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『王太子殿下、その恋は口から出す前に止めてください 〜好きな令嬢に嫌いと言ってしまう残念王子の恋愛相談役になりました〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第77話 王太子殿下、待っていたと言われたのにすぐ喜べない


 誰かを待つことと。


 誰かに待たれることは。


 似ているようで、少し違います。


 待つ側は、自分が待つと決められる。今日は来るかもしれない。来ないかもしれない。それでも、もう少しここにいようと、自分の時間を自分で選ぶことができます。


 けれど。


『待っていました』


 そう言われる側は、少し難しい。


 自分のために、相手の時間が使われたと知るからです。


 嬉しい。


 たぶん、普通なら。


 最初にそう思うのでしょう。


 でも、王太子殿下は違います。


 待たせた。


 時間を奪った。


 無理をさせたのではないか。


 来なければならないと思わせたのではないか。


 嬉しいと思うより先に、そういう心配が全部出てくる。


 そして。


 せっかく相手が差し出してくれた気持ちを。


 心配という形で、少し遠ざけてしまう。


 殿下は。


 人を大切にしようとして。


 時々。


 その人が自分で選んだことまで、心配しすぎてしまいます。


 だから。


 この日の朝。


 好きなご令嬢から。


「昨日、お待ちしていたのです」


 と。


 突然告げられた王太子殿下は。


 喜ぶより先に。


「何分だ」


 と、お尋ねになりました。


          ◇


 朝の中央回廊は、いつもより少し騒がしかった。


 雲の切れ間から差し込んだ淡い日差しが、高い窓を通って白い石床へ長く伸びている。昨夜の湿気がまだ残っているのか、開け放たれた窓から入る風には、濡れた土と若い葉の匂いが混ざっていた。


