第68話 王太子殿下、自分のために空けられた時間を手放す
誰かのために用意された時間は。
その人にとって。
特別なものに見えます。
王太子殿下が参加する時間。
王家資料を、殿下ご自身が説明する時間。
警護が動き。
教師が配置を変え。
研究会員が持ち場を調整し。
来場者の流れまで整える。
多くの人が。
たった一人のために、場所を空ける。
それは。
王太子という立場に必要な配慮です。
危険を避け。
混乱を防ぎ。
企画を安全に進めるため。
決して、殿下だけを特別扱いして喜ばせるためではありません。
けれど。
自分のために用意された時間があると知れば。
人は、手放しにくくなります。
せっかく整えてもらったのだから。
自分が使うべきだ。
自分が参加しなければ、準備した人へ失礼だ。
自分を待っている人がいる。
そんな理由を重ね。
本当は誰かへ譲った方がよい時間まで。
自分のものとして守ってしまうことがあります。
しかし。
先に約束していた人がいるなら。
その人が受け取るはずだった時間を。
後から来た立場の強い者が、奪ってよいのでしょうか。
自分のために空けられた時間を。
自分から手放す。
それは。
誰かから何かを与えられることに慣れている王太子殿下にとって。
とても静かで。
とても大きな選択でした。
◇
教師と学園職員による厳しい会場確認の翌朝。
開放学習室へ入ると。
アルノルド殿下は、昨日の修正一覧を前にしていました。
机の中央。
三つに分けられた紙。
『すぐ修正できるもの』
『外部確認が必要なもの』
『企画全体へ影響するもの』
昨日の終わりには。
文字だけで紙面が埋まっていました。
今朝。
その横へ。
新しい心得紙が置かれています。
『返答が遅くても催促しすぎない』
『王宮が駄目と言っても権限で変えようとしない』
『茶席参加者の時間を後から軽く扱わない』
『僕の説明時間を絶対に残そうとしない』
『同行役が変わっても不機嫌にならない』
『ナリアと歩く時間がなくなっても企画を嫌いにならない』
『全部駄目でも池で王宮予定を組み直さない』
最後。
池で何をするつもりなのでしょう。
王宮予定表を広げるのでしょうか。
風で飛びます。
「ごきげんよう、殿下」
「ルイート嬢、ごきげんよう」
「今日は、かなり具体的ですね」
「何が?」
「四つ目以降です」
殿下の視線が。
心得紙へ落ちました。
『僕の説明時間を絶対に残そうとしない』
自分でも。
そこが難しいと分かっているのでしょう。
「王宮からの返答は、まだですか?」
「警護担当が朝一番に持ってくる」
「はい」
「王宮側の予定を動かせるか」
「はい」
「動かせなければ」
殿下の声が。
少しだけ小さくなりました。
「茶席の時間を相談する」
「相談です」
「分かっている」
「変更ではありません」
「はい」
「茶席参加者が難しいと答えた場合は」
殿下は。
少し黙りました。
「僕の参加を短くするか」
「はい」
「なくす」
言えました。
でも。
顔には。
はっきり寂しさがあります。
春祭り。
殿下ご自身も。
楽しみにしてきました。
正式許可が出た時。
何度も書類を読み。
会場確認では。
椅子を運び。
展示板の高さへ屈み。
三文説明を練習し。
ナリア様と一緒に説明できることを。
少しずつ喜びとして受け取っていました。
それが。
なくなるかもしれない。
「嫌ですか?」
私は尋ねました。
「嫌だ」
殿下は、すぐに答えました。
「かなり?」
「かなり」
「王家資料を説明したい?」
「はい」
「ナリア様と?」
殿下の顔が。
少し赤くなりました。
「それもある」
正直です。
とてもよろしい。
「では」
私は言いました。
「嫌だと思ったまま、返答を聞きましょう」
殿下が。
少し不思議そうに顔を上げました。
「嫌ではないと思わなくていい?」
「はい」
「企画のためなら喜んで手放すべきだと」
「無理に思う必要はありません」
「でも」
「残念でも」
私は。
修正一覧を指しました。
「必要なら手放すことはできます」
殿下は。
長く黙りました。
「残念なまま」
「はい」
「譲る」
「はい」
「昨日と同じ?」
「選ばれなかった方のお気持ちを、無理に大丈夫へ変えなかった時と同じです」
殿下は。
少しずつ理解したように頷きました。
「僕も、残念でいい」
「はい」
「ただ、残念だからと他の者の時間を変えない」
「その通りです」
殿下は。
心得紙へ。
『残念なまま、譲ってもいい』
と書き足しました。
◇
レオン様は。
今日も時間通りです。
手には。
外部確認項目の回答欄がついた運営表。
「現時点の回答は二件です」
「固定具?」
殿下が尋ねます。
「はい。保護板は本日午後に完成」
「前日確認も?」
「用務主任が立ち会います」
「はい」
「もう一件は、紅茶運搬」
エレナ様がいないのに。
空気が少し緊張しました。
「学園職員一名。各茶席開始十二分前に給湯室へ集合」
「十二分?」
「運搬五分。温度確認二分。配膳三分。予備二分」
「細かい」
「必要です」
レオン様らしい答えです。
「茶席終了後の回収は?」
「次の職員巡回に合わせます」
「残った紅茶は?」
「保温器ごと戻す」
「エレナが安心する」
殿下が言いました。
自分のことより。
エレナ様が気にしていた役割の返答を、先に喜びます。
「他は?」
「受付補助」
レオン様が紙をめくります。
