第20話 初陣
――そして、ついにサラが初陣に臨む日がやって来た。
セレスティア城の玉座の間の扉の前で、純白の軍服を身に纏ったサラは一度、大きく深呼吸をした。
(大丈夫……できるだけのことは、やってきたんだから……)
そう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせようとしていたら、やがて両開きの扉がゆっくりと開かれていく。
金の豪奢な刺繍が施された菖蒲色の絨毯が敷かれた道の両脇には、黒い軍服姿のケント、レオ、シュウの三人の騎士が跪き、頭を垂れていた。
そして、玉座が据え置かれている壇上には、胸元が大きく開き、ふんわりと膨らんだスカートが特徴的な、ロココ調の藤色のドレスに身を包んだレイラが、両手で薙刀を捧げ持ちながら、嫣然と微笑んでいた。
サラはまっすぐに前を見据えたまま一歩踏み出し、そのまま黒い軍靴で菖蒲色の絨毯を踏みしめて玉座へと近づいていく。
サラが玉座の三歩手前で立ち止まれば、レイラが洗練された動作で壇上から下りてきた。レイラが動く度に、今日は下ろしただけの緩やかに波打つ濡れ羽色の髪がふわりと揺れる。
「――二十六代目殺め姫・サラ。どうか、ご武運を」
レイラが捧げ持つ薙刀を受け取ると、ドレスと同じ色の瞳を見つめ返しつつ口を開く。
「……殺め姫の名、謹んで襲名し、その名に恥じぬ戦果を挙げることを、ここに誓います」
あらかじめ練習しておいた口上を淀みなく述べることができて、内心安堵する。
初代殺め姫が愛用していたという薙刀に似せて作ったものを、次代の殺め姫に渡すこの儀式は、本来ならば庇護姫ではなく、先代の殺め姫が執り行うものらしい。
しかし、先代の殺め姫たるシャノンは療養中の身の上であるため、当代の庇護姫であるレイラが代理を務めてくれることになったのだ。
薙刀の刃には加工された殺生石が使われており、シャンデリアの形をした照明の光を浴び、鮮やかな光沢を放っている。
「それでは――行って参ります」
手短に出立の挨拶を済ませたサラが身を翻した拍子に、ポニーテールにした栗色の髪がさらりと揺れる。
玉座の間に足を踏み入れた時と同じように、退出する際も迷いのない足取りで進んでいく。
そして、足場に回廊へと出るなり、サラと同じくらい躊躇いのない足音が追いついてきた。
「シュウ、どうだった? 変なとこはなかったよね?」
振り返りざまに訊ねれば、サラに忠誠を誓ってくれた騎士は、ぐっと親指を立てた。
「殺め姫らしい、堂々たる立ち居振る舞いだった。許可さえ下りれば、写真と動画の撮影してたとこだ」
「……そんな、娘の入学式か卒業式に参加したお父さんみたいな感想だよ……」
無事、好調な出だしとなって安心した反面、シュウの発言には微妙な心境に立たされた。
でも、無駄話をしている時間はないから、すぐに口を噤んで歩みを再開する。
とにかく、地上に降りて軍と合流するため、飛行カプセルの発着場へと二人揃って向かう。
「……最初に作戦を聞かされた時から思ったけど、一応あなたたち騎士の主の初陣なのに、騎士は一人しか作戦に加わってないんだね」
そう――今日のサラの初陣には、シュウだけが参加することになっているのだ。
不満というよりも、不安から言葉を零すと、シュウはサラの隣を歩きながら答えてくれた。
「歴代の殺め姫の初陣も、そうだったぞ。さすがに、初っ端から手強いアヤカシがうろつく危険度が高いエリアには、放り込まないからな」
「そうだったんだ……」
「少しは安心したか?」
「うん。ありがとう、シュウ」
そう口にしつつも、サラは身も心もまだ緊張に強張っていることを、他でもない自分自身の声で痛感させられた。
だから、少しでも気を紛らわせたくて、足だけではなく口も動かす。