 登校してきた生徒たちが行き交う。


 教師へ挨拶をする声。朝の課題について話す声。昨日の研究発表がどうだったとか、購買の新しい菓子が昼まで残るだろうかとか。


 そして。


 もちろん。


 王太子殿下と、例のご令嬢について話す声も。


「昨日も研究棟にいらしたらしいわ」


「今度はお一人で?」


「そう。しかも、殿下の方から二人で話したいって」


「本当に?」


「廊下にいた子が聞いたって」


「でも、毎日会う約束ではないのでしょう?」


「殿下ご本人がそうおっしゃったらしいけれど」


「会いたい日は多い、とも」


「それ、もう十分では?」


 聞こえている。


 かなり。


 聞こえている。


 私は教室へ向かいながら、なるべく気にしないように歩いていた。


 最近は、噂の一つ一つへ反応していたら、授業開始までに教室へ着けない。


 事実と違うところだけ訂正する。


 それ以外は、無理に消そうとしない。


 殿下と決めた。


 決めたのだけれど。


「一生、毎朝迎えに行くと誓われたそうです」


「それは違います」


 さすがに口を挟んだ。


 話していた女子生徒二人が、驚いて振り返る。


「あ、マリア様」


「おはようございます」


「お、おはようございます」


 二人は少し気まずそうに頭を下げた。


「どこから、一生という話になったのですか」


「ええと」


「毎日会いたい、と」


「殿下は毎日会いたいとはおっしゃっていません」


「でも、会いたい日の方が多いと」


「それはおっしゃいました」


 二人の顔がぱっと明るくなる。


「では、やはり」


「なぜ明るくなるのですか」


「だって」


 一人が声を落とした。


「王太子殿下が、そんなに正直におっしゃるようになるなんて」


 私は、少しだけ言葉に詰まった。


 そこは。


 確かに。


 私もそう思う。


「でも、一生ではありません」


「はい」


「毎朝迎えに行くという話もありません」


「はい」


「婚約もしていません」


「はい」


「王宮へご挨拶にも行きません」


「それはまだ聞いていません」


「先に訂正しました」


 二人が笑った。


 そのとき。


 回廊の向こうから、急にざわめきが薄くなる。


 生徒たちが自然に道を空けた。


 王太子殿下。


 いつもの紺色の制服。


 後ろには侍従と二人の警護役。


 殿下は、こちらを見つける。


 そして。


 私ではなく。


 私の少し先を見て。


 足を止めた。


 私は、その視線を追った。


 そこに。


 好きなご令嬢がいた。


 研究会の友人らしい女子生徒と二人。


 胸元へ数冊の本を抱えている。


 ご令嬢も、殿下へ気づいた。


 ほんの一瞬。


 表情が明るくなる。


 その変化はとても小さい。


 けれど。


 最近。


 殿下は。


 そういう顔を、以前よりよく見られるようになった。


「おはようございます、王太子殿下」


 ご令嬢が頭を下げる。


「ああ。おはよう」


 殿下の返事は、もう以前ほど硬くない。


 それだけで。


 周囲の何人かが、ちらりとこちらを見る。


 普通の挨拶です。


 本当に。


 普通の。


 ……たぶん。


「昨日は、ありがとうございました」


 ご令嬢が言った。


「何がだ」


「お話ししてくださって」


「ああ」


「それから」


 一度、少しだけ迷う。


「来てくださって」


 殿下の目が、わずかに動いた。


「私が行きたかった」


「はい」


「礼を言われることでは」


 そこまで言って。


 止まった。


 私は何も言わない。


 殿下が自分で気づいた。


「……いや」


 言い直す。


「そう言ってもらえるのは、嬉しい」


 ご令嬢の目が少し大きくなる。


「はい」


「私も。話せてよかった」


 周囲。


 静か。


 静かすぎる。


 朝の回廊なのに。


 皆、聞いていないふりが上手になっている。


 でも。


 完全には。


 聞いている。


「殿下」


 ご令嬢が。


 少し恥ずかしそうに、続けた。


「昨日」


「ああ」


「実は。少しだけ、お待ちしていたのです」


 殿下が。


 完全に止まった。


 私も。


 周囲も。


 たぶん。


 一瞬。


 止まった。


「待っていた?」


「はい」


「私を?」


「はい」


「どこで」


「研究会で」


「いつから」


 ご令嬢が、目を瞬く。


「え?」


「何時から待った」


「殿下?」


「どのくらい」


 殿下の声が、急に真剣になる。


「何分だ」


 私は。


 額へ手を当てたくなった。


 ご令嬢も。


 少し。


 困っている。


「正確には」


「はい」


「待っていたというより」


「違うのか」


 殿下の顔が、わずかに落ちる。


「違わないというか」


「どちらだ」


「殿下」


 私は、ようやく口を挟んだ。


「何だ」


「お顔を」


「見ている」


「ご令嬢がお困りです」


 殿下が、ご令嬢を見る。


 本当に。


 少し困っていた。


 でも。


 嫌そうではない。


 むしろ。


 殿下があまりにも真剣なので、どう説明しようか考えている。


「申し訳ない」


 殿下が言う。


「急かした」


「いいえ」


「待たせたなら」


「違います」


 ご令嬢は、今度ははっきり言った。


「殿下」


「何だ」


「私は、殿下が来られると約束されたから待っていたのではありません」


「……ああ」


「昨日。お話ししたあと」


 一度、本を抱え直す。


「今日も来てくださるかもしれないと」


「はい」


「少しだけ。思っていました」


 殿下は。


 黙る。


「ですから」


 ご令嬢は、少しだけ笑った。


「扉の方を。何度か見ました」


 殿下の耳が。


 ゆっくり。


 赤くなる。


「何度」


「殿下」


「いや」


 殿下は止まる。


「回数も。聞かなくてよいな」


「はい」


「分かった」


「でも」


「何だ」


「三回くらいです」


 殿下の顔が。


 また止まる。


 ご令嬢の隣にいた友人が、とうとう口元を手で隠した。


 周囲でも。


 小さな息を呑む音。


「三回」


 殿下が繰り返す。


「はい」


「扉を」


「はい」


「私が来るかと」


「はい」


「見た?」


「はい」


 殿下は。


 何も言わない。


「殿下?」


「嬉しい」


 小さな声。


「かなり」


 今度は。


 はっきり。


 ご令嬢の頬が赤くなる。


「私も」


「何だ」


「来てくださったとき」


「はい」


「かなり。嬉しかったです」


 回廊の空気が。


 完全に。


 変わった。


 朝の登校時間。


 多くの人がいる。


 教師も。


 生徒も。


 侍従も。


 警護も。


 なのに。


 二人だけが。


 少し。


 別の場所にいるように見える。


 私は。


 ここで。


 何かを言うべきではないと思った。


 殿下も。


 ご令嬢も。


 互いの顔を見ている。


「だが」


 殿下が。


 やはり。


 少し不安そうに続けた。


「待ったということは」


「はい」


「時間を」


「殿下」


 今度は。


 ご令嬢が止めた。


「私は。研究をしていました」


「ああ」


「扉だけを見て。一日中座っていたわけではありません」


「……そうか」


「殿下が来られなくても。研究は続けていました」


「ああ」


「来られたら嬉しい」


「はい」


「来られなくても。殿下には殿下の時間がある」


「……はい」


「そう思っていました」


 殿下は。


 しばらく。


 何も言わなかった。


「では」


 ゆっくり。


 言う。


「待っていたと言われて」


「はい」


「私は。喜んでよい?」


 ご令嬢の目が。


 少しだけ。


 柔らかくなる。


「はい」


「あなたの時間を奪ったと」


「思わなくて大丈夫です」


「無理をさせた?」


「していません」


「本当に?」


「はい」


「なら」


 殿下は。


 少し。


 笑った。


「嬉しい」


「はい」


「かなり」


 ご令嬢も。


 笑う。


「私もです」


          ◇


