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俺たちの旅はこれからだ

 やがて意識が戻ってきた。

 おや、と思う。

 後頭部が、枕か何かに乗せられているみたいだ。温かくて柔らかい枕。

 目を開けると、俺の顔をフリシアが覗き込んでいる。


「目覚めたみたいですね」


 どうやら、俺の頭を膝にのせてくれていたらしい。

 トカゲ野郎に、ずいぶんサービスしてくれるんだな。


「あれ、えっと、なんで膝枕?」


「そのままだと頭が痛いだろうと思いまして。どうかしましたか?」


 フリシアは、いつもの無表情でそういうだけだ。

 その様子を見て、こちらも気を取り直す。

 まあ、トカゲ野郎と影女じゃあ、ロマンスもへったくれもない。

 上半身を起こした。


「子供たちは?」


「まだ、寝ています」


 すぐそばに、厚手の布をシーツに、賊の持ち物なのか、革袋を枕にして、三人が相変わらずぐっすりといった感じで眠っている。


「まだ?ちょっと長くないか?」


「でも、あなたが気を失ってから、半時もたっていませんよ」


 賊どものことが気になって聞いてみると、


「賊なら、あそこに縛って転がしてあります。船に縄があって、助かりました。

ついでに、隠し持っていた魔法薬を嗅がせてありますから、しばらく目覚めないでしょう」


 見れば、言われた通り、賊どもが、縄で縛られて川岸に転がされている。

 全員、薬を嗅がされたせいで意識はないようだ。

 かなり強力なもののようだから、めったなことで目覚めることはないだろう。


「あいつらの正体、確かめてから眠らせたほうがよかったんじゃないか?」


「単なる金銭目当ての人さらいでしょう。ラップ様をニコシアの王族と知っていれば、もっとやりようはあったでしょう」


 それもそうかな。

 もしかしたら、ラップの本国の刺客かなにかが、とうとう来たのかとも思ったが、それならこんなにあっさり取り返せはしなかっただろう。

 子供たちを見ると、眠りながらもぞもぞと体を動かし始めている。

 そろそろ、起きる頃かもしれない。それを見たフリシアが、


「では、そろそろお嬢様がたもお目覚めになる頃でしょう。私は影に戻ることにします」


 そういって、体を崩し、影に戻りかけるのを、


「ちょっと、待ってくれ」


 俺は引き止めた。

 これからのことを、話さなくちゃいけない。


「俺、やっぱり教会に行くのやめてさ、ラップたちの旅についていこうと思うんだ。

それは、別に俺が大人だから、子供を助けたいとかそういうんじゃなくて、ただ好きだから、一緒にいたいと思うんだ。駄目かな?」


 自分の正直な気持ち、昨晩決めたこと、それを話す。


「今の私に、それを聞きますか。反対できるわけがないでしょう?」


 フリシアが、あっさりという。

 まあ、このタイミングで言われて、反対できるやつはいないよな。


「ただし」


 フリシアは、そういって俺に顔を近づける。

 造形そのものはものすごい美人だから、そういうことされると、ドキっとするじゃないか。


「お嬢様に不埒な真似をしたら、許しませんよ」


 一瞬、何を言われたか理解できなくてぽかんとして、それから思い当って、


「しないしない、するわけない!相手は子供だぞ、馬鹿!」


「どうだか。世の中には、おかしな人も多いですからね。

まあ、あなたなら大丈夫でしょう。それでは」


 それくらいの信頼はしてくれるようだ。

 フリシアが、今度こそ影に戻ろうとするのを、


「あ、もうちょっとだけ!」


と、もう一度引き止めた。まだ、残っている話がある。


「なんなんです、もう。お嬢様がた、起きちゃうじゃないですか」


「あんた、リリに母親として見られたくない、だから姿を見せないんだって言ってただろう?」


 俺は、この前聞いたフリシアの話を蒸し返した。


「ええ、まあ」


「じゃあだな、さっきみたいに形を好きに変えられるんなら、リリの母親とは別人になればいいんじゃないか?」


「人型だと、どうしてもあの顔になってしまうんです。あれが原型ですから」


「じゃあ、影の形のまま、シェードだって言って身を明かすのは?」


 俺の言葉に、フリシアは首を振って、


「だめですね。だいたい、シェードといえば、あなたが以前言っていたように、お化けみたいなものなんです」


 実に不本意そうにいった。

 本人は、前に言っていたように、まっとうな生き物のつもりなんだろう。


