意外と、軽いんですね
「なあ、爺さんはここに一人で住んでるのか?」
雑草のスープに、パンとチーズ、干し肉の簡単な食事を終えた後、ラップが爺さんに聞いた。
俺たちは、爺さんの出してくれた草の根を煎じたコーヒーみたいな飲み物を飲んでいる。
香ばしくて、割といける味だった。
「ああ、何年か前、村を疫病が襲ってな。儂一人だけが生き残ったんじゃよ」
なるほど、村に人っ子一人見えないのは、そのせいか。
一人だけ生き残ってしまうとは、この爺さん、運がいいのか悪いのか。
気の毒なのは間違いない。
「こんな爺、一人生かしておいて、神様も酷なことをなさる」
爺さんが、しみじみとそういった。
「村を離れるつもりはないんですか」
俺がそう聞くと、
「いや。行く当てもないしのう。それに、ここは儂が、子や孫と住んでいたところじゃから」
自分の家を見渡しながら、爺さんがそういった。
在りし日のことを思い出しているんだろうか。
どうも、こういうのは苦手だ。自分の不幸には十分慣れたが、他人の不幸にはなかなか慣れない。
「それにな、出るんじゃよ」
爺さんが、声を一つ落として、いかにも暗い秘密を打ち明けるかのように、そういった。
外は、もう夕闇が覆っていて、破れた窓からぬるい風が流れ込んでくる。
明り代わりの暖炉の火が、ゆらゆらと揺れて俺たちの影を揺らめかす。
「出る?出るって何が」
俺が聞くと、爺さんは俺と子供たちをそばに招き寄せた。
「疫病で死んだ……」
そこまで小さな声で言ってから、一転、
「あいつらがなああああああああああああ!!」
目を見開き、恐怖に歪んだ表情をして、馬鹿でかい声でそう怒鳴った。
「「「「うわっ!」」」」
俺も子供たちも、その迫力に声をあげてのけぞった。
「お、おい爺さん!いきなりでかい声出すなよ、ビビっちまっただろ!」
「お、驚いたあ」
ラップとグラーが、胸を押さえながらも、気を取り直していった。
ちくしょう。こんな安い手に引っかかって、大声あげてビビっちまって、恥ずかしい。
言い訳させてもらうと、爺さんの顔がものすごく怖かったんだ。
「だ、大丈夫か?リリ」
リリを見ると、目を大きく開いて、固まってしまっている。
やがて、その目から涙がぽろぽろと、零れ落ちてきた。
「おい、爺さん!リリが泣いちまったじゃねえか!」
俺がそういうと、爺さんも泣かせるつもりはなかったのか、
「す、すまん。そんなに怖がるとは思わなかったんじゃ」
そういって、平謝りに謝った。
フリシアがブチ切れてしまわないうちに、なんとかリリをなだめないと、爺さんの身が危ない気がする。
それから、しばらくみんなでリリを慰めて、爺さんがとっておきだという蜂蜜をどこからか出してきて、それをリリが舐めて笑顔になることで、ようやく場が収まった。
「いや、ほんとすまんかったのう」
この爺さん、見かけによらず軽いなあ。
なんだか、厄介ごとを持ち込みそうな匂いがする。
「それで、どこまでが本当なんだよ。疫病とかも、嘘なのか?」
ラップにそう聞かれると、爺さんは、生真面目な顔をして、
「いや、全部本当じゃよ?」
しれっと、そんなことを言った。
「はあ?」
「だから、疫病で村が全滅したのも、儂だけが生き残ったのも本当」
「じゃあ、死人が出てくるというのが、嘘?」
グラーが聞くと、
「いや、それも本当」
爺さんが屈託のない表情で言った。
「いや、そういうのもういいから」
俺がそういっても、
「だから、本当じゃって」
爺さんは、あくまで本当の話だと言い張る。
「村の西に、墓地があってのう。そこに葬られた村人が、夜な夜な蘇って歩き回るんじゃよ。なぜか、村の柵は越えられんようじゃから、外にいって悪させんように、儂が見張っとるんじゃ」
あの、妙に立派な柵は、そういう理由だったのか?