 その場にいた人々が。


 どういう顔をしていたか。


 説明するのは。


 少し難しい。


 驚いている。


 嬉しそう。


 気まずそう。


 聞いてはいけないと思っている。


 でも。


 聞きたい。


 それらが。


 全部。


 混ざっていた。


 少し離れた柱の近くでは。


 二人の男子生徒が。


 無言で。


 互いの腕を掴んでいる。


 声を出すと。


 何かを言ってしまうからだろう。


 女子生徒たちは。


 口元を隠している。


 一人の教師は。


 途中まで足を止めていたけれど。


 自分が見ていることへ気づき。


 急に。


 掲示板を読み始めた。


 そこには。


 昨日から。


 何も新しいものは貼られていない。


「鐘が」


 私は。


 遠くから響いた。


 予鈴へ。


 助けられるように言った。


 二人も。


 ようやく。


 周囲の時間へ戻る。


「授業ですね」


 ご令嬢が言う。


「ああ」


「では」


 一度。


 少しだけ。


 迷う。


「また」


 殿下の目が。


 わずかに動く。


 昨日。


 また明日。


 その言葉を。


 約束へ変えそうになった。


 ご令嬢も。


 少しだけ気づいたらしい。


「また。お話しできたら」


 言い直した。


 殿下は。


 それを。


 すぐに約束へしなかった。


「ああ」


 少し。


 待ってから。


「私も。話したい」


 それだけ。


「では」


 ご令嬢が。


 笑う。


「また」


「ああ」


「また」


 二人は。


 それぞれの教室へ。


 向かう。


 ご令嬢が。


 数歩進んでから。


 一度だけ。


 振り返った。


 殿下も。


 まだ。


 見ていた。


 目が合う。


 ご令嬢が。


 少しだけ。


 笑う。


 殿下も。


 ほんの少し。


 口元を緩めた。


 そして。


 ようやく。


 反対方向へ。


 歩き始めた。


「殿下」


「何だ」


 私が。


 横へ並ぶ。


「よかったですね」


「ああ」


「待っていたそうです」


「ああ」


「三回」


「言うな」


「扉を」


「言うな」


「かなり嬉しい?」


「……かなり」


「はい」


「だが」


「はい」


「喜ぶまで。時間がかかった」


「そうですね」


「また。心配した」


「はい」


「彼女が。自分で待つと決めたのに」


「はい」


「それを。私は」


 一度。


 少し。


 苦い顔になる。


「待たせたと。変えかけた」


「はい」


「難しい」


「でも。気づけました」


「ああ」


「ご令嬢が。教えてくださいました」


「ああ」


「殿下」


「何だ」


「前より。二人で解決していますね」


 殿下が。


 歩きながら。


 少しだけ。


 私を見る。


「お前が。ほとんど何も言わなかった」


「はい」


「珍しい」


「失礼ですね」


「事実だ」


「でも」


「何だ」


「少し。嬉しいです」


「また。寂しい?」


 今度は。


 殿下が。


 先に尋ねた。


 私は。


 少し。


 目を見開いた。


「覚えていたのですね」


「ああ」


「少しだけ」


「はい」


「でも。嬉しい?」


「それ以上に」


 殿下が。


 うなずく。


「そうか」


 それだけ。


 言った。


 相談役と。


 相談する人。


 その関係も。


 少しずつ。


 形を変えている。


 でも。


 なくなるのではない。


 たぶん。


 別のものへ。


 変わっていく。


          ◇


 当然。


 その日の一時限目が終わる頃には。


 新しい噂が。


 広がっていました。


 王太子殿下が。


 ご令嬢から。


『昨日はずっとお待ちしていました』


 と。


 告げられた。


 殿下は。


『私もあなたを一晩中思っていた』


 と。


 返した。


 さらに。


 二人は。


 毎朝。


 同じ回廊で。


 必ず会う約束をした。


 もちろん。


 違います。


 かなり。


 違います。


「一晩中は。思っていない」


 昼休み。


 校舎裏のベンチ。


 殿下は。


 本気で。


 困っていた。


「では。どのくらい?」


「何が」


「ご令嬢のことを」


「……」


「殿下」


「寝る前には」


「はい」


「少し」


「はい」


「考えた」


「何を?」


「また明日は。約束か」


「それですね」


「ああ」


「では。一晩中ではない」


「当然だ」


「眠れました?」


「……」


「殿下」


「少し」


「はい」


「途中で。起きた」


「なぜ?」


「また明日は。場所を決めていないと思って」


 私は。


 しばらく。


 何も言えなかった。


「それは」


「何だ」


「かなり考えています」


「一晩中ではない」


「途中で起きるくらい」


「……」


「殿下」


「噂を肯定するな」


「肯定していません」


「顔が」


「少しだけ」


「やめろ」


 殿下は。


 昼食の包みを。


 開く。


 今日の食事は。


 平たいパン。


 豆の煮込み。


 薄い肉。


 そして。


 小さな黄色い果実。


「これは?」


 私が尋ねる。


「知らない」


「殿下」


「名前が出てこないだけだ」


「昨日と」


「言うな」


「侍従の方」


 私は。


 少し離れた場所へ。


 視線を向ける。


 侍従が。


 静かに答えた。


「黄桃でございます」


「知っていた」


 殿下が言う。


「はい」


「今。思い出した」


「はい」


「本当だ」


「はい」


「信用していないな」


「しています」


「顔が」


「殿下」


「何だ」


「ご令嬢は。黄桃がお好きでしょうか」


 殿下の手が。


 止まる。


「……知らない」


「聞きます?」


「ああ」


 早い。


「今度」


「はい」


「話したとき」


「はい」


「普通の話として」


「はい」


「聞く」


「よいと思います」


「理由は作らない」


「はい」


「差し入れのためではない」


「はい」


「ただ」


 一度。


 黄桃を見る。


「好きか。知りたい」


「はい」


 殿下は。


 少しだけ。


 笑った。


「昨日より」


「何です?」


「普通だ」


「そうですね」


「私は」


「はい」


「王太子として。彼女を知る必要はない」


「はい」


「婚約候補として。調べているわけでもない」


「はい」


「研究のためでもない」


「はい」


「だが。好きな食べ物は。知りたい」


「はい」


「それで」


 一度。


 言葉を探す。


「少し。嬉しくなる」


「何が?」


「次に。話すことがある」


 私は。


 その言葉に。


 少しだけ。


 胸が温かくなった。


「殿下」


「何だ」


「それが普通のお話ですよ」


「ああ」


「ご令嬢も。きっと」


 殿下が。


 私を見る。


「先を決めるな」


 私は。


 止まった。


「……はい」


「彼女が。話したいかは。彼女が決める」


「はい」


「好きな食べ物を。話したいかも」


「はい」


「私が。聞く」


「はい」


「彼女が。答える」


「はい」


「嫌なら」


「答えなくてもよい」


「ああ」


 私は。


 少し。


 笑った。


「何だ」


「いいえ」


「また。顔が」


「殿下」


「何だ」


「私より先に。ご自分で言えるようになりましたね」


「……」


「成長しました」


「褒めるな」


「受け取る練習です」


「今日は」


 殿下は。


 少しだけ。


 考える。


「待たれた気持ちを。受け取る練習だ」


「練習名が長くなりましたね」


「お前が増やすからだ」


「殿下が増えています」


「半分だ」


「では。半分ずつ」


「今日は。それでよい」


 珍しい。


 殿下が。


 認めた。


          ◇


 昼食を。


 半分ほど。


 食べた頃。


 殿下が。


 急に。


「マリア」


