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成敗!

 俺は、これまでにない巡航速度で走っている。

 けれど、今はその素晴らしいスピードを楽しむ余裕はない。

 むしろ、どうして俺は、もっと速く走れないのかと、焦るばかりだ。

 向こうの船足は、どれくらいなのか。

 このスピードで、果たして追いつけるのか。

 とにかく、河に沿って走りまくるしかない。


 河に平行に走り始めて少しして、俺は、黒い影が地面を張っているのを見つけた。

 フリシアだ。もう追いついたらしい。

 あいつの速度も相当なもので、そう簡単に追いつけるはずはないんだが、何かおかしい。

 なんだか、ふらふらしている。

 ついに、フリシアに追いついて、


「おい!どうした!」


「私のことはいいから…薬の影響が残っているんです……」


 顔だけ作って、息も絶え絶えといった感じでフリシアがいった。

 窓から飛び出していったときの勢いは、どこにもない。

 ここまで来るのが精いっぱいだったのか。


「悪いが、俺は先に行くぞ!」


 俺は、フリシアを抜き去ろうとした。

 すると、フリシアのやつが、何を考えたのか、俺の足元に絡みついてきたので、俺は焦った。

 邪魔されると思ったんだ。


「おい馬鹿!今は足を引っ張ってる場合じゃないだろう!」


「違います!こうするんです!」


 フリシアはそういうと、みるみる形を変えて、俺の脚を覆って、黒いブーツのように変化する。

 けれど、重さは感じず、スピードは落ちない。

 いや、それどころか、足がずっと軽くなって、スピードも、これまでより一段上がるのを感じた。


「なんだこりゃ!」


「あなたの足にとりついたんです。私たちは今、二人で二本の足を動かしているようなもの」


 なるほど、よくわからないが、とにかく俺の走りをサポートしてくれているらしい。

ありがたい。


「お願いです。何とか、賊に追いついてください」


 分かっている。

 足がちぎれてでも走って、絶対に追いついてやる。


―――


 河をすすむ、大型の船を一艘追い越した。

 あれじゃない。

 荷物は眠り込んだ小さな子供三人だけで、他に乗り込んでいるのは大人三人、それほど大きな船 ではないはずだ。


 目立たなくて、スピードの出るやつ。

 それを、目印にする。

 それに、近づけば子供たちの匂いで判別できる。

 俺が、忘れるはずもない匂いだ。


 足を一歩踏み出すごとに、スピードが増していくような気さえする。

 疲れも、忘れてしまっているようだ。

 のろまな船を、何艘も追い越す。

 そのたびに、これではないと落胆するが、これなら追いつけるに違いないと自信も出てくる。


 どれくらい走ったか、川幅が広がって、流れが急に緩やかになったところに出る。

 そこで、俺の鼻に、懐かしい匂いが入ってきた。

 これまで、ずっと俺の側にあった匂いだ。

 ラップの、グラーの、リリの匂いだ。

 体中に、力がみなぎってくる。


「おい!たぶん近いぞ、もうすぐだ!」


 フリシアに声をかける。


「本当ですか!?今の私は戦力になりません、このまま行きましょう。

それから、たぶん魔法薬を使われました。魔法使いがいるかもしれません。気を付けてください」


「分かった!」


 グラーが、音板で教えてくれた。

 魔法は、止まった対象を目で見てかけなくてはならない。

 だから、魔法使いと対峙するときには、魔法使いの目をつぶすか、動きまくるのがいい。