「……シュウの軍服、黒でいいな。わたしの軍服は白だから、汚れが目立ちそう」
これは、シュウとクラリーチェに出来上がったばかりの軍服を見せられた時から思っていたことだ。
騎士の軍服はシャツ以外、漆黒で統一されているのに、サラのために仕立てられた軍服はネクタイとベルト、それから軍靴以外――シャツもジャケットもスラックスも、全て純白だったのだ。今日は身に纏っていないが、マントまで目に眩しいほどの白で、つい絶句してしまった。
殺め姫は代々、純白の軍服を着るものだと聞かされたから、あまり不平を口にするわけにもいかなかったものの、どうせ騎士の軍服とデザインが同じならば、カラーリングも一緒にして欲しかった。
「だからこそ、だ。白なら、サラが怪我してもすぐに気づけるだろ」
淡々と返ってきた答えに、そういうことかと腑に落ちたのも束の間、ならば騎士の軍服が全体的に黒いのは、傷を負ってもすぐに悟られないようにするためなのではないかと、ふと脳裏に過った憶測が胸をざわめかせる。
(仮に、そうだとしても……それなら、シュウを危ない目に遭わせないように、わたしが上手く立ち回ればいいだけの話だよ)
せめて、シュウの足を引っ張るような真似だけはするまいと心に誓いながら、薙刀の柄をぎゅっと強く握り直した。
***
――シュウが操縦する飛行カプセルで降り立ったエリアは、D―二〇三区と呼ばれる、一般人の立ち入りが禁じられている、アヤカシが生息するエリアだった。
このエリアには針葉樹の広大な森が広がっており、複数の獣型のアヤカシが住処としているのだという。
既に到着していた軍とすぐさま合流を果たすや否や、事前に決められていた陣形を組むことになった。
「――ネージュ、今日はお願いね」
「――ノワール、狩りの時間だ」
サラとシュウ、それぞれの腕に抱えていた天狐に声をかけた直後、二匹は勢いよく主の腕の中から飛び出した。
そして、白と黒、各々の体毛と同じ色の蜃気楼を発生させたかと思えば、バイソン並みの巨躯を誇る、狼と狐をミックスさせたような二頭の獣がサラたちの前に現れた。
サラは真っ白な体毛に覆われた獣――ネージュに即座に飛び乗り、態勢を整える。シュウはサラ以上に慣れた様子でノワールに跨り、腰に装着しているガンホルダーからベスティア・ガンを取り出し、調子を確かめている。
サラも銃の撃鉄を起こし、弾倉に詰め込まれている実弾を確認してから、刃を鞘に収めた薙刀を見遣る。
通常、薙刀は細長い布袋に入れて持ち運ぶものだ。
だが、実戦でもそうしていたら、薙刀を取り出すのに手間取ってしまい、命取りになりかねない。
だから、鞘付きの特別製のベルトを腰に巻き、そこに刃を収納して薙刀を背負っているのだ。
それから、薙刀の柄がずり落ちないよう、サラは胸の真下にもベルトを巻き、そこに付属しているストッパーで柄を固定している。
ちらりと背後を窺えば、騎兵部隊の最前線にいるサラたちの後ろには、翼を持たない機械仕掛けの馬――ユニコーンに騎乗し、紺色の詰襟型の軍服に身を包んだ、軍人たちが整然と並んでいた。
そのさらに後ろには、戦車と両脇を固めている歩兵部隊が待機している。
正面に視線を戻すと、サラたちの前方でも戦車と歩兵部隊が隊列を組んでいる。
そして、頭上を振り仰げば、雲に覆われた空の下、軍用飛行カプセルが三機、飛来してきた。
今作戦では、まずは先制攻撃として飛行カプセルによる爆撃が行われる予定だ。
すると案の定、耳鳴りのような音が鼓膜を震わせた後、左耳に装着していたワイヤレスイヤホン型の通信機から通信が入った。
「――これより、第一フェーズへと移行する」
聞いたことがない中年男性の声がそう告げた直後、軍用飛行カプセルの下部から砲身が出てきた。それから、間髪入れずに砲撃が繰り出される。
