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『王太子殿下、その恋は口から出す前に止めてください 〜好きな令嬢に嫌いと言ってしまう残念王子の恋愛相談役になりました〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第67話 王太子殿下、守りたい企画ほど厳しい言葉を聞く



 自分たちが大切に作ったものへ。


 厳しい言葉を向けられるのは、苦しいものです。


 ここまで考えたのに。


 何度も直したのに。


 実際に人へ使ってもらい。


 迷った場所を教えていただき。


 入口も。


 出口も。


 体験紙も。


 少しずつ、よい形へ整えてきた。


 だから。


 もう大丈夫だと思いたくなる。


 これ以上、どこを直すのですかと。


 十分に頑張ったのではありませんかと。


 守りたくなる。


 けれど。


 大切なものを守ることと。


 欠点を見ないふりをすることは、違います。


 気に入っているからこそ。


 誰かへ届けたいからこそ。


 壊れやすいところを。


 危ないところを。


 受け取る人が困るところを。


 先に見つけなければなりません。


 褒めてくださる人の声は。


 作る者を支えてくれます。


 ですが。


 危険です。


 分かりません。


 このままでは運営できません。


 そう言ってくださる人の声もまた。


 その企画を、本番へ送り出すために必要なものなのです。


 春祭りまで、あと十日。


 教師と学園職員による会場確認の日。


 王国史礼法研究会は。


 生徒たちによる通し確認では見つからなかった。


 もっと現実的で。


 もっと厳しい問題と向き合うことになりました。


     ◇


 朝の開放学習室。


 アルノルド殿下は。


 昨日届いた体験紙ではなく。


 今日の確認用資料を、机へ並べていました。


 会場配置図。


 役割分担表。


 安全確認表。


 来場者動線。


 茶席運営手順。


 緊急時対応。


 春祭り企画全体の説明書。


 紙束は。


 決して少なくありません。


 けれど。


 殿下の視線は。


 資料よりも。


 心得紙へ向いていました。


『教師の指摘へ先に反論しない』


『学園職員を、企画を邪魔する人だと思わない』


『王家の許可があると言って押し通さない』


『ここまで頑張った、を理由にしない』


『ナリアの案が否定されても、すぐ庇わない』


『厳しい言葉を、嫌われた証拠だと思わない』


『企画中止と言われても池へ走らない』


 最後。


 かなり不吉です。


「ごきげんよう、殿下」


「ルイート嬢、ごきげんよう」


 私は。


 殿下の向かいへ座りました。


「企画中止まで想定されたのですか?」


「念のため」


「今日の確認は、中止を決める場ではありません」


「分かっている」


「安全上、重大な問題があれば?」


「直す」


「直せなければ?」


 殿下は。


 一瞬だけ黙りました。


 大切な問いです。


「規模を変える」


「それでも難しければ?」


 殿下の指先が。


 心得紙の端へ触れました。


「中止も考える」


 声は。


 少し苦しそうです。


 でも。


 言えました。


「王家の資料も届いた」


「はい」


「体験紙も印刷した」


「はい」


「茶席の申込も終わった」


「はい」


「ここまで進んでも」


 殿下は。


 視線を落としたまま続けます。


「危険なら、やらない」


 私は。


 静かに頷きました。


「その覚悟があるなら、大丈夫だと思います」


「大丈夫?」


「今日の指摘を、受け取れます」


 殿下は。


 すぐに聞き返しませんでした。


 一度で。


 言葉を受け取ります。


「ありがとう」


 それから。


 少しだけ苦い笑みを浮かべました。


「でも、中止は嫌だ」


「当然です」


「本当に嫌だ」


「はい」


「だから」


 殿下は。


 配置図へ視線を移しました。


「直せるところは、全部直したい」


 その言葉には。


 意地ではなく。


 責任がありました。


     ◇


 今日の会場確認へ来るのは。


 ベルナー先生。


 会場担当のローディン先生。


 学園用務主任。


 医務室から一名。


 春祭り全体運営を担当する教師。


 そして。


 受付や備品管理を担う学園職員。


 生徒とは。


 見るところが違います。


 文章が分かりやすいか。


 入りやすいか。


 書きやすいか。


 それだけではありません。


 転倒。


 火傷。


 混雑。


 食品。


 急病。


 紛失。


 個人情報。


 王太子殿下の警護。


 時間超過。


 清掃。


 撤収。


 事故が起きた場合。


 誰が。


 何を。


 どの順で行うのか。


 春祭りは。


 楽しいだけでは成り立ちません。


 たくさんの誰かが。


 見えないところで安全を守ってくれています。


 レオン様が。


 いつものように時間通りに入ってきました。


 今日は。


 普段より少し厚い記録帳。


「指摘事項は、その場ですべて記録します」


「反論も?」


 殿下が尋ねます。


「必要な確認だけ行います」


「はい」


「理由説明は?」


「求められた時のみ」


「はい」


「指摘を受けた直後に、企画意図を長く話さない」


 殿下の眉が。


 少しだけ動きました。


 説明したいのでしょう。


「意図が分からなければ、正しく判断できないのでは?」


「意図は資料へ書いてあります」


「はい」


「それでも不足があれば、向こうから尋ねます」


 殿下は。


 少し考えました。


「僕が、分かってもらおうとしすぎる可能性がある」


「非常に高いです」


 即答です。


 私は。


 少し笑ってしまいました。


 殿下も。


 気まずそうに笑います。


「努力する」


「はい」


 そこへ。


 エレナ様が入ってきました。


 今日は。


 菓子箱の他に。


 茶席用の火傷対応表。


 材料表示。


 茶器の配置図。


 給湯場所から会場までの運搬手順。


 かなり実務的です。


