2008年5月7日
ゴールデンウィークも明けて、何だか少し気怠いままにいつもの日常が始まったこの日。
夕飯を食べる時間さえなく、しかも早速の残業。
がさがさと音を立てる手にしたビニールには、コンビニで買ったカップラーメンが入ってたりして。
「OLって大変だわ……」
独り言に虚しくなった帰り道。
月と街頭に照らしだされた自分の影を見つめながら歩いていれば、ふっと、それさえも見えなくなった。
何だと思って、顔を上げてみれば。
「お久しぶりです、朱美さん!」
「……何やってんの、あんた」
鯉のぼり装備のソリに乗ったサンタクロースが、満面の笑みで、あたしの頭上にいた。
「いやあ、日本ではこどもの日って言うらしいですね。鯉のぼり立てるんですよね?」
所変わって、あたしの部屋。
今回こいつが珍しく土産と称して持参した茶葉は、オリエンタルな香りがする。
そんなことはどうでもいい。
「あたしの家のベランダに鯉のぼり立てるのやめてくれないかな」
「吉蔵さんがくれたんですよ、すごいでしょう」
だから、吉蔵さんて誰だ。
はためく鯉のぼりを眺めながら、その思考にデジャブを感じたが、何となく堂々巡りな気がして言わなかった。
うきうきしながらベランダから戻ったサンタクロースが、毎度同じく付け髭を取りお茶を啜る。
「やっぱりインドのお茶は違いますねえ」
「……インドから来たの?」
「はい」
最近のサンタクロースは、インド出張まであるのだろうか。
そもそも、インドにサンタクロースの仕事があるのか。
キリスト教圏外じゃなかった?
そういう意味でもサンタクロースは世界の垣根を越えるのだろうか……まあ、いいけど。
「本番までの仕込みが大変で」
とか何とか言いながら、へらっと笑うサンタクロース。
「大変でって……じゃあ、こんなとこ来てる場合じゃないんじゃないの?」
「あ、あーまあ……」
言葉を濁して頬を染めたサンタクロースに首を捻りながらも、カップラーメンの用意をする。
「あ、食べる?味噌味ならあるけど」
「あ、はい!」
何だかよくわからないが、とりあえずどうでもいいので、それには触れなかった。
カップラーメンにお湯を注ぎながら、鯉のぼりを眺めるこいつに、一応、真実……て言うか現実を伝えてあげようと思う。
「あのさ、うきうきしてるとこ悪いけど、こどもの日はもう過ぎたよ」
「ええっ!?」
驚愕のあまりか、身を仰け反らせ大袈裟なリアクションをかまされる。
そのまま固まったかと思うと次に、有り得ないくらいにしょぼくれて見せた。
「そんな……柏餅もないんですか……」
お前はたかりに来たのか。
「ないけど。もう2日過ぎてるしね」
「鯉のぼりは……」
「時期外れちゃってるね」
そもそもこどもの日であっておとなの日じゃないわけで、一人暮らしのあたしの家に立てるもんじゃないんだけど。
それはともかく。
「今更だけど、何であたしの名前知ってたの?」
最初に呼ばれたことを思い出して、疑問を口にした。
「ああ、それですか。吉蔵さんに調べてもらいました」
へらっと笑って答えられたんだけど──それ、あたしは一緒にへらっと笑って流していいことじゃないような。
吉蔵さん、何者だ。
しかし、漏れた情報は仕方ない。
こいつは善良な世界を股に掛けるサンタクロース、問題は特になかろう。
と、前向きに判断した。
「じゃあ、あんたは?」
「はい?」
「名前、何ていうの?」
きょとんとしたサンタクロースに、カップラーメンを啜りながら問い掛けた。
「あ、えっと……僕は……」
照れ笑いのサンタクロースから名前を初めて聞いた日。
5月7日、時期外れの鯉のぼりが、あたしの家のベランダで緩くはためいていた。
……持って帰ってくれるんだろうか、これ。
end?




