カルシウムもほどほどに
やがて夜が更けて、俺とラップは村の墓地にいた。
たき火を焚きながら、お化けの出るのを待っている。
「なあ、ラップ。やっぱりやるのか?」
俺は、ぶんぶんと剣を振り回して素振りしているラップにいった。
相変わらず、子供にしてはなかなか鋭い振りだ。
「なんだよ。怖くなったのか?」
「いや、考えてみたらさ、お前実戦て初めてじゃないのか?練習とは違うんだぞ」
俺も、他人にとやかく言えるほど、実戦経験というのがあるわけじゃない。
けれど、狩人の本能というのか、体に染みついた戦い方というのがある。
ラップに、それがあるとは思えない。
だいたい、以前、俺にも負けたんだ。
「馬鹿にするなよ。俺には、勇者の血が流れてるんだぜ」
ラップは、相変わらず素振りを続けながらそういった。
「なんなんだよ、その勇者って」
「この大陸で勇者って言えば、最初の皇帝だ。大陸じゅうを回って、聖剣持って戦って、大帝国作ったんだぜ」
ラップはそういってから、やっと素振りをやめて剣を鞘に納めた。
雲の切れ間から覗く月が、その顔をぼんやりと照らしている。
建国の英雄というやつか。
「その帝国って、今もあるのか?」
「ない。皇帝が死んだあと、ニコシアとか、リシアとかたくさんの国に分かれたんだ。でも、血はその国の王族が受け継いでるんだぜ」
「ほうほう」
ラップの口から、この世界の歴史の話が聞けるとは思わなかった。
こういうのは、もっぱらグラーか、フリシアあたりの役かと思っていたんだが。
ご先祖の話しだけに、ラップもなかなかよく知っている。
「俺も王族だから、勇者の血を継いでる。だから、お化けだって、戦いだって怖がったりしない」
なるほど、ラップが、自分に流れる血に、格別の思いいれがあることはわかった。
まあ、ご先祖様を尊敬して、誇りに思うのは、悪いことじゃないよな。
ただ、ラップは、どうもそれが危なっかしい方向に行きそうで、はたで見てるとはらはらする。
月を、流れる雲が再び隠して、闇が深くなる。
たき火の明りだけが、頼りとなった。
静まりかえった墓地の中、いかにも何かが出そうな雰囲気になる。
「おい、あれ見ろよ。始まったみたいだ」
ラップが、そういって剣を抜いた。
ラップの視線をたどると、墓地に並んだ墓の盛り土が、ぼこりぼこりと、次々に膨らんでいるのが見えた。
土の中から、何かが出てこようとしているらしい。なんとも、気味が悪い。
ラップは、
「すげー」
と、その光景にひるむことなく、むしろ興奮した様子で見入っている。
確かに、こいつは勇者かもしれない。
やがて、土の中から白い手の骨が現れて、そのままずるりと骸骨の全身が地上に出てくる。
なるほど、これが死んだ村人のお化けというやつか。
次々に蘇った骨たちは、こちらを見て、カタカタと顎の骨を鳴らした。
百体には満たないが、五十体はいそうだ。
この常識外の光景に、以前の俺なら卒倒したかもしれないが、こちらに来てから俺の常識という眼鏡はもうボロボロになっている。
今更、これくらいのことで怯まない。
いや、正直言えば、ちょっとは怖いかな。
「よ、よし。やるか」
ラップも、さすがに攻撃する段になると、緊張してきたみたいだ。
「ラップ、俺が先行くから、ちょっと待ってろ」
様子見がてら、俺が先に攻撃してみることにした。
のろのろとこちらに歩いてきた骸骨を、上段から思いっきり叩いてみた。
すると、骨の奴はよけようともせずまともにくらって、頭蓋骨から、背骨から、その一撃でボロボロと崩れてしまった。
なんだか、あっけない。動きも、のろい。筋肉がないんだから、当たり前か。