 と。


 私を呼んだ。


「はい」


「待っていたと言われるのは」


「はい」


「普通は。嬉しい?」


「人によると思います」


「そうか」


「でも。会いたい方なら」


「はい」


「嬉しい方が多いのでは?」


「そうか」


「殿下は?」


「嬉しかった」


「はい」


「だが」


 一度。


 パンを。


 皿へ戻す。


「怖かった」


「何がです?」


「彼女が。私を待つことで」


「はい」


「他のことを。できなくなるのではと」


「はい」


「私が来ると思って。帰れないとか」


「はい」


「研究を止めるとか」


「はい」


「友人と。話せないとか」


「はい」


「そういうのは」


 殿下の声が。


 少し。


 低くなる。


「嫌だ」


「はい」


「私を待ってほしい」


「……はい」


「だが」


「はい」


「待たなくてもよい」


 私は。


 すぐには。


 何も言わなかった。


「矛盾している?」


「いいえ」


「本当に?」


「はい」


「私は」


 殿下が。


 言葉を探す。


「私を待ってくれることは。嬉しい」


「はい」


「でも」


「はい」


「私のために。彼女が自分の時間を。全部止めるのは嫌だ」


「はい」


「来るかもしれない」


「はい」


「来たら嬉しい」


「はい」


「来なかったら」


「はい」


「今日は来なかったと」


 一度。


 苦笑する。


「少し寂しくなるくらいでよい」


「はい」


「そういう」


 殿下が。


 眉を寄せる。


「待ち方があるのか」


「あると思います」


「昨日の。彼女みたいに?」


「研究をしながら。時々扉を見る」


「ああ」


「三回」


「言うな」


「嬉しいのでしょう?」


「かなり」


「はい」


「だから言うな」


「なぜですか」


「顔が熱くなる」


「正直ですね」


「もう隠しても。お前は言う」


「はい」


「諦めた」


「よい諦めです」


「褒めるな」


 殿下は。


 少し。


 ため息をついた。


「では」


「はい」


「私も」


「はい」


「待つなら」


 一度。


 考える。


「自分のことをしながら待つ」


「はい」


「彼女が来るかもしれないと」


「はい」


「少しだけ。期待して」


「はい」


「来なかったら」


「はい」


「また別の日」


「はい」


「それでよい」


「はい」


「……」


「殿下」


「何だ」


「本当に成長しましたね」


「だから」


「受け取る練習です」


「今日は多い」


「よいことなので」


「褒めすぎると。疑う」


「どうしてですか」


「お前は。何か企んでいる」


「失礼です」


「事実だ」


「何も企んでいません」


「本当に?」


「はい」


「信用」


「してください」


「……努力する」


「まだですね」


「そこは。急がない」


「便利に使い始めましたね」


 殿下は。


 少しだけ。


 笑った。


          ◇


 放課後。


 殿下は。


 研究会へ。


 行きませんでした。


 少なくとも。


 すぐには。


 行きませんでした。


 授業が終わり。


 生徒たちが。


 教室から。


 次々に。


 廊下へ出る。


 部活動。


 図書館。


 寮。


 研究会。


 それぞれの場所へ。


 人の流れが。


 分かれていく。


 私は。


 校舎裏のベンチへ。


 向かいました。


 殿下が来るかどうかは。


 分かりません。


 約束は。


 していない。


 でも。


 私は。


 なんとなく。


 今日は。


 ここに座りたかった。


 古いベンチ。


 木の表面。


 夕方の。


 少し冷たい風。


 遠く。


 運動部の掛け声。


 私は。


 本を開く。


 少し。


 読む。


 殿下は。


 来ない。


 また。


 一頁。


 読む。


 来ない。


 でも。


 私は。


 待っているわけでは。


 ……たぶん。


 少し。


 待っていました。


 自分のことを。


 しながら。


 時々。


 校舎の角を見る。


 一回。


 二回。


 三回。


「……」


 三回目。


 自分で。


 少し笑った。


 ご令嬢と。


 同じ。


「マリア」


 声。


 私は。


 顔を上げた。


 殿下。


「殿下」


「ああ」


「来られたのですね」


「何だ。その言い方は」


「いいえ」


「待っていた?」


 私は。


 少し。


 止まった。


「……少し」


 殿下の目が。


 少しだけ。


 大きくなる。


「何回見た」


「何をです?」


「角を」


「殿下」


「聞いた」


「数えていません」


「本当に?」


「三回です」


 殿下の口元が。


 少し。


 緩む。


「同じだな」


「何が?」


「彼女と」


「言わないでください」


「なぜ」


「少し恥ずかしいです」


「私は。朝。言われた」


「はい」


「なら。お前も」


「公平ですか」


「そうだ」


「殿下」


「何だ」


「使い方が違います」


「便利だ」


「完全に覚えましたね」


 殿下は。


 私の隣へ。


 座る。


 いつもの距離。


 少し。


 間。


「今日は」


 私が尋ねる。


「研究会へ行かれないのですか」


「まだ決めていない」


「はい」


「会いたい」


「はい」


「かなり」


「はい」


「だが」


 一度。


 研究棟の方角を見る。


「今日は。彼女が来るかもしれないとも思っている」


「ここへ?」


「ああ」


「昨日。来られましたからね」


「ああ」


「待ちます?」


「少し」


「どのくらい?」


 殿下が。


 私を見る。


「時間を決めさせるのか」


「聞いただけです」


「決めない」


「はい」


「私は」


 殿下は。


 少し。


 ベンチの背へ。


 体を預ける。


「ここで。お前と話す」


「はい」


「彼女が来たら」


「はい」


「嬉しい」


「はい」


「来なければ」


「はい」


「あとで。会いたければ。研究会へ行くか考える」


「はい」


「それでよい?」


「私に聞くのですか」


「……」


「殿下」


「自分で決める」


「はい」


「それでよい」


「はい」


 私は。


 少し。


 笑った。


「何だ」


「いいえ」


「顔が」


「嬉しいです」


「また?」


「はい」


「お前は。最近。よく嬉しいな」


「殿下が前より。少しだけ安心できるので」


「私は。前は。そんなに危なかったか」


「かなり」


「お前も。彼女も。そればかりだな」


「事実です」


「……そうかもしれない」


 殿下は。


 以前なら。


 絶対に。


 認めなかったでしょう。


          ◇


 私たちは。


 しばらく。


 普通の話をしました。


 授業。


 昼食。


 今日。


 教師が。


 黒板の文字を。


 一つ。


 間違えたこと。


 殿下が。


 それを。


 授業中に指摘しようとして。


 隣の生徒に。


 止められたこと。


「なぜ止められたのです?」


「教師が。自分で気づいたからだ」


「殿下は?」


「手を上げる直前だった」


「止まれました?」


「ああ」


「よくできました」


「子ども扱いするな」


「以前なら」


「分かっている」


「すぐ」


「言わなくてよい」


「はい」


 そんな。


 何でもない話。


 途中。


 殿下は。


 二回。


 校舎の角を見ました。


 私は。


 気づいたけれど。


 言いませんでした。


 三回目。


 殿下が。


 また。


 見る。


 でも。


 誰も。


 来ない。


「殿下」


「何だ」


「会いに行きます?」


 殿下は。


 すぐには。


 答えなかった。


「……まだ」


「はい」


「もう少し。ここにいる」


「なぜ?」


「お前と。話しているから」


 私は。


 少し。


 驚いた。