「そんなものが、ずっとそばに憑いていたなんて、絶対お嬢様に気味悪がられてしまいます。そんなの、私には耐えられません」


 リリなら、たとえお化けみたいなものでも、自分を守ってくれていた存在を邪険にはしないと思うのだけど、俺の欲目なんだろうか。


「じゃあ、ずっと影としてリリを守るのか?」


「そうです。これまで変わりません」


 それって、ひどく孤独なんじゃないだろうか。

 国にいたときは、もしかすると、例の摂政というのが話相手になっていたかもしれないが、この旅ではそんな相手はいなかったろう。


「じゃあさ、子供たちに見えないところでいいからさ、俺相手には、ときどきでも姿を見せてくれないか」


「なぜです?」


 フリシアは、俺がなぜそんなことを言い出したのか、理解できないといった感じだ。


「うーん。まあ、俺も大人の会話相手がほしいんだよ。大人の目線から、教えてほしいこともあるしさ」


 俺がそういうと、フリシアは腕を組んで、頬に手を当てて、少し考えてから、


「要は、淋しいときに話し相手になれということですね。それくらいなら、いいでしょう。あなたには、いろいろ言いたいこともありますからね」


「そっか、ありがと」


「私は念のため、街の人たちがやってくるまでここで賊ども見張っています。その間、お嬢様がたを頼みましたよ」


 フリシアは、それだけいって、縛られた賊の近くの木陰に入って行った。


 それから、しばらくもたたないうちに、ついに子供たちが目覚めた。

 体を起こした三人が、三者三様きょろきょろと、あたりを見回す。


「なんだ?なんで、俺」


「あれ、どうしてこんなとこに?」


「ここ…お外?」


 目覚めるのも三人一緒だなんて、本当に仲がいいな。

 それとも、薬の効果で、あらかじめ目覚める時間が決められていたのか。


「よう、おはよう。よく寝てたな」


 俺が声をかけると、三人が一斉にあっと声をあげる。

 その拍子に、グラーがやっと昨晩のことを思い出したのか、


「そうだ!確か、夜に変な匂いを嗅いだんだ。急に眠くなってきたから、眠り薬だと思って、それで……」


「それで、音板をベッドの下に隠したんだな?」


「うん。なら、あれアベさんが見つけてくれたの?」


「ああ、グラーの機転で本当に助かった。お手柄だったぜ」


 俺はそういって、グラーの黒髪の頭を撫でてやった。


「ううん。でも、ほんとにアベさんが見つけてくれたんだね。

ぼくも、まずいことが起きたなら、アベさんが見つけてくれるだろうなって思ってた」


 グラーが、照れくさそうに言った。

 それから、これまで何があったのかを、フリシアのことだけ伏せて話した。


「本当かよ!あいつが人さらい?くっそ、騙しやがって!」


 ラップが、地団太ふんで悔しがっている。

 これを教訓に、もう少し警戒心を持ってほしいところだが、それは後の話にしておこう。

 リリは、誘拐されかけたという事実に、おびえているみたいだ。

 しまった、リリにはショックな話だったか。


「何ビビってんだよ、リリ。もう悪い奴らはやっつけたんだぜ、安心しろ。今度からは、俺がちゃんと守ってやるから!」


 ラップが、そういってリリを慰めた。


「そうだよ、もうアベさんがやっつけてくれたんだから。でも、本当にありがとうアベさん。アベさんいなかったら、大変なことになってたね」


「うん、ありがとう」


 そんな風に、グラーとリリが、お礼を言ってくれるが、


「まあ、俺が目覚めたら、人さらいなんか速攻やっつけてやれたんだろうけどな!」


ラップの奴は、鼻息荒く強がって、そういった。

 こいつには、やっぱり後できっちり話をしてやろう。二度と、他人に大金を見せびらかすような真似はするなって。

 金銭目的なら、あれで目をつけられたに違いない。


 でも、まあ、いつもの三人だな。 

 別れて、まだ一晩しかたっていないのに、なんだかとても懐かしい気持ちがする。


「それで、アベさん。これからどうするの?やっぱり、教会に帰るの?」


そう、グラーに、不安そうでもあり、期待しているようでもある、複雑な表情で尋ねられる。


「うん、それなんだけどさ」


 俺は、昨日の晩決心したこと、教会に入るのはやめて、ラップたちについていきたいという気持ちを話した。


「ほんと!ほんとについてきてくれるの!」


 グラーが、喜びを顔いっぱいにして、そう言ってくれた。

 リリも、俺の言葉に笑顔になる。

 ラップは、


