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『王太子殿下、その恋は口から出す前に止めてください 〜好きな令嬢に嫌いと言ってしまう残念王子の恋愛相談役になりました〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第76話 王太子殿下、「また明日」を約束にしない練習をする



 また。


 明日。


 その言葉は。


 とても。


 短いものです。


 たった。


 四文字と。


 四文字。


 けれど。


 誰かと。


 別れるときに。


 それを言えるということは。


 少なくとも。


 今日で。


 終わりにしたくないと。


 思っているということです。


 明日も。


 会えるかもしれない。


 明日も。


 話せるかもしれない。


 その可能性を。


 自然に。


 次の日へ。


 渡す言葉。


 だから。


 多くの人は。


 それを。


 特別なものだとは。


 思いません。


 友人へ。


 また明日。


 同級生へ。


 また明日。


 教師へ。


 明日もよろしくお願いします。


 日常の中で。


 何度も。


 使う。


 普通の言葉。


 けれど。


 王太子殿下にとって。


 昨日。


 好きなご令嬢と交わした。


『また。明日』


 は。


 まったく。


 普通ではありませんでした。


 なぜなら。


 殿下は。


 その夜。


 王宮へ戻られてから。


 明日とは。


 いつなのか。


 何時なのか。


 どこで会うのか。


 誰から会いに行くのか。


 そこまで。


 考え始めてしまったからです。


 そして。


 翌朝。


 校舎裏のベンチ。


 私の前へ現れた殿下は。


 挨拶のあと。


 すぐに。


 こう。


 おっしゃいました。


「昨日の。また明日は。約束か」


 私は。


 朝から。


 少しだけ。


 頭が痛くなりました。


          ◇


「おはようございます、殿下」


「ああ。おはよう」


「では。もう一度」


「昨日の。また明日は。約束か」


 やはり。


 そこから。


 始めるらしい。


 朝の空は。


 薄い雲に覆われていた。


 陽の光は。


 柔らかい。


 夜のあいだに。


 少しだけ。


 雨が降ったのか。


 芝生の先には。


 まだ。


 小さな水滴が残っている。


 校舎裏の。


 古いベンチ。


 昨日。


 初めて。


 三人で。


 座った場所。


 今日は。


 また。


 私と殿下の。


 二人。


 殿下は。


 座っている。


 けれど。


 落ち着いてはいない。


 片足の先が。


 ほんの少し。


 動いている。


「約束だと思われたのですか」


「分からないから。聞いている」


「殿下は。どう思います?」


「私は」


 一度。


 言葉を止める。


「約束だと。思った」


「はい」


「だから」


「はい」


「今日。会う」


「誰が?」


「私と彼女だ」


「どこで?」


「それが。分からない」


「はい」


「だから。困っている」


「困る必要はないと思います」


「なぜだ」


「また明日。は。必ず何時に、どこで、会いましょうという約束ではないからです」


 殿下が。


 私を見る。


「では。会わない可能性もある?」


「あります」


「……」


 殿下の表情が。


 目に見えて。


 落ちる。


「殿下」


「何だ」


「今。とても分かりやすく。残念そうです」


「残念だからだ」


「はい」


「笑うな」


「笑っていません」


「顔が」


「少しだけ」


「やめろ」


 殿下は。


 深く。


 息を吐いた。


「では」


「はい」


「彼女は。昨日」


「はい」


「また明日と。言った」


「はい」


「でも。今日。会うつもりがない可能性もある?」


「あります」


「なぜ」


「その場では。明日も会えたらよいですね、くらいの意味かもしれません」


「それは」


「はい」


「かなり。曖昧だな」


「日常の挨拶ですから」


「なら。なぜ。言った」


「また。お会いしたいからでは?」


「会いたい?」


「少なくとも。二度と会いたくない方へは。あまり言わないと思います」


 殿下が。


 少しだけ。


 安心した顔になる。


「なら」


「はい」


「会いたいのだな」


「そこまで。決めないでください」


「なぜだ」


「殿下」


「何だ」


「昨日。何を練習しました?」


「理由がなくても。会いに行く」


「その前」


「待つ?」


「はい」


「……」


「ご令嬢が来たいと思ったら。来られる」


「ああ」


「殿下が行きたいと思ったら。行く」


「ああ」


「でも。また明日と言われたから。必ず今日会わなければならない」


「……」


「と。決めてしまったら」


「約束になる」


「はい」


 殿下は。


 黙った。


 鳥の声。


 朝の風。


 校舎の窓が。


 開く音。


 遠くから。


 登校してくる。


 生徒たちの話し声。


「私は」


 殿下が。


 ゆっくり。


 言う。


「また。先に決めたのか」


「少しだけ」


「彼女が。今日。会いたいかどうかを」


「はい」


「聞かずに」


「はい」


「また明日という言葉だけで」


「はい」


「会うと思った」


「はい」


 殿下の眉間へ。


 少しだけ。


 皺が寄る。


「難しいな」


「はい」


「また明日は」


「普通の言葉ですよ」


「普通が。難しい」


「殿下は。普通の会話を。始めたばかりですから」


「昨日。昼食と雨の話をした」


「はい」


「十分。普通だった」


「はい」


「なら。今日も」


「焦っています」


「……」


「殿下」


「何だ」


「昨日。ご令嬢が来られたとき。嬉しかったでしょう?」


「かなり」


「はい」


「もう。そこは聞くな」


「では。その嬉しさを。今日も欲しい?」


 殿下が。


 止まる。


「……欲しい」


「はい」


「だが」


「はい」


「それを。彼女へ求めるのは」


「重い?」


「ああ」


「なら」


「待つ」


「はい」


「でも」


「はい」


「今日は。研究会へ行ってもよいと。言われている」


「はい」


「昨日」


「はい」


「話したくなったら。来てよいと」


「はい」


「なら。私が行くことは」


「問題ありません」


「本当に?」


「ご令嬢が忙しければ。今日は話せないと。言えるよう。信じる」


「……ああ」


「殿下」


「何だ」


「昨日。ご自分でおっしゃいましたよ」


「覚えている」


「では」


 殿下は。


 ベンチの上で。


 少し。


 姿勢を直した。


「今日は」


「はい」


「会いたくなったら。行く」


「はい」


「また明日と言われたからではなく」


「はい」


「私が。会いたいなら」


「はい」


「そして」


「はい」


「彼女が。忙しければ。帰る」


「はい」


「嫌われたとは。決めない」


「はい」


「……」


「殿下」


「何だ」


「完璧です」


「褒めるな」


「受け取る練習です」


「今日は。約束にしない練習だ」