「エレナ様」


 私は思わず言いました。


「完璧ですね」


「まだですわ」


「まだ?」


「実際に職員の方へ見ていただくまでは」


 エレナ様も。


 今日の意味を理解しています。


「菓子箱は?」


 殿下が尋ねました。


「確認終了後用です」


「指摘が多くても?」


「その時こそ必要ですわ」


 強いです。


 でも。


 今日は本当に。


 最後に甘いものが必要になるかもしれません。


 ナリア様が入ってきたのは。


 全員が資料を確認し終えた頃でした。


「ごきげんよう」


 今日は。


 体験補助の手順書と。


 昨日修正した案内札。


 それから。


 小さな布袋を持っています。


「ナリア、ごきげんよう。今日も来てくれてありがとう」


「ごきげんよう、殿下。本日もよろしくお願いいたします」


 殿下は。


 昨日までと同じ距離。


 遠すぎず。


 近すぎず。


 自然に挨拶します。


 ナリア様も。


 足元を一度だけ見ました。


 でも。


 顔を上げるのは。


 昨日より少し早い。


 殿下は何も言いません。


 待ちます。


「今日は」


 ナリア様が言いました。


「厳しい確認になりそうですね」


「ああ」


「緊張されていますか?」


「している」


「私もです」


 殿下が。


 少しだけ安心したようにナリア様を見ました。


「ナリアも?」


「はい」


「僕だけではない」


「もちろんです」


 ナリア様は。


 少し笑いました。


「皆で作った企画ですもの」


 殿下の表情が。


 ゆっくり柔らかくなります。


 僕の企画。


 王太子の企画。


 ではなく。


 皆で作った。


「指摘があったら」


 殿下が言いました。


「一緒に直してくれる?」


 重くありません。


 研究会の確認です。


 ナリア様も。


 すぐ頷きました。


「はい」


「ただし」


 少しだけ。


 殿下へ釘を刺します。


「私の案が否定されても、先に庇わないでください」


 心得紙を読んだのでしょうか。


 見えたのでしょう。


 殿下の顔が。


 少し気まずそうになりました。


「分かっている」


「本当に?」


 一回。


「本当に」


 殿下は答えました。


 ナリア様も頷きます。


「では、私も殿下の案が否定されても、すぐ庇いません」


 殿下が。


 少し驚きます。


「ナリアも?」


「はい」


「でも」


「同じです」


 研究会。


 対等に。


 互いの案を。


 守るのではなく。


 必要なら直す。


「分かった」


 殿下は。


 少しだけ笑いました。


「一緒に聞こう」


「はい」


 今日の二人は。


 隣で説明するのではなく。


 隣で指摘を受ける側です。


     ◇


 小講義室へ入ると。


 昨日の修正が。


 すでに反映されていました。


 入口説明。


 二文。


 比較展示の説明札。


 大きく。


 体験紙の補助札。


 出口札。


 高く。


 茶席は奥。


 直接見えません。


 薄いカーテン。


 固定された展示板。


 椅子。


 立ち書き台。


 小封筒。


 茶器。


 本番に近い形です。


 私たちには。


 昨日よりずっと良く見えました。


 ですが。


 今日は。


 それを見せる日ではありません。


 見てもらう日です。


 教師と職員の方々が。


 時間通りに集まりました。


 挨拶。


 企画概要。


 確認の目的。


 レオン様が短く説明します。


「本日は、安全面、運営面、緊急時対応を中心に確認をお願いいたします。指摘事項はその場で記録し、修正案を後日提出します」


 ベルナー先生が頷きました。


「生徒側から、先に説明したいことはありますか」


 殿下が。


 少し動きました。


 たくさんあります。


 でも。


 レオン様を見ます。


 役割。


 レオン様が答えました。


「配置の意図は、各資料へ記載しています。不足があれば、その都度お尋ねください」


「分かりました」


 開始です。


     ◇


 最初。


 入口。


 春祭り運営担当の教師が。


 廊下から室内を見ました。


 入口説明。


 受付。


 出口札。


「途中退出可能は分かります」


「はい」


「ただ」


 教師は。


 扉の開く方向を確認しました。


「混雑時、受付待ちが廊下へ伸びます」


 レオン様が記録します。


「整理札を使用します」


「何名で入場制限を?」


 一瞬。


 空気が止まりました。


 決めていません。


 会場定員は考えています。


 でも。


 何名入ったら、次を止めるか。


 具体的な数字がありません。


「十二名を想定しています」


 殿下が答えそうになりました。


 しかし。


 それは。


 室内に入れる最大人数。


 安全な運営人数とは違うかもしれません。


 殿下は止まりました。


 レオン様が言います。


「現時点では、十二名を上限としていました」


「受付担当を含めて?」


「含めていません」


「茶席参加者は?」


「別計算です」


「警護は?」


「別です」


 教師の表情が。


 少し厳しくなります。


「では、実際には十二名ではありませんね」


「はい」


 レオン様が答えました。


「再計算します」


 最初の指摘。


 重いです。


 定員。


 私たちは。


 来場者だけを数えていました。


 研究会員。


 警護。


 職員。


 茶席参加者。


 全員を入れなければなりません。


 殿下の表情が。


 少し固くなります。


 でも。


 何も言いません。


 記録されるのを見ます。


「入口待機列は」


 運営担当教師が続けます。


「壁側へ寄せますか」


「はい」


「隣の教室は春祭り当日、何を使用しますか」


 会場担当教師が答えます。


「詩文学会の朗読待機室です」


「列が重なる可能性があります」


 また。


 新しい問題です。


 私たちは。


 自分たちの会場だけを見ていました。


 隣室。


 廊下全体。


 考えていませんでした。


「待機列を作らない形が必要ですね」


