第3話 少女の正体
レイラに続いて階段を降り、色とりどりのチューリップが咲き誇る中庭に面した回廊を進んでいくうちに、両開きの重厚な扉とその両脇に控える騎士のような風貌の自動人形が見えてきた。きっと、あの扉の向こうに玉座の間が待ち構えているのだろう。
扉の前までやって来ると、レイラが目配せし、騎士風の自動人形に扉を開けさせて隙間ができた直後、乾いた音が凄まじい勢いで聞こえてきた。
「――殺め姫としての責任を放棄して逃げ出した、卑怯者が……っ! 月影一族の名に泥を塗ったくせに、反省の色がないなんて……恥を知りなさい!」
「……あら、私がいなくなった程度でどうにかなってしまう一族なんて、もっと早く滅びるべきだったんじゃないかしら」
突然聞こえてきた怒声と、聞き慣れた母の声に、ついレイラと顔を見合わせる。
それから、二人同時に頷き合うなり、自動人形たちに大人しく待機しているように身振り手振りで指示を出し、サラたちは扉の隙間からこそこそと中の様子を窺う。
「大体、いくらこっちがラカージュに来るようにという要請にすぐに頷かなかったからって、テレポート技術で強引に召喚するなんて、随分と野蛮ね。信頼と一緒に、ここもそろそろ地に堕ちたらいかがかしら」
「あなたにだけは、信頼について語って欲しくないわ」
先刻の鋭い音は、頬を打たれたことによって発生したものらしい。母は赤くなった頬を片手で押さえつつも、皮肉っぽく笑ってみせた。優しく垂れた翡翠の双眸には、挑発の色が見え隠れしている。
(お母さん……?)
サラがよく知る母は、いつまで経っても少女めいた可愛らしさを持つ、若々しい女性だ。
しかし今、扉の向こうにいるアンナの言動は、サラの中で固まっていた母親像から随分とかけ離れている。
その上、母もまたドレスに身を包んでいた。
バッスル・スタイルのドレスはヒップにボリュームがあるスカートが特徴的だが、全体的に露出が少ない。
それに、母が身に着けているのは装飾の少ないライムグリーンのシンプルなドレスだから、四十代半ばの女性らしい落ち着いた雰囲気を漂わせている。シルバーブロンドも柔らかく結い上げ、清潔感に溢れている。
でも、服装も髪型も立ち居振る舞いも、普段の母とは全然違うせいで、さながら女王様のように見える。
そこまで考えたところで、ふと母が発した言葉に引っかかりを覚え、サラと同じように玉座の間を覗き込んでいるレイラへと振り向く。
「……ねぇ、レイラ。テレポート技術で強引に召喚って、どういうこと?」
「ん? ああ、ラカージュには数年前からテレポート技術が導入されたのよ。本当は、飛行カプセルであなたたちのことを迎えにいくつもりだったのだけれど、アンナさまがあまりにもラカージュへの帰還を渋るものだから。奥の手を使わせてもらったのよ」
つまり、母の頑固さとレイラの強引さのせいで、サラは湖に落とされる羽目になったのか。
「じゃあ……お母さんも湖に落ちたの?」
「いいえ。あなたのお父さまとお母さまはご在宅だったから、問題なく城の中に召喚できたのだけれど……サラ、ちょうど旅行中だったでしょう? おかげで、上手く座標を割り出せなくて……その結果、空中に放り出した挙句、湖に落としてしまって、ごめんなさいね」
「……下手したら、わたし、あなたたちに殺されるところだったの?」
「一応、重力を緩和させて、地面に激突することだけは回避できたのだけれど……」
ラカージュには、重力を操作する技術まであるのか。
おかげで最悪の事態だけは避けられたらしいが、それでも落下が突然止まったかと思えば、湖面に叩きつけられたのは、なかなかの恐怖だったのだ。他に手段はなかったのかと、問い詰めたい心境に立たされる。
複雑な気持ちでレイラの説明を聞いていたら、ふっくらとした柔らかそうな唇から溜息が零れ落ちた。
「それにしても……騎士たちは一体、何をやってるのかしら。いい歳をしたおば……人生の先輩方の醜い言い争いを止めもしないで、延々とさせて恥を晒させるなんて……まったく、騎士の風上にも置けないわ」
「……レイラ、意外と言うね?」
母といい、あのもう一人の女性といい、レイラといい、皆、言葉の選び方がなかなか苛烈だ。
「それで、騎士って自動人形のこと?」
「いいえ。風見一族っていってね、代々殺め姫と庇護姫に仕える騎士を輩出する一族がいるのよ。ちなみに、シュウも風見一族の一員よ」
「え!? そうだったの……」
だから、シュウは軍服を身に纏っていたのか。
「じゃ、じゃあ……さっき話に出てきた、月影一族っていうのは?」
「月影は、殺め姫を輩出する一族の名よ。ついでに説明しておくと、庇護姫を輩出する一族は日影一族と呼ばれてるから、覚えておいてちょうだいね」
「う、うん」
さすがにこのくらいの情報量であれば、サラも記憶に留めておける。
それにしても、いつまでこうやって覗き見をしていればいいのか。
いっそ、出直した方が良いのではないかと、レイラに意見しようとした矢先、氷のごとく鋭く冷ややかな声が耳朶を打った。
「それで? そこの御二方は、いつまで品性卑しい真似を続けるおつもりかしら?」
今の今までアンナと口論をしていたというのに、しっかりとサラたちの存在も把握していたらしい。
思わず隣を見遣れば、レイラは居住まいを正すや否や、自動人形に扉を開けさせて実に堂々と玉座の間に足を踏み入れた。
「申し訳ございません、マリアさま。いい歳をして、身の程も弁えずに声を荒げて妹君を糾弾するあなたさまの姿が大変興味深くて……思わず見学してしまったのですわ。好奇心を抑えられなかった未熟者の愚行を、どうぞお許しくださいませ」
内容の割には、謝罪するレイラの声に不思議と嫌味めいた響きはない。むしろ言葉とは対照的に、マリアに同情しているようにも見受けられる。
だが、レイラの大胆不敵な発言以上に、マリアと呼ばれた女性がサラの母の姉だという事実に、もう幾度目になるかわからない衝撃に身を貫かれた。
(つまり……あの人は、わたしの伯母?)