「練習が増えましたね」


「増やしたのは。誰だ」


「殿下です」


「お前だ」


「半分ずつ?」


「……」


「殿下」


「四割。お前」


「昨日より。増えましたね」


「今日は。朝から。かなり面倒だからだ」


 殿下は。


 少しだけ。


 不満そうに。


 言った。


 けれど。


 その声は。


 以前より。


 ずっと。


 柔らかかった。


          ◇


 その朝。


 殿下が。


 ご令嬢と。


 会うかどうかは。


 決まっていませんでした。


 けれど。


 学園中では。


 もう。


 決まったことになっていました。


「本日も。お二人は。校舎裏でお会いになるのでしょう?」


 朝の回廊。


 私は。


 いきなり。


 そう尋ねられた。


 相手は。


 同じ学年の女子生徒。


 隣には。


 二人。


 昨日も。


 噂を聞きに来ていた顔。


「決まっていません」


「でも。昨日。また明日と」


「聞いていたのですか」


 三人が。


 一瞬。


 固まる。


「い、いえ」


「偶然」


「遠くから」


「皆さん。偶然が多いですね」


「学園ですから」


「そういうものですか?」


「はい」


「自信がありますね」


 私は。


 少し。


 息を吐いた。


「また明日は。約束ではありません」


「まあ」


 三人の顔が。


 少し。


 残念そうになる。


「では。今日はお会いにならない?」


「分かりません」


「殿下は?」


「殿下へ聞いてください」


「聞けません」


「昨日も同じことを」


「怖いです」


「そこは変わらないのですね」


 三人が。


 笑う。


 そのとき。


「何が。怖い」


 背後から。


 低い声。


 三人の笑顔が。


 一瞬で。


 固まる。


 私は。


 振り返る。


「殿下」


「ああ」


「おはようございます」


「おはよう」


 三人も。


 慌てて。


 頭を下げる。


「ご、ご機嫌麗しく存じます」


「ああ」


 殿下は。


 三人を見る。


「何の話だ」


「いえ」


「その」


「昨日の」


 三人が。


 互いを見る。


 誰が。


 答えるか。


 押しつけ合っている。


「昨日の。また明日です」


 私が。


 代わりに言う。


「マリア様」


「何ですか」


「言うのですか」


「殿下へ聞けないのでしょう?」


「はい」


「なら」


 殿下が。


 眉を寄せる。


「何を聞きたい」


 三人の一人。


 最も。


 勇気があるらしい女子生徒が。


 小さく。


 手を握る。


「本日も」


「……」


「例のご令嬢と。お会いになるのでしょうか」


 殿下が。


 止まる。


 昨日までなら。


 私用だ。


 関係ない。


 答える必要はない。


 そう。


 おっしゃったかもしれない。


 でも。


 今日は。


 少しだけ。


 考えたあと。


「分からない」


 と。


 答えた。


 三人が。


 目を瞬く。


「分からない?」


「ああ」


「昨日。また明日と」


「あれは。約束ではない」


 三人の視線が。


 一斉に。


 私へ向く。


 殿下が。


 それへ。


 気づく。


「マリアに。言われた」


「はい」


「では。殿下は」


 女子生徒が。


 慎重に。


 言う。


「お会いになりたくは」


「会いたい」


 早かった。


 回廊が。


 静かになる。


 殿下自身も。


 少しだけ。


 目を見開く。


 でも。


 取り消さない。


「私は。会いたい」


 もう一度。


 言った。


「だが」


 続ける。


「彼女にも。都合がある」


 女子生徒たちは。


 黙っている。


「だから。今日。必ず会うとは。決めていない」


「……なるほど」


「もし。殿下が会いたくて」


「何だ」


「ご令嬢も。会いたかったら」


 女子生徒は。


 少しだけ。


 口元を緩める。


「お会いになるのですね」


「ああ」


「では。もし。ご令嬢がお忙しかったら」


「帰る」


「寂しくは」


 殿下が。


 止まる。


 私は。


 少し。


 女子生徒を見る。


 かなり。


 踏み込む。


 けれど。


 殿下は。


 怒らなかった。


「……寂しいと思う」


 三人の顔が。


 一気に。


 変わった。


「殿下が?」


「何だ」


「寂しいと?」


「ああ」


「ご令嬢に会えなかったら?」


「そうだ」


 三人とも。


 口元を。


 必死に。


 押さえている。


 殿下が。


 気づく。


「何がおかしい」


「おかしくは」


「ありません」


「とても」


「何だ」


「……素敵です」


「なぜ」


「殿下が。寂しいと。普通におっしゃるので」


「普通ではないのか」


「普通です」


「なら。なぜ驚く」


 三人が。


 私を見る。


 私は。


 少しだけ。


 困った。


「以前の殿下なら」


「マリア」


「はい」


「言うな」


「でも」


「言うな」


 女子生徒たちが。


 もう。


 笑っている。


「失礼いたします」


「よい一日を。殿下」


「マリア様も」


「噂は」


 殿下が。


 呼び止める。


 三人が。


 振り返る。


「広げるな」


「はい」


 返事が。


 早い。


 けれど。


 信用できない。


 三人は。


 角を曲がった。


 すぐに。


 小さな声。


「殿下が寂しいって」


「聞いた」


「やばい」


「静かに!」


 全部。


 聞こえている。


 殿下は。


 目を閉じた。


「……広がるな」


「はい」


「今のは」


「事実です」


「だから。困る」


「訂正できませんね」


「できない」


「寂しい?」


「もう聞くな」


「はい」


 殿下は。


 少しだけ。


 頬を赤くしながら。


 教室へ。


 向かっていった。


          ◇


 その日の午前。


 殿下は。


 ご令嬢と。


 会いませんでした。


 少なくとも。


 一時限目。


 二時限目。


 三時限目。


 私の知る限り。


 廊下で。


 すれ違うことも。


 なかった。


 それでも。


 殿下は。


 休憩時間になるたび。


 研究棟の方角へ。


 行くことは。


 なかった。


 あとで。


 殿下付きの侍従から。


 聞きました。


 一度。


 教室の扉まで。


 出た。


 けれど。


 すぐに。


 戻られたそうです。


『まだ。授業の間だ』


 と。


 ご自分へ。


 言い聞かせるように。


 そして。


 昼休み。


 いつもの。


 校舎裏。


 殿下は。


 少し。


 遅れて。


 現れた。


「殿下」


「ああ」


「お昼は?」


「持ってきた」


 今日は。


 王宮からの。


 簡単な包み。


 パン。


 肉。


 温野菜。


 小さな果実。


 そして。


 偶然か。


 昨日。


 ご令嬢と話した。


 李。


「李ですね」


「そうだ」


「名前を覚えました?」


「昨日。覚えた」


「はい」