 私が言いました。


 運営担当教師が頷きます。


「整理札を配るなら、掲示板か中庭で待ってもらう」


「受付前へ並ばせない」


「はい」


 修正。


 受付待ち。


 廊下へ列を作らない。


 整理札。


 再入場時間。


 具体的な運用が必要です。


     ◇


 次。


 展示板。


 用務主任が。


 固定具。


 脚。


 床。


 板の揺れを確認します。


 一度。


 軽く押す。


 揺れません。


 もう少し。


 斜めから。


 少し動きます。


「固定具は問題ありません」


 全員が。


 少し安心しました。


「ただし」


 来ました。


「下部の金具へ、衣服が引っかかる可能性があります」


 茶色へ塗装した金具。


 見た目は目立ちません。


 でも。


 見えにくいからこそ。


 裾。


 靴。


 引っかかるかもしれません。


「覆う布は危険だと判断しました」


 エレナ様が説明します。


「その判断は正しいです」


 用務主任が答えます。


「布より、硬い保護板をつけます」


「保護板?」


「脚の外側へ、斜めの木板を当てる」


 その場で。


 簡単な形を示します。


 金具へ直接触れない。


 足も引っかかりにくい。


「当日までに可能でしょうか」


 殿下が尋ねました。


「二日あれば」


「お願いします」


 殿下は。


 深く礼をしました。


 王太子として命じるのではなく。


 研究会員として。


「承知しました」


 用務主任も。


 少しだけ表情を柔らかくしました。


「ですが、追加作業です」


「はい」


「前日確認を必ず」


「はい」


 また。


 確認項目が増えます。


 でも。


 安全です。


     ◇


 体験席。


 医務室の職員が。


 椅子へ座ります。


 机。


 通路。


 退出。


 立ち書き台。


「この椅子」


 座ったまま。


 少し後ろへ引きました。


 通路が。


 狭くなります。


 後ろを歩くレオン様が。


 一度止まりました。


「椅子を引くと、通路幅が不足します」


 医務室職員が言いました。


 昨日。


 座る時の位置は確認しました。


 でも。


 人は。


 椅子を引きます。


 立ち上がります。


 そこまで。


 実際に人が座った状態で測れていませんでした。


「机を前へ寄せる?」


 私が言いました。


 でも。


 窓のカーテンへ近づきます。


「体験席を一つ減らす」


 レオン様が言いました。


 全員が。


 体験席を見ます。


 二席。


 すでに。


 三席から減らしました。


 さらに一席へ。


「待ち時間が」


 殿下が言いかけました。


 でも。


 反論ではなく。


 運用確認へ変えます。


「長くなります」


「立ち書き台があります」


 医務室職員が答えます。


「長く座って考えたい方は一人ずつ」


「一人」


 ナリア様が。


 小さく繰り返しました。


 体験席で。


 一人。


 静かに書く。


 それは。


 企画として悪くありません。


 むしろ。


 人目を気にせず使えます。


「待つ方は」


 運営担当教師が言いました。


「展示を見ながら」


「はい」


「席が空くまで、体験紙を持って歩かせますか」


 紙を持つ。


 展示を見る。


 人とぶつかる。


 折れる。


 内容を見られる。


 新しい問題です。


「受付で紙を渡さない」


 ナリア様が言いました。


「体験席と立ち書き台でのみ取れるようにします」


「では、待つ人は?」


「展示を見て待つ」


「体験席へ座った時に、一枚取る」


「はい」


 個人的な内容を書いた紙を。


 会場内で長く持ち歩かなくてよい。


 むしろ。


 よい修正です。


「着席一席」


 レオン様が記録しました。


「立ち書き台一か所」


 殿下の表情は。


 少し残念そうです。


 でも。


 口を挟みません。


 ナリア様も。


 体験席を一つ減らすことに。


 少し寂しそうです。


 二人で考えた。


 座って書ける場所。


 でも。


 守りません。


 必要なら。


 減らします。


     ◇


 次。


 立ち書き台。


 学園職員の一人が。


 実際に紙を置きました。


 筆記具。


 小封筒。


 書き出し補助札。


 使ってみます。


「左利きです」


 一言。


 私たちは。


 全員。


 止まりました。


 台の左側には。


 小封筒入れ。


 筆記具。


 補助札。


 右手で書く人には。


 問題ありません。


 左手で書くと。


 腕が小封筒入れへ当たります。


 紙がずれます。


「……考えていませんでした」


 私は正直に言いました。


「右利きの者だけで確認しました」


 職員は。


 責める顔ではありません。


「よくあることです」


「はい」


「小封筒入れを中央奥へ」


「筆記具は左右へ」


「補助札は壁へ」


 すぐ修正できます。


 でも。


 初めて気づきました。


 見る人が変われば。


 同じ台でも。


 全く違う不便があります。


 殿下が。


 立ち書き台を見ながら言いました。


「昨日」


「はい」


 ナリア様が答えます。


「四人に見てもらった」


「はい」


「でも、左利きの者はいなかった」


「はい」


「だから」


 殿下は。


 静かに続けます。


「四人で十分ではなかった」


「はい」


 ナリア様も頷きました。


「誰か一人に届いたから、全員へ届くとは限りません」


 殿下は。


 少しだけ苦い表情を浮かべました。


「僕の言葉も」


 小さな声。


 ナリア様だけへ聞こえるくらい。


「一人が平気でも、別の人には違う」


 ナリア様は。


 すぐに過去の話へはつなげませんでした。


「はい」


 ただ。


 受け取ります。


     ◇


 茶席。


 今日。


 最も厳しい確認が入った場所です。


 エレナ様が。


 茶器。


 小皿。


 材料表示。


 菓子。


 紅茶。


 すべてを配置しました。


