第14話 蒼炎
「えっ……と……プレゼントって、もしかしてこの子たち……?」
「ああ。こいつらの中から一匹、気に入った奴を譲ろうかと思って。予想よりも早く、サラが引き取れそうなくらい、一通り躾け終わったから、午前中はここに連れてくる奴の選別をしてたんだ」
それで急遽、サラの授業を見ることができなくなってしまったのかと納得する。
シュウはサラと繋いでいた手を放すと、その場にしゃがみ込んでケージの蓋を開けた。すると、途端に愛くるしい生き物たちがケージの外へと転がり出てきた。
「か……可愛い……!」
もふもふとした生き物たちは、興味深そうにサラを見上げながら足元をうろちょろと歩き回ったり、シュウに無邪気にじゃれついたりと、心くすぐる光景ばかりを見せつけてくる。
シュウに倣ってサラもしゃがみ込んだら、ふと碧眼がこちらへと向けられた。
「そいつら、見た目は可愛いけど、中身は天狐って名前のアヤカシなんだ。基本的に温厚で、戦闘のサポートや移動手段にも使えるから、もらっておいて損はないぞ」
「え!? この子たち……アヤカシなの?」
サラはこれまで、アヤカシを直接目の当たりにしたことがない。
図鑑や教科書に載っている写真で見たアヤカシはもっと禍々しく、凶暴そうな外見をしていたから、目の前にいるこの可愛い生き物とアヤカシという名称がどうしても結びつかない。
サラがまじまじと天狐と呼ばれたアヤカシを見つめていたら、呆れ交じりの溜息を吐く音が聞こえてきた。
「何でもかんでも、見た目通りのものだと思わない方がいいぞ。さっきサラが踏みつけて遊んでた池の石だって、あれ殺生石だし」
「えええ!?」
ひっくり返らないように気をつけつつも、勢いよく振り向いた先には、あの水晶によく似た石が陽光を浴びて美しい輝きを放っている。
「あれが……?」
「地上では、実物見たことなかったのか?」
「うん、教科書や図鑑の写真で見たことはあるけど……」
しかし、写真を通して見た殺生石は、こんなにも美しく透き通ってはいなかった。
ただの無色透明な石にしか見えず、そこから利用価値以外のものは見出せなかった。
(実物は、こんなに綺麗だったんだ……)
こうして見ると、キメラ動物やアヤカシの体液が固形になって出来上がったエネルギー資源というよりも、天然石みたいだ。アクセサリーとして加工したら、さぞかし映えるだろう。実際、景観に華を添えるオブジェの役割を立派に果たしている。
「それにしても、あんな風に飾っておくだけだなんて、贅沢だね」
殺生石はその性質上、入手するには相応のリスクが伴う。
だから、地上ではエネルギー資源と武器類としてのみ、最大限フル活用しているのだ。
それなのに、ラカージュではこういう使い方もされているのだと知ったら、サラ同様、地上の人類は唖然としてしまうに違いない。
「ここには、殺生石だけは豊富にあるからな」
シュウの説明に耳を傾けつつ、自然とサラの周りに集まってきた天狐たちに視線を落とす。
確かに、これだけのアヤカシを保護しているのであれば、多くの殺生石を手に入れられるのだろう。もしかしたら、もっとたくさんの天狐を風見家は繁殖及び育成しているのかもしれない。
でも、本当にそれだけだろうかとサラの勘が囁く。
「それで、サラ。その中で、気に入った奴はいたか?」
そう声をかけられてはっと我に返れば、いつの間にかシュウがサラのすぐ近くに来ていた。しかも、シュウの言葉を理解しているかのように、いくつものつぶらな瞳が興味津々といった様子でサラを見つめてきた。
「え、えっと……」
なんて残酷な選択を突きつけてくるのかと、シュウを責めたい気持ちに駆られる。
こんなに可愛らしい生き物の中からたった一匹しか選べないなんて、迷ってしまうではないか。
だが、命を預かるということは、多大な責任を負わなければならないということだ。今のサラに何匹もの命を養えるだけの覚悟があるのかと問われれば、答えは否だ。
「じゃ、じゃあ――この子にする!」
散々心を惑わされた末、最終的には真っ先にサラと目が合った、真っ白な体毛に覆われた個体を抱き上げた。
毛の色は全体的に白いのだが、耳や手足、それから尾の先は空色に染まっている。そして、双眸は神秘的な瑠璃色だ。
サラの大好きな色だけで構成されているこの子は、まるで運命の相手みたいだ。
サラに抱かれた天狐は、甘えるような鳴き声を上げ、さっそく庇護欲をくすぐってきた。
「そいつは、ネージュっていうんだ。甘えん坊だけど、すごく賢い奴だ。雌で気性も穏やかだから、初心者にも育てやすいと思う」
「この子たち、みんな名前があるの?」
またシュウを見遣れば、すぐに頷かれた。
「ああ。番号や記号で呼ぶより、ずっと愛着が湧くだろ。こいつらは、俺たちの戦友だからな。ぞんざいな扱いはできねぇよ」
シュウがその場に腰を落とし、一匹の天狐の頭をくしゃくしゃと撫でれば、自分も、自分もと主張するように、他の天狐もわらわらと群がってきた。
心なしか、サラもネージュに期待に満ちた眼差しを向けられた気がして、慎重に手触りの良い頭を撫でる。
「……シュウがこの子たちの世話をしてるんだ?」
「それが、風見家当主の務めだからな。こいつらの世話はいいぞ、ヒーリング効果があって」
確かに、こんなに愛くるしい生き物に囲まれていたら、荒んだ心も瞬く間に和みそうだ。
ネージュを抱えたまま、無心に頭や顎の下を撫で、時に耳の裏を掻いていたら、一匹の黒い天狐が不意にサラの元に駆け寄り、膝に前足を乗せて二足立ちになった。