「春祭り運営委員から一名。整理札のみ担当」
「個人情報へ触れない?」
「はい」
「入口説明は?」
「ルイート嬢」
私です。
「会場内人数の確認は?」
「受付補助が、入場札と退場札を管理」
「札?」
新しい仕組みです。
会場内へ入る一般来場者。
四名まで。
入場時。
受付補助が一から四までの木札を渡す。
退場時。
出口の回収箱へ返す。
札が戻れば。
次の人を案内できる。
「時間指定型ではない?」
私が尋ねました。
「運営担当教師と再検討しました」
レオン様が答えます。
「十五分ごとの指定は、途中退出可能な運営と相性が悪い」
「確かに」
「ですので、番号札で会場内人数を管理します」
「外で待つ人は?」
「整理札を受け取り、中庭掲示前で待機」
「空きが出たら?」
「掲示係が番号を出す」
「人が必要です」
「春祭り全体案内係が兼務可能と回答がありました」
私たちだけでは。
絶対にできなかった運営です。
春祭り全体の仕組みへ。
研究会企画をつなぐ。
「一人で作る企画ではない」
殿下が小さく言いました。
「はい」
レオン様が答えます。
「今さらですか」
「今さらではない」
「はい」
「昨日より、もっと分かった」
殿下は。
少し苦い顔。
でも。
言葉は素直です。
◇
エレナ様が入ってくると。
殿下は。
紅茶運搬の回答を。
すぐに伝えました。
「職員一名が同行する」
「決まりましたの?」
「各回十二分前」
エレナ様の目が。
大きく開きました。
「十二分」
「運搬五。温度二。配膳三。予備二」
「完璧ですわ」
顔が。
はっきり明るくなります。
「職員の方は?」
「担当表へ名前が入る」
「後ほど、御礼を」
「菓子は?」
レオン様が先に尋ねました。
エレナ様の口が。
少し止まります。
「業務への御礼として、春祭り終了後に」
「個人的に?」
「研究会から」
「材料確認を」
「当然ですわ」
完全に。
用意する気です。
ですが。
今度は。
先に確認しています。
「エレナ様」
私は言いました。
「昨日、紅茶を自分で運べないことを受け入れられましたね」
「はい」
「今日は?」
エレナ様は。
少し考えました。
「まだ少し、悔しいですわ」
正直です。
「でも」
紅茶運搬表を見ます。
「職員の方と一緒なら」
「はい」
「私も、茶席の中で来場者を迎える準備ができます」
新しく見えたことです。
自分が運んでいれば。
会場に戻るのは。
開始直前。
今。
運搬を任せれば。
茶席の机。
材料札。
座席。
参加者の表情。
迎える側へ集中できます。
「役割を失ったのではない」
殿下が言いました。
「はい」
「役割が変わった」
「はい」
エレナ様は。
少し微笑みました。
「運ぶ人から、迎える人へ」
「その方が」
殿下が。
エレナ様を見る。
「エレナらしい」
エレナ様の表情が。
柔らかくなりました。
「ありがとうございます」
短い。
具体的な感謝です。
◇
ナリア様が来る頃には。
外部確認の回答は。
三件になっていました。
「ごきげんよう」
「ナリア、ごきげんよう。今日も来てくれてありがとう」
「ごきげんよう、殿下。本日もよろしくお願いいたします」
挨拶。
自然です。
ナリア様は。
机へ並ぶ回答表を見ました。
「戻ってきたのですね」
「ああ」
殿下が答えます。
「固定具。紅茶。受付補助」
「良かったです」
「まだ」
殿下の声が。
少し低くなりました。
「王宮予定は来ていない」
ナリア様が。
ほんの少しだけ表情を変えました。
殿下参加時間。
そして。
同行役。
関係する返答です。
「そうですか」
「はい」
「緊張されています?」
殿下は。
昨日までなら。
少し強がったかもしれません。
「している」
「私もです」
ナリア様も。
素直に言いました。
殿下が。
少しだけ安心します。
「もし」
ナリア様は続けます。
「殿下のご参加が難しくなった場合」
「はい」
「私は」
一度。
言葉を探します。
「残念です」
殿下の目が。
少し揺れました。
昨日も。
言ってくださいました。
同行役でなくなるのは。
自分も残念だと。
「でも」
ナリア様は。
少しだけ笑いました。
「殿下がいらっしゃらなくても、資料説明は行います」
「はい」
「三文で」
「僕がいないのに?」
「殿下が長くならないためだけの三文ではありません」
エレナ様が。
扇の陰で笑っています。
殿下も。
少しだけ笑いました。
「分かっている」
「本当に?」
一回。
「本当に」
二人の間。
少しだけ。
空気が柔らかくなりました。
「ナリア」
「はい」
「僕が参加できなくても」
「はい」
「説明練習は、無駄ではない?」
ナリア様は。
迷いませんでした。
「はい」
「僕と一緒に考えた言葉は」
「はい」
「残る?」
「残ります」
殿下は。
長く呼吸しました。
「分かった」
自分がいなくても。
自分と一緒に作ったものは残る。
役割がなくなることと。
存在がなかったことになるのは。
違います。
◇
警護担当が。
王宮からの返答を持ってきたのは。
始業前の鐘が鳴る少し前でした。
封書。
王家印。
それだけで。
室内の空気が引き締まります。
警護担当は。
殿下へ直接渡さず。
ベルナー先生立ち会いのもと。
レオン様へ。
研究会運営に関する通知だからです。
「読み上げます」
レオン様が言いました。
全員。
少し姿勢を正しました。