遥か前方から響いてきた、初めて耳にする爆発音に思わず顔を顰めたのも束の間、狼型のアヤカシ――フェンリルの怒り狂った咆哮が空気をびりびりと震わせた。
そして間もなく、前方の戦車も砲撃を、歩兵部隊が援護射撃を開始したところで、遠くからこちらへと猛然と迫り来る地響きにも似た足音が聞こえてきた。
隣へと振り向き、碧眼と目配せして頷き合うと、サラは左側から、シュウは右側から歩兵部隊を回り込み、最前線に躍り出る。
開けた視界の先では、上空と地上からの爆撃で群れの数を減らしたとはいえ、機動力に優れたフェンリルが敵に牙を剥こうとしていた。
フェンリルは群れ社会を形成する習性があるからか、非常に仲間意識が強い。それに加え、死の危険に晒されたため、極度の興奮状態に陥っていた。
「――これより、第二フェーズへと移行する」
通信機越しに清涼感のある低い声に指示を飛ばされるなり、サラは左手でネージュの体毛に掴まったまま、右手でガンホルダーからベスティア・ガンを素早く取り出す。それから、即座にネージュの背の上で腹這いになり、両手で銃を構える。
「――行くよ、ネージュ!」
サラがそう叫ぶや否や、ネージュはさながら大砲から飛び出した砲弾のごとき速さで駆け出した。
サラを乗せて疾駆するネージュに狙いを定めたフェンリルが、口を大きく開けて迫ってくる。サラはそのフェンリルにすかさず銃口を向け、殺生石と鉛を混ぜて作った弾丸を、口腔内に躊躇なく撃ち放つ。
かつて、殺生石はアヤカシを生み出すために使われた。
しかし何の因果か、アヤカシの命を最も効果的に奪えるのも、殺生石なのだ。
まさしく、生かすも殺すも使い手次第の石だ。
撃った反動でネージュの背から滑り落ちそうになったものの、真っ白な体毛を左手で掴み、即座に態勢を立て直す。
開けた口から後頭部へと銃弾が貫通したフェンリルは、銃創から血液と脳漿を撒き散らし、断末魔の声を上げつつ地面に倒れ込んだ。
フェンリルが絶命したことを一瞥して確かめると、またすぐに次の狙いを定める。
(シュウ、すごい……)
サラがフェンリルを一頭仕留めるまでの間に、シュウは三頭も討ち取っていた。
サラも負けていられないと、即座に意識を切り替え、仲間の仇を討つと言わんばかりの勢いで襲いかかってくる二頭のフェンリルを見据える。
まずは、右側のフェンリルの片目を撃ち抜いて視界を半分奪ったところで、左側のフェンリルの眉間を狙撃する。そして、もう一度右側のフェンリルに狙いを定めた直後、こちらも眉間に弾丸を撃ち込んだ。
(あと、二発……)
ベスティア・ガンの弾倉に詰め込める弾は、六発だ。しっかり撃った数をカウントしておかなければ、弾切れに気づくのが遅れてしまう。
それから、自身の状態だけではなく、周囲の状況を把握するべく視線を走らせる。
後方の戦車からの援護射撃や、サラたちの後に続いた騎兵部隊のおかげで、フェンリルの群れの意識がこちらに一点集中することはない。
でも、自分たちと同じアヤカシに騎乗しているサラとシュウにより警戒し、牙を剥く機会を窺っていることは、火を見るよりも明らかだ。
今のところ、シュウが進んで戦闘を引き受けてくれているものの、一人で全てを捌き切れるわけがない。どうしても、取りこぼしたフェンリルがサラに向かってくる。
(大丈夫……今のところ、順調……それに、わたしは一人じゃない……)
おそらく、今のサラの戦果は、まずまずといったところだろう。
あとは――機を見て、背負った薙刀でフェンリルの首を取るだけだ。
最後の銃弾を撃ち放ったところで、弾倉に銃弾を補充してから銃をガンホルダーに素早く押し込み、刃を鞘に収めていた薙刀の柄を右手で一息に引き抜いた。