「子ども扱いするな」


「していません」


「顔が」


「少しだけ」


「やめろ」


 殿下は。


 李を。


 脇へ置いた。


「マリア」


「はい」


「彼女は」


「はい」


「今。何をしていると思う」


「分かりません」


「研究?」


「可能性はあります」


「昼食?」


「そうかもしれません」


「友人と?」


「そうかもしれません」


「……」


「殿下」


「何だ」


「会いたいのですね」


「ああ」


「すぐ言えましたね」


「もう。隠しても意味がない」


「はい」


「だが」


「はい」


「行かない」


「なぜです?」


「昼休みだから」


「はい」


「食事をしているかもしれない」


「はい」


「友人と。話しているかもしれない」


「はい」


「そこへ。私が行けば」


「はい」


「また。全部止まる」


 殿下は。


 パンを。


 少しだけ。


 ちぎった。


「昨日」


「はい」


「研究会へ行ったとき」


「はい」


「皆。普通に戻るまで。少し時間がかかった」


「はい」


「私がいると」


「はい」


「やはり。空気が変わる」


 殿下は。


 それを。


 以前のように。


 自分がいない方がよい。


 とは。


 言わなかった。


「だから」


「はい」


「会いたいからといって」


「はい」


「毎回。すぐ行くのは違う」


「そう思われます?」


「ああ」


「では。どうします?」


「待つ」


「はい」


「放課後まで」


「はい」


「それでも会いたかったら」


「はい」


「行く」


「はい」


「彼女が忙しければ」


「はい」


「帰る」


「はい」


「寂しくても」


「はい」


「帰る」


「はい」


「……」


「殿下」


「何だ」


「今。少し。褒めてほしそうです」


「違う」


「では」


「……少し」


 私は。


 笑った。


「とても。よいと思います」


「本当に?」


「はい」


「間違っていない?」


「はい」


「重くない?」


「はい」


「公平?」


「殿下」


「何だ」


「恋愛に。毎回答え合わせをしないでください」


「不安だ」


「分かります」


「なら」


「でも。毎回。正解はありません」


「……」


「今日は。殿下が。会いたい。でも。昼休みは行かない」


「ああ」


「それでよいと思った」


「ああ」


「なら。今日は。それで」


「……ああ」


 殿下は。


 少しだけ。


 納得しきれない顔。


 それでも。


 パンを。


 食べ始める。


「李」


「はい」


「昨日。彼女は」


「はい」


「好きだと言った?」


「いいえ」


「言っていないか」


「雨が好きと」


「ああ」


「食べ物の好みは。少しだけ」


「ああ」


「李については」


「聞いていない」


「はい」


「なら」


「はい」


「次に。聞く」


 殿下は。


 李を。


 見た。


「好きかどうか」


「はい」


「これくらいなら」


「はい」


「普通の話だな」


「はい」


「理由がある」


 殿下が。


 言って。


 止まる。


 私は。


 何も言わない。


 殿下が。


 ゆっくり。


 私を見る。


「今」


「はい」


「また。理由を作ったか」


「少しだけ」


「……」


「殿下」


「何だ」


「ご令嬢が李を好きか。知りたい」


「ああ」


「それで十分です」


「そうか」


「はい」


「研究でも」


「はい」


「差し入れでもなく」


「はい」


「ただ。好きか知りたい」


「はい」


「……」


 殿下は。


 李を。


 一つ。


 手に取った。


「私は」


「はい」


「普通だな」


「何が?」


「昨日から」


 一度。


 少し。


 笑う。


「普通のことを。知りたい」


「はい」


「それが」


「はい」


「少し。嬉しい」


 私は。


 驚いた。


「殿下」


「何だ」


「今。ご自分で」


「言った」


「はい」


「今日は。言える」


「なぜ?」


「昨日」


 一度。


 言葉を。


 探す。


「彼女が。普通に話してくれたから」


「はい」


「私も」


「はい」


「王太子ではなく」


 少しだけ。


 視線を落とす。


「ただの一人として。話せた気がした」


 私は。


 何も。


 言いませんでした。


 それは。


 殿下にとって。


 たぶん。


 とても。


 大きなことだったから。


          ◇


 放課後。


 殿下は。


 研究棟へ。


 向かいました。


 朝。


 決めたとおり。


 会いたければ。


 行く。


 殿下は。


 会いたかった。


 だから。


 行く。


 ただし。


 今日は。


 私へ。


 声をかけませんでした。


 自分一人で。


 研究棟へ。


 向かわれました。


 私は。


 それを。


 あとから。


 知りました。


 もちろん。


 学園中も。


 知りました。


 なぜなら。


 王太子殿下が。


 一人で。


 研究棟へ向かう姿は。


 大変。


 目立つからです。


「殿下。今日も」


「研究会?」


「昨日。また明日って」


「本当に毎日?」


「でも。今日はお一人」


「マリア様はいない」


「ついに?」


「何が。ついに?」


「分からないけど」


 そのような。


 声が。


 廊下の。


 あちらこちらで。


 起きたらしい。


 けれど。


 殿下は。


 立ち止まらなかった。


 研究棟の扉。


 階段。


 二階。


 廊下の奥。


 研究会の部屋。


 昨日までなら。


 扉の前で。


 何分も。


 待った。


 今日は。


 中から。


 話し声。


 研究中。


 でも。


 殿下は。


 少しだけ。


 待つ。


 議論が。


 一度。


 途切れた。


 そこで。


 三度。


 扉を叩いた。


「はい」


 声。


 殿下が。


 扉を開く。


「失礼する」


 研究会員たちが。


 振り返る。


「王太子殿下」


「ご機嫌麗しく」


「そのままでよい」


 昨日と。


 同じ。


 でも。


 今日は。


 マリアが。


 いない。


 殿下自身が。


 少しだけ。


 気づいている。


 逃げ道が。


 ない。


 ご令嬢が。


 殿下を見る。


 表情が。


 明るくなる。


「殿下」


「ああ」


「今日は」


 ご令嬢が。


 少しだけ。


 室内を見る。


「お一人ですか」


「ああ」


「マリア様は」


「呼んでいない」


「そうなのですね」


「ああ」


 殿下は。


 少し。


 緊張している。


 けれど。


 昨日ほど。


 固くない。


「今」


「はい」


「話せるか」


 ご令嬢が。


 少し。


 驚いた顔。


 それから。


 研究会員たちを見る。


「あと。少しだけ」


 殿下の胸が。


 小さく。


 動く。


 断られた。


 一瞬。


 そう。


 思った。


 でも。


 違う。


 あと。


 少し。


「分かった」


 殿下が。