レイラの後にいそいそと続きながら、サラの伯母だというマリアを、改めて密かにじっくりと見つめる。
母と同じバッスル・スタイルのフォグブルーのドレスを品よく着こなし、アッシュグレーの髪をきっちりとシニヨンにまとめたマリアは、知的な美人だ。
しかし、眉間に皺を刻み、レイラを睨み据えるエバーグリーンの瞳からは、美しさよりもきついという印象を受けた。
そんなことを考えていたら、ふと伯母と目が合った。その直後、エバーグリーンの双眸がみるみるうちに大きく見開かれていく。
(え……?)
マリアがサラに向ける視線には、怒りも憎しみもない。アンナの実の娘なのだから、母親と同じような目で見られてもおかしくないのに、そういった感情は欠片も見受けられなかった。
ただ、伯母は初めて顔を合わせる姪の顔を目の当たりにした途端、何故か恐怖を露わにしたのだ。まるで、存在するはずもない亡霊に出くわしたかのようだ。
不意に、伯母がサラから顔を背けた先にあるものを凝視し始めたから、つられてその視線の先を辿るなり、心臓が嫌な音を立てた。
伯母の視線の先には、アンティークゴールドの装飾が施された菖蒲色の玉座と藤色の玉座が壇上に鎮座していた。それから、その背後には肖像画の代わりに拡大された写真が花の飾りをあしらった額縁に収まっていたのだ。
そこに映っていたのは――サラと生き写しの女性だった。
いや、似ているとかそういった次元の話ではない。その女性は、サラの複製品そのものといっても過言ではない。もしくは――サラがあの女性の複製品なのか。
その女性が身に着けているのは、豪奢なドレスではない。黒で統一されたタートルネックにショートパンツ、ニーハイソックス、ロングブーツを身に纏い、その上にグレーのロングコートを羽織っているだけの、シンプルな格好だ。栗色の髪も、無造作にポニーテールに束ねているだけだ。
でも、一見儚げで飾り気のない容姿とは裏腹に、挑むように前を見据えるエメラルドの瞳は生き生きと輝き、ガンホルダーに収納されている拳銃を今にも取り出しそうな意志の強さと躊躇いのなさが、写真越しにもはっきりと伝わってくる。
二対のエメラルドの眼差しが絡み合った途端、急に全身の細胞という細胞が泣き出しそうな錯覚に襲われた。
ひどく懐かしいのに、同時にそれ以上に恐怖の波に心が攫われそうだ。
言葉を失ったまま立ち尽くすサラのすぐ隣まで、いつの間にやって来ていたのか、レイラがそっと囁きかけてきた。
「あのかたは、初代殺め姫さま――サラさまよ」
――こんな偶然は、果たして存在するのか。
全く同じ顔をしているだけではなく、名前まで同じだなんて、そんなことがあるのか。
(でも、待って……初代殺め姫さまは、五百年近く前の時代に生きてた人のはず……)
レイラの説明が正しければ、サラは月影一族の末裔だ。
だから、偶然初代殺め姫そっくりの顔で生まれ、それで同じ名を授けられたとしても、不思議ではないはずだ。ずっと昔の人間を複製したなどといった荒唐無稽な発想よりも、そちらの方が余程筋が通っている。
それなのに、どうしてだろう。
乱れた鼓動が落ち着く気配は、一向になかった。
「お母、さん……」
何故、咄嗟に母を呼んだのか、自分でもよくわからない。
それでも、ぎこちなく首を動かし、エメラルドの瞳に母の姿を捉える。
「……お母さんが殺め姫だったって、本当なの……? わたしは――」
わたしは――何者なのか。
そう続けたかった。
だが、声は喉の奥に絡まり、どうしても出てこなかった。
明日以降は6時・18時と1日2回更新していく予定です