これなら、ラップでもやれそうだ。
「よし、俺も行くぜえ!」
俺がやすやすと骨お化けをやっつけたのをみたラップが、張り切って言った。そして、
「どっちがたくさん倒すか、競争な!」
そういって、剣をふるいはじめる。
がっしゃがっしゃと、骨の砕ける音が、墓地に響き渡った。
なんだか、変な気分だ。
お化け退治って、こんな風にやるものだったろうか。
ラップは、夏休みに蝉をとる男の子みたいに、喜々として次々と骨お化けを仕留めている。
あいつ、死体をぶっ壊してるって自覚、あるんだろうか。
まあ、そのあたりはあまり考えないようにしよう。
あの爺さんが、やっていいというから、いいんだ。うん。
どれくらい鉄棒を振るい、剣を振るったのか、蘇った骸骨お化けどもを全て仕留め終わる。
墓地のあちこちに、バラバラになった骨が無残に散乱していた。
それに対して、俺にもラップにも、傷一つない。本当に、あっけない相手だ。
「なんだよ、もう終わりかよ。もうちょっと、骨のある奴はいないのかよ」
ラップが、いかにも残念だという感じでいった。
うーん。あんまり、そういうのは口に出して言わないほうがいいと思うんだが。
よくないことが起きるんだ、たぶん。
「って、なんだこりゃ!」
案の定、ラップが何か見つけて素っ頓狂な声を上げた。
地面に転がっていた骨が、一か所にぞろぞろと集まっている。
やがて、大きな骨の塚が出来上がる。
そして、さらにそれが形を変じて、とんでもない大きさの一つの骸骨が現れた。
ぎょろりと開いた虚ろな目で、俺たちを見下ろしている。
こういうの、どこかで見たことあるなと、ふと思い出す。「ガシャドクロ」だったか?
「これが、ボスか!」
ラップが、嬉しそうに言った。
RPGじゃないんだぞと言ってやりたいが、ラップはそんなもの知らない。
ガシャドクロが、その巨大な手を、俺に向かって振り下ろす。
図体の割に、結構速い。
「おいラップ!こいつ意外と素早いぞ。油断するなよ!」
俺は、それを避けながら、ラップに注意を促した。
「わあってるよ!」
ラップは、そう答えて、ドクロの足元に潜り込み、脛の骨に思いっきり剣を叩きつけた。
けれど、剣は固い音を立ててはじかれてしまう。
「硬っ!なんだこれ、硬え」
ラップが、その場でしびれたらしい手をプラプラ振った。
ドクロは、それを蹴ってやろうと、今切り付けられた脚を振り上げた。
「おい馬鹿!止まるな!」
俺は、怒鳴りつけながらその場に飛び込んで、ラップを抱えて飛び退る。
ドクロの脚が、ぶうんと音を立てて空ぶった。
あんなの食らったら、俺でもただじゃすまない。
「あれ、すごく硬いぜ。鉄みたいだった」
俺の腕から降りたラップが言った。
「よし!こっちの番だ!」
俺は、素早くガシャドクロの後ろに回り込み、膝の裏のあたりを力いっぱい鉄棒で殴りつけた。
手ごたえはある、しかし、相手に怯んだ様子はなかった。
こちらを振り返ったので、慌てて離脱する。
「あの爺さん、こうなることを知ってたのか?」
やっぱり怪しい爺さんだ。
だいたい、こんなのが夜な夜な現れて、あの爺さんは、ここまでどうして無事だったんだよ。
引き受けるべきじゃなかった。
「こういうのは、だいたいなんか弱点があんだよ」
ラップには、まだ余裕の表情がある。
だから、RPGじゃないんだって。
「弱点てなんだよ」
俺は、振り下ろされたこぶしを避けながら、同じくそれを避けたラップに、一応は聞いてみた。
何か思いつくことがあるなら、ぜひ教えてほしいものだ。
「たぶん、首だ。力入れてやれば、外れそうじゃないか?」