 止まったらだめだ。最初にグラーに魔法をかけられたときのように、いい的になる。


 前方の河岸に、小さめの船が浮いているのが見えた。

 岸の大木にロープでつながれている。

 そして、男たちが五人くらいいて、船から積み荷を三つ降ろしている。

 布にくるまれていて、遠目では、それが何かはわからない。

 だが、あの大きさ、そこから風に乗ってくる匂いで、それが子供たち三人に間違いないとあたりをつける。

 何よりの、岸辺に立って男たちに指図しているのは、あの義足の奴だ。


「グルルルル」


 俺の口から、自分のとは信じられないような、動物的な音が漏れた。

 猛烈な怒りが、体の血管を流れだす。

 俺は、走りながら、背負っていた鉄棒を手に取った。


「あれだ!陸にあげようとしてる!」


「よし、突っ込みなさい!」


 細かい作戦なぞ、立てる余裕はなかった。

 俺は、そのままのスピードで、男たちの中に突っ込んだ。

 一番近くにいた奴を、鉄棒で横なぎに払って、吹き飛ばす。

 吹き飛んだ奴は昏倒して、ぴくりとも動かなくなる。


「なんだ、てめえは!」


「おい、トカゲ野郎だ!」


 それで、初めて俺の存在に気づいた男たちが、各々武器を手にする。

 そいつらの背後に、黒い髪の奴がいるのが、見えた。

 魔法使いだ。俺を見ている。

 動きを止めてはまずい。


 俺は、魔法使いの視野から外れるように、右へ飛んだ。

 そして、手近にいた一人を、突いて仕留めて、左に飛ぶ。

 それから前に突っ込んで、二人並んでいるうちの、一人を突いて倒し、もう一人を振り回した棒で殴り飛ばす。

 全員こんな感じなら、すぐに片づけてやれる。


 だが、今度こそ魔法使いを仕留めようと、再び突っ込んだのを一つの影が阻んだ。


「どけ!」


 そういって、鉄棒で弾き飛ばそうとするが、そいつは俺の攻撃を剣で軽々受け止めた。

 びっしりと短い黄色の毛を生やした、筋骨隆々の体に、豹のような頭をつけている。

 俺よりも、一周り大きい。

 遠目で見て、気になっていた奴だ。

 覆面ではない。街でも、たまに見かけた獣人の類だ。


 グラーが以前言っていたように、俺に、鉄の刃は通らない。

 それでも、叩かれた衝撃は、ダメージになる。

 なにより、動きを止められて、魔法をかけられてはまずい。

 一撃で仕留めてすぐに離れるのが最善だが、こいつ相手にはそれも難しそうだ。


 俺は、いったん後ろに飛んで距離をとり、回り込んで魔法使いを叩こうとするが、豹野郎も相当に素早い。 

 魔法使いを守るように動く。

 何度か魔法使いを狙うが、阻まれてしまう。

 俺の鉄棒と、奴の剣が、大きな音と火花を散らした。


 力は向こうが上だ。技量もある。

 だが、フリシアのついている俺のほうが素早い。

 この調子で動いていれば、きっと隙ができる。

 案の定、左右に素早く動く俺についていけなくなったのか、豹野郎に隙が生まれ始めた。

 足が遅れてきている。

 そろそろ勝負時だ。


 だが、さあ、今度こそと、魔法使いに突っ込もうと足を踏ん張ったときだ。

 俺の足がズボッと音を立てて、何かに沈んだ。

 冷たく、粘つくものにはまり込んでいるを感じる。

 足元を見ると、地面に、小さな沼がある。

 そこに、足がはまっていた。

 完全に、足が止まってしまった。


 今まで、こんなものはなかったはずだ。

 はっとして前を見ると、魔法使いの口許が笑っている。

 そうか、魔法で作ったのか。

 俺が動いて魔法がかけられないなら、動かないものに魔法をかけて、俺を止めればいい。

 それだけのことだった。

 