「王太子殿下の春祭り当日予定について」
一度。
紙の音。
「王宮側の予定変更は困難」
殿下の表情が。
固くなりました。
ナリア様の指先も。
少し動きます。
「殿下の学園滞在可能時間は、従来通り」
「はい」
殿下は答えました。
「ただし、研究会企画への参加時間は、当初予定の半分まで短縮可能」
半分。
完全中止ではありません。
でも。
これまで。
二回。
短い資料説明を想定していました。
それを。
一回へ。
「一回」
殿下が言いました。
「はい」
レオン様が答えます。
「王宮は、どちらか一回の参加を認めています」
「茶席との重複は?」
「当初の第一参加時間は、第一茶席と準備時間が重なります」
「第二は?」
「第二茶席終了直後。撤収と給湯回収へ影響」
「両方」
殿下が小さく言いました。
「重なる」
安全確認前は。
問題ないと思っていました。
でも。
今。
王家資料説明中。
茶席を行わない方がよい。
警護。
声。
動線。
重なります。
「茶席時間を動かす場合」
レオン様が続けます。
「第一回は十五分前倒し。第三回は変更不要。第二回は十分快後ろ倒し」
「参加者へ」
「確認が必要です」
六名。
すでに。
時間を通知しています。
「今日中に、変更可否を尋ねます」
ベルナー先生が言いました。
「ただし」
殿下が。
少しだけ身を固くします。
「変更できない方へ、辞退を求めてはなりません」
「はい」
「別の回への移動も、本人の希望がある場合のみ」
「はい」
「難しい場合は」
殿下が。
自分で続けました。
「僕の参加をなくす」
警護担当が。
殿下を見ました。
「王宮側は、一回の参加を想定して人員を確保しています」
「はい」
「完全不参加の場合、再報告が必要です」
「承知している」
「殿下」
警護担当の声が。
少しだけ慎重になります。
「王家資料は、殿下ご自身が説明されることで、王室の教育活動としての意味もあります」
王宮側の事情。
ただの楽しみではありません。
王太子殿下が。
学園生徒へ。
王家資料の読み方を伝える。
教育。
広報。
王室の責務。
「だから」
殿下は。
少し苦しそうに聞きました。
「茶席参加者へ、時間を変えてもらう?」
「可能か、尋ねる価値はあります」
警護担当は答えました。
「強制ではなく」
「はい」
「変更できる者が多ければ、参加可能です」
全員。
黙りました。
何が正しいか。
今。
すぐ決める必要はありません。
まず。
茶席参加者へ。
変更できるかを聞く。
でも。
殿下の表情には。
すでに葛藤があります。
自分の役割。
王室の教育活動。
楽しみにしていた時間。
ナリア様との説明。
そのすべて。
守りたい。
でも。
六人は。
先に。
約束された時間を受け取っています。
「殿下」
ナリア様が静かに呼びました。
「はい」
「今」
「はい」
「決めなくて大丈夫です」
殿下が。
ナリア様を見ました。
「でも」
「参加者の方へ尋ねてから」
「はい」
「そのお返事を聞いてから」
「はい」
「考えましょう」
殿下は。
呼吸しました。
答えを。
今すぐ出したい。
でも。
相手の返事を聞く。
昨日までの学び。
「分かった」
殿下は頷きました。
「聞いてから」
◇
茶席参加者への確認文は。
慎重に作られました。
『春祭り当日の安全確認に伴い、茶席時間についてご相談がございます』
変更を。
決定として書きません。
『第一回は十五分前。第二回は十分後への変更が可能か、ご都合をお知らせください』
『変更が難しい場合は、当初の時間を優先いたします』
『変更できないことによって、参加資格を失うことはありません』
最後。
最も重要です。
『王太子殿下の参加予定とは関係なく、ご自身のご都合を優先してお答えください』
「殿下のためだと」
私が言いました。
「分かってしまうのでは?」
「安全確認に伴う」
レオン様が答えます。
「理由はそこまで」
「でも、噂で」
エレナ様が心配します。
「殿下の参加時間と重なると、広まる可能性はあります」
殿下は。
確認文を見ました。
「僕のためだと知ったら」
「はい」
ナリア様が答えます。
「無理をして変更する方もいる」
「はい」
「だから」
殿下は。
少し考え。
「僕からの一文を入れたい」
レオン様が。
すぐには否定しません。
「内容は?」
殿下は。
長く考えました。
それから。
自分で書きます。
『私の参加予定を理由に、ご無理をなさらないでください。先にお約束した茶席の時間は、皆様のために用意されたものです』
室内が。
静かになりました。
私の参加予定。
皆様の時間。
はっきり分けています。
「最後」
ナリア様が言いました。
「少し硬いかもしれません」
「はい」
「でも」
文を見ます。
「必要だと思います」
殿下が。
ナリア様を見ました。
「重くない?」
一回。
ナリア様は。
少し考えました。
「殿下のご参加より、ご自身の都合を選んでよいと分かります」
「はい」
「そのためには」
「はい」
「殿下ご自身のお言葉が、一番伝わります」
採用。
六通。
同じ文。
担任教師を通して。
本人へ。
返答期限。
本日の放課後。
◇
待つ時間。
またです。
返事。
六人。
変更できるか。
できないか。
殿下は。
授業へ戻らなければなりません。
でも。
心は。
封書と一緒に。
六つの教室へ向かっているようです。
昼休み。
