どう思う?
「なあ、あの人のいうこと、どう思う」
俺たちは、司教館に引き止めたがるミトラさんに、明日も必ず来ると約束して、なんとか宿に帰してもらっていた。
あのひと、下手をすると俺を監禁でもしかねない勢いだった。
「あの人って、司教様のこと?」
俺の部屋に備え付けてあった椅子に、逆向きになって、背もたれに顎をのせて座ったグラーが、けだるげに聞き返した。
夕食を食べたばかりなので、腹がくちくなっているんだろう。
司教館でも、ケーキを食べたくせに、あんなに注文するからだ。
しっかり者のグラーだが、実は一番食いしん坊な気がする。
トレードマークの帽子も、マントも脱いでいて、亜麻色のショートパンツと、薄いシャツを着ている。
年がら帽子とマントをつけているせいか、肌の色は白い。
眼鏡は、つけたままだ。
俺のほうは、ベッドの上で、横になっている。
こうしているだけで、眠らずに疲れが取れる。便利なものだ。
「あの人、どう考えても、おかしくねえか?」
回りくどい言い方はやめて、はっきり言ってみる。
「そうかなあ。お勤めに熱心な、いい司教様だと思うけど」
「いや、熱心なのはみとめるけどな。人のこと、救世主だとかなんとかいって」
「でも、あのひと、結構いいこと言ってたと思うけど」
「まあ、あの人のいうことも、筋は通っちゃいるけどよ」
ミトラさんの理屈はこうだ。
まず、ドラグニクを救わなくてはならない。
そして、救いのためには、ドラグニクに神の教えを広めなくてはならない。
けれど、ドラグニクには言葉がない。
だから、言葉の使えるドラグニクである俺に、教えを広めてもらいたい。
まあ、一応話の筋は通っている。
「でもなあ、だからって、俺が神に遣わされた救世主だとかいうのは、いくらなんでもぶっとんでるだろう」
だいたい、あの人の話には、大きな穴がある。
一体、俺はどうやって他のドラグニクとコミュニケートすればいいんだ?
俺は、人間と話したことしかないんだぞ。
俺でも、ドラグニクとは、まったく意思疎通が図れないということだって、十分あり得る。
そういっても、ミトラさんは「あなたならできるはず」と、一点張りだ。
「それに、俺をこんなトカゲ野郎にしたってのが、本当にその神様だっていうなら、俺はそいつをぶんなぐる権利があるってことになる」
俺が、寝っ転がったまま、ぶんぶんと腕を振って殴るふりをすると、
「そういうこと、司教様の前でいったら、絶対ダメだよ」
グラーが、顔をしかめてそういったので、
「いや、俺はラップと違うから、そんなことはしない」
「ラップも、あれで王子様なんだから、場はわきまえてるよ」
「確かにあいつ、ミトラさんの前だと、おとなしかったな」
俺がそういうと、グラーはくすくすと笑って、
「結構、偉い人には弱いんだよ」
「それで、俺みたいな偉くないやつには、強いのか?」
グラーが、今度は、あははと声をあげて笑った。
「でも、アベさんって、何か偉い、特別な使命を負ってる気がするんだけどなあ」
「なんだよ、それ」
「だって、アベさん、特別でしょ」
確かに、特別なトカゲ野郎ではあるみたいだ。
特別というか、特殊?異常?
「使命背負ってるのは、お前らのほうだろうに」
司教館で、話が終わった後、グラーは、災厄の種について心当たりがないか、ミトラさんに尋ねていた。
だが、そんなものには、とんと心当たりがないという。
ただ、災厄そのものには心当たりがあって、それは教会の腐った連中だといっていた。
ずいぶん、鬱憤をためさせられているらしい。
「災厄の種って、この街にあるんじゃなかったのか?」
「単にこっちの方角にあるかもしれないって、だけだから。もう少し、西のほうにいってみたほうがいいのかな。それとも、占いやり直してみようかな」
グラーが、ぼんやりとした声で言った。
眠そうだ。
「なあ、いつまで続けるんだ?」
なんとなく、聞いておきたくなった。
「それは、災厄の種を見つけるまでだよ」
「見つからなかったら?摂政様とやらの神託が、出鱈目だとは考えないのか?」
少し、踏み込んだことを言ってみるが、
「うーん、摂政様は、そんないい加減な人じゃないよ」
子供の純粋さというやつなのか、切れ者だと思っているグラーも、俺から見れば怪しいだけの摂政とやらを、まったく疑っていない。
怪しげな、神話時代の音板を信じている、ミトラさんと同じだ。
「途中で、やめて帰ったらどうなるんだ?」
「そんなこと、できないよ……」
グラーが、なんだか弱弱しい声で言った。
「なんでだよ」
「摂政様は、災厄の種を見つけるか、お城から知らせが来るまで、絶対に帰るなとおっしゃったんだ。だから、途中では帰れない。帰ったりしたら、ラップに恥をかかせることになる」
「そうかい」
使命とやらに関しては、三人とも、えらく頑固だ。
まあ、そうでないと、一か月以上も、子供三人だけで旅を続けることなんか、できなかったろう。
王族や、貴族の子供というのは、そういうものなんだろうか。
「それに、旅もつらいことばかりじゃないよ。こんな大きい街に来て、お菓子も好きなだけ食べれるし」
やっぱり、食いしん坊だ。
「それに、アベさんとも会えたしね……」
それきり、黙り込んでしまった。
椅子の背もたれに、顎をのせて、うつらうつらとしている。
「おい、ちゃんとベッドで寝ないと、風邪ひくぞ」
近づいて、耳元でそういうと、
「ううん。ここで寝る」
そういって、動かない。
仕方がない。
俺は、グラーをゆっくり抱きかかえて、向かいにある部屋に送ることにした。
戸を開けて部屋を出る。
すると、ドアの影に誰かが立っていたので、びっくりする。
よく見ると、宿屋の主人だ。
「どうした?こんなとこで」
「いえ、夜中の見回りでございまして、お客様の安全を守るために、毎日やっておるのでございまして」
相変わらず卑屈な感じでそういった。
なんとなく、嫌な感じだな。
「そうかい。ご苦労さん」
俺がそういうと、主人は、階段のほうへ歩いて行った。
そのとき、俺は、主人が歩くのに合わせて、きしきしと金属がこすれるような音がするのに気が付いた。
どうも、右足のあたりから聞こえてくる。
「あんた、足どうかしているのか?なんだか、変な音がする」
「聞こえるんでございますか。新調したばかりなんですが」
「トカゲの耳は無駄にいいんだ」
「若いころに無茶をしたつけでございまして」
そういって、ズボンのすそをあげると、金属性の脛が現れた。
義足だ。
こいつが、音を立てていたらしい、
それから主人は、すそを直して、かすかな金属音とともに、暗闇のなかに消えていった。
俺は、それを見送ってから部屋に入って、グラーをベッドに寝かしつけてやった。
トカゲ人間、ドラゴニュートの代表っていうとなんでしょうね。
ラストハルマゲドン?




