運命の出会い
「これはこれは、珍しいお客さんだ」
俺が、リリを肩からおろして、約束通りラップを肩車してやっていると、後ろからそんな声が聞こえた。
柔らかな、人を安心させる声だ。
どうやら、俺たちに向かって言っているらしい。
そういう視線はたくさん感じていたが、直接声をかけられたのは初めてだ。
ラップを負ったまま振り返ると、この教会の関係者らしい老齢の男が、人の好さそうな笑みを浮かべて立っていた。
灰色の髪が、平たい赤い帽子からはみ出ている。
実に仰々しい刺繍や飾りをつけた真っ赤なローブを、かっぷくのいい体にまとっている。
他に見かける坊さんたちより、格段に派手な衣装だ。
きっと、この教会の管理者か、それに近いやつに違いない。
「え、司教様。おい、下ろせ!下ろせ!」
偉い人に見られて、肩車されているのを、初めて恥ずかしく思ったらしいラップが、俺の頭をぺしぺしたたいてそういった。
「わかった。わかったから、ちょっと待ってろ」
俺は、そういうが、しゃがむのを待ってられないのか、ぴょんと飛び降りてしまった。
こいつも、たいがい身軽なやつだ。
お偉いさんは、俺の声を聞いたらしく、
「しゃ、しゃべった?」
驚きにかすれた声でそういった。
いい加減、こういう反応には、もううんざりだ。
トカゲ野郎がしゃべったっていいだろう。
ただ、教会関係者には、特別のショックがあったらしい。
天地がひっくり返るのを見たような、そんな目で俺を見ている。
なんとか気を取り直して、
「その、今のは君がやったのかね」
と、俺の横にいたグラーに尋ねた。
魔法のトリックかなにかと思ったらしい。
「いえ、ぼくは何もしてません。アベさんが、しゃべったんです」
「アベ?」
「ええ、こんにちわ。アベです」
そう、あいさつすると、
「アベ…つまり、ドラグニクではなくて、アベ?」
「いえ、ドラグニクのアベです」
「ははあ、なるほど」
なんだか、混乱しているみたいだ。
これだけ、驚愕してくれると、さすがに面白い。
気を取り直すためには、もう少し猶予が必要なようだ。
ラップが、その様子をにやにやしながら、眺めていた。
―――
「いや、失礼しました」
やっと気を取り直した偉いさんが、詫びてくれた。
この街で、初めて人間らしい扱いをしてくれた気がする。この人、きっといい人だ。
「わたくしは、この街の司教を務めております、ミトラと申します」
司教のミトラさんか。
「どうも、アベといいます」
そうやって、こちらも改めて自己紹介すると、ミトラさんはその様子を、片時も逃さないといった感じで、見つめている。
俺がその目を見返すと、
「ああ、不躾でしたな。どうにも、あなたの存在が、気になってしまうのです。申し訳ない」
ミトラさんが、わざわざ詫びてくれる。
トカゲ野郎相手に、どこまでも低姿勢な人だ。
本当に偉い人というのは、こういうものなんだろうか。
「いえ、そういう反応には、なれてますから」
「言葉を話すというのも、驚きだが、なんとも、これほど紳士的なドラグニクの方ににお会いするというのは、初めてですな。昔、ドラグニクたちへの布教を試みたこともありましたが、ひどい目にあいました」
ほかのドラグニクというのは、いったいどれだけ野蛮なんだろう。
俺、うまく溶け込めるだろうか。
「ところで、何か目的があって、ここにいらっしゃったのでは?」
なんだか、信頼できそうな匂いのあるこの人に、俺は、すべてを話してみた。
俺の記憶喪失。この世界ではない別の世界から来たこと。
ラップたちを除いて初めて、俺の事情を話したわけだ。しかも、大人に。
どういう反応をされるのは、どきどきする。
「それは何とも、面妖な話ですなあ」
すべてを聞いたミトラさんは、信じているのか、いないのか、よくわからない表情で、そんな風にいった。
「まあ、すべてを信じてくれとは。自分でも、何が本当か、よくわかっていないんです。ただ、記憶喪失なのは確かなので、それを治してほしいんです」
「いや、疑っておるわけではありません。疑うことは罪だと、われらの神もおっしゃっています。ただ、あなたの話を聞いて、何か運命のようなものを感じてしまいまして」
「運命ですか?」
なんだか、胡散臭いことを言われてしまった。
「そうです。あなたは、ドラグニクがドラグニクになるに至った話しをご存知ですか」
「まあ、さっき、この子に聞きました」
そういって、グラーの頭を帽子越しにぽんとたたいた。
「変な話ですね」
「その変な話と、あなたの境遇の間に、何か特別な絆を感じるのです」
「というと」
ミトラさんは、新しい証明を発見した数学者のように、静かな興奮をにじませながら、
「神話では、ドラグニクは、神の怒りに触れて、人間の姿と言葉を奪われた。そして、あなたは、人間だった記憶と、言葉を持っている。この対比には、なにか運命めいたものがあると、お感じになりませんか」
申し訳ないが、特にそういうことは感じない。
「私は感じます、何か、大いなる符牒を!」
妙な風向きになってきた。
単なるいい人というわけではなさそうだ。
「いえ、たぶんそういうのとは、関係ないと思うんですが……」
そういって、離れようとするが、
「いやいや、お待ちなさい。私は、俄然あなたに興味がわいた。とりあえず、病院へ参りましょう。君たちも、ついてきなさい。お菓子を出してあげましょう」
ミトラさんは、俺の手をとって教会の東側の扉に向かって歩き出した。
躊躇なく俺に触れてくるとは、なかなかの人物だ。
ほかの司祭や信者たちが、このお偉いさんの奇行を、おかしな目で見ていたが、それも気にしていないようだ。
司教は、一つの教区のトップです。