研究会は。
開放学習室へ集まりました。
まだ。
返答は一通だけ。
第一回参加者。
『十五分前でも参加できます』
殿下の顔が。
少し明るくなりかけました。
でも。
止めます。
一人。
まだ。
残り五人。
「嬉しい?」
ナリア様が尋ねました。
殿下は。
正直に答えました。
「はい」
「参加できるかもしれないから?」
「はい」
「変更してくれたから?」
殿下は。
少し考えました。
「その言い方だと」
「はい」
「僕のために変えてくれたことを喜んでいるみたいだ」
「少しは?」
ナリア様の問い。
責めていません。
殿下は。
逃げずに。
「少し」
答えました。
「でも」
「はい」
「無理ではなかったと書いてくれたから、安心した」
「はい」
「まだ」
「はい」
「全員を待つ」
ナリア様が頷きました。
「はい」
◇
二通目。
昼休みの途中。
第二回参加者。
『十分後でも問題ありません』
三通目。
『家の迎えがあるため、変更は難しいです。当初時間を希望します』
殿下の表情が。
変わりました。
最初の。
変更できない方。
確認文には。
当初時間を優先すると書いてあります。
「この人は」
殿下が言いました。
「変えられない」
「はい」
レオン様が答えます。
「第二回」
「はい」
「僕の第二参加時間と重なる」
「はい」
選択。
殿下参加を。
第一へ寄せるか。
第二回茶席を守り。
第二参加をなくす。
第一回の二人が。
両方。
十五分前へ変えられれば。
第一参加は可能です。
「第一回のもう一人は?」
「まだ」
「はい」
待ちます。
殿下は。
三通目の返事を。
何度も見ません。
変更できない。
それだけ。
理由も。
家の迎え。
十分です。
「この人へ」
殿下が言いました。
「申し訳ないと思わせない返事を」
レオン様が頷きます。
『ご回答ありがとうございます。当初の時間で承りました。ご都合をお知らせくださり、ありがとうございました』
謝罪しません。
変更を求めません。
そのまま。
受け取ります。
◇
四通目。
『第一回を十五分前へ変更できます』
第一回。
二名とも。
変更可能。
殿下参加。
第一時間へ。
入れられる。
理論上。
可能になりました。
殿下の目が。
少し明るくなります。
ナリア様も。
ほんの少し。
嬉しそうです。
第一参加時間の同行役。
元の役割案では。
ナリア様。
ただし。
茶席第一回が十五分前へ。
茶席終了後。
片付け。
体験補助。
ナリア様が。
すぐ準備室へ移動できるか。
「時間は?」
レオン様が計算します。
「茶席終了から、殿下到着まで十五分」
「片付けは?」
エレナ様が言います。
「職員回収は後です。小皿と茶器をまとめるだけなら五分」
「茶席参加者のお見送り」
「二分」
「記録」
「三分」
「移動」
「二分」
「予備三分」
ぎりぎり。
ですが。
可能。
「ただ」
レオン様が言いました。
「茶席が延びた場合」
「間に合わない」
ナリア様が答えます。
「終了五分前案内をしても」
「はい」
「深い相談なら、教師へつなぐ」
「はい」
「でも、私が」
ナリア様は。
少し考えます。
「そのまま対応する可能性があります」
「同行役を予備と二名体制」
私が提案しました。
「第一候補ナリア様。間に合わない場合は私」
「受付は?」
「受付補助と」
レオン様が言います。
「春祭り運営委員が、その短時間のみ代理」
「可能か確認」
「また?」
殿下が言いました。
でも。
苛立ちではありません。
あまりにも多くの調整。
驚きです。
「殿下一人が参加するために」
私は言いました。
「かなり多くの人が動きますね」
殿下の表情が。
少し重くなりました。
「はい」
研究会員。
茶席参加者。
受付補助。
運営委員。
警護。
教師。
王宮。
全員。
殿下の十五分か二十分のため。
配置を変える。
「そこまでして」
殿下が小さく言いました。
「僕が出る必要がある?」
室内が。
静かになりました。
王室教育活動。
殿下自身の希望。
来場者の期待。
必要は。
あります。
でも。
負担も。
大きい。
「殿下」
ナリア様が言いました。
「今」
「はい」
「参加したくないのですか?」
殿下は。
すぐに否定しました。
「したい」
「はい」
「とても」
「はい」
「では」
ナリア様は。
少し考えます。
「参加したい気持ちと」
「はい」
「必要かどうかは」
「はい」
「分けて考えましょう」
殿下が。
ナリア様を見ました。
「参加の意味は?」
ナリア様は尋ねます。
「王家資料を」
殿下が答えます。
「王太子である僕が説明することで」
「はい」
「王室が、過去の言葉を正解としてではなく、考える材料として出したことを伝えられる」
「はい」
「来場者へ」
少し言葉を探します。
「王家の言葉でも、相手に届かなければ正解ではないと」
「はい」
「僕が言う意味がある」
殿下自身が。
王家の人間。
そして。
言葉を間違えた人。
「では」
ナリア様が言いました。
「参加する意味はあります」
「はい」
「でも」
「はい」
「二回である必要は?」
殿下は。
少し考えました。
「ない」
「長い時間は?」
「いらない」
「一度」
「はい」
「短く」
「はい」
「それなら」
ナリア様は。
穏やかに言いました。
「多くの方が動く意味も、あるのではないでしょうか」
殿下は。
長く黙りました。