 殿下も。


 私を見る。


「何だ」


「いいえ」


「顔が」


「殿下」


「何だ」


「ありがとうございます」


「なぜ」


「ご令嬢を待っているから。私との時間がつなぎではないと」


「当然だろう」


「以前なら」


「私は。そこまで酷くない」


「……たぶん」


「マリア」


「はい」


「今の間は何だ」


「何でもありません」


「信用できない」


「でも」


「何だ」


「嬉しいです」


 殿下は。


 少し。


 不満そう。


 でも。


 そのあと。


「私も」


 と。


 言った。


「何がです?」


「ここで。お前と話すのは」


 一度。


 少し。


 照れたように。


 視線を逸らす。


「落ち着く」


 私は。


 今度こそ。


 何も言えなかった。


「何だ」


「いいえ」


「また泣くな」


「泣いていません」


「目が」


「風です」


「今日は」


「殿下」


「何だ」


「そこは。友人として」


「ああ」


「気づかないふりを」


「……努力する」


「ありがとうございます」


 そのとき。


 足音。


 校舎の角。


 二人。


 生徒。


 一人は。


 研究会の男子生徒。


 もう一人。


 好きなご令嬢ではない。


 殿下の目が。


 一瞬。


 そこへ向く。


 でも。


 すぐに戻る。


「残念?」


 私は。


 思わず。


 聞いた。


「少し」


「はい」


「だが」


「はい」


「今の人たちが悪いわけではない」


「はい」


「顔に出さないように」


「少し出ていました」


「……難しいな」


 二人の生徒が。


 こちらに気づく。


 慌てて。


 頭を下げる。


「ご機嫌麗しく存じます、王太子殿下」


「ああ」


 研究会の男子生徒。


 以前から。


 何度も。


 同じ部屋で。


 殿下と話している。


 代表の生徒だった。


「殿下」


「何だ」


「本日は。研究会へ」


 一度。


 少し。


 言いづらそうに。


 止まる。


「いらっしゃいますか」


 殿下の表情が。


 少しだけ。


 動く。


「なぜ」


「いえ」


「彼女が」


 殿下が。


 止まる。


 代表の男子生徒も。


 止まった。


 私は。


 黙る。


「彼女が。何か言った?」


「い、いえ」


「本当に?」


「はい」


「では」


「その」


 男子生徒が。


 少しだけ。


 困ったように笑う。


「今日は。何度か。扉を見ていましたので」


 殿下が。


 完全に。


 動きを止めた。


 私は。


 息を。


 少しだけ。


 止めた。


「誰が」


「……」


「彼女が?」


「はい」


 殿下の顔が。


 変わる。


 嬉しい。


 でも。


 すぐに。


 朝のことを思い出したのか。


 不安。


「何回」


 私が。


「殿下」


 と。


 呼ぶ。


 殿下が止まる。


「……聞かない」


「はい」


 代表の男子生徒が。


 少し笑う。


「四回です」


「なぜ言う!」


 殿下の声が。


 庭へ。


 響いた。


 男子生徒が。


 一歩。


 引く。


「申し訳ございません」


「いや」


 殿下が。


 すぐに。


 言い直す。


「怒ってはいない」


「はい」


「ただ」


 一度。


 顔を。


 少し。


 赤くする。


「聞くつもりはなかった」


「はい」


「だが」


「はい」


「……四回か」


 男子生徒の。


 口元が。


 完全に。


 緩む。


「殿下」


「何だ」


「嬉しいですか」


「お前まで聞くな」


「申し訳ございません」


「笑うな」


「笑っておりません」


「笑っている」


 以前なら。


 研究会員が。


 王太子殿下を。


 こんなふうに。


 少しだけ。


 からかうなど。


 考えられなかった。


 でも。


 今は。


 殿下も。


 本気では。


 怒っていない。


「それで」


 殿下が。


 少し。


 姿勢を正す。


「研究会は。今」


「測定は終わりました」


「本当に?」


「はい」


「彼女は」


「記録をまとめています」


「忙しい?」


「あと少しだと思います」


「……」


 殿下が。


 考える。


 私は。


 何も言わない。


「行く」


 殿下が。


 自分で。


 決めた。


「はい」


「会いたい」


「はい」


「待っていたかもしれない」


「はい」


「だが」


「はい」


「それだけを理由に。急がない」


「はい」


「彼女の作業が終わるまで」


「はい」


「待つ」


「はい」


「ここで?」


 男子生徒が。


 尋ねる。


 殿下は。


 少し考え。


「いや」


「はい」


「研究会へ行く」


「はい」


「でも」


 一度。


 私を見る。


「マリア」


「はい」


「お前との話も。途中だ」


 私は。


 少し。


 驚く。


「続きが?」


「ああ」


「何の?」


「教師の板書を止められた話だ」


「それですか」


「まだ。お前が。なぜ笑ったか聞いていない」


「必要です?」


「ああ」


「では」


 私は。


 立ち上がる。


「研究棟まで。歩きながら?」


「それでよい」


 殿下は。


 代表の男子生徒を見る。


「一緒に行く」


「はい」


 私たちは。


 三人。


 研究棟へ。


 向かいました。


 殿下は。


 急がなかった。


 会いたい。


 でも。


 走らない。


 待っていたかもしれない。


 でも。


 自分だけの時間ではない。


 そのことを。


 少しずつ。


 覚えている。


          ◇


 研究会の部屋。


 扉の前。


 今日は。


 殿下が。


 すぐには。


 叩かなかった。


 中から。


 紙をめくる音。


 小さな話し声。


「あと一つ」


「ここの数値」


「昨日と違う」


「記録して」


 まだ。


 作業中。


「待つ」


 殿下が。


 小さく言う。


「はい」


 私。


 代表の男子生徒。


 三人。


 廊下。


 そのまま。


 待つ。


「中へ入って。待たれますか」


 男子生徒が尋ねる。


「いや」


「なぜです?」


「私が入れば。止まる」


「……はい」


「だから。区切りまで」


「分かりました」


 殿下は。


 壁際へ。


 少し寄る。


 廊下を。


 他の生徒たちが。


 通る。


 王太子殿下が。


 研究会の前で。


 静かに待っている。


 当然。


 見る。


 また。


 噂になる。


「殿下が待ってる」


「何を?」


「彼女を?」


「研究の終わり?」


「毎日?」


 小声。


 殿下にも。


 聞こえる。


「殿下」


 私が。


 少しだけ。


 呼ぶ。


「何だ」


「大丈夫です?」


「ああ」


「噂」


「事実と違えば」


「訂正する」


「ああ」


「では」


「私は」


 一度。


 扉を見る。


「彼女の研究が終わるのを。待っている」


「はい」


「話したいから」


「はい」


「それは。事実だ」


「はい」


「隠さない」


 私は。


 小さく。


 うなずいた。


「よいと思います」


「褒めるな」


「受け取る」


「……」


「殿下」


「今日は。受け取る」


「はい」


「だが。少しだけ」


「十分です」


「勝手に決めるな」


 少し。


 二人で。


 笑う。


 そのとき。


 扉の中。


 声が。


 止まった。


「終わり?」


「はい」


「では」


 足音。


 扉が。


 内側から。


 開いた。


 ご令嬢。


 手には。


 記録用紙。


 扉の前に。


 殿下。


 私。


 研究会代表。


 ご令嬢の目が。


 大きくなる。


「殿下」


「ああ」


「いつから」


「……」


 殿下が。


 私を見る。


 私は。


 何も言わない。