 火は使いません。


 給湯室で淹れ。


 蓋付きの保温器で運ぶ予定です。


 医務室職員が。


 材料表示札を読みます。


『蜂蜜』

『小麦』

『卵』

『乳』


「蜂蜜」


 その一言で。


 エレナ様の姿勢が。


 少し固くなりました。


「はい」


「年少者は?」


「学園生徒が対象です」


「外部来場者は?」


 全員が。


 止まりました。


 春祭り。


 学園内だけではありません。


 家族。


 関係者。


 下級学校の見学者。


 外部の来賓。


 この会場へ。


 誰が入るか。


 制限を明記していませんでした。


「外部の年少者が来る可能性があります」


 運営担当教師が言いました。


「蜂蜜の提供は、年齢確認が必要になる場合があります」


 エレナ様の顔が。


 明らかに曇ります。


 蜂蜜菓子。


 この茶席の象徴。


 でも。


 安全が最優先です。


「茶席を学園生徒のみへ限定する?」


 私が言いました。


「予約者は生徒です」


 レオン様が答えます。


「抽選も学園内」


「では」


 殿下が言いました。


「茶席は予約者のみ。外部来場者には提供しない」


「それでよいです」


 医務室職員が頷きます。


「ただし、見学者が茶席の菓子を希望する可能性があります」


「提供しません」


 エレナ様が。


 はっきり答えました。


 少しだけ。


 声が震えています。


 でも。


 迷いません。


「予約者以外には、茶菓をお渡しいたしません」


「菓子だけ分けてほしいと言われても?」


「お断りします」


 蜂蜜菓子を。


 誰にでも味わってほしい。


 そう思っているエレナ様が。


 安全のため。


 断る。


 強い決断です。


「案内札へ」


 レオン様が記録します。


『茶席および茶菓は予約者のみ』


「材料表示は、申込時にも確認しています」


 エレナ様が説明します。


「当選通知にも」


「当日、本人へ再確認を」


「はい」


 さらに。


 紅茶。


 保温器。


 温度。


 運ぶ経路。


 給湯室から小講義室まで。


 廊下を曲がり。


 階段はありません。


 でも。


 人が多い。


「運搬は」


 学園職員が言いました。


「生徒一人では不可」


「私が」


 エレナ様が言いました。


「生徒二人でも不可です」


 職員は。


 はっきり答えます。


「熱い液体を、大勢の中で運びます」


 エレナ様の口が。


 少し開きました。


 自分で運ぶつもりだったのでしょう。


「学園職員一名が同行します」


「では」


 エレナ様は。


 少し悔しそうに。


 でも。


 すぐ受け取ります。


「お願いいたします」


「運搬時間を、運営表へ」


「はい」


 茶席開始の十分前。


 給湯。


 運搬。


 配置。


 温度確認。


 終了後。


 残った茶。


 回収。


 洗浄。


 片付け。


 想像以上に。


 手順が増えました。


「一日三回」


 殿下が言いました。


「職員の負担が大きい?」


 学園職員は。


 運営表を見ました。


「可能です」


 全員が。


 少し安心しました。


「ただし」


 またです。


「時間厳守です。遅れると、次の運搬や他会場の対応に影響します」


 殿下が頷きました。


「茶席を延長しない」


「はい」


「話が途中でも?」


 ナリア様が尋ねました。


 重要です。


 相談が。


 半刻で終わらない場合。


「終了前に、時間を伝える必要があります」


 ベルナー先生が答えます。


「深い相談になった場合は、研究会で続けない」


「専門の相談先へ」


「はい」


 以前から。


 決めてきたこと。


 ここでも。


 確認されます。


「では」


 ナリア様は。


 手順書へ書き足しました。


『終了五分前に、時間を案内する』


『続きが必要な場合は、教師へ相談する』


「茶席の空気を壊しませんか」


 殿下が尋ねました。


「壊す可能性はあります」


 ベルナー先生は答えました。


「ですが、終わらないまま次の人を待たせる方が問題です」


「はい」


「また、研究会員が抱え込むことも避けなければなりません」


「はい」


 優しく聞くこと。


 時間を守ること。


 両立しなければなりません。


     ◇


 出口。


 余韻展示。


 持ち帰り。


 学園職員が。


 封筒の扱いを確認します。


「名前は書きますか」


「任意です」


 ナリア様が答えます。


「内容は?」


「本人以外は見ません」


「落とした場合は?」


 また。


 全員が止まりました。


 個人的な言葉。


 名前がある。


 落とす。


 誰かが拾う。


 内容を見るかもしれない。


「会場で、封をする?」


 私が言いました。


「封蝋は危険です」


 エレナ様が答えます。


「糊?」


「乾くまで時間がかかる」


「差し込み式の封筒」


 レオン様が言いました。


 現在の小封筒は。


 折り込むだけ。


 完全には閉じません。


「紙帯をつける?」


 殿下が提案します。


「個人で巻く?」


「時間がかかります」


 学園職員が。


 実際の封筒を手に取りました。


「留め札を一枚」


 小さな厚紙。


 封筒の差し込み口へ。


 内容が滑り出ない。


 封は完全ではない。


 自分で開けられる。


「これなら」


 ナリア様が言いました。


「書いた内容を、本人が閉じる動作にもなります」


「持ち帰る前に」


 殿下が続けます。


「自分でしまう」


「はい」


 また。


 実務から。


 企画の意味へつながります。


「ただし」


 学園職員が言いました。


「紛失時の扱いを決めてください」


「受付へ届ける」


「内容を見ずに?」


「はい」


「名前があれば、教師を通して返却」


「名前がなければ?」


 難しいです。


「保管期間を決め」


 レオン様が言いました。


「春祭り終了後に、本人確認できない場合は処分」


「処分方法は?」


「教師立ち会いで、内容を読まずに焼却」


 空気が。