「僕が楽しみたいだけではなく」
「はい」
「伝える役割がある」
「はい」
「でも」
殿下は。
少し苦い笑み。
「楽しみでもいい?」
ナリア様の目元が。
柔らかくなりました。
「はい」
「私も」
少し頬を赤くします。
「一緒にご説明できたら、嬉しいです」
殿下の顔が。
一気に赤くなりました。
でも。
飛びません。
「ありがとう」
短い。
「ただし」
ナリア様が続けます。
「茶席が延びた場合は」
「はい」
「私は、そちらを優先します」
殿下の表情が。
少しだけ痛みます。
でも。
「分かった」
一回で。
受け取ります。
「先にいる人を」
「はい」
「途中で置いてこない」
「はい」
「その時は、ルイート嬢と説明する」
「私も、三文で止めます」
私が言うと。
殿下は少し笑いました。
「頼む」
◇
五通目。
『第二回の時間変更は可能ですが、友人と帰る約束があるため、当初の時間の方が助かります』
可能。
でも。
当初時間を希望。
大切です。
変更できる。
だから。
変えてもらう。
ではありません。
「当初を優先」
殿下が言いました。
「はい」
レオン様が答えます。
「理由は?」
エレナ様が少しだけ尋ねます。
「友人との約束」
「はい」
「殿下の参加より」
少し言いづらそうです。
「友人との約束を」
「優先してよい」
殿下は。
自分で言いました。
「もちろん」
王太子殿下との時間。
友人との帰宅。
比べれば。
周囲は。
殿下を選ぶべきだと思うかもしれません。
でも。
本人にとって。
先にした約束。
大切です。
「返事は」
殿下が言います。
「『当初時間で承りました』」
「はい」
「友人との約束を大切に」
言いかけ。
止めます。
「そこまでは書かない」
相手の私生活へ。
入りすぎます。
「ご回答への感謝だけ」
「はい」
適切です。
◇
最後。
六通目は。
放課後になっても来ませんでした。
第三回参加者。
第三回は。
殿下参加と重ならないため。
変更不要。
確認文も。
時間変更ではなく。
安全確認に伴う通知のみ。
返答は任意でした。
「待たなくてよい?」
殿下が尋ねます。
「第三回は変更なしです」
レオン様が答えます。
「返答がなくても、当初時間」
「はい」
すべて。
決まりました。
第一茶席。
十五分前倒し。
参加者二名。
両名了承。
第二茶席。
当初時間。
参加者二名。
変更しない。
第三茶席。
当初時間。
殿下参加。
第一茶席終了後。
一回のみ。
王家資料説明。
同行役。
第一候補ナリア様。
茶席対応が延びた場合。
私。
「これで」
殿下が言いました。
「参加できる」
「はい」
全員。
少しだけ安心しました。
でも。
殿下は。
すぐには喜びません。
第一茶席参加者。
二名。
時間を変えてくれました。
無理ではない。
でも。
調整してくれた。
「御礼通知を」
殿下が言いました。
「はい」
レオン様が準備します。
『時間変更へご協力いただき、ありがとうございます。当日は、変更後の時間にお待ちしております』
「殿下の署名は?」
エレナ様が尋ねます。
殿下は。
少し考えました。
「入れない」
「なぜですの?」
「僕への恩のようになる」
「はい」
「研究会からの御礼にする」
自分の参加のため。
でも。
殿下個人へ感謝を返させる形にしません。
研究会運営への協力。
それだけ。
ナリア様が。
静かに殿下を見ていました。
「殿下」
「はい」
「ありがとうございます」
殿下が目を瞬かせます。
「何が?」
「私も」
少しだけ。
言葉を探します。
「第一茶席を担当します」
「はい」
「時間が変わることで、準備も変わります」
「はい」
「でも」
ナリア様は。
柔らかく言いました。
「私の時間を、殿下のために変えたと仰らなかったので」
殿下の表情が。
少し揺れました。
「ナリアの時間でもある」
「はい」
「茶席参加者の時間」
「はい」
「エレナの準備時間」
「はい」
「皆のもの」
「はい」
「僕だけのためではない」
ナリア様は頷きました。
「はい」
殿下のために。
多くの人が動きます。
でも。
だからといって。
すべてが殿下のものになるわけではありません。
◇
修正状況掲示。
昨日。
生徒たちへ約束しました。
今日。
掲示文を作ります。
『王国史礼法研究会・春祭り企画
安全確認に伴う修正状況について』
入場。
一般来場者四名まで。
整理札。
途中退出可能。
着席体験席一席。
立ち書き台一か所。
茶席。
予約者のみ。
時間変更対象者へ個別連絡済み。
王家資料。
一部時間帯のみ展示予定。
殿下参加。
時間非公開。
「中止ではないと」
エレナ様が言いました。
「大きく書きますか?」
「大きくは」
レオン様が首を横に振ります。
「煽ります」
「では」
殿下が言いました。
「最初に」
『企画は、安全な形へ修正を進めています』
「実施決定ではない?」
私が確認します。
「修正案は、まだ再提出前」
レオン様が答えます。
「では」
ナリア様が言いました。
『現時点で中止の決定はありません』
「事実」
「はい」
「期待を煽らない」
「はい」
「不安も否定しない」
採用です。
最後。
『楽しみにしてくださっている皆様へ、ありがとうございます。安全に参加いただける形を整え、改めてご報告いたします』
殿下が。
この文を見ました。
「必ず実施するとは書かない」
「はい」