 言う。


「待つ」


 ご令嬢の目が。


 少しだけ。


 大きくなる。


「よろしいのですか」


「ああ」


「十分ほど」


「ああ」


「お急ぎのご用は」


「ない」


 殿下は。


 少しだけ。


 笑う。


「今日は」


 一度。


 言葉を選ぶ。


「話したくて来ただけだ」


 研究会員たちの手が。


 一瞬。


 止まる。


 昨日。


 聞いた。


 同じ言葉。


 でも。


 今日は。


 マリアに。


 促されていない。


 殿下が。


 ご自分で。


 言った。


 ご令嬢の頬が。


 少し。


 赤くなる。


「では」


「何だ」


「少しだけ。お待ちください」


「ああ」


 殿下は。


 壁際。


 空いている。


 椅子。


「ここに。座ってよいか」


「もちろんです」


 座る。


 研究会は。


 再開する。


「では。もう一度」


「測定値は」


「こちら」


「二番の鉢だけ」


「やはり。湿度?」


「窓の開閉を」


「昨日。殿下が」


 誰かが。


 言いかける。


 皆。


 殿下を見る。


 殿下は。


 少しだけ。


 困る。


「私は。今は。いないと思って続けろ」


「それは無理です」


 研究会の男子生徒が。


 思わず。


 答えた。


 室内が。


 静かになる。


 彼自身が。


 青ざめる。


「も、申し訳ございません」


 殿下は。


 少し。


 目を瞬く。


「なぜ。謝る」


「王太子殿下へ。無理などと」


「無理なのだろう?」


「……はい」


「なら。事実だ」


「はい」


「では」


 殿下は。


 少し考える。


「いると思って。続けろ」


 今度は。


 研究会員たちが。


 笑った。


 殿下も。


 少し。


 笑う。


「殿下」


 ご令嬢が。


 言う。


「何だ」


「昨日より」


「はい」


「普通に。いらっしゃいますね」


「どういう意味だ」


「王太子殿下がいらっしゃるのではなく」


 一度。


 言葉を選ぶ。


「殿下が。いらっしゃる」


 殿下が。


 止まる。


 研究会員たちも。


 静かになる。


「違いが」


 殿下が。


 尋ねる。


「分かるか」


「はい」


「私には。分からない」


「昨日。殿下がおっしゃいました」


「何を」


「ただの一人として。話したいようなことを」


「……」


 殿下は。


 少し。


 驚く。


「聞いていないだろう」


「何を?」


「今日。マリアと」


「存じません」


「……そうか」


「でも」


 ご令嬢は。


 少し。


 笑う。


「昨日より。少し。そう見えます」


「そうか」


「はい」


 殿下は。


 その言葉を。


 長く。


 受け取った。


「なら」


「はい」


「そうありたい」


 研究会の部屋に。


 静かな。


 空気が。


 落ちました。


          ◇


 十分。


 殿下は。


 本当に。


 待ちました。


 途中。


 一度だけ。


 時計を見た。


 でも。


 何も言わなかった。


 ご令嬢が。


 記録を書き終える。


「終わりました」


「本当に?」


「はい」


「無理に」


「しておりません」


「そうか」


「お待たせいたしました」


「いや」


 殿下は。


 立ち上がる。


「待つと言った」


「はい」


「待っただけだ」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「ありがとうございます」


「礼は」


 言いかける。


 止まる。


 以前なら。


 礼を言われるほどではない。


 と言った。


 でも。


 今日は。


「……受け取る」


「はい」


「ありがとう」


 研究会員たちが。


 少し。


 驚く。


 ご令嬢も。


 目を。


 少しだけ。


 大きくする。


「では」


 ご令嬢が。


 言う。


「どこで。お話ししますか」


 殿下が。


 固まる。


「どこ」


「はい」


「決めていなかった」


「そうなのですね」


「ああ」


「研究会の部屋でも」


 研究会員たちが。


 一斉に。


 少しだけ。


 身構える。


「よいのですが」


「いや」


 殿下は。


 皆を見る。


「今日は」


 一度。


 少し。


 迷う。


「あなたと。少し」


 ご令嬢を見る。


「二人で話したい」


 研究会員たちの空気が。


 大きく。


 揺れた。


 誰かが。


 机へ。


 筆記具を。


 落とした。


 カラン。


 小さな音。


 殿下も。


 自分の言葉の。


 大きさへ。


 気づく。


「いや」


 ご令嬢が。


 少し。


 不安そうになる。


「違う」


 殿下が。


 すぐに。


 続ける。


「違うというのが」


 研究会員の一人が。


 口元を。


 押さえる。


 殿下が。


 そちらを見る。


「笑うな」


「申し訳ございません」


 殿下は。


 深く。


 息を吸う。


「私は」


 ご令嬢へ。


 向き直る。


「昨日。三人で。校舎裏にいた」


「はい」


「楽しかった」


「はい」


「だが」


「はい」


「今日は。あなたと」


 一度。


 声が。


 少し。


 小さくなる。


「二人で。話してみたい」


 ご令嬢の頬が。


 ゆっくり。


 赤くなる。


「嫌か」


「いいえ」


「本当に?」


「はい」


「では」


「どこへ?」


「……」


 また。


 決めていない。


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「殿下」


「何だ」


「今日は。何も決めずにいらしたのですね」


「ああ」


「珍しいです」


「悪いか」


「いいえ」


「では」


「少し。嬉しいです」


「なぜ」


「会いたいと思って」


「はい」


「そのまま。来てくださったのでしょう?」


「……ああ」


「それが」


 一度。


 少し。


 恥ずかしそうに。


「嬉しいです」


 殿下は。


 何も。


 言えなくなる。


「では」


 ご令嬢が。


 提案する。


「研究棟裏の小庭は?」


 殿下が。


 うなずく。


「ああ」


「昨日。お話しした場所」


「ああ」


「人目も」


 一度。


 窓を見る。


「少しはありますが」


「ない方が。噂になる」


 殿下が。


 真顔で言う。


 研究会員たちが。


 少し。


 笑う。


「何だ」


「殿下」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑っている。


「昨日より。よく分かっていらっしゃいますね」


「嫌でも。学ぶ」


「はい」


「行くか」


「はい」


 二人は。


 研究会の部屋を。


 出た。


          ◇


 当然。


 廊下には。


 人が。


 いました。


 たまたま。


 通りかかった。


 生徒たち。


 昨日より。


 たまたま。


 多い。


 王太子殿下。


 そして。


 ご令嬢。


