追いかけて、取り戻せ!
どうも、おかしい。
俺が疑り深いのかもしれないが、しかしどう考えても、これはおかしい。
店を閉めるって、前日まで何も変わった様子がなかったのに?
しかも、開業一か月だぜ。
なにより、後二日この宿にいて待ってくれているといっていたグラーが、宿が閉められたからと いって、俺に何も言わずにどこかへ行ってしまうなんて、ちょっと考えられない。
そのくらいのことは、短い付き合いの俺にもわかる。
とにかく、宿をもう一度調べてみよう。
俺は、もう一度ラップたちの泊まっていた部屋に戻って行った。
「ここはラップの部屋だったか」
ラップの泊まっていた部屋に入って、周りを見渡す。
絨毯に、ベッド、高価そうな備え付けの飾り棚、机といす。
もちろん、ラップの姿はなく、持ち物もなくなっている。
グラーの部屋に行ってみても、同じだ。
特に、おかしいところは見つからない。
俺たちの部屋の備品は、みな同じで、特に変わり映えのするところはない。
リリの部屋に行って、俺は初めて、おかしなところを見つけた。
部屋にある物の影はみな、東にある窓の反対側に向かって伸びている。
朝だから、それは当たり前だ。
不自然なのは、部屋にある大きめのランプ台の影が、それだけ他とは逆に、窓に向かって伸びているところだ。
あいつだ。
影を手で撫でてみると、ひと肌ほどの温かさとつるりとした感触がある。
やっぱり、あいつ、フリシアだ。
「おい!リリはどうしたんだ!なんで、お前が一人でここにいるんだ!」
床に手をついて、ランプ台の影に怒鳴るが、反応がない。
何度か、平手で叩いてみる。
やっぱり駄目だ。
耳を近づけてみた。
すると、
「スー、スー」
と、空気の抜ける音が聞こえる。
「こ、こいつ、寝てやがるのか?」
腹が立ってきた。
「こら!起きろ!何がプロだよ、何寝てんだよ!寝坊して、置き去りにされたんじゃないだろうな!おい!」
かつてのお返しとばかりに、小突きまわしながら怒鳴り声を張り上げるが、起きる気配がまったくない。
いくら怒鳴っても、叩いてみても、無駄だ。
これは、さすがに変だ。
ここまでして起きないのも変だし、お嬢様命のこいつが、部屋で一人残されたまま眠りこけているなんてことがあるだろうか?
もしかすると、薬か魔法か何かで、眠らされているのかもしれない。
「そんなものものが、この世界にあるかどうか、グラーに聞いとけばよかった」
そんな愚痴が口から出たとき、俺は、思いついたことがあって、フリシアを置いて、グラーの部屋に走り戻った。
そうして、棚の扉、机の引き出しを開け、ベッドのシーツをひっぺはがし、何かがないか、さっきより念入りに探し始める。
何か、異変が起きたんだ。
そんなとき、あのグラーなら、何かを残しておいてくれたかもしれない
果たして、ベッドの奥の足の影に、かまぼこ板くらいの板が転がっているのを見つけた。
音板だ。
「あった!」
俺は、そいつを拾って、一度閉じてから、開いてみる。
録音状態になっていたなら、昨晩の出来事が、これからわかるかもしれない。
耳を澄ますと、聞こえ辛いが、きちんと音が入っている。
乱暴に扉を開ける音と、どすどすという荒っぽい足音が聞こえてきた。
そこそこ大柄の、二人の大人だ。
『よしよし、よくねんねしているな』
だみ声が聞こえてきた。聞いたことのない声だ。
『ああ、よくできた薬だ。向こうにつくまでは、なにしたって目覚めないだろうとさ」
こっちの声も知らない。
『船酔いの薬までもらっちまって、ありがたいこった』
睡眠薬か。直接飲ませたのか、あるいは、ガス状のやつを部屋に流し込んだのか。
フリシアが、巻き込まれていることを考えると、後者だろう。
『……』