私が答えます。
「でも、整えていることは伝わります」
「はい」
◇
掲示は。
放課後前。
中央掲示板へ。
私たち全員で行きました。
紙を貼る。
端を整える。
少し離れて。
読めるか確認。
すぐに。
生徒たちが集まり始めます。
「修正状況ですって」
「中止ではないのね」
「現時点では」
「入場四名?」
「少ないですわ」
「整理札があるそうです」
「途中で出てもよい」
「体験席は一つだけ」
「一人でゆっくり書ける席ですって」
「立って書く場所もあります」
「茶席の時間が一部変更」
「予約者には連絡済み」
「王家資料は一部時間だけ?」
「殿下の時間とは別なのかしら」
「分からないようにするのでしょう」
反応。
さまざまです。
「四名は少なすぎません?」
「でも、室内は狭いです」
「外で待つのは嫌ですわ」
「中庭で待てますって」
「私は、混んでいるよりよいです」
「一人席は怖いかも」
「補助担当が近くにいるそうです」
「それなら」
修正したことで。
また。
新しい意見。
でも。
今。
すぐ全部を直しません。
まず。
聞きます。
殿下は。
掲示板から少し離れた位置。
生徒たちの声を聞いていました。
「四名」
一人の男子生徒が。
殿下へ気づき。
声をかけます。
「少ないと思います」
殿下は。
すぐ理由を説明しませんでした。
「そう感じた?」
「はい」
「なぜ?」
尋ねます。
「待ってまで見るか、迷うからです」
「はい」
「春祭りは、他にも回りたい場所があります」
「はい」
「整理札を受け取って、中庭へ行って」
「はい」
「戻るのが面倒です」
正直です。
運営として。
とても重要です。
「では」
殿下が言いました。
「待たずに、図書室で体験紙だけ受け取る形もある」
「展示は見られません」
「はい」
「残念ですが」
男子生徒は。
少し考えました。
「それでもよいかもしれません」
「ありがとう」
殿下は。
自分たちの形へ納得させようとしません。
待つのが面倒。
それも。
受け取ります。
「整理札の待ち時間を」
レオン様が小さく言いました。
「入口で案内する必要があります」
「何分ほどか」
「はい」
「分からず待つ方が嫌」
「記録します」
新しい修正。
でも。
大きな変更ではありません。
『現在の待ち時間目安』
札。
入口へ。
◇
別の令嬢が。
茶席時間変更の掲示を見て。
「参加者の方は」
少し心配そうに言いました。
「殿下のために時間を変えたのですか?」
群衆の空気が。
少しだけ変わりました。
殿下も。
聞こえています。
今。
答えるべきです。
放っておけば。
茶席参加者が。
殿下のために譲った人。
特別に協力した人。
そう見られるかもしれません。
「安全な動線を整えるため」
殿下が答えました。
群衆が。
静かになります。
「一部の時間を変更できるか、参加者本人へ尋ねた」
「はい」
「変更が難しい者の時間は変えていない」
「では」
「変更した者も」
殿下は。
慎重に続けます。
「僕のために何かを犠牲にした者として扱わないでほしい」
令嬢たちが。
少し驚きます。
「無理のない範囲で」
「はい」
「研究会運営へ協力してくれた」
「はい」
「それだけ」
殿下は。
少し間を置きました。
「名前も公表しない」
「分かりました」
令嬢は。
小さく頭を下げました。
「失礼いたしました」
「質問してくれてありがとう」
責めません。
噂が広がる前に。
必要な言葉を。
短く。
伝えました。
◇
開放学習室へ戻ると。
今日の作業は。
まだ終わりません。
王宮への最終返答。
『研究会参加時間を一回へ短縮。第一茶席終了後を希望』
『茶席対応が延びた場合、同行役は変更』
『会場安全を優先し、状況により参加を中止する場合あり』
最後。
王宮へ。
殿下の参加を。
当日中止する可能性も。
あらかじめ伝えます。
「当日」
警護担当が言いました。
「殿下がお越しになってから中止となる可能性もあります」
「混雑?」
「はい」
「体調不良者」
「はい」
「警護上の問題」
「はい」
「その時」
殿下は。
少しだけ苦しそうに言いました。
「僕は、準備室まで来ても」
「はい」
「入らず帰る」
「はい」
かなり。
辛いでしょう。
でも。
「分かった」
受け取りました。
「ナリア」
殿下が。
少しだけナリア様を見ます。
「その時」
「はい」
「僕が、かなり残念そうでも」
「はい」
「企画へ戻ってほしい」
ナリア様の表情が。
少し揺れました。
「殿下を一人にして?」
「警護がいる」
「はい」
「僕の残念より」
声が。
少しだけ掠れました。
「会場にいる人を」
ナリア様は。
長く黙りました。
その通りです。
同行役。
研究会員。
茶席。
展示。
殿下が入れないからと。
皆で付き添えば。
企画が止まります。
「分かりました」
ナリア様は答えました。
でも。
少しだけ。
殿下を見つめます。
「ただ」
「はい」
「研究会終了後」
「はい」
「残念だったことは」
言葉を探します。
「お聞きします」
殿下の目が。
大きく揺れました。
その場で。
慰めない。
役割を投げない。
でも。
後で。
聞く。
「はい」
殿下の声が。
少しだけ震えました。
「お願いする」
とても。
静かな約束です。
◇
エレナ様が。
今日最後の菓子箱を開きました。
「時間調整終了用ですわ」
中には。
細長い蜂蜜菓子。