 二人。


 並んで。


 研究会の部屋から。


 出てくる。


 一瞬。


 廊下の空気が。


 変わる。


「……」


「……」


 皆。


 黙る。


 でも。


 目だけ。


 動く。


 殿下は。


 すぐに。


 気づく。


 ご令嬢も。


 少し。


 緊張した。


「殿下」


 ご令嬢が。


 小さく。


 言う。


「何だ」


「見られています」


「知っている」


「どうします?」


 昨日までなら。


 殿下は。


 帰れ。


 見るな。


 そう。


 言ったかもしれない。


 でも。


 今日は。


 一度。


 廊下の人々を。


 見る。


「何もしない」


 ご令嬢が。


 目を瞬く。


「よろしいのですか」


「ああ」


「噂が」


「事実と違えば。訂正する」


「はい」


「だが」


 殿下は。


 少し。


 ご令嬢を見る。


「私が。あなたと話したいのは。事実だ」


 近くにいた。


 三人の生徒が。


 完全に。


 固まる。


 ご令嬢の頬も。


 赤くなる。


「殿下」


「何だ」


「今。ここで」


「聞かれたら。答えるつもりだった」


「誰も。聞いておりません」


 殿下が。


 止まる。


 私は。


 その場にいたら。


 たぶん。


 笑ったと思います。


 ご令嬢も。


 耐えきれず。


 少し。


 笑った。


「では」


 殿下が。


 言う。


「今のは」


「はい」


「余計だったか」


「少しだけ」


「そうか」


「ですが」


「何だ」


「嬉しいです」


 殿下の耳が。


 赤くなる。


「なら」


 一度。


 姿勢を。


 整える。


「取り消さない」


「はい」


 廊下にいた生徒たちは。


 全員。


 聞いていました。


 もちろん。


 その日のうちに。


 学園中へ。


 広がります。


 王太子殿下。


 ご自身から。


『私は彼女と話したい』


 と。


 廊下で。


 宣言。


 たぶん。


 明日には。


『毎日話したい』


 になります。


 明後日には。


『一生話していたい』


 くらいまで。


 育つかもしれません。


 噂は。


 本当に。


 怖いです。


          ◇


 研究棟裏の。


 小庭。


 昨日。


 二人で。


 質問を交わした場所。


 今日は。


 石卓へ。


 向かい合う。


 座る。


 警護役。


 離れた場所。


 マリアはいない。


 二人。


「殿下」


「何だ」


「今日は」


「はい」


「何を。お話ししたかったのですか」


 来た。


 その質問。


 殿下が。


 止まる。


「……」


「殿下?」


「分からない」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「昨日と。同じですね」


「ああ」


「では」


「何だ」


「私から。聞いても?」


「質問?」


「五つのうちではなく」


「普通の話?」


「はい」


「……ああ」


 ご令嬢が。


 少し考える。


「今日」


「はい」


「私に。会えなかったら」


 殿下の背が。


 少し。


 固くなる。


「どうされました?」


「なぜ。いきなり」


「普通のお話です」


「普通か?」


「たぶん」


「マリアに。似てきた」


「それは。褒め言葉でしょうか」


「分からない」


「では」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「答えは?」


 殿下は。


 少し。


 考える。


「寂しかったと思う」


「……」


 ご令嬢の表情が。


 止まる。


 殿下も。


 言ったあと。


 少し。


 恥ずかしそう。


「朝」


「はい」


「聞かれた」


「誰に?」


「生徒たちに」


「何を?」


「今日。あなたと会うのか」


「……はい」


「分からないと答えた」


「はい」


「会いたいかと」


「はい」


「会いたいと答えた」


 ご令嬢の頬が。


 ゆっくり。


 赤くなる。


「それから」


「はい」


「会えなかったら。寂しいかと」


「はい」


「寂しいと答えた」


 ご令嬢は。


 しばらく。


 何も言わなかった。


「何だ」


「いえ」


「顔が」


「少し」


「何だ」


「嬉しいです」


 殿下の視線が。


 少し。


 揺れる。


「私も」


 ご令嬢が。


 続ける。


「今日。殿下に会えなかったら」


「はい」


「少し。寂しかったと思います」


 殿下が。


 完全に。


 止まる。


「……本当に?」


「はい」


「私に。会えないと」


「はい」


「寂しい?」


「はい」


「なぜ」


「なぜでしょう」


「分からないのか」


「殿下は?」


「私は」


 一度。


 言葉を。


 探す。


「昨日。話して」


「はい」


「楽しかった」


「はい」


「だから。今日も」


「はい」


「また。話したいと思った」


「はい」


「会えなければ」


「はい」


「昨日の続きが。なくなるような」


「なくなりません」


「分かっている」


「はい」


「だが」


 殿下は。


 少しだけ。


 視線を落とす。


「その日を。待たなければならない」


「はい」


「それが」


 一度。


 苦笑する。


「寂しいのだと思う」


 ご令嬢は。


 静かに。


 聞いていた。


「私も」


「はい」


「似ています」


「何が」


「昨日」


「はい」


「殿下に。また明日と。言いました」


「ああ」


「本当は」


「はい」


 ご令嬢が。


 少し。


 視線を。


 石卓へ落とす。


「今日も。お話しできたらよいなと」


 殿下の呼吸が。


 止まる。


「思っていました」


「……」


「でも」


「何だ」


「約束にしたら」


「はい」


「殿下が。無理をして。来られるかもしれないと思って」


 殿下の目が。


 少し。


 大きくなる。


「だから」


「はい」


「ただ。また明日と」


 殿下が。


 黙る。


 朝。


 自分が。


 考えていたこと。


 約束か。


 会うのか。


 いつ。


 どこで。


 誰から。


 ご令嬢も。


 同じように。


 考えていた。


 でも。


 殿下を。


 縛らないように。


 普通の挨拶へ。


 留めた。


「あなたは」


「はい」


「私と。同じことを」


「何がですか」


「相手を。困らせないように」


「はい」


「自分で。少し遠くする」


 ご令嬢が。


 少し。


 驚く。


「そうかもしれません」


「あれほど」


「はい」


「私に。公平を一人で決めるなと。言ったのに」


 ご令嬢が。


 少しだけ。


 笑う。


「私も。練習が必要ですね」


「何の」


「殿下を。信じる」


 殿下が。


 止まる。


「私を?」


「はい」


「無理なら。無理と言うと」


「はい」


「会えないなら。会えないと」


「はい」


「信じる?」


「はい」


「……」


「殿下?」


「嬉しい」