それから、ネージュと見つめ合ったかと思えば、さらに身を乗り出し、甘えた鳴き声を出しながら互いの黒い鼻を擦り合わせた。
黒い天狐は瞳の色が茜色で、耳や手足、それから尾の先が金色に染まっており、まるでネージュと対になっているのかのようだ。
「ネージュとこの子は、仲良しさんなの?」
微笑ましい光景に頬を緩めたら、シュウがさらに近づいてきた。
「ああ、そいつはノワールっていって、ネージュの彼氏だ。そのうち、番にしようって考えてたから、いつかネージュを預からせてくれ」
「つ……番……」
思いがけない生々しい表現に、つい復唱してしまった後、無邪気にじゃれ合う二匹を凝視する。
「……わかった。その時はネージュのこと、よろしくね」
重々しく頷いてから、シュウに視線を戻す。
「……地上の人類も、とっくの昔にアヤカシに対抗するための軍を編成してるのに、シュウたちも戦い続けてるのは、この子たちを地上の人間は手懐けられないから?」
「それもある。あとはやっぱり、野生の本能が強いアヤカシには、似たようなタイプのアヤカシで対抗した方が、被害が少なくて済むから」
それもあるということは、他にも理由があるということか。
そんなことを考えていたら、不意にネージュが口から青い炎を吐き出した。
「え!? な、何!?」
「こら、ネージュ。自分の強さをひけらかさなくても、サラはお前を見捨てたりしねぇよ。だから、むやみやたらに火を噴くな。万が一サラが火傷したら、どうするんだ?」
ぎょっと身を竦めたサラとは裏腹に、シュウはあくまでも冷静にネージュを諭す。
やはり天狐には人語が通じるのか、ネージュはしゅんと耳を垂らして下を向いてしまった。すると、サラの膝に前足を乗せていたノワールがぱっと身を翻し、抗議するようにシュウの膝を前足で叩き始める。
「こら、ノワール。これは必要な説教だ」
相変わらずシュウは手慣れた様子でノワールをひょいと抱き上げると、軽く小突いた。頭を小突かれたノワールは不満そうに鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
「……シュウ、何だかお父さんみたいだね」
そう口にしてからネージュに目を向けると、今度は宥めるように純白の背を撫でる。
「ネージュ。火を噴けるなんて、すごいね。突然のことだったからびっくりしたけど、格好良かったよ。一緒に戦う時は、頼りにしてるからね」
こんなに小さな生き物が、果たしてアヤカシと戦闘したり、サラを乗せることができるのかという疑問が脳裏を過ったが、相手はアヤカシだ。きっとサラには想像もつかないような、何かしらの仕掛けでもあるに違いない。
フォローするようにそう声をかけたら、ネージュの耳がたちまちぴんと立ち上がり、嬉しそうな瑠璃色の双眸がサラを仰ぎ見た。
純真無垢な幼子みたいな反応に、ほのぼのと和んでいると、隣からぱちんと何かを打ち鳴らしたような音と、ライターで火を点けた時と似たような音が聞こえてきた。
何の音かと隣を見遣れば、シュウの右の指先に青い炎が点っていた。
「え!? シュウ……それ、大丈夫なの……?」
再度驚きの声を上げたのも束の間、そもそもシュウの右手が怪我するのではないかと思い、おそるおそる疑問を投げかける。
その直後、シュウがぱちんと指を鳴らしたかと思えば、つい先程まで確かに存在していた炎があっという間に消失した。
先刻の二種類の音の正体は、これだったらしい。
「すごい……ラカージュの人は、誰でもこういうことができるの?」
シュウの顔と指先を見比べながら、感嘆の吐息交じりに訊ねれば、もう一度青い炎を出現してみせてくれた。炎を自由自在に操るシュウは、どことなく得意そうな面持ちをしている。
「いや、今のところ俺だけだな」
「それなら、尚更すごいよ! どういう原理で火が点くの? それに、ネージュの炎と似てるね! まるで――」
まるで――アヤカシみたいだ。
そんな感想が脳裏に浮かんだ途端、咄嗟に口を噤む。
しかし、よくよく考えれば、本当にその通りではないかと思う。
口から火を噴き出したネージュも、指を打ち鳴らすことで炎を生み出したシュウも、どちらも人間業ではない。
ネージュはアヤカシだから当たり前なのだが――だとしたらシュウは一体何者なのか。
「シュウは……ネージュたちと同じ、アヤカシなの……?」
屋敷を出てすぐ、ビルに探りを入れた際にも考えたではないか。
ラカージュの住人たちの祖先である離反者とやらが、ヴィクトリア・エーヴァの技術の粋そのもの――アヤカシだったのではないか、と。
愛玩動物にしか見えないアヤカシがいるのだ。人間の姿をしたアヤカシが存在したって、おかしくない。
もし、そうだとすれば、先程のシュウが見せた人間離れした技にも説明がつく。
アヤカシはただ人間を捕食するだけではなく、実験や繁殖を繰り返した結果、摩訶不思議な能力を発現させた個体も存在するのだという。
おそらく、シュウは何故かネージュに張り合っただけなのだろう。
でもその結果、サラの中で芽生えた憶測がいよいよ現実味を帯びてきた。
「……もし、そうだと言ったら――サラは俺が怖いか」
先刻までの少年めいた微笑みを消し去り、真剣な眼差しで見つめてくるシュウの問いは、サラの質問に是と答えたも同然だ。
だが悩む間もなく、サラの口からは答えがするりと出てきた。