中央に。
小さな切れ目があります。
「二つに割る?」
殿下が尋ねました。
「はい」
「なぜ?」
「時間を分けましたもの」
エレナ様は。
菓子を一つ持ち。
切れ目から。
きれいに二つへ割りました。
「半分になった」
ナリア様が言いました。
「はい」
「味も半分?」
殿下が尋ねます。
「一つずつ食べると」
エレナ様は。
片方を殿下へ。
片方をナリア様へ。
差し出しました。
「同じ味ですわ」
二人が。
同じ菓子の半分を。
受け取ります。
殿下の顔が。
少し赤くなりました。
ナリア様も。
ですが。
過剰にはしません。
一口。
蜂蜜。
薄い柑橘。
「短い」
殿下が言いました。
「はい」
「でも」
ナリア様が続けます。
「味は残ります」
「はい」
エレナ様が微笑みました。
「時間も同じですわ」
「短くても」
「はい」
「受け取れるものはある」
殿下は。
自分の手の中。
もうない菓子を見ました。
「一回だけでも」
「はい」
ナリア様が答えます。
「伝えられます」
殿下も。
小さく頷きました。
「三文で」
「はい」
全員が。
少し笑いました。
◇
修正案。
ほぼ完成です。
会場定員。
一般来場者四名。
入場札管理。
整理札待機。
待ち時間目安表示。
受付二名体制。
着席体験席一席。
立ち書き台一か所。
左利き対応。
補助担当は。
一人席の内容が見えず。
声をかけられる位置。
茶席。
予約者のみ。
第一回のみ十五分前倒し。
参加者了承済み。
紅茶運搬職員一名。
終了五分前案内。
殿下参加。
一回。
第一茶席終了後。
時間非公開。
茶席が延びた場合。
同行役変更。
安全上問題があれば。
中止。
王家資料。
展示時間を別途確認。
終了後。
資料室へ返却。
封筒。
留め札。
紛失時対応。
撤収。
職員二名。
見れば。
最初の企画とは。
かなり違います。
でも。
中心は。
変わっていません。
招待と感謝の言葉を。
自分の速さで考える。
見せなくてよい。
書けなくてもよい。
途中で出てもよい。
茶席へ入れなくても。
参加できる。
「修正で」
殿下が言いました。
「企画が小さくなった」
「はい」
レオン様が答えます。
「人数も」
「はい」
「時間も」
「はい」
「僕の参加も」
「はい」
殿下は。
少しだけ笑いました。
「でも」
配置図と。
案内文を見ます。
「受け取れる形は、増えた」
ナリア様が。
静かに頷きました。
「はい」
小さくする。
削る。
減らす。
それは。
必ずしも。
失うことではありません。
余白を作り。
安全を作り。
選べる形を増やすこともあります。
◇
帰り道。
掲示板の前には。
まだ多くの生徒がいました。
修正状況。
何度も読まれています。
「殿下の参加、一回だけらしいですわ」
「本当?」
「王宮予定で」
「一回でも十分でしょう」
「聞けるか分からないけれど」
「資料が目的ですもの」
「でも、一度はお聞きしたいです」
「茶席の時間は守られたそうです」
「当たり前でしょう」
「殿下より?」
「先に約束していたのですから」
その会話。
殿下にも聞こえました。
少しだけ。
目元が柔らかくなります。
先にした約束。
殿下より。
優先されてもよい。
学園へ。
少しずつ。
伝わっています。
別の場所。
「体験席、一つですって」
「一人で書くの、緊張します」
「近くに補助の方がいるそうです」
「内容は見えない位置」
「それなら」
「立って書く方もあります」
「私は、そちら」
「私は図書室」
選べる形。
それぞれ。
殿下とナリア様は。
少し前を歩いていました。
今日も。
最初の一歩。
ナリア様は。
足元を見ます。
ほんの一瞬。
殿下は。
待ちます。
顔が上がる。
歩幅が合う。
「殿下」
「はい」
「一回になりましたね」
ナリア様が言いました。
「ああ」
「残念ですか?」
「はい」
すぐに。
正直。
「でも」
殿下は続けます。
「一回ある」
「はい」
「なくならなかった」
「はい」
「茶席の約束も守れた」
「はい」
少しだけ。
風。
中庭。
飾り布。
殿下が。
静かに言いました。
「前の僕なら」
「はい」
「王太子の予定だと言って」
「はい」
「茶席を動かしたかもしれない」
ナリア様は。
否定しません。
「はい」
「僕の時間の方が」
「はい」
「大切だと思っていたかもしれない」
ナリア様は。
少しだけ考えます。
「今も」
「はい」
「殿下のお時間は大切です」
「はい」
「でも」
殿下を見ます。
「他の方のお時間も、大切です」
「はい」
「同じ?」
殿下が尋ねました。
ナリア様は。
すぐには答えませんでした。
王太子。
一般生徒。
社会的には。
同じではありません。
責任。
影響。
違います。
「同じ形ではありません」
ナリア様は答えました。
「はい」
「でも」
少しゆっくり。
「どちらかが、最初から軽いわけではありません」
殿下の目が。
少し揺れました。
「僕の方が、重いと決まっていない」
「はい」
「相手との約束では」
「はい」
殿下は。
長く息を吐きました。
「覚えておく」
少し歩いた後。
殿下が。
小さく尋ねました。
「ナリア」
「はい」
「もし、当日」
少し言葉を止めます。
「君が茶席から来られなくて」
「はい」
「ルイート嬢と説明することになったら」
「はい」
「ナリアは」
聞きづらそうです。
「残念?」
ナリア様は。