 少しだけ重くなりました。


 誰かの言葉。


 焼却。


 でも。


 放置はできません。


 個人情報。


 秘密。


 守るために。


 処分も必要です。


「告知へは書かない?」


 殿下が尋ねます。


「会場内の注意事項へ」


 ベルナー先生が答えます。


『紛失物は一定期間保管後、内容を見ずに処分します』


「内容を見ない」


 殿下が。


 確認するように言いました。


「はい」


 ナリア様が答えます。


「拾っても」


「はい」


「読まない」


「はい」


 当然。


 でも。


 言葉にする必要があります。


     ◇


 次。


 殿下参加時。


 警護。


 これは。


 今日の確認で。


 最も大きく配置が変わる原因になりました。


 警護担当者が。


 実際の経路を歩きます。


 準備室。


 廊下。


 扉。


 資料前。


 殿下。


 案内役。


 後方警護。


 入口付近。


 出口。


「資料説明中」


 警護担当が言いました。


「殿下の後方を空けてください」


 現在の配置では。


 後方に比較展示。


 生徒が立ち止まる場所です。


「説明時だけ、展示前を止める?」


 殿下が言いました。


「来場者を移動させることになります」


「では」


 配置図。


 全員で見ます。


 王家資料の位置を。


 少し奥へ。


 比較展示と入れ替える。


 でも。


 茶席に近づきます。


「茶席中は、声が聞こえる」


 ナリア様が言いました。


「殿下の説明が」


「相談内容は聞こえないようにしたい」


 エレナ様も答えます。


「では、殿下参加時間は茶席を入れない」


 レオン様が言いました。


 全員が。


 一瞬止まりました。


「時間をずらす?」


「はい」


「茶席三回のうち」


「殿下参加時間と重ならないようにする」


 今まで。


 役割表上は。


 一部重なっていました。


 だから。


 ナリア様が第二参加時間は茶席へ。


 殿下の同行役になれませんでした。


 でも。


 警護上。


 重ねない方がよい。


「茶席の時間を変更します」


 レオン様が言いました。


「抽選後ですが」


 ベルナー先生が眉を寄せます。


「当選者へ確認が必要です」


「時間変更は」


 ナリア様が言いました。


「参加できない方が出るかもしれません」


 その通りです。


 すでに。


 日時を通知しています。


「変更幅は?」


 レオン様が予定表を見ます。


 第一茶席。


 少し早める。


 第二。


 そのまま。


 第三。


 少し遅らせる。


 殿下参加時間を。


 間へ置く。


「第一回を十五分前」


「第三回を十五分後」


「参加者へ、都合を確認」


「難しければ?」


「別の回へ調整」


「全員が難しければ?」


 沈黙。


「殿下の参加時間を変える」


 殿下が言いました。


 警護担当者が。


 少し驚きました。


「王族日程との調整が必要です」


「分かっている」


「変更できるとは限りません」


「それでも」


 殿下は。


 茶席予定表を見ました。


「先に決まっていたのは、茶席参加者の時間だ」


 全員が。


 殿下を見ました。


「僕の参加は非公開」


「はい」


「来場者へ約束した時間ではない」


「はい」


「なら」


 殿下は続けます。


「可能なら、僕の方を動かす」


 ナリア様の目元が。


 少し柔らかくなりました。


 王太子殿下。


 自分の時間を中心にしません。


「王宮へ確認します」


 警護担当が答えました。


「はい」


 まず。


 王族予定を確認。


 無理なら。


 茶席参加者へ相談。


 勝手に変えません。


「同行役の役割分担も」


 レオン様が言いました。


「再調整です」


 殿下と。


 ナリア様。


 二人とも。


 少しだけ反応しました。


 第一参加時間。


 ナリア様が同行役。


 第二。


 私。


 でも。


 時間が変われば。


 担当も変わる可能性があります。


 殿下は。


 ほんの少しだけ残念そうです。


 しかし。


 何も言いません。


 ナリア様も。


 自分から。


「全体が安全に動く形を優先してください」


 言いました。


 殿下の表情が。


 少し痛みます。


 でも。


 受け取ります。


「はい」


 恋の褒美にしない。


 以前の心得。


 今。


 実際に試されています。


     ◇


 確認は。


 さらに続きました。


 火災時。


 地震時。


 体調不良。


 来場者が泣き出した場合。


 混乱。


 落とし物。


 茶器破損。


 紙不足。


 職員不在。


 警護経路の遮断。


 考えれば。


 いくらでも起こり得ます。


 すべてを防ぐことはできません。


 でも。


 最初の対応だけは。


 決めておく。


「体調不良者が出た場合」


 医務室職員が言います。


「研究会員が一人で医務室へ連れて行かない」


「近くの職員へ連絡」


「はい」


「他の来場者の対応は?」


「受付担当が会場を一時停止」


「はい」


「泣いている方は?」


 殿下が尋ねました。


「医療対応とは限りません」


 ベルナー先生が答えます。


「まず、本人へ確認」


「一人になりたいか」


「はい」


「教師へつなぐか」


「はい」


「研究会員へ話したいか」


「内容によります」


「はい」


 また。


 答えを決めつけない。


 今日までの学び。


 すべてが。


 運営へつながっています。


     ◇


 確認開始から。


 一刻以上。


 ようやく。


 最後の項目。


 撤収。


 春祭り終了後。


 体験紙の残り。


 封筒。


 材料表示。


 茶器。


 王家資料。


 展示板。


 机。


 椅子。


 保管。


 返却。


 廃棄。


 時間内に。


 すべて戻す。


「当日の終了後」


 学園職員が言いました。


「研究会員五名だけでは足りません」


「なぜ?」


 殿下が尋ねます。


「展示板三枚。机。茶器。王家資料の返却」