物証と組み合わせられると、なんだか、変な信憑性を感じてしまう。
それに、お化けなんて実在しないというのは、元の世界の常識で、こっちは違うのかもしれない。
「それで、爺さん、この村から出られないのか?教会か、国にたのんでみたらいいんじゃないか?」
ラップはそういうが、
「こんなところ、誰も助けに来やせんよ」
爺さんは、一つ深いため息をついて、
「誰か、ここを勇者様のようなお方が通りがかって、助けてくれたらいいんじゃがのう」
こちらをチラチラと見ながらそういった。
やっぱり、俺のカンは正しかった。この爺さん、なんだか怪しいぞ。
「勇者か」
爺さんの視線に気付いているのかいないのか、ラップがなんだか遠い目をしてそういって、
「よし!爺さん、俺が何とかしてやるよ」
とうとう、そう言ってしまった。
「本当かね!?」
「おい、ラップ!そういうのは軽々しくだなあ」
俺が、とりあえず止めようとすると、
「お若い人!ありがたい、ありがたい!」
爺さんは、俺を押しのけてラップに縋り付いてしまった。
なんだか、妙な成り行きになってきた。
爺さんもこんな子供に頼ってるんじゃないと、言ってやりたかったが、散々ラップたちに世話になった俺には、それも言いにくかった。
俺は、自分の影に、正確にはその中のフリシアにそっと話しかけた。
「なあ、死んだ人間が出てくるとか、ほんとにあるのか?」
「ええ、まれにそういうこともあります。あなたの世界には、そういうのはいなかったんですか?」
そういわれると、どうにも答えようがない。もしかしたら、いたのかもしれない。
「ラップ様が一度決めたことです、折れないでしょう。仕方ありませんから、私たちでフォローしましょう。
まあ、柵を越えられないくらいのものらしいですから、大した相手ではないでしょう」
フリシアは、小声でこともなげにそういった。
相手がお化けだとしても、こいつに怯むところはないらしい。まあ、こいつ自体お化けみたいなものだしな。
「何か、失礼なことを考えていませんか?」
「いやいや、フリシアさんは頼りになるなーって」
「なあ、何一人でぶつぶつ言ってんだよ」
ラップがいぶかしそうに、俺にそう言った。
「いや、何でもないんだ。でもだな、一体、お化け退治なんてどうやってするんだよ」
それが問題だ。
やはり、神の力で退散させるんだろうか。しかし、怖がりのリリを引っ張り出すわけにもいかないだろう。
それとも、念仏をあげるとか、塩をまくとか?
「ああ、それなら、力づくでバラバラにしてもらえば、いいんじゃ」
「物理でいいのかよ!」
爺さんの身もふたもない言葉に、突っ込まざるを得なかった。
しかし、それなら、俺たちでもなんとかできそうな気がする。
この世界のお化けというのが、どういうものかは知らないが、俺の素早さについてこられるとは思えない。ラップも、あれでなかなか腕が立つ。
まあ、すべては爺さんのいうことが本当だとしてだが。
すべて爺さんの出鱈目だってこともある。そのほうが、俺にとっては都合がいいがね。
「じゃあ、さっそく今日やっちまおうぜ」
ラップは、あからさまに浮かれた様子で言った。
退屈な旅の途中で、お化け退治という面白そうなイベントが挿入されて、本当にうれしそうだ。実に、分かりやすい奴だ。
「ぼくたちは、どうしたらいいかな」
グラーが、不安げな様子で尋ねると、ラップは、
「月はあるけど、暗い夜だと魔法も難しいからな。リリと爺さんと、ここに残っててくれよ」
と、そういった。割と、冷静な分析をする。
「ぼくがいなくて、大丈夫?」
グラーは、やはり不安そうだが、
「心配すんな。ラップのことは、任せておいてくれ」
俺は、せいぜい頼もしく見えるように、自分の胸をトンと叩いてそういった。
リリとグラーには、フリシアをつけておこう。この爺さんも、なんだかおかしいからな。
こうして、俺とラップは、なぜだかお化け退治に挑むことになってしまった。
多少怖いという気持ちもないわけじゃないが、突然トカゲ野郎になってしまったこの現実ほど、怖いものはない。
俺は、そう開き直った。
それに、ラップがこれだけノリノリなんだ。俺が怖がるのも、悔しいじゃないか。