顔を赤くしました。
でも。
逃げません。
「はい」
答えます。
殿下の耳まで。
一気に赤くなりました。
「でも」
ナリア様は続けます。
「茶席の方を置いては行きません」
「はい」
「殿下も」
「はい」
「私が来ないことを、拒まれたとは思わないでください」
殿下の表情が。
少しだけ痛みました。
以前なら。
来ない。
選ばれない。
嫌われた。
そう思い。
逆の言葉を出したかもしれません。
「分かった」
今は。
一回で。
受け取ります。
「役割」
「はい」
「先にいる人」
「はい」
「僕のことではない」
ナリア様は。
少し笑いました。
「はい」
「でも」
殿下が続けます。
「後で、残念だったと話してもいい?」
ナリア様の目元が。
柔らかくなりました。
「はい」
「聞きます」
「ありがとう」
短い。
とても静かな約束です。
当日。
何が起きるか。
まだ分かりません。
でも。
役割を優先する。
感情を消さない。
後で話す。
その形が。
二人の間にできています。
◇
私は。
少し後ろから。
二人を見守っていました。
エレナ様が隣へ来ます。
「マリア様」
「はい」
「殿下のご参加」
「はい」
「半分になりましたわね」
「はい」
「ですが」
エレナ様は。
少し笑いました。
「以前より、楽しみです」
「なぜですか?」
「長くお話しする殿下ではなく」
「はい」
「短い時間に、何を残されるか」
なるほど。
一回。
三文。
限られた時間。
だからこそ。
本当に伝えたいことが。
見えるかもしれません。
「ナリア様が間に合えば」
エレナ様が続けます。
「お二人で」
「はい」
「間に合わなければ」
「私が止めます」
「お願いいたしますわ」
レオン様が。
少し前から言いました。
「明日は修正配置の再確認です」
「分かっています」
私たちは。
小さく笑いました。
明日。
また。
動かします。
測ります。
確認します。
正式修正案提出まで。
あと二日。
王太子殿下。
今日のあなたは。
自分のために空けられようとしていた時間を。
当然のものとして守りませんでした。
王宮の予定。
警護。
教師。
職員。
研究会員。
茶席参加者。
多くの人が動く中で。
先に約束されていた茶席の時間を。
王太子である自分のために、無理に変えさせませんでした。
変更できない方には。
変更を求めず。
変更可能でも、当初の時間を希望された方には。
その希望を優先しました。
そして。
ご自身の参加を。
二回から一回へ。
短くしました。
残念ではないふりをせず。
残念なまま。
手放しました。
どうか。
この選択を。
王太子として立派だったというだけで終わらせないでくださいませ。
ナリア様との関係でも。
同じことは起こります。
あなたと話す時間。
あなたと歩く時間。
あなたの言葉を聞く時間。
それらを。
ナリア様が別の誰かへ。
別の役割へ。
自分自身のためへ使う日があります。
その時。
あなたより大切なものを選ばれたと。
拒まれたと思わないでください。
時間は。
誰かに与えられたから。
その人の所有物になるわけではありません。
相手が。
その日の自分に必要な場所へ使うものです。
もし。
あなたの隣へ来られなかった日があっても。
役割を終えた後。
残念でしたと話せる。
聞いてくださいと頼める。
そして。
また次の日。
同じ場所へ戻れる。
その方が。
無理に時間を奪って隣へ立たせるより。
ずっと長く続く関係になるのですから。
時間を手放すことは。
自分の存在まで手放すことではありません。
役割を譲ることは。
大切にされなくなることでもありません。
その場に立てなかったとしても。
一緒に考えた言葉は残ります。
練習した時間も。
笑ったことも。
残念だと伝え合えたことも。
なくなりません。
王太子殿下。
今日。
あなたが手放したのは。
自分のために空けられた時間の半分です。
けれど。
その代わりに。
茶席へ参加する方々が。
自分の約束を軽く扱わなくてよい場所を守りました。
友人との帰り道を。
家族の迎えを。
その日の予定を。
王太子殿下より後ろへ置かなくてよいと。
あなた自身の言葉で伝えました。
それは。
あなたが説明する王家資料のどの一文よりも。
人の時間を尊重するとはどういうことかを。
静かに示していたのかもしれません。
春祭り当日。
あなたが本当に会場へ入れるかは。
まだ分かりません。
警護上の問題が起きれば。
準備室から戻ることになるかもしれない。
ナリア様が茶席から間に合わず。
予定していた隣へ立てないかもしれない。
それでも。
今日のあなたなら。
失った時間だけを見つめず。
守られた約束を見ることができるでしょう。
そして。
残念だったと。
後から言葉にできるでしょう。
その時。
ナリア様は。
きっと聞いてくださいます。
すぐに慰めるのではなく。
役割を投げ出すのでもなく。
終わった後。
あなたの隣へ戻り。
今日の分を。
今日の速さで。
受け取ってくださるはずです。
それでよいのです。
すべての時間を。
同じ日に。
同じ場所で。
同じ人と過ごせなくても。
関係は終わりません。
少し離れ。
それぞれの役割を終え。
また戻る。
それを何度も繰り返しながら。
二人はきっと。
誰かの時間を奪わなくても続いていく。
そんな恋の形を。
少しずつ覚えていくのでしょう。