 ご令嬢の目が。


 少し。


 大きくなる。


「私を。信じると言われるのは」


「はい」


「かなり」


「はい」


「嬉しい」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑った。


「では」


「何だ」


「私も。正直に」


「ああ」


「昨日。また明日と言ったとき」


「はい」


「今日も。会いたいと思っていました」


 殿下は。


 動かない。


「殿下?」


「……そうか」


「はい」


「私は」


「はい」


「約束だと思って」


「はい」


「朝から。かなり考えた」


「どのくらい?」


「何時に会うか」


 ご令嬢の口元が。


 少し。


 緩む。


「場所」


「はい」


「誰から行くか」


「はい」


「……」


「殿下」


「何だ」


「考えすぎです」


「分かっている」


「今は?」


「また明日は」


「はい」


「約束ではない」


「はい」


「だが」


「はい」


「また会いたいとは。思っている」


 ご令嬢が。


 静かに。


 うなずく。


「私もです」


 二人の間に。


 穏やかな。


 沈黙が。


 落ちた。


          ◇


「殿下」


 ご令嬢が。


 しばらくして。


 言う。


「何だ」


「昨日の質問」


 殿下の背が。


 すぐに。


 少し。


 固くなる。


「残り三つ?」


「はい」


「今?」


「一つだけ」


「今日も?」


「嫌ですか」


「嫌ではない」


「では」


「待て」


 殿下が。


 深く。


 息を吸う。


「よい」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「三つ目」


「ああ」


「殿下は」


「はい」


「私と。どのくらいの時間を。一緒に過ごしたいですか」


 殿下が。


 完全に。


 止まった。


「……何?」


「昨日」


「はい」


「殿下は。会いたいと」


「言った」


「話したいと」


「言った」


「では」


 ご令嬢は。


 少し。


 恥ずかしそうに。


 視線を。


 落とす。


「どのくらい」


 もう一度。


 言う。


「一緒にいたいと。思われますか」


 殿下は。


 答えない。


 朝。


 また明日を。


 約束だと。


 思った。


 昼。


 会いたくても。


 待った。


 放課後。


 会いに来た。


 今。


 どのくらい。


 一緒に。


 いたい。


「分からない」


 殿下が。


 言う。


 ご令嬢が。


 顔を上げる。


「はい」


「時間では」


「はい」


「分からない」


「はい」


「毎日」


 一度。


 止まる。


「毎日。会いたいと思うかもしれない」


 ご令嬢の目が。


 少し。


 揺れる。


「でも」


「はい」


「毎日。長く一緒にいれば」


「はい」


「あなたの時間を。奪う」


「はい」


「研究」


「はい」


「友人」


「はい」


「家族」


「はい」


「私以外にも。大切なものがある」


「はい」


「だから」


 一度。


 言葉を探す。


「どのくらい一緒にいたいかを」


「はい」


「時間では。決められない」


「では」


 ご令嬢が。


 静かに。


 尋ねる。


「どういう意味で?」


 殿下が。


 ご令嬢を見る。


「会いたいときに」


「はい」


「会いたい」


「はい」


「話したいときに」


「はい」


「話したい」


「はい」


「それで」


 少し。


 苦しそうに。


 眉を寄せる。


「あなたも。同じなら」


「はい」


「嬉しい」


「はい」


「でも」


「はい」


「ずっと。私だけを見てほしいとは」


 一度。


 止まる。


 言葉が。


 少し。


 揺れる。


「今は。言えない」


 ご令嬢が。


 静かに。


 聞いている。


「言いたくない?」


「……」


「殿下」


「少し」


「はい」


「言いたい気持ちはある」


 殿下は。


 正直に。


 言う。


「他の者と。楽しそうに話していると」


「はい」


「少し。嫌かもしれない」


「はい」


「私と。話してほしいと思う」


「はい」


「だが」


 一度。


 息を吐く。


「それを。あなたの時間へ。押しつけたくない」


 ご令嬢の瞳が。


 ゆっくり。


 揺れた。


「だから」


 殿下は。


 続ける。


「どのくらい一緒にいたいか。と聞かれれば」


「はい」


「多分」


 一度。


 少し。


 笑う。


「私が思っているより。長く」


 ご令嬢の頬が。


 赤くなる。


「だが」


「はい」


「あなたが。望む分も」


「はい」


「残してほしい」


「……」


「一緒にいる時間を」


「はい」


「私だけで。決めたくない」


 小庭。


 風が。


 生垣の葉を。


 揺らす。


 噴水の。


 水音。


 遠く。


 研究棟の窓。


 誰かが。


 動く影。


「殿下」


 ご令嬢が。


 小さく。


 言う。


「何だ」


「その答え」


「はい」


「好きです」


 殿下が。


 完全に。


 固まった。


「……何?」


 ご令嬢も。


 言ったあと。


 気づく。


 頬が。


 一気に。


 赤くなる。


「答えが」


「はい」


「今の。お答えが」


「ああ」


「好きです」


「……」


「殿下?」


「分かっている」


「何を」


「答えが。だ」


「はい」


「私ではない」


「……」


 今度は。


 ご令嬢が。


 黙る。


 殿下が。


 少し。


 不安になる。


「違う?」


「いえ」


「何だ」


「今」


 ご令嬢が。


 少しだけ。


 笑う。


「少し。寂しかったです」


 殿下の目が。


 大きくなる。


「なぜ」


「殿下が」


「はい」


「私ではないと。先に決めたから」


 殿下が。


 完全に。


 言葉を失う。


 昨日まで。


 何度も。


 学んだ。


 相手の答えを。


 先に。


 決めない。


 今。


 また。


 やった。


「……すまない」


「いいえ」


「聞く」


「はい」


 殿下は。


 ご令嬢を見る。


 逃げない。


「答えが。好きと言った」


「はい」


「それだけ?」


 ご令嬢の頬が。


 さらに。


 赤くなる。


 長い。


 沈黙。


 殿下の胸も。


 大きく。


 動く。


「今は」


 ご令嬢が。


 ゆっくり。


 言う。


「まだ」


「はい」


「答えだけに。しておきます」


 殿下が。


 少し。


 残念そうな顔。


 ご令嬢が。


 すぐに。


 気づく。


「殿下」


「何だ」


「今。残念でしたか」


「……少し」


「はい」


「かなり」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「では」


「何だ」


「残り二つの質問も」


「はい」


「いつか」


「はい」


「答えていただいたあとに」


「……」


