き散らされた煙が再び集まるような具合に現れた。
「これで証拠になりますでしょうか」
そういって、派手な細工の施された剣の鞘を俺たちに見せた。
地の部分はかなり傷んでしまっているが、金と宝石で飾られた、見るからに豪奢な鞘だった。
「たった今、御陵から持ってきたものでございます」
俺の目には、ただの豪華な鞘としか見えない。しかし、ラップの目には違ったようだ。
「それ、うちにも同じのがある。儀式に使う剣の鞘だ」
「はい、帝国時代に使っておりました儀仗で、今の諸王国でも、同じ意匠のものを使っているようですな。これは、殉死して、つまり皇帝陛下のお後を追って自殺した、わたくしと一緒に葬られたものでございます。
残念ながら、鞘だけで、剣の方はどこかに行ってしまいましたが、これでは証拠になりませんでしょうか?」
それが本当に皇帝陵から持ってきたものなのか、本当に当時の儀仗なのか、疑えないこともないが、これほどのものをすぐさま持ってきたということで、爺さんの話を信じてもいい気になる。
「それで、ラップにして欲しいというのは、その聖剣がらみで?」
俺は、話を本筋に戻した。
「はい。御陵の中で行方知れずになっております聖剣を探してほしいのです」
「はあ?つまり、聖剣をなくしてしまったと?」
俺が呆れていうと、爺さんは沈痛な面持ちをして、
「お恥ずかしながら、その通りです。ある場所に、納められていたのですが、いつの間にか姿を消してしまいました」
と、言った。おいおい、失くしていいものじゃないだろうに。
「さっきの、消えて、一瞬で墓まで移動して、現れて、あんな芸当ができるなら行方不明の剣くらい、いくらでも探せそうなんだが」
「いえ、それがやっかいなことになっておりまして」
いかにも、困り切ったという顔で、俺の疑問に答える。
「実は、聖剣の捜索に、妨害を受けております」
「妨害?」
「はい。聖剣は御陵の地下にあったのですが、そのあちらこちらに塩をまかれてしまいまして」
「塩?ひょっとして、幽霊は塩に弱いとか」
「その通りです。塩に触れると動けなくなるというのが、幽霊のサガというものでございますので」
幽霊に塩というのは、どこの世界でも定番なんだろうか。
そんなつまらない感想が頭に浮かぶが、爺さんの言葉に気になることがあった。
「妨害というと、剣を盗って行ったものがいると」
「おそらく、ネズミの仕業だと思われます。少なくとも、わたしくはそう確信しております。御陵の地下にすくっておりまして、これまでも、色んなものを掠め取っていかれました。
お願いしたいのは、そのネズミどもから、是非聖剣を取り戻していただきたいということなのです」
ネズミが聖剣を盗んだ?
墓のものをたびたび持っていくというのは分からなくもないが、塩を撒きながら逃げたというのは、ちょっと想像できない。
あるいは、この世界のネズミは、それくらい賢い動物なんだろうか。
「まずは人間の仕業を疑うのが、筋なんじゃ」
実際、どこかの王家、たとえばリシアあたりが、とうとう聖剣の場所をつきとめて盗りに来たと考えるのが自然に思える。あるいは、ただの金目のもの目当ての盗掘者の仕業か。
しかし、爺さんは、
「いえ、御陵の周りはずっと近衛の者たちに見張らせております。ここしばらくは、人が立ち入ったことも、立ち去った形跡もございません」
そういって、ラップに向かって平伏した。
「どうかラップ様、皇帝陛下のご子孫であり、その勇者の血をお引きなるあなた様に、ぜひお力をお貸しいただきたいのです。もちろん、御陵に納められているものから、可能な限りお礼はいたします」
ラップが、どういう返答をするか、俺にはなんとなくわかっていた。
誰かに頼られて、しかも王族の誇りを煽られて、
「分かった、やってみる。礼なんていらない。聖剣を取り戻すのは、王族の務めだと思う」
そう、言わないわけがなかった。
「おお!さすがは、勇者の血を引くお方。あなたこそ、聖剣を取り戻すのにふさわしいお方だと、お見受けしたわたくしの目に間違いございませんでした!」
爺さんは、ラップに抱き付かんばかりの感激ぶりだ。
爺さんの言葉は、筋が通っているようないないような、妙な座りの悪さがある。
「おい、ラップ、本当に受けるのか?『災厄の種』探しはどうするんだ?」
そう小声で聞くが、ラップの方は、
「ご先祖様の皇帝が、俺に直々に頼むんだ、断れない。それに、聖剣がなくなったことと、『災厄の種』と何か関係があるかもしれない」
と、取り合わない。
まあ、ラップは一度決めたら動かないし、王族として話を断れないという気持ちも、分からなくもない。
ネズミが相手というなら、危ないこともなさそうだし、ここはお化け退治に続いて、イベントがもう一つ挿入されたと思って、腹を括るしかなさそうだ。
「では、御陵までお越しください。お待ちしております」
爺さんはそういうと、破れ窓からさした朝日の光の中で、焼けた鉄板に落とした水みたいに消えてしまった。
それに合わせて、グラーとリリも起き始める。これから、さっきの話を聞かせなくてはならない。
爺さんの正体が幽霊だったと知って、リリはまた泣いてしまわないだろうか。
そういえば、フリシアは、俺たちと一緒に爺さんの話しを聞いていたんだろうか。
まさか、またリリと一緒に眠らされていたなんてことはないよな?
―――
さて、話しは長くなったが、これが俺たちが皇帝陵を目指すことになった顛末だ。
そして、向こうにようやく、皇帝陵の巨大な、しかし寂しい姿が見えてきた。
しかし、陵墓の地下で聖剣さがしとは、ますますRPGじみてきたじゃないか。
ゲームみたいに、ハッピーエンドと行きたいね。