「なんだお前、一晩俺たちと離れたくらいで、淋しくなっちまったのかよ」


「ちょっと、ラップ!」


そんな風に悪態をついて、グラーがたしなめるが、


「うん、淋しくてたまらなかった。ラップに、会いたくて会いたくてたまらなかったよ。

だから、一緒に連れて行ってくれないか?」


 俺が、生真面目な風にそういうと、ラップは顔を赤くして、そっぽを向いて、


「ふ、ふーん、そうか。なら、まあ、俺たちの偉大な旅のお供に、連れて行ってもいいぜ」


 うん、こういう反応も懐かしい。

 すると、


「でも、本当にいいの?ぼくたちじゃ、アベさんの力にはなれないと思う……」


 グラーが、眉を下げてそんなことをいう。


「いいんだよ。俺が行きたいんだから。それとも、やっぱり迷惑か?」


俺がそういうと、グラーは慌てて首を振って、


「ううん。うれしいに決まってる。アベさんといると、楽しいし、頼りになるし」


 なかなか、うれしいことをいってくれる。

 なんとか、期待に応えられるように、がんばろう。


「なあ、それでこいつらはどうするんだ?」


 いつの間にか、縛られた賊を見下ろしていたラップに尋ねられる。


「ああ、全員一緒は無理だし、とりあえず首謀者らしい偽宿屋だけ街に連れ帰ろう」


 残りの奴らは寝かせておいて、警察だか何かに取りにきてもらうとしよう。

 この世界の警察というのが、どういうものか俺は知らない。まさか、犯罪が野放しということはないと思うから、何がしかあるはずなんだが。


「でも、ここどこだよ?ショズまで、どのくらいあるんだ?」


 ラップが聞くので、俺がどのくらい走ってきたかを話すと、


「そんなに走ったのかよ。戻るの大変だな」


 そういって、河のほうを見て、


「じゃあ、船使うか!」


 若干興奮した様子でいった。


「船?街は上流だぞ」


「端のほうは流れが緩いから、棹でついて上るんだよ。流れのはやいところは、ジグザグに行けばいいしね」


 グラーが説明してくれる。

 相変わらず、子供に教わることが多い。


「俺でも、できるかな?初めてだけど」


 ちょっぴり心配だ。

 船頭の真似事なんて、俺にできるだろうか。


「ラップは結構うまいんだよ?」


 王子様にしては、なかなか珍しい特技だな。


「そうか、だったらラップ、教えてくれよ」


「ま、いいだろう。俺の華麗な棹捌きを仕込んでやろう」


ちょっと、いかがわしく聞こえなくもないことを言って、ラップが胸を張った。

 

 俺たちは、賊のおそらくは首謀者である義足の男を船に乗せて、上流のショズに帰った。

 最初のうちはなれなくて、船が明後日の方向を向いたり、回ったり、なかなか大変だったが、ラップのやり方をまねているうちに、それなりにうまくできるようになった。

 

 そうやって河を上っている最中に、俺たちは武装した坊さんたちという、なんだか変な集団が船に乗って下ってくるのにでくわした。

 どうやら、それがショズの街の警官だったらしい。

 食堂の親父さんの話しを聞いて、捜索にやってきたという。

 それで、俺たちは、その場で義足の男を引き渡し、下流に仲間がいることを伝えた。

  

 グラーの話では、ショズの街は、まるまる教会の支配にあって、犯罪の取り締まりも教会が担っているのだという。

 つまり、ミトラさんは、単なるショズの聖堂のトップだというだけでなく、あの街の領主様のようなものだったということだ。俺は、ずいぶん偉い人の誘いを袖にしていたらしい。

 ラップやグラーが、俺が教会に入るのを歓迎してくれたのも頷ける。


 ラップの身分や、俺の身元など、どうにも説明しづらいことがたくさんあったので、そのあたりはミトラさんに便宜を図ってもらった。

 本当に、この街に来てから、ミトラさんには世話になりっぱなしだ。

 「お兄様」と呼べなくなってしまったことが、残念なくらいだ。


 それから、俺たちは、宿の向かいの食堂にいって、親父さんに事件が解決したことを話し、そこで夕食をとった。

 親父さんは、街から悪党を追い出してくれた感謝の印だと、奢ってくれた。

 おまけに、自分の家を一夜の宿として貸してくれるという。

 確かに、この世界にも悪い奴はいた。

 けれど、それ以上にいい人もいる。それがうれしかった。 


―――


 その翌朝、俺たち四人は、いやフリシアを合わせて五人は、ショズの街の西門にいた。

 朝日が、俺たちの背中を照らしていて、影が西に長く伸びている。

  

