2008年9月30日
10月間近のこの日。
「三多千尋です。よろしくお願いします」
「え」
サンタが街にやって来た。
──いや、職場にやって来た?
何故に。
ここにいるのはよい子ではなく、現実に擦れた一杯一杯の大人だけなんだけれど。
しかも“ミタ”……“ミタ”って苗字だったのか。
「あんた、何して……」
「ああ、古賀くん」
目の前に現れたサンタクロースに呆然としていれば、後ろから課長に声を掛けられた。
「三多くんはね、新しくうちで雇った契約社員なんだ。君、指導よろしくね」
「え、指導って……大宮くんは?」
あたしが受け持ったのは、記憶が確かなら数ヶ月前に来た(使えない派遣の)大宮くんだったはずだ。
疑問符を飛ばしていれば「ああ」と課長が向かい側を指さした。
「彼、担当変わって貰ったから」
見れば──お局と噂の年配女性社員に、猛烈なボディタッチを受けている大宮くん。
不憫だ、でも、ある意味いい薬かもしれない。
……セクハラにはならないんだろうか。
思考の逸れたあたしが遠い目で憂いていれば「じゃ、よろしくね」と課長はさっさか行ってしまった。
そうだ、大宮くんどころの騒ぎじゃない。
信じ難いが、サンタが職場にやって来てしまったのだ。
しかも、ばっちりとスーツを着込んで。
「……で?」
「はい?」
にこにこと相変わらず無邪気に笑うこいつに、思わず溜め息が出る。
「何しに来たの?」
「課長さんが言ってたじゃないですか、契約社員です、僕」
そうだけれど、そうじゃなくて。
「あっ」
隣のデスクに腰掛けたサンタクロースが今度は嬉しげに声をあげた。
こいつがそんな声を出すとき、ろくなことがあっただろうか──いや、ない……というか、すでにいろいろ常軌を逸しているというか何というか。
「朱美さん朱美さん!見てください!」
ぺらっと目の前に誇らしげに掲げられたはビジネスマンなら特に目新しくもない一枚の名刺で、書かれているのは、もちろんこいつの名前。
『三多千尋』
「三多……千尋」
「いやですね、三多ですって」
あはは、と笑ったこいつにこの手のジョークは通じないのか、そもそも全てにおいて大掛かりなジョークなのか。
あたしにはわからない……会社は紛うことなきリアルだったはずなのに、何がどうなってこうなった。
しかし、どんなにファンタジーがリアルに無理矢理食い込んでこようと、リアルはリアルに他ならず、やるべきことはわんさかある。
例え使えない派遣の大宮くんがこの手を離れようと、積まれた仕事までが離れてくれたわけじゃないのだ。
……が。
金髪を惜しげなく晒してにこにことするこのサンタは、否が応でも周囲の目を引く。
さっきから、若い女の子達がちらちらと千尋を見てたりするわけで。
「……やりにくい」
がっくりと肩を落としたあたしに、いつの間にか隣の席をあてがわれていた千尋が、椅子ごと近くに寄って来て。
「これで毎日、一緒ですよね!」
耳元に寄せられた唇から囁かれた台詞の意味を、この時のあたしは、まだ、知らない。
「ところで、どうやって会社に入ったの?」
「ああ、吉蔵さんが」
「吉蔵さん、何でそんなことまで手が回せるのよ」
「あれ、知りませんでした?」
「何を?」
「吉蔵さん、この会社の会長さんなんですよ」
「会長!?」
吉蔵さんの真実を知って、衝撃を受けた9月30日の朝。
より、吉蔵さんの謎が深まってしまった──と言うより何より、会社の会長がサンタクロースと知り合いってどういうことだ。
「実は、サンタクロース協会ってフィクサーか何かなの?」
「はい?何ですか?よく聞こえませんでした」
「いや……フィクサーは吉蔵さんか……」
「え?何ですか?」
「……何でもない……」
……何でもないことだ、きっと。
end?




