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トカゲの救世主

 結果からいえば、病院でミトラさんに祈ってもらっても、なんの成果もなかった。

 そもそも、記憶喪失の治療の経験自体、ここにいる坊さんたちにはなかったようだ。

 これはもう、失敗するのが当たり前だったといえる。

 ただ、祈りが治癒の効果を持つということは、間違いない。

 俺の目の前で、けがをした人の傷が、祈りによって、みるみるふさがったのを見たからだ。

 魔法もすごいが、祈りもすごい。

 ともかく、その祈りでも、俺の記憶は戻らなかった。


「残念でしたな。まあ、気を落とさず」


「いえ、まあ、そんな気はしていたので」


 俺たちは、教会から離れて、司教館とやらの一室に連れてこられていた。

 宮殿かと見まがう立派な建物で、その一室も、すごく豪華に見える。

 司教というのは、ずいぶん偉くて、羽振りもいいらしい。

 ミトラさんと俺たちは向いあって座り、子供たちは、その脇でケーキを食べている。


「つまり、記憶が普通の治療では戻らない、予感があったと」


「そう簡単には、戻らないという気はしています」


 そういうと、ミトラさんは、ぶつぶついいながら、考え事を始めた。

 ミトラさんは、たぶん、いい人なのだろう。

 ただ、そのうえで、少しばかり、いや結構、変なところがある人なんだろう。


「そうだ・・・神の・・・救世主が・・・」


 いつまでも、ぶつぶつが止まりそうにないので、子供たちがケーキを食べているのを眺めていると、


「なるほどなるほど!」


 どうやら、考えがまとまったらしい。なんだか、納得している。

 それはいいが、突然大声を出すのはやめてくれ、びっくりだよ。

 子供たちも、何事かと、ケーキを食べる手を止めてしまった。

 すると、一転して、穏やかな声で、


「あなたは、ドラグニクという種族が、どういう風に見られているか、ご存知ですかな」


 そういうので、


「まあ、いろいろと経験しましたから。一度は、殺されそうになりましたしね」


 ラップを小突きながらいった。

 お返しに、俺の肩にパンチしてきやがった。

 鱗のおかげで、まったく痛くないが。


「まあ、あまり愉快な想いは、されておらんでしょうな。実際、呪われた者たちだと、さげすんでおるのが大半です。

ですが、私は違います。元は、同じ人間だったのですから、人間として救ってやらなければなりません」


 たぶん、立派な考えではあるんだろうな。


「その神話というか、言い伝えというのは、実際、どれくらい信憑性があるので?」


「お疑いになるのですか?」


 ミトラさんの目が、きらりと光る。


「いえ、この世界のことをよく知らないもんで、みんななんで信じてるのかなーと。別に、確かな記録があるわけじゃないんでしょう?もしかしたら、全部出鱈目なのかも」


 ミトラさんは、ふむとひとつ頷くと、


「記録はあります。古い古い音板です」


「いくら古くても、その人が出鱈目をいっていたら、意味がないのでは?」


「いえ、それはあり得ません。音板を残しているのは、呪いがかけられるのを現場で目撃した者なのですから。呪いがかけられている最中に、ことの顛末を報告しておるのです」


 神様が呪いをかけるのを、目撃して実況した人間がいるということか?

 なんだか、とんでもないことを言ってるぞ、このおっさん。

 ミトラさんは、お茶を一口飲んで口を湿らせて、


「総本山に保管されているのを、私も聞いたことがありますが、すごいものですよ。すばらしい迫力で、まるで、目の前でそれが行われているかのようです。とんでもない臨場感です」


「それはまた、すごそうですね」


「ええ、すごいです。あれを聞けば、誰だって、神様を恐れないわけにはいかないでしょうな。ドラグニクに変えられる者たちの阿鼻叫喚の声まで残っておるのです」


 俺は、ぐわーだの、うぎゃーだのといった悲鳴を背景に、その光景を音板に向かって実況する男の姿を想像した。

 シュールだ。


「ともかく、そういうわけで、ドラグニクは嫌われております。教会も、あんな連中は、救ってやる価値などないと思っておるのがほとんどです。しかし、私は違う!」


 ミトラさんが、声を張り上げた。


「ドラグニクを生み出したのが神様なら、彼らをも救おうとするのが、そのご意志であるはずでしょう!ならば、教会は、それを代行するため、彼らにも教会の教えと祈りを広める使命があるはずなのです!しかし、腐った上の連中は、わが身ばかりが大切な、愚か者ばかりなのです!」


「それは、また、立派なお考えですね」


 若干、引きながらそういうと、ミトラさんは、満足したように頷いた。


「しかし、それと私とどういう関係が?」


「そう、それですよ」


 ミトラさんは、立ち上がり、わざわざ応接室の窓のところまでいって、こちらを振り返った。

 なんだか、演出がかっている。

 そして、世界で最も重大な秘密を教えてくれる人みたいに、重々しく、


「私は、あなたこそ、神様から遣わされた、ドラグニクの救世主になるべきお方ではないかと、そう考えておるのです」


 そういった。

 目を、ぎらぎら輝かせている。


「そして、ドラグニクの救世主として使命を果たしたとき、その時初めて、あなたの記憶も戻るのではないかと、そう思っておるのです」


 やっぱり、この人、危ない人なんじゃないだろうか。

ミトラさん≒キバヤシ

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