「はい」


「さらに、個人情報を含む紙の確認」


「はい」


「来場者が残っている可能性も」


「はい」


「最低でも職員二名が必要です」


 レオン様が。


 運営表へ記録します。


「撤収職員を申請」


「王家資料は」


 警護担当が言いました。


「説明終了後、春祭り終了を待たずに資料室へ戻します」


 殿下が少し驚きました。


「最後まで展示しない?」


「写しとはいえ、王家管理資料です」


「はい」


「殿下の説明時間終了後、担当教師が回収」


「では」


 ナリア様が言いました。


「その後は、複製写真か説明文だけを展示?」


「はい」


 会場の見え方が。


 途中で変わります。


「来場者が」


 私は言いました。


「王家資料があると思って来たのに、ないと感じるかもしれません」


「案内へ」


 殿下が答えます。


「『王家資料は一部時間帯のみ』と書く」


「殿下の時間は公表しない」


「はい」


「資料展示時間だけは?」


 警護担当が。


 少し考えました。


「殿下参加と結びつかない形なら、可能か確認します」


 また。


 王宮へ確認。


 春祭り当日。


 会場は。


 一日同じではありません。


 時間によって。


 内容も。


 人も。


 変わる。


 案内が必要です。


     ◇


 すべての確認が終わった時。


 私たちの記録紙は。


 ほとんど埋まっていました。


 定員再計算。


 待機列廃止。


 整理札運用。


 固定具保護板。


 着席体験席を一席へ。


 左利き対応。


 茶席対象者の明記。


 紅茶運搬職員。


 茶席終了五分前案内。


 封筒留め札。


 紛失時対応。


 殿下参加時間と茶席の調整。


 同行役再検討。


 緊急時対応。


 撤収職員。


 王家資料の展示時間案内。


 多い。


 非常に多い。


 昨日。


 あれほど直したのに。


 今日。


 さらに。


 全員。


 少し疲れた顔です。


 殿下も。


 配置図を見つめています。


 最初の心得。


『ここまで頑張った、を理由にしない』


 今。


 まさに。


 そう思いたいでしょう。


 こんなに。


 考えたのに。


 まだ。


 足りない。


 ベルナー先生が。


 最後に尋ねました。


「今日の指摘を受けて」


 私たちを見ます。


「この企画を続けたいですか」


 一瞬。


 空気が。


 完全に静かになりました。


 続けたい。


 もちろん。


 でも。


 今日見つかった問題は。


 軽くありません。


 殿下が。


 最初に答えそうになりました。


 しかし。


 王太子だから。


 代表だから。


 先に決めません。


 私たちを見ます。


 レオン様。


 エレナ様。


 ナリア様。


 私。


 皆で。


 小さく頷きました。


 レオン様が。


 研究会を代表して答えます。


「はい」


「理由は?」


 ベルナー先生が尋ねます。


 殿下が。


 今度は。


 静かに言いました。


「今日の指摘で」


「はい」


「企画をやめる理由ではなく」


 少しだけ。


 記録紙へ視線を落とします。


「続けるために直す場所が分かったからです」


 ベルナー先生は。


 殿下を見ました。


「全部、直せますか」


 殿下は。


 すぐに。


 はい。


 と言いませんでした。


 以前なら。


 言ったかもしれません。


 必ず。


 僕が。


 何とかする。


 でも。


 今は。


 記録紙を見て。


 人手。


 時間。


 王宮確認。


 職員調整。


 自分たちだけでは。


 できないことがあります。


「分かりません」


 正直に言いました。


「でも」


「はい」


「一つずつ、できるか確認します」


「できないものは?」


「形を変えます」


「それでも安全にできなければ?」


 殿下は。


 少し苦しそうに。


 でも。


 はっきり答えました。


「中止も考えます」


 室内が。


 静かになりました。


 ベルナー先生は。


 長く殿下を見ました。


 それから。


 小さく頷きます。


「では、修正案を提出してください」


「はい」


 許可。


 ではありません。


 否定でもない。


 次へ。


 進むための課題です。


「三日以内」


 レオン様が。


 すぐに答えました。


「提出します」


「待っています」


 教師と職員の方々が。


 一人ずつ。


 退出します。


 用務主任は。


 固定具の保護板を明日作ると。


 学園職員は。


 紅茶運搬の時間を確認すると。


 警護担当は。


 王宮予定を調整すると。


 全員。


 厳しい指摘をしました。


 でも。


 企画を壊すためではありません。


 続けるために。


 それぞれ。


 仕事を持ち帰ってくれました。


     ◇


 扉が閉じると。


 小講義室には。


 研究会員だけが残りました。


 誰も。


 すぐには話しません。


 静かです。


 窓から入る風。


 薄いカーテン。


 紙の端。


 少し冷めた紅茶。


 まだ食べていない蜂蜜菓子。


 殿下は。


 配置図の前へ立っていました。


 長い。


 かなり長い沈黙。


「殿下」


 ナリア様が呼びました。


「はい」


「今」


「はい」


「何を考えておられますか」


 殿下は。


 すぐ答えませんでした。


「悔しい」


 やがて。


 言いました。


 とても正直です。


「はい」


 ナリア様が受け取ります。


「昨日」


「はい」


「かなりよくなったと思った」


「はい」


「見学者の意見も入れた」


「はい」


「なのに」


 殿下の声が。


 少しだけ低くなりました。


「まだ、こんなにある」


「はい」


「僕たちは」


 言葉が。


 少し苦しくなります。


「何を見ていたのだろうと思う」


 ナリア様は。


 すぐ励ましません。


 少し考えます。


「昨日は」


 ゆっくり言いました。


「生徒が迷う場所を見ていました」


「はい」