 昨日、つかまった賊たちは、さっそく尋問されて、いろいろと悪事が明らかになっているそうだ。

 なんでも、いろいろな街で即席の宿を開いては、泊まった客から金を奪い、高く売れそうな女や子供はさらって人買いに売っていたらしい。

 恐ろしい話だ。

 

 そんな暗い話とは裏腹に、今日はよく晴れていて、けれど程よく風のある、旅の出発には絶好の日和だった。

 俺は、旅立ちの前に気を取り直そうと、なんとなく準備運動がてら、ぴょんぴょんとはねてみた。

 すると、なんだか俺の影の中に、わずかに濃い影が混じっているのに気が付いた。

 あいつだ。

 

「ちょっと待っててくれ」


「え、どうしたの?」


 俺は、子供たちから少し離れて、


「おい、なんで俺の影に入っているんだよ?」


 小声で、影に向かって話しかけた。けれど、何も応えない。

 応えてくれないと、まるで、自分の影に話しかける変な人じゃないか。

 それでも、


「おいったら、おい」

 

 そうやって、しつこく話しかけると、


「なんです?さっさとお嬢様のところに戻ってください」


 やっと、フリシアが顔だけだして答えてくれた。


「だから、なんで俺の影にいるんだよ」


「お嬢様の影は小さくて、隠れにくいんです。そのせいで、あなたにばれてしまった。

だから、夜や緊急時以外は、あなたの影に入っていることにします。あなたの影は、尻尾もあって大きいですからね」


 相変わらずの無表情で、淡々とそういった。

 いうことに、一応筋は通っている。


「う、まあ、それはいいけど、変なことしないでくれよ?」


「変なこと?」


「やらしいこととか」


「誰がしますか!馬鹿!」


 フリシアは、それっきり黙ってしまった。

 怒らせてしまったか。

 プライベートがなくなるのは少し困るが、少なくとも、嫌われてはいないようだとわかって悪い気はしない。

 誰だって、嫌いな奴の影に入っていたくはないだろう。

 それとも、依然正体不明の俺を、監視しておくつもりなんだろうか。

 ともかく、納得はしたので、ラップたちのところに戻ることにした。


「ああ、すまんすまん」


「ううん。何だったの?」


「いや、変な虫がくっついててな」


 そういったとたん、フリシアの奴に、地面についていた尻尾の先をきゅっとつねられた。

 正直、鱗のせいか痛くはなくて、気持ちいいくらいなんだが、これは思っていたより面倒かもしれないと思う。

 これから、下手なことは言えないな。


「よし!じゃあ、出発するか!」


 ラップが、大きな声でそういった。


「ええと、西に行くのか?」


 そういえば、これからの行先のことを何も聞いていなかったと思い出す。


「うん、ショズにも特に異変らしいことなかったしね。もうちょっと西に行ってみようと思って」


 グラーが、そう答えてくれた。


「西には何があるんだ?」


「それほど、大きな街はないかな。大きいのは、だいたい河沿いにあるから。ああ、でもおっきなお墓があるらしいよ。昔の皇帝のお墓」


「へえ」


 ピラミッドみたいなやつだろうか。なかなか楽しみだ。


「そうか、今度こそ、何か見つかるといいな」


 俺はそうはいうが、本当に、災厄の種なんてものがあるのかどうか、俺はまだ半信半疑といったところだ。

 預言なんかインチキで、まったくあてのない旅をさせられているんじゃないかと、まだ疑っている。

 でも、この旅の裏に何があろうとも、俺のすることに変わりはない。


 こいつらが好きだから、だから旅の続く限りお供をしよう。

 そのうちに、記憶も、向こうへ帰る手だってひょっこり見つかるかもしれない。

 あんまり楽天的だと、笑われるだろうか。

 けれど、誰の仕業か知らないが、こんなトカゲ野郎にされて、それでまんまと暗くなっていたら、なんだか悔しいじゃないか。

 せいぜい、この世界を楽しんでやろう。

 

「お前らなあ、俺が号令したのに、なんで出発しないんだよ」


 ラップが、立ち話していた俺とグラーに、不満顔でいった。

 どうやら、水を差してしまったらしい。


「すまんすまん。じゃあ、ラップ、もう一回頼む」


 俺がそういうと、ラップはコホンとひとつ咳払いの真似をして、


「よし、それじゃあ、出発!!」


 さっきより大きな声で号令をかけた。


 こうして、三人の子供たちと、護衛の影女、それにお供のトカゲ野郎を加えた、俺たち奇妙な一行は、輝く朝日を背景に、新しい旅の一歩を踏み出した。


とりあえず、一章というか序章というか、プロローグがこれで終わりとなります。

もちろん、まだ続きますよ。

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