「もう少し」


「何だ」


「お話しできるかもしれません」


 殿下が。


 止まる。


「それは」


「はい」


「期待してよい?」


 ご令嬢は。


 すぐには。


 答えなかった。


 殿下も。


 待った。


「少しだけ」


 ご令嬢が。


 笑う。


「はい」


 殿下の表情が。


 変わる。


 喜び。


 でも。


 すぐに。


 抑えようとする。


「殿下」


「何だ」


「今。嬉しいですか」


「かなり」


「はい」


「だが」


「はい」


「急がない」


「はい」


「質問を。早く聞こうとしない」


「はい」


「いつ?」


 ご令嬢が。


 笑う。


「殿下」


「今のは」


「はい」


「忘れろ」


「難しいです」


「マリアと同じだ」


「少しだけ」


 二人で。


 笑った。


          ◇


 そのころ。


 私は。


 校舎裏のベンチに。


 一人で。


 座っていました。


 殿下は。


 来ない。


 昨日までなら。


 少し。


 気になったかもしれない。


 相談が。


 ないのか。


 何か。


 起きているのか。


 でも。


 今日は。


 たぶん。


 分かっていた。


 研究棟へ。


 行ったのだろう。


 会いたいから。


 そして。


 ご令嬢が。


 話せるなら。


 話している。


 私は。


 少し。


 寂しい。


 その気持ちが。


 まったくない。


 と。


 言えば。


 嘘になります。


 ずっと。


 このベンチで。


 殿下の相談を。


 聞いてきた。


 好きな方へ。


 嫌いと。


 言ってしまう。


 その。


 最初の相談から。


 褒め方。


 話し方。


 待ち方。


 距離。


 噂。


 特別。


 公平。


 たくさん。


 一緒に。


 考えた。


 その殿下が。


 今。


 私を。


 頼らず。


 ご令嬢へ。


 会いに行っている。


 少し。


 寂しい。


 でも。


 それ以上に。


 嬉しい。


 たぶん。


 相談役というものは。


 いつか。


 必要なくなることを。


 目指す役目なのだと。


 私は。


 ようやく。


 思い始めていました。


「マリア」


 声。


 私は。


 顔を上げた。


 殿下。


 いつの間にか。


 校舎の角。


 こちらへ。


 歩いてくる。


「殿下」


「ああ」


「研究棟へ?」


「行った」


「お話しできました?」


「ああ」


「よかったですね」


「……ああ」


 殿下は。


 私の隣へ。


 座る。


「何を。話したのです?」


「言わない」


「なぜ」


「二人の話だ」


 私は。


 少しだけ。


 驚いた。


 殿下も。


 私を見る。


「何だ」


「いいえ」


「顔が」


「嬉しいです」


「なぜ」


「殿下に。私へ言わないことが。できたので」


「……」


「ご令嬢とのことを。全部。相談しなくても」


「はい」


「お二人で。持てるお話が」


「はい」


「できたのですね」


 殿下は。


 しばらく。


 黙った。


「マリア」


「はい」


「お前は」


「はい」


「寂しくないのか」


 今度は。


 私が。


 止まった。


「何がです?」


「私が」


「はい」


「相談しなくなること」


 殿下は。


 前を見る。


 夕方の庭。


 少しずつ。


 影が。


 長くなる。


「お前は」


「はい」


「ずっと」


 一度。


 少し。


 言いづらそうに。


「付き合ってくれた」


「相談役ですから」


「それだけではない」


 私は。


 殿下を見る。


「私が」


 殿下が。


 続ける。


「何度。間違えても」


「はい」


「止めた」


「はい」


「言い直せと」


「はい」


「逃げるなと」


「はい」


「聞けと」


「はい」


「待てと」


「はい」


「お前が」


 一度。


 息を吸う。


「いなければ」


「はい」


「私は。今も」


 少し。


 苦い顔。


「嫌いだと。言っていたかもしれない」


「十分あり得ます」


「そこは。否定しろ」


「難しいです」


「……」


「殿下」


「何だ」


「寂しいです」


 殿下が。


 こちらを見る。


「少しだけ」


「はい」


「でも」


「何だ」


「それ以上に。嬉しいです」


「なぜ」


「殿下が。ご自分で行けるようになったから」


「……」


「ご自分で。話せるようになった」


「はい」


「ご自分で。待てるようになった」


「はい」


「ご自分で。聞けるようになった」


「はい」


「私がいなくても」


「……」


「大丈夫な時間が。少しずつ増えている」


 殿下は。


 しばらく。


 何も言わなかった。


「だが」


「はい」


「まだ。必要だ」


「何が?」


「お前が」


 私は。


 少し。


 目を見開いた。


「相談役として?」


「それも」


「それも?」


 殿下は。


 少しだけ。


 視線を逸らした。


「友人として」


 私は。


 完全に。


 黙った。


 殿下も。


 何も。


 言わない。


 夕方の風。


 木の葉。


 遠く。


 帰り支度をする。


 生徒たちの声。


「殿下」


「何だ」


「今」


「言った」


「はい」


「聞き返すな」


「でも」


「友人だ」


 殿下は。


 少し。


 不機嫌そうに言った。


「お前は」


「はい」


「かなり。面倒だ」


「はい」


「容赦がない」


「はい」


「すぐ。余計なことを言う」


「殿下」


「最後まで聞け」


「はい」


「だが」


 殿下は。


 少し。


 笑った。


「必要だ」


 私は。


 何も言えませんでした。


「何だ」


「いいえ」


「泣くな」


「泣いていません」


「目が」


「風です」


「今日は。風は弱い」


「殿下」


「何だ」


「そこは。気づかないふりをしてください」


「なぜ」


「友人なら」


 殿下が。


 少し。


 考える。


「難しいな」


「はい」


「だが」


「はい」


「努力する」


 私は。


 笑いました。


          ◇


 そして。


 翌朝。


 噂は。


 予想どおり。


 大きくなっていました。


 王太子殿下は。


 ご令嬢へ。


『毎日会いたい』


 と。


 告げた。


 殿下は。


 研究棟で。


『二人きりになりたい』


 と。


 おっしゃった。


 ご令嬢は。


『私もです』


 と。


 答えた。


 さらに。


 校舎裏のベンチは。


 王太子殿下と。


 未来の王太子妃が。


 密会する。


 特別な場所になった。


 もちろん。


 かなり。


 違います。


 でも。


 完全に。


 嘘とも。


 言い切れなくなってきました。


「殿下」


 朝。


 回廊。


「何だ」


「本日の噂です」


「聞きたくない」


「では。一つだけ」


「嫌だ」


「毎日会いたいと」


「言っていない!」


 声が。