「今日は」


「はい」


「安全に運営する人の目で見ていただきました」


「はい」


「見ていたものが、違います」


 殿下が。


 ナリア様を見ました。


「僕たちが、見落とした?」


「はい」


 否定しません。


「たくさん」


「はい」


「でも」


 ナリア様は続けます。


「見落としたから、昨日までの確認が無意味だったわけではありません」


 殿下は黙って聞きます。


「昨日の四人がいなければ」


「はい」


「入口で出られないと思う方へ、気づけませんでした」


「はい」


「今日の職員の方がいなければ」


「左利き」


「はい」


「熱い紅茶」


「はい」


「固定具」


「はい」


「全部」


「はい」


 ナリア様は。


 配置図を見ました。


「一人の目で、全部を見ることはできません」


 殿下は。


 長く黙りました。


「だから」


「はい」


「見てもらう」


「はい」


「厳しくても」


「はい」


「聞く」


 殿下の肩から。


 少しだけ力が抜けました。


「守りたかった」


「企画を?」


「はい」


「ナリアの案も」


 ナリア様の表情が。


 少し変わります。


「体験席」


「はい」


「一席減った」


「はい」


「ナリアが考えた、座ってゆっくり書く場所」


 殿下は。


 少し苦しそうです。


「二席あった方が、たくさんの者が使える」


「はい」


「だから」


 少しだけ。


 視線を落とします。


「一瞬、反対したかった」


 心得。


『ナリアの案が否定されても、すぐ庇わない』


 守れました。


 でも。


 気持ちはありました。


 ナリア様は。


 体験席を見ました。


 今。


 二脚。


 このうち。


 一脚。


 なくなります。


「私も」


 静かに言いました。


「残念です」


 殿下が顔を上げます。


「はい」


「でも」


 ナリア様は。


 一脚の椅子へ手を置きました。


「一人だけなら」


「はい」


「後ろを誰かが通ることを気にせず、ゆっくり書けるかもしれません」


 殿下が。


 少しだけ目を見開きました。


「一席減った」


「はい」


「でも、一人の安心は増える」


「はい」


 失ったものだけではありません。


 変えたことで。


 生まれるものもあります。


「では」


 殿下が言いました。


「一席を」


 少し考えます。


「ただ減らすのではなく」


「はい」


「一人で落ち着いて書ける席として、明確にする」


 ナリア様の目元が。


 少し明るくなりました。


「よいと思います」


「小さな札を」


「はい」


『ここは、一人でゆっくり考えるための席です』


 座る人。


 一人。


 待つ人。


 急かさない。


「待ち時間は?」


 私が尋ねました。


「整理札」


 レオン様が答えます。


「着席体験席だけ、利用札を一枚」


「空いていれば使う」


「はい」


「使用中なら」


「立ち書き台か、展示を見て待つ」


 新しい形が。


 すぐに生まれました。


 指摘。


 減少。


 でも。


 そこから。


 企画の意味を深くできます。


     ◇


 エレナ様は。


 茶席の運営表を見つめていました。


 いつもなら。


 すぐ菓子箱を開けます。


 今日は。


 まだです。


「エレナ様」


 私が声をかけると。


「はい」


「大丈夫ですか?」


 エレナ様は。


 少しだけ笑いました。


「大丈夫ではありませんわ」


 正直です。


「紅茶を」


「はい」


「自分で運びたかったです」


「はい」


「茶席の始まりから、私が整えたかった」


 声に。


 悔しさがあります。


「でも」


 エレナ様は続けました。


「熱いものを、大勢の中で運ぶ」


「はい」


「もし、誰かへこぼしたら」


 手を。


 少し握ります。


「蜂蜜菓子を楽しんでいただく場所が、怖い場所になります」


「はい」


「ですから」


 職員運搬手順へ。


 自分の筆で書き込みました。


『運搬は学園職員同伴』


「受け入れます」


 エレナ様の声は。


 少し震えています。


 でも。


 強いです。


 殿下が。


 エレナ様を見ました。


「悔しい?」


「はい」


「僕も」


「はい」


 二人は。


 少しだけ笑いました。


 同じ。


 大切な役割を。


 誰かへ任せる。


 自分だけでやりたい。


 でも。


 安全のため。


 任せる。


「では」


 エレナ様が。


 ようやく菓子箱へ手を伸ばしました。


「確認終了用ですわ」


「今度こそ」


 殿下が言いました。


「今度こそです」


 箱の中。


 今日の蜂蜜菓子は。


 少し歪な四角。


 角が。


 一つだけ削られています。


「なぜ」


 ナリア様が尋ねました。


「最初は、完全な四角でした」


「はい」


「でも」


 エレナ様は。


 菓子を一つ持ち上げます。


「焼いている途中で、角が崩れましたの」


「失敗?」


 殿下が尋ねます。


 エレナ様は。


 すぐに否定しませんでした。


「最初は、そう思いましたわ」


「はい」


「でも、崩れた角を整えて」


 少し笑います。


「味見をしたら、食べやすくなりました」


 全員が。


 菓子を見ます。


 完全な四角。


 より。


 少し丸い角。


 確かに。


 口へ入れやすい。


「形が変わった」


 ナリア様が言いました。


「はい」


「でも、悪くなったとは限らない」


「はい」


 殿下も。


 一つ手に取りました。


「今日の企画と同じ」


「そのつもりではありませんでしたけれど」


 絶対に違います。


 ですが。


 今日は誰も追及しません。


 一口。


 外側。


 少し硬い。


 中。


 柔らかい蜂蜜。


 角がない分。


 口当たりも優しい。


「美味しい」


 殿下が言いました。


「ありがとうございます」


 エレナ様は。


 ようやく。


 少しだけいつもの笑顔へ戻りました。


     ◇


 学習室へ戻った後。


