宗教ってすごい
街のちょうど中央に、教会はあった。
というより、教会を中心に街が広がっているといったほうがいいのか。
長大壮麗な、大伽藍だ。
バカバカしいほどの巨大さで、見上げていると、首が痛くなってくる。
「すげえええ!」
念のために言っておくと、これは俺ではなく、ラップだ。
さすがのこいつも、この教会のでかさには、参ったらしい。
壁に使われている石は、大人の背丈以上の大きさで、それがきれいに正方形にカットされて、天に届きそうなほど高く、積み上げられている。
石の間には、髪の毛一本通るほどの隙間もない。
石造りで、これだけの建造物は、元の世界の記憶にもない。
いや、ここの文明、なめてました。
これはすごい。
「お前の国には、こういう教会はないのか?」
ラップに聞くが、
「教会はあるけど、こんなでかいのはない」
なるほど、こんなものがどこにでも建っているわけではないらしい。
「こんなの、どうやって作ったんだろうな」
「魔法だよ。魔法で石を切り出して、魔法で浮かせて、つみあげたんだと思う」
俺の独り言みたいなつぶやきに、グラーが律儀に答えてくれる。
「そうか。ほんとに、魔法があればなんでもできんだなあ。一人で作ったんだろうか」
「まさか。きっと、たくさんの魔法使いが働いたんだと思う」
グラーは、この巨大な建造物を作り出した過去の魔法使いたちに、同じ魔法使いとして何か感じるところがあるのか、真剣な表情で見上げている。
リリも、この教会の巨大さに、あんまり驚いたのか、小さな口をあんぐり開けていた。
子供から見れば、きっと、俺以上の巨大さを感じているに違いない。
「なあ、病院は、どこにあるんだ?」
グラーに聞くと、
「たぶん、東のほうの横手にあるんだと思う」
と、答えた。
「どこもそうなのか?」
「うん。だいたい、教会の西が墓地になっているから」
まあ、墓地が西なら、病院は東か。
墓地のすぐそばに病院というのは、あまり気分のいいものではないだろう。
「あの、教会の中からも病院にはいけるから、入ってみない?リリも、入ってみたいでしょ」
グラーがそういうと、リリはコクリとうなずいた。
「俺、外で待ってようか」
教会に出はいりする人間たちの、俺たちに向けられる目が気になる。
正確には、俺に、か。
誰もかれもが、幽霊でも見たような、信じられないものを見てしまったような、そんな目で俺のことを見てきやがる。
俺は、相当場違いなんだろう。
「なにいってんだ。ほれっ、行くぞ!」
ラップがそういって、俺の尻尾の付け根あたりを、ぱしりと叩いて歩き出した。
グラーとリリも、俺を見上げている。
仕方ない。
おとなしく、ラップの後に続いて、教会にはいることにした。
「すげえええ!」
これまた、俺ではなく、ラップの声だ。
しかし、まあ、ラップの驚きも当然で、グラーも、リリも、その内部の作りに、あっけにとられている。
俺だってそうだ。
アーチ状の天井は、バカみたいに高いところにあって、一本の柱もなく、石の中に巨大な空洞が ぽっかりと開いているといった具合だ。
壁は真っ白で、なんだか異空間にまよいこんでしまったような心持がする。
その白い壁一面に、彫刻がびっしり彫られていて、空白の場所は、絶対に許さないとでもいわんばかりだ。
何かの物語をモチーフにしたのや、自然の草木をモチーフにした、恐ろしく緻密に彫られた彫刻だ。
ふと気づくと、床にまで、一面薄彫りのやつが彫られていやがる。
これが、この巨大な空間全部を覆っているのを想像すると、なんだか、頭がくらくらしてくる。
「これも魔法か?」
「どうだろう。手彫りかも」
「なんつう手間だよ」
ラップが、グラーに聞いて、俺が、改めて魔法のすごさに感心していると、
「ねえ、アベさん、あれ」
と、リリが俺の尻尾の根本あたりをさすった。
「どうした?」
「あそこの彫刻」
リリが、指さす扉付近の壁を見てみると、俺そっくりのトカゲ野郎が彫られていた。どうやら、ドラグニクの彫刻らしい。
「へえ、よく見つけたなあ」
リリと一緒に、近づいてみる。
俺の目よりも少し高いところに、たくさんのトカゲ野郎が彫られていた。
リリも、よく見たいのか、背伸びをして近づこうとするが、ほとんど用をなしていない。
リリの身長は、俺の腰くらいしかない。
「よかったら、肩車してやろうか?」
そういうと、リリがうなずいたので、俺は、床に顔を擦り付けるくらい、うんと身を低くして、首のところにまたがらせた。
「それじゃあ、立ち上がるぞ。ちゃんとつかまってるんだぞ?怖かったらいえよ?」
そういって、ゆっくりと立ち上がると、
「わあ」
と、リリの口から歓声が上がった。
「どうだ、怖くないか?」
「ううん、大丈夫。高くて、面白い」
高所恐怖症ではないようで、よかった。
子供って、意外と高いところ平気なのかな。
「アベさんってすごいね」
「ん?なんでだ」
「だって、こんなに高いんだもん」
かわいいことを言ってくれる。
「おい!俺も、肩車して見せろ!」
そういったのは、もちろんラップだ。
こいつは、かわいくない。
「ちょっと待ってろ。後でしてやるから」
俺は、ラップを軽くあしらってから、改めて彫刻を観察した。
何か、物語を表現しようとしているのはわかる。
ただ、文字も何もないので、正確には何を伝えたいのかはわからないが。
「これ、ドラグニク誕生の物語だ」
俺の、顔の真横でグラーの声がした。
振り向くと、おそらく魔法なのだろう、ふわふわと空中に浮いている。
「お前、飛べたのかよ」
「言ったでしょ。たくさんは飛べないけど、少しくらいなら飛べるって」
グラーは、彫刻を眺めながら、そういった。
「ドラグニク誕生の話って、どんなのだ。詳しくは、聞いてなかった気がする」
グラーによれば、こういうことらしい。
なんだか、改めて話すのもバカバカしいような話なんだが。
その昔、神様と人間が、まだ同じ場所でくらしていた時代。
人間の男たちが、神様の奥さん、女神を誘拐して、自分たちの妻にしてしまったらしい。
当然、怒った神様は、その人間たちを殺そうとした。
けれど、女神が人間たちをかばったので、殺すかわりに呪って、言葉と人間の姿を奪ってしまった。
身も蓋もない言い方をすれば、神様の奥さんを寝取った罰で、言葉のしゃべれないトカゲ野郎に変えられてしまったということだ。
「俺、なんでドラグニクが嫌われてるのか、わかった気がするよ」
なんとも、ひどい話だ。
こんな話のせいで、虐げられている俺の現状は、なおひどい。
俺の不幸にも、この神様とやらが一口かんでいるんだろうか。
まさかね。
教会は、国をまたいで共通の組織です。
そういえば、人物設定とか、一覧あったほうがいいのかな。