 回廊へ。


 響く。


 生徒たちが。


 一斉に。


 こちらを見る。


 殿下は。


 目を閉じる。


「……聞かれた」


「はい」


「今ので」


「はい」


「また。増える」


「はい」


「なぜ。朝から」


「訂正が必要かと」


「必要だ」


「では」


 殿下は。


 深く。


 息を吸う。


 周囲を見る。


 皆。


 聞いていないふり。


 でも。


 聞いている。


「私は」


 殿下が。


 言う。


「毎日会いたいとは。言っていない」


 周囲。


 少し。


 ざわつく。


「では」


 誰かが。


 勇気を出して。


 言った。


「会いたくない日も?」


 殿下が。


 止まる。


 私は。


 少し。


 頭を抱えたくなる。


「それは」


 殿下が。


 考える。


「分からない」


 ざわ。


「今のところ」


 さらに。


 続ける。


「会いたいと思う日の方が。多い」


 ざわざわ。


 私は。


 殿下を見る。


「何だ」


「いいえ」


「事実だ」


「はい」


「でも」


「はい」


「毎日会うと。約束したわけではない」


 生徒たちが。


 顔を。


 見合わせる。


「殿下」


 別の。


 女子生徒が。


 小さく。


 尋ねる。


「では。ご令嬢が。今日は会えませんとおっしゃったら」


「寂しい」


 早い。


「だが。帰る」


「嫌われたとは?」


「決めない」


「また。会いたいと?」


「ああ」


「では」


 女子生徒の顔が。


 少し。


 嬉しそうに。


 なる。


「約束しなくても」


「何だ」


「また。お会いになるのですね」


 殿下は。


 少し。


 考えた。


「たぶん」


「はい」


「会いたいなら」


「はい」


「会う」


 その言葉は。


 昨日より。


 自然だった。


「でも」


「何だ」


「彼女も」


 一度。


 言葉を選ぶ。


「同じなら」


 周囲が。


 静かになる。


「それがよい」


 殿下は。


 それだけ。


 言った。


 そして。


 歩き出す。


 私も。


 横へ。


 並ぶ。


「殿下」


「何だ」


「また。噂が」


「分かっている」


「増えます」


「もう。仕方ない」


「諦めました?」


「違う」


「では」


「事実を」


 一度。


 少し。


 息を吐く。


「全部。隠す方が疲れる」


 私は。


 少しだけ。


 驚いた。


「殿下」


「何だ」


「それは」


「褒めるな」


「まだ」


「顔が」


「はい」


「やめろ」


 殿下は。


 少しだけ。


 笑った。


          ◇


 また明日。


 その言葉は。


 約束ではありません。


 必ず。


 会う。


 必ず。


 話す。


 そう。


 相手を。


 縛るものではない。


 でも。


 だからこそ。


 美しいのかもしれません。


 今日。


 会えなくても。


 明日がある。


 明日。


 会えなくても。


 また。


 いつか。


 会いたいと思える。


 その余白が。


 ある。


 王太子殿下は。


 これまで。


 たくさん。


 決めてきました。


 王太子として。


 何時に。


 どこで。


 誰と。


 何をする。


 予定。


 役目。


 責任。


 決められた時間。


 決めるべき答え。


 でも。


 恋は。


 そうではありません。


 また明日。


 と言われたから。


 必ず会う。


 ではない。


 会いたいから。


 会う。


 会えないなら。


 待つ。


 断られたら。


 嫌われたと。


 決めない。


 そして。


 相手も。


 会いたいと思ってくれたら。


 嬉しい。


 それだけ。


 たぶん。


 それだけで。


 十分。


 殿下は。


 少しずつ。


 覚え始めています。


 理由を。


 作らなくてもよい。


 約束へ。


 しなくてもよい。


 答えを。


 急がなくてもよい。


 会いたい。


 話したい。


 寂しい。


 嬉しい。


 そういう。


 小さな気持ちを。


 そのまま。


 出してもよい。


 そして。


 相手の気持ちは。


 相手に。


 決めてもらう。


 たぶん。


 それが。


 恋をする。


 ということの。


 最初の方にある。


 大切な。


 練習なのだと思います。


 ただ。


 一つだけ。


 問題があります。


 昨日。


 ご令嬢は。


 三つ目の質問を。


 なさいました。


『殿下は、私とどのくらいの時間を一緒に過ごしたいですか』


 そして。


 殿下は。


 お答えになりました。


『私が思っているより、長く』


 さらに。


 ご令嬢は。


 その答えへ。


『好きです』


 と。


 おっしゃいました。


 答えが。


 と。


 付け足されました。


 今は。


 まだ。


 答えだけ。


 でも。


 殿下は。


 残り二つの質問を。


 以前より。


 さらに。


 気にしています。


「マリア」


「はい」


 その日の。


 昼休み。


 校舎裏。


 殿下が。


 私へ。


 紙を。


 見せました。


 一。


 二。


 三。


 ご令嬢から。


 すでに。


 受けた質問。


 そして。


 その下。


 四。


 五。


 まだ。


 空白。


「予想する」


「やめてください」


「なぜだ」


「第七十四話の朝と同じです」


「何だ。その言い方は」


「同じ失敗をします」


「今回は」


「駄目です」


「一つだけ」


「駄目です」


「可能性の整理だ」


「予想です」


「違う」


「違う?」


 殿下が。


 止まる。


 私が。


 見る。


「……違わない」


「はい」


 殿下は。


 紙を。


 ゆっくり。


 折った。


「待つ」


「はい」


「いつ聞かれるか」


「はい」


「何を聞かれるか」


「はい」


「決めない」


「はい」


「だが」


「はい」


「かなり。気になる」


「それは。仕方ありません」


「気にしてよい?」


「はい」


「予想は」


「駄目です」


「少しだけ」


「駄目です」


「お前は。厳しい」


「相談役ですから」


「便利だな」


「はい」


 殿下は。


 折った紙を。


 懐へ。


 しまいました。


 破らず。


 捨てず。


 でも。


 開かない。


 それも。


 殿下にとっては。


 たぶん。


 一つの。


 待つ練習でした。


 残り。


 二つ。


 ご令嬢が。


 何を。


 尋ねるのか。


 私にも。


 分かりません。


 殿下にも。


 分かりません。


 だから。


 今は。


 決めません。


 ただ。


 明日。


 会えたら。


 また。


 話す。


 それくらいで。


 よいのです。


 たぶん。


 殿下。


 ……たぶん、です。

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