もう一人、だれかが戸口に立っていて、身じろぎするのを感じた。声は聞こえない。
『おお、あんたか。大丈夫、傷はつけねえよ。大事な商品だからな』
『なんといっても、魔法使いのガキだ。こいつは高く売れる』
『他のガキも、結構な上玉だからな。相当、期待できるぜ』
『しかし、あんたもワルだねえ。金を盗って、それだけじゃなく金の持ち主までうっぱらっちまうってんだから』
べらべら喋ってくれてありがたい。
仕事中の私語は、禁止だといわれなかったのか。
まあ、そのおかげで、事態がよく呑み込めたよ。
子供たちは、こいつらにさらわれた。
血管の血が逆流する思いがする。
でも、まだ駄目だ。冷静になって、こいつらの正体と行方を知らなければ。
やがて、男たちがまた荒っぽい足音を立てて、部屋を出ていった。
そして、扉を閉めた音の後、俺は確かに、わずかな金属がこすれあう音を聞いた。
間違いない、宿屋の主人の義足がきしむ音だ。
あいつも、グルだったわけだ。
そこから、音板に目立った音は入っていなかった。
この音板は、偶然落ちていたものではないだろう。
音の入っているタイミングからして、きっと、グラーが意識を失う寸前に、とっさにこれをベッドの下に隠したに違いない。
何が起きたのか、正確にはよくわかっていなかっただろう。
けれど、なにかまずいことが起きたと察知して、ここで、これから起きることが誰かに伝わることを期待して、この音板を残したんだ。
グラーは、これを誰が見つけると思っていたんだろうか。
やっぱり、トカゲ野郎なのか?
俺は、音板をぎゅっと握りしめた。
「どうしたんです……どうしてあなたが……それにお嬢様は一体……」
背後から、そんな声がした。
いつの間にか、部屋の戸口に人間形態のフリシアが立っている。
やっと今、目が覚めたらしい。
まだ、ふらふらしている。
「やっと起きたのか、馬鹿!さらわれたんだよ、お前が寝てるまに!」
俺は、音板を聞かせながら、手短に事態を説明する。
フリシアは唖然として、
「そんな……なんという落ち度だ……」
そういって、文字通り崩れ落ちそうになるのを、
「いいから!とにかく追いかけるぞ」
叱咤する。
「例の、影の切れ端はくっつけてないのか」
「あれは、長い時間本体から離しておけないんです。だから……」
「なら、見当つけて追いかけるしかないな」
「でも、どこを……」
「たぶん、河だ。船だ。グラーの残した音板に、船酔いがどうとか声が残っていた。それに、街からなるべく早く逃げたいだろうから、下流に逃げたはずだ。河の下流を探そう」
フリシアは、それを聞くか聞かないかの間に、一秒でも惜しいのか、二階の窓からガラスを割って飛び出してしまった。
下を見ると、地面に降りてそのまま影の形になって、北のほうへ這っていく。
俺も、続けとばかりに、同じ窓から飛び出して、膝をおって地面に着地する。
立ち上がると、目の前に、目を丸くした食堂の親父さんがいた。
「おい、あんたなんで。何があったんだ」
「ちょうどよかった!親父さん、子供たちがさらわれちまった!宿の主人は人さらいだ!」
「はあ?何言って」
詳しい話をしている暇はない。
俺は、グラーの部屋にあった音板を、親父さんの胸に押し付ける。
「頼む!こいつをここの役人に届けて、話してくれ!たぶん船で逃げたんだが、もしかしたらまだ街に隠れているかもしれない」
「それはいいが。あんたは、どうする」
「俺は、追いかける!」
そういって、北へ向かって駆け出す。
ゴムではじかれたように飛び出して、一気に加速する。
「分かった!子供たちを、取り戻すんだぞ!それで、うちの店にまた来てくれ!」
背中の向こうで、親父さんが叫ぶのが小さく聞こえた。
当たり前だ。絶対に、取り戻してやる!