「何分ですか」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


 朝の。


 仕返し。


 殿下も。


 気づいた。


「分からない」


「本当に?」


「ああ」


「聞きませんでした?」


「……聞いていない」


「侍従の方へ?」


「今日は。いない」


 殿下の侍従と警護役は。


 少し離れた場所。


 ご令嬢が。


 さらに。


 笑う。


「では」


「ああ」


「待っていてくださったのですか」


 殿下が。


 ご令嬢を見る。


 朝。


 待っていました。


 そう。


 言われた。


 今。


 同じ。


「待っていた」


 殿下が。


 素直に言う。


 ご令嬢の表情が。


 少し。


 柔らかくなる。


「私を?」


「ああ」


「研究が終わるまで?」


「ああ」


「なぜ」


「話したかった」


 すぐに。


 答えた。


 ご令嬢の頬が。


 少し。


 赤くなる。


 でも。


 殿下は。


 そこで。


 終わらなかった。


「だが」


「はい」


「待たせたと。思う必要はない」


 ご令嬢が。


 目を瞬く。


「何ですか」


「今朝。あなたが言った」


「はい」


「自分で待っていたと」


「はい」


「だから」


 一度。


 少し。


 照れたように。


 視線を逸らす。


「私も。自分で待った」


「はい」


「あなたが。私に。待ってほしいと言ったわけではない」


「はい」


「私が。話したかったから」


「はい」


「待った」


 ご令嬢の目が。


 ゆっくり。


 揺れる。


「だから」


 殿下が。


 続ける。


「礼を言われたら。嬉しいが」


「はい」


「申し訳なくは。思わないでほしい」


 ご令嬢は。


 しばらく。


 何も。


 言わなかった。


 それから。


「分かりました」


「本当に?」


「はい」


「無理に?」


「いいえ」


「なら」


 殿下が。


 少し。


 笑う。


「よい」


 ご令嬢も。


 笑った。


「では」


「何だ」


「待っていてくださって。ありがとうございます」


 殿下が。


 止まる。


 でも。


 今度は。


 礼を。


 否定しない。


「……ああ」


 一度。


 息を吸う。


「どういたしまして」


 私は。


 少し。


 驚いた。


 ご令嬢も。


 驚いた。


 研究会代表は。


 口を。


 少し開けたまま。


 固まっている。


「何だ」


 殿下が。


 周囲を見る。


「いえ」


「今」


 私は。


 つい。


 言う。


「どういたしまして、と」


「言った」


「自然に」


「何が悪い」


「悪くありません」


「なら。なぜ見る」


「少し。感動しています」


「大げさだ」


「殿下」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「私もです」


「あなたまで?」


「はい」


「なぜ」


「殿下が」


 一度。


 少し。


 恥ずかしそうに。


「待ってくださったことを」


「はい」


「そのまま。嬉しいと思えたので」


 殿下が。


 黙る。


「私も」


 ご令嬢が。


 続ける。


「今朝。待っていたと申し上げて」


「はい」


「殿下に喜んでいただけたことが」


「はい」


「嬉しかったです」


「……そうか」


「はい」


「なら」


 一度。


 小さく。


 笑う。


「お互いに」


「はい」


「待って。嬉しかった」


「はい」


 その言葉が。


 とても。


 静かに。


 二人の間へ。


 落ちました。


          ◇


「ところで」


 研究会代表の男子生徒が。


 少し。


 申し訳なさそうに。


 口を開いた。


「殿下」


「何だ」


「廊下で」


「はい」


「このまま。お話しされますか」


 周囲。


 見れば。


 人。


 増えている。


 かなり。


 増えている。


 遠く。


 階段。


 窓際。


 壁の掲示。


 見ていないふり。


 でも。


 全員。


 見ている。


 殿下が。


 静かに。


 息を吐く。


「今日は」


「はい」


 ご令嬢を見る。


「どこで話す」


「私に?」


「ああ」


「殿下がお決めにならないのですか」


「一緒に決める」


 ご令嬢の目が。


 少しだけ。


 大きくなる。


 私は。


 その言葉へ。


 気づいた。


 公平。


 特別。


 時間。


 会う。


 待つ。


 殿下は。


 以前。


 全部。


 一人で。


 決めていた。


 ご令嬢を守る。


 だから離れる。


 公平にする。


 だから特別ではないふりをする。


 今は。


 聞く。


「研究会でもよい」


 殿下が言う。


「小庭でも」


「はい」


「校舎裏でも」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「マリア様は?」


 私を見る。


「私は」


「はい」


「今日は。お二人でよいのでは?」


 殿下が。


 私を見る。


「本当に?」


「はい」


「お前は」


「今日は。相談があります?」


「……」


 殿下が。


 少し。


 考える。


「今は」


「はい」


「ない」


「では」


「だが」


「はい」


「あとで。少し話す」


「もちろんです」


「友人として」


 私は。


 少し。


 目を見開く。


「はい」


「なら」


「はい」


「今日は」


 殿下は。


 ご令嬢を見る。


「二人で。小庭へ行く?」


 ご令嬢の頬が。


 少し。


 赤くなる。


「はい」


「嫌では」


 殿下が。


 言いかける。


 止まる。


「嫌なら。断る」


「はい」


「では」


 ご令嬢が。


 少しだけ。


 笑う。


「行きたいです」


「分かった」


 二人は。


 並んで。


 小庭へ。


 向かう。


 私は。


 その場に。


 残る。


 研究会代表も。


 残る。


 少し。


 沈黙。


 彼が。


 私を見る。


「マリア様」


「はい」


「殿下」


「はい」


「かなり」


「はい」


「変わられましたね」


 私は。


 少し。


 笑った。


「かなり」


「以前は」


「はい」


「殿下が研究会へ来られると」


「はい」


「全員。何を言えばよいか」


「分からなかった?」


「はい」


「今は?」


 男子生徒は。


 少しだけ。


 考える。


「何を言うかは。まだ考えます」


「はい」


「でも」


「はい」


「間違えても。殿下が聞いてくださると」


「少しは?」


「はい」


「思えるようになりました」


「そうですか」


「それに」


「何です?」


 男子生徒が。


 小庭へ向かう。


 二人の背を見る。


「殿下が」


「はい」


「普通に。楽しそうです」


 私は。


 同じ方向を見る。


 殿下。


 ご令嬢。


 二人。


 少しだけ。


 距離。


 でも。


 以前より。


 近い。


「そうですね」


「恋って」


「はい?」


「王太子殿下も。普通にするのですね」


「どういう意味ですか」


「待ったり」


「はい」


「会いたかったり」


「はい」


「不安になったり」


「はい」


「何を話すか分からなくなったり」


「はい」


「私たちと。変わらない」


 私は。


 少し。


 考えた。


「殿下も」


「はい」


「一人の人ですから」


「そうですね」


 男子生徒が。


 小さく。


 うなずいた。


          ◇


 研究棟裏の小庭。


 二人。


 石卓。


 向かい合う。


 今日は。


 質問の続きではありませんでした。


 少なくとも。


 最初は。


「殿下」


「何だ」


「今日のお昼は?」


 ご令嬢が。


 尋ねる。


「また食事か」


「普通のお話です」


「そうだった」