「くそっ!」


 足を引き抜こうとするが、力を入れると、その分足が沈むだけだ。

 そこに、豹頭が突っ込んでくる。

 魔法使いの視線から隠れたのはありがたいが、こいつも、足を止めて戦えるほど手ぬるい相手じゃない。 

 それに、奴と打ち合っている間に、魔法使いが回り込んできたら終わる。

 絶体絶命だ。

 そのとき、


「飛びなさい!」


 フリシアの声が、足元から聞こえた。

 いつの間にか人型になっていて、腰を沼に沈めながら、俺の足裏を自分の足裏に乗せている。

 二人で、足の裏を合わせている格好だ。

 フリシアは、そのまま俺の足裏を、蹴り上げた。


 俺は、フリシアがやろうとしていることを瞬時に察して、こちらからもその足裏を思い切り蹴った。

 俺がフリシアの足裏を蹴り、フリシアが俺の足裏を蹴り、ちょうど二つのバネが互いをはじくような形になる。


 俺は、それで一気に沼から脱出した。

 そしてその勢いのまま、突っ込んできた豹野郎の頭上を飛び越えて、魔法使いに肉薄する。

 死なない程度の一撃を、驚愕の表情を見せる魔法使いの頭に食らわすと、そいつは地面にぶっ倒れてしまった。

 やっと、仕留めることができた。


 豹男はどうなったかと振り返ると、間抜けにも沼にはまったそいつを、フリシアが絞め落としているところだった。

 絞め落とすと影に戻り、子供たちのところに向かっていく。

 フリシアも、今になってようやく調子が戻ってきたようだ。


「あんた一人になったな」


 逃げる気がなかったのか、それとも逃げようにも逃げられなかったのか、武器も持たずその場で傍観していた義足の男に向かって言う。

 鉄棒を手に、歩いて近づいていくと、


「す、すまねえ!許してくれ!俺は悪くないんだ!」


 そんなことをいって、縋り付いてくる。


「本当なんだ、こいつらに脅されて仕方なく手を貸したんだ。信じてくれ!」


 いかにもなセリフに、うんざりする。

 そんなのは出まかせに決まっていた。

 賊たちに指図していたこいつが、ボスだというのは明らかだ。


「そういうのは、俺じゃなくて、ショズの役人に話してくれ。ま、おとなしくするんだな」


 そういって、俺が男の胸ぐらをつかんで持ち上げたときだ。

 男の顔が、いやな笑顔に歪んだかと思うと、何か固くとがったものが、俺の腹のあたりを突いたのを感じた。

 腹のところを見下ろせば、男の膝のところから、鋭いナイフのような刃が飛び出していて、そいつを膝蹴りする要領で俺の腹に突き立てているのが見える。

 義足に仕込んでいたのか。


「へっ、油断しやがって、馬鹿が。こいつには毒が塗ってある。あばよトカゲ野郎」


「馬鹿はお前だ」


 俺は、平然とそう言って、頭突きを食らわせた。

 男は、目をぐるりと裏返しにして、あっけなく地面に崩れ落ちた。


「トカゲ野郎には、鉄の刃は通じないんだとさ。子供でも、知ってることだぞ、知らなかったのか?」


 俺は、崩れ落ちた男を見下ろしながら、そういった。

 こいつには、他にも余罪がありそうだ。

 ショズの警察かなにかに引き渡して、たっぷり絞ってもらおう。


 船のほうを見ると、すでに、フリシアの手で子供たちは全員陸にあげられていて、布の上に三人ならんで横になっていた。

 フリシアは、人型になって、リリの側で膝をついている。


「子供たち、無事か?」


 俺が、近づきながらフリシアに尋ねると、


「はい、深く眠っているだけのようです。心配ありません」


「そうか」


 フリシアがいうなら、たぶん安心していいんだろう。


「私は、謝らなくてはならない」


 膝をついて、リリの頭をゆっくり撫でていたフリシアが、俺の顔を見上げていった。


「あなたがいなければ、お嬢様は無事ではすまなかった。

私一人で十分だなんて言っていた、自分が恥ずかしい。取り返しのつかないことになるところでした……」


 こいつが人間なら、涙を流しているんじゃないか、そういう声音だった。急に、そんなにしおらしくなられると、こちらの調子がくるってしまう。


「まあ、あんたがいなけりゃ、俺だけじゃ無理だった。二人で助けたんだよ、今日は」


 俺がそういうと、フリシアは一度顔をうつむかせて、しばらくしてから、


「本当にそう思ってくれているなら、うれしい」


 再び俺を見上げて、そういった。

 うん、なかなか可愛いところあるじゃないか。

 これで、笑顔でも浮かべてくれていたら満点だったのに。


「どうしました?」


 フリシアが、首をかしげてそういうので、


「いや、何でも」


 俺は、フリシアの横に膝をついて、子供たちの顔をそれぞれ覗き込んだ。

 みんな、穏やかな寝顔だ。

 よかった、本当によかったよ。みんな、助けられたんだ。

 それを実感したとたん、急に体の力が抜けて、俺はその場でばたりと横になった。


「どうしました!?」


 フリシアが、動揺した様子で俺の顔を覗きこんでいった。

 リリ以外のことで、動揺することがあるとは、意外だった。


「大丈夫…ちょっと…疲れちまっただけだから…少し休ませてくれ……」


 いくらドラグニクでも、今日の走りは限界を超えていたようだ。

 ほぼ全力で、ずっと走っていたからな。

 でも、しばらく横になっていれば回復するだろう。

 俺は目をつむった。


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