確かに、見た目ではもろそうな感じはしている。
「俺がよじ登ってやってみる!引きつけてくれ!」
ラップは、そういってドクロに向かって突っ込んでいく。
「おい、ちょっと待て!一人で突っ込むな!」
俺の言葉を聞き流して、ラップは股の間を抜けて背後に回った。
これはもう仕方がないと、言われた通り、ガシャドクロの注意を引くことにした。
「おい!こら!ドクロ野郎!カルシウムとりすぎなんだよ!馬鹿!」
俺はそう怒鳴って、ガシャドクロの足元を動き回った。
罵倒を聞いたのかどうかわからないが、攻撃が俺に集中した。
回避に徹すれば、避けるのはそれほど難しくない。俺は、前後左右に飛び退きながら、攻撃を避け続けた。
その間に、ラップが、飛び上がって腰の骨に掴まり、肋骨を梯子のようにしてよじ登る。
最後に肩甲骨に足をかけて、首元にまたがるような形になった。
呆れるほど身軽だった。
「このっ!このっ!このっ!」
ラップは剣を両手で持って、切っ先をガシャドクロの首筋に何度もたたきつける。
脅威と思っていないのか、そもそも気付いていないのか、ドクロはそれに構わず、俺を追いかける。
「このおおお!」
何度も試みて、とうとうラップは剣の先を、首骨の間に突き込むことに成功する。
それを梃のようにして、骨と骨の間に大きな隙間を開けた。
その途端、グラッとガシャドクロの巨大な頭蓋骨が前のめりに傾いたかと思うと、そのまま、足元にいた俺に向かって落下してきた。
「うおっ」
俺は、間一髪でそれを避ける。
頭蓋骨だけじゃない。その他、肩甲骨、肋骨、背骨、腰骨、すべての骨が次々とバラバラになって落ちてきた。
思わず大きく飛び退いて避けようとしたところで、俺はラップが上にいることを思い出した。
「おわあああ!」
「ラップ!」
突然足元が崩れたせいで、背中から落下してくるラップを、俺は何とか抱き留めた。
そして、ラップを抱いたまま、落ちてくる骨を避けて、その場を離れた。
やがて、ドクロは完全にバラバラになって、後には、墓地に散乱したたくさんの小さな骨だけが残った。
墓地が、急に静かになる。
消えかけたたき火が、ぱちぱち音を立てるのと、虫の声だけが聞こえていた。
「お前ね、一人で突っ込むなよ。あんなの、俺がやったのに」
俺は、腕の中のラップにいった。
「何言ってんだよ。人の手柄盗ろうとすんなよ」
勇気ある奴が勇者とはいえ、こいつの場合、単なる無謀というか、命知らずというか、なんだか危なっかしいんだよな。
「それで、なんか俺に言うことないのかよ?」
結局、うまく行っちゃったし、ここで何かいっても無駄だろうな。
「そうだな。よくやったよ」
「まあ、俺にかかればこんなもんよ」
ラップが、得意満面という感じで、腕を組んで顎をあげた。
それが、俺の腕のなかで威張っているのが、なんだかおかしい。
そのとき、
「おお!やってくれましたな」
背後から、声が聞こえた。
振り向くと、俺たちの様子を見に来たのか、あの爺さんが墓地の外に立っていた。
なんだか、口調がおかしい。声音も、どことなく、威厳のある感じだ。
爺さんに気づいたラップは、俺の腕の中からするりと抜けだしてしまう。
俺は、爺さんに文句を言おうと口を開いた。
骸骨どもを倒した後に、あんな規格外の化け物が出てくるなんて、聞いていない。
すると、
「ラップ様に、お願いがございます」
と、機先を制して、爺さんがそんなことをいった。
「お願い?」
「はい、ラップ様こそ、我が主より仰せつかった使命を果たせるお方だと、わたしく確信いたしました」
どうも、さらに面倒なことになりそうだ。