「何を?」


「パン」


「はい」


「豆」


「はい」


「肉」


「はい」


「黄桃」


「お好きですか」


 殿下が。


 止まる。


「普通」


「普通?」


「あまり。考えたことがない」


「では。好きでも嫌いでも」


「ないと思う」


「はい」


「あなたは」


「何です?」


「黄桃は好き?」


 ご令嬢の目が。


 少し。


 大きくなる。


「なぜ」


「知りたい」


 殿下は。


 それだけ。


 言った。


 理由を。


 作らない。


「好きです」


 ご令嬢が。


 答える。


 殿下の表情が。


 少し。


 明るくなる。


「本当に?」


「はい」


「かなり?」


 ご令嬢が。


 笑う。


「かなり」


「そうか」


「殿下」


「何だ」


「嬉しそうです」


「嬉しい」


「なぜ?」


 殿下が。


 止まる。


「……」


「殿下?」


「次に」


「はい」


「何か」


 一度。


 言葉を選ぶ。


「一緒に食べる機会があれば」


 ご令嬢の頬が。


 少し。


 赤くなる。


「はい」


「選べる」


「黄桃を?」


「ああ」


「私のために?」


 殿下が。


 固まる。


「いや」


 言いかける。


 止まる。


 ご令嬢が。


 待つ。


「……あなたが好きなら」


「はい」


「選びたい」


「それは」


「はい」


「特別扱いですか」


 殿下が。


 少し。


 困る。


 以前。


 公平について。


 何度も。


 話した。


「一緒に食べるなら」


「はい」


「相手の好きなものを」


「はい」


「選ぶことは」


 一度。


 考える。


「普通だと思う」


「はい」


「だが」


「はい」


「あなたが喜ぶと」


「はい」


「私も嬉しいと思う」


 ご令嬢の目が。


 少しずつ。


 柔らかくなる。


「なら」


「何だ」


「いつか」


 少し。


 恥ずかしそうに。


「一緒に。食べたいです」


 殿下の動きが。


 止まる。


「黄桃を?」


「黄桃でも」


「はい」


「お菓子でも」


「……」


「最初は」


 ご令嬢が。


 少し。


 笑う。


「研究会の皆さんと?」


 殿下が。


 顔を赤くする。


「覚えているのか」


「はい」


「忘れてよい」


「難しいです」


「マリアと同じ」


「少しだけ」


「では」


 殿下が。


 長く。


 迷う。


「最初は。皆と」


「はい」


「その次は」


 止まる。


 ご令嬢も。


 待つ。


「二人でも」


 小さな声。


「よい」


 ご令嬢の頬が。


 はっきり。


 赤くなる。


「はい」


「ただし」


 殿下が。


 慌てて。


 続ける。


「いつかだ」


「はい」


「約束では」


「ありません」


「……」


 ご令嬢が。


 笑った。


「また。約束にしそうでしたね」


「ああ」


「では」


「何だ」


「いつか。そうなったら嬉しいですね」


 殿下は。


 少し。


 考える。


「それがよい」


「はい」


「私も」


「はい」


「嬉しいと思う」


 約束ではない。


 でも。


 願い。


 それくらいの。


 未来。


          ◇


「殿下」


 少し。


 時間が過ぎた頃。


 ご令嬢が。


 急に。


 真面目な顔になる。


「何だ」


「残り二つの質問」


 殿下の背が。


 少し。


 固くなる。


「今日?」


「いいえ」


 殿下の肩から。


 分かりやすく。


 力が抜ける。


 ご令嬢が。


 笑った。


「安心しました?」


「少し」


「かなり?」


「かなり」


「殿下」


「何だ」


「質問をされるのが。嫌ですか」


「嫌ではない」


「では」


「怖い」


 殿下は。


 正直に。


 言った。


「何を聞かれるか」


「はい」


「何と答えるか」


「はい」


「あなたが」


 一度。


 少し。


 視線を落とす。


「傷つくかもしれない」


「はい」


「それが怖い」


 ご令嬢は。


 静かに。


 聞いている。


「でも」


「何だ」


「私は」


 一度。


 石卓の上。


 指先を。


 重ねる。


「殿下のお答えで。少し傷つくことがあっても」


「……」


「聞きたいです」


 殿下の表情が。


 少し。


 強張る。


「なぜ」


「本当のことを。知りたいからです」


「私が。まだ分からないことも」


「分からないと。おっしゃってください」


「期待と違っても」


「はい」


「あなたが。寂しくても」


「はい」


「聞きたい?」


「はい」


 殿下は。


 長く。


 黙る。


「あなたは」


「はい」


「強いな」


「そうでしょうか」


「ああ」


「殿下も」


「私は」


「怖いと。言えています」


「それが強い?」


「私は。そう思います」


 殿下は。


 何も言わない。


「殿下」


「何だ」


「質問は」


「はい」


「殿下を試すためではありません」


「……」


「正しい答えを求めているわけでも」


「はい」


「私が知りたいことを」


「はい」


「殿下が。今どう思っているか」


「はい」


「聞きたいだけです」


 殿下は。


 静かに。


 息を吐いた。


「分かった」


「はい」


「怖いが」


「はい」


「逃げない」


「はい」


「いつ聞く?」


 ご令嬢が。


 少し笑う。


「殿下」


「……」


「今のは?」


「忘れろ」


「難しいです」


「では」


「はい」


「聞きたいときに」


「はい」


「聞いてほしい」


 ご令嬢の目が。


 少し。


 柔らかくなる。


「分かりました」


「はい」


「私は」


「はい」


「待つ」


「はい」


 今度は。


 本当に。


 少しずつ。


 待てるようになっている。


          ◇


 二人が。


 小庭から。


 戻った頃。


 私は。


 研究棟の入口近くで。


 殿下を。


 待っていました。


 待つと。


 約束は。


 していません。


 でも。


 殿下が。


 あとで話すと。


 言ったから。


 私は。


 自分で。


 待った。


 近くの窓から。


 夕方の光。


 床へ。


 長い影。


 研究会員たちの。


 話し声。


 廊下を。


 通る生徒。


 私は。


 本を。


 読んでいる。


 時々。


 階段を見る。


 一回。


 二回。


 ……やめました。


 数えると。


 また。


 殿下に。


 言われる。


「マリア」


 声。


 顔を上げる。


 殿下。


 その少し後ろ。


 ご令嬢。


「終わりました?」


「ああ」


 殿下が。


 私を見る。


「待っていた?」


「はい」


「何分」


「殿下」


「……聞かない」


「成長しましたね」


「だが」


「はい」


「何回見た」


「同じです」


「違う」


「違いません」


 ご令嬢が。


 少し笑う。


「マリア様も?」


「何がです?」


「待つと」


「少しだけ」


「扉を?」


「階段を」


「何回?」


「ご令嬢」


「すみません」


 ご令嬢が。


 笑う。


 殿下も。


 少し。


 笑った。


「では」


 ご令嬢が。


 私へ。


 頭を下げる。


「私は。研究会へ戻ります」


「はい」


「マリア様」


「はい」


「殿下を」


 一度。


 言いかける。


 止まる。


「何です?」


「いえ」


 ご令嬢が。


 殿下を見る。


 少しだけ。


 恥ずかしそうに。


「また。明日」


 殿下が。


 止まる。


 でも。


 今度は。


 約束か。


 何時か。


 どこか。


 聞かない。


「ああ」


 一度。


 少し。


 笑う。


「また。明日」


 ご令嬢が。


 研究会へ戻る。


 その背を。


 殿下は。


 少しだけ。


 見送る。


「殿下」


「何だ」


「今」


「分かっている」


「はい」


「約束には」


「しない」


「はい」


「でも」


 殿下の口元が。


 少し。


 緩む。


「会えたら嬉しい」


「はい」


「かなり」


「はい」


「それでよい」


「はい」


「……」


「殿下」


「何だ」


「少し。寂しい?」


「もう?」


「ご令嬢が戻られて」


 殿下は。


 研究会の扉を見る。


「少し」


「はい」


「だが」


「はい」


「今日は。話した」


「はい」


「また。会いたい」


「はい」


「それで」


 一度。


 息を吐く。


「十分だ」


 私は。


 その言葉を。


 静かに。


 受け取りました。


          ◇


 翌朝。


 当然。


 噂は。


 さらに。


 増えていました。


 王太子殿下は。


 ご令嬢を。


 研究会の前で。


 ずっと待っていた。


 ご令嬢も。


 朝から。


 殿下を待っていた。


 二人は。


『お互いに待ち続ける』


 と。


 永遠の約束を交わした。


 さらに。


 黄桃を。


 二人で。


 毎年食べることを。


 婚約の代わりの誓いにした。


 ……。


「何だ。それは」


 朝。


 校舎裏。


 殿下は。


 本気で。


 理解できないという顔をしていました。


「私も分かりません」


「なぜ。黄桃が。婚約になる」


「お二人で食べたいという話から」


「まだ食べていない」


「はい」


「約束もしていない」


「はい」


「いつかと言った」


「はい」


「なぜ。毎年になる」


「噂です」


「便利な言葉だな」


「はい」


「それから」


「何です?」


「永遠に待つとは」


「言っていません」


「私は」


「はい」


「永遠には待てない」


「そうなのですか」


「寿命がある」


「殿下」


「事実だ」


「そういう話ではありません」


「では。どのくらい」


「決めません」


「……」


「殿下」


「今」


「はい」


「また。時間を決めようとした」


「はい」


「危なかった」


「ご自分で気づけました」


「褒める?」


「はい」


「今日は」


 一度。


 少し考える。


「受け取る」


「はい」


「かなり?」


「そこは私が聞くのですか」


「マリアがいつも聞く」


「では。かなり」


「……そうか」


 殿下は。


 少しだけ。


 満足そうだった。


「殿下」


「何だ」


「今日は。どうします?」


「何を」


「ご令嬢と」


 殿下は。


 少し。


 考える。


「分からない」


「はい」


「会いたい」


「はい」


「だが」


「はい」


「彼女も。会いたいかは」


「ご令嬢が決める」


「ああ」


「では」


「今日は」


 一度。


 朝の空を見る。


「自分のことをする」


「はい」


「授業」


「はい」


「昼食」


「はい」


「公務の勉強」


「はい」


「その中で」


「はい」


「会えたら」


 少し。


 笑う。


「嬉しい」


「はい」


「会えなければ」


「はい」


「また」


 一度。


 言葉を。


 選ぶ。


「次に会える日を。待つ」


「はい」


「でも」


「はい」


「待っている間も」


「はい」


「自分の時間だ」


 私は。


 殿下を見た。


「殿下」


「何だ」


「それ」


「はい」


「ご令嬢にも。いつかお伝えしてはいかがですか」


「なぜ」


「とてもよい言葉だからです」


「今。言う必要はない」


「はい」


「言いたくなったら」


「はい」


「言う」


「はい」


 殿下は。


 もう。


 何もかも。


 今日。


 伝えようとは。


 しませんでした。


 大切なことでも。


 いつか。


 言いたくなったとき。


 相手が。


 聞けるとき。


 そのときで。


 よい。


 それも。


 待つこと。


 なのかもしれません。


          ◇


 誰かに。


 待っていました。


 と。


 言われること。


 それは。


 相手の時間を。


 奪ったという意味では。


 ありません。


 少なくとも。


 いつも。


 そうではありません。


 会いたい人を。


 少しだけ。


 思い浮かべる。


 来るかもしれないと。


 扉を見る。


 一回。


 二回。


 三回。


 そのあいだに。


 自分のこともする。


 研究。


 勉強。


 仕事。


 友人との会話。


 そして。


 来たら。


 嬉しい。


 来なくても。


 その日が。


 全部無駄になるわけではない。


 王太子殿下は。


 ようやく。


 そういう。


 待ち方を。


 少しずつ。


 覚え始めました。


 そして。


 誰かに。


 待ってもらうことも。


 少しずつ。


 受け取れるようになっています。


 申し訳ない。


 時間を奪った。


 無理をさせた。


 そう。


 すぐに。


 自分を責めるのではなく。


 待っていてくれた。


 嬉しい。


 と。


 思うこと。


 それは。


 殿下にとって。


 思っていた以上に。


 難しいことでした。


 でも。


 今日。


 ご令嬢は。


 殿下を待っていた。


 殿下も。


 ご令嬢を待った。


 二人とも。


 相手から。


 待てと。


 命令されたわけではありません。


 約束でもない。


 ただ。


 会いたかったから。


 少し。


 待った。


 それだけ。


 そして。


 会えた。


 嬉しかった。


 その時間を。


 二人とも。


 自分で。


 選びました。


 殿下。


 恋は。


 誰かの時間を。


 全部。


 自分のものにすることではありません。


 でも。


 誰かが。


 自分のために。


 少しだけ。


 時間を空けてくれたとき。


 そのことを。


 嬉しいと。


 受け取っても。


 よいのです。


 たぶん。


 それも。


 相手の気持ちを。


 信じるということです。


 ただ。


 殿下。


 一つだけ。


 問題があります。


 好きなご令嬢からの質問は。


 残り。


 二つ。


 あなたは。


 今日は。


 予想しませんでした。


 紙も。


 開かなかった。


 とても。


 立派です。


 ですが。


 その夜。


 王宮へ戻られる直前。


 あなたは。


 私へ。


 こう。


 おっしゃいました。


「マリア」


「はい」


「質問が」


「予想はしません」


「まだ。何も言っていない」


「お顔で分かります」


「では。予想ではなく」


「はい」


「一つだけ。聞いてよいか」


「何でしょう」


「彼女は」


「はい」


「残り二つを」


「はい」


「いつ聞くと思う」


「殿下」


「内容ではない」


「はい」


「時期だ」


「それも待ってください」


「……」


「殿下」


「分かった」


「はい」


「待つ」


「はい」


「だが」


「はい」


「かなり気になる」


「それは大丈夫です」


「本当に?」


「はい」


「なら」


 一度。


 深く。


 息を吐く。


「気にしながら待つ」


「はい」


「それでよい」


「はい」


 殿下は。


 少しだけ。


 安心したように。


 うなずきました。


 待つ。


 ということは。


 何も考えないことではありません。


 気になる。


 知りたい。


 早く聞きたい。


 会いたい。


 その全部を。


 抱えたまま。


 相手が。


 自分で。


 差し出してくれるまで。


 急がないこと。


 王太子殿下。


 あなたは。


 今日も。


 少しだけ。


 待てるようになりました。


 ……本当に。


 少しだけ。


 ですけれど。

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