 修正作業が始まりました。


 誰も。


 今日は終わりにしようとは言いません。


 疲れています。


 でも。


 指摘が。


 まだ新しいうちに。


 整理します。


 レオン様が。


 項目を三つへ分けました。


『すぐ修正できるもの』


『外部確認が必要なもの』


『企画全体へ影響するもの』


 すぐ修正。


 左利き対応。


 補助札。


 封筒留め札。


 入口待機列なし。


 着席体験席一席。


 材料表示追加。


 外部確認。


 固定具保護板。


 職員運搬。


 撤収人員。


 王家資料展示時間。


 殿下参加時間。


 企画全体。


 会場定員。


 茶席時刻。


 同行役。


 王家資料と茶席の重複。


「定員」


 殿下が言いました。


「計算し直す」


 会場内。


 研究会員。


 基本五名。


 茶席担当二名。


 受付一名。


 展示一名。


 記録一名。


 茶席参加者二名。


 一般来場者。


 警護。


 教師。


 職員。


 殿下参加時。


 さらに人数が増える。


「通常時」


 レオン様が計算します。


「研究会員五。茶席参加者二。担当教師一。運搬職員がいる時間は一」


「九」


「はい」


「会場内の安全定員は?」


「用務主任へ再確認」


「一般来場者を」


 私が言いました。


「仮に五名まで」


「合計十四」


「狭い」


 ナリア様が言います。


「一般来場者四名」


「合計十三」


「茶席がない時間は?」


「参加者二名分が空く」


「では、六名まで?」


「時間帯で上限を変えると、受付が混乱します」


 運営。


 難しいです。


「一律四名」


 殿下が言いました。


 全員が。


 殿下を見ます。


 少ない。


 本当に。


 一般来場者四名。


 会場の外。


 待つ人が増えます。


「殿下」


 私は言いました。


「かなり少ないです」


「はい」


「展示を見られる人が」


「減る」


「はい」


 殿下は。


 配置図を見つめます。


「でも」


「はい」


「中で、落ち着いて見られないなら」


 少しだけ。


 苦しい声。


「数だけ増やしても意味がない」


 ナリア様の目元が。


 静かに柔らかくなりました。


「はい」


 茶席と同じです。


 多く入れること。


 成功ではない。


「整理札を」


 レオン様が言いました。


「時間指定型へ」


「時間指定?」


「十五分ごとに、四名」


「四名ずつ」


「はい」


「展示だけの人は、十五分も要らない」


「途中退出可能です」


「では、空きが出たら?」


「次の整理札の人を早めに案内できる」


「複雑です」


 私が言いました。


 受付担当。


 私一人。


 時間管理。


 整理札。


 質問。


 かなり多い。


「受付を二名」


 殿下が言いました。


「一人は説明」


「一人は整理札」


「はい」


「研究会員五名では足りません」


 レオン様が答えます。


 また。


 人手。


「協力者を募る?」


 エレナ様が言いました。


「個人情報を扱うため」


 レオン様は。


 少し考えます。


「受付補助は、内容へ触れません」


「整理札だけ」


「はい」


「春祭り運営委員へ、一名応援を申請」


「できるでしょうか」


「確認します」


 新しい外部確認。


 また。


 増えます。


 でも。


 一人で抱えません。


     ◇


 殿下参加時間。


 王宮からの返答は。


 まだです。


 同行役。


 決められません。


 殿下は。


 役割表を見ています。


 第一参加時間。


 ナリア様。


 第二。


 私。


 今。


 全部。


 変わる可能性があります。


「殿下」


 ナリア様が呼びました。


「はい」


「気になりますか?」


 殿下は。


 正直に頷きました。


「はい」


「私が同行役でなくなること?」


 とても直接的です。


 殿下の顔が。


 赤くなりました。


 でも。


 逃げません。


「はい」


 正直です。


「残念?」


「残念」


「はい」


 ナリア様は。


 すぐに励ましません。


 受け取ります。


「でも」


 殿下が続けました。


「警護と茶席が安全に動くなら」


「はい」


「変える」


「はい」


 ナリア様は。


 少しだけ笑いました。


「私も、残念です」


 殿下の目が。


 大きく見開かれました。


 強いです。


 とても。


 ナリア様が。


 自分から。


 同行役でなくなることを。


 残念だと。


 言いました。


 殿下の口が。


 何度か動きました。


 けれど。


 すぐには言葉になりません。


「……ありがとう」


 ようやく出てきたのは。


 その一言でした。


 ナリア様は。


 少しだけ首を傾げます。


「何に対してでしょう」


「残念だと言ってくれたこと」


 ナリア様の頬が。


 ほんの少し赤く染まりました。


「本当のことですから」


「僕だけではなかった」


「はい」


「でも」


 ナリア様は。


 役割表へ視線を戻します。


「役割は、気持ちで決めるものではありません」


「はい」


「安全に運営できる形を選びます」


 殿下は。


 静かに頷きました。


「分かった」


「だから」


 ナリア様は。


 柔らかく微笑みます。


「もし同行役が変わっても」


「はい」


「私は茶席を守ります」


「はい」


「殿下は展示を守ってください」


 殿下も。


 少し笑いました。


「同じ企画を守る」


「はい」


「場所が違うだけ」


「はい」


 二人は。


 同じ方向を見ています。


 隣に立つ場所は変わるかもしれません。


 けれど。


 目指しているものは。


 一つでした。


     ◇


 夕方。


 修正内容は一通り整理されました。


 紙の上には。


 赤い書き込みが増えています。


 昨日まで完成だと思っていた配置図は。


 今日だけで。


 何十か所も直されました。


 殿下は。


 その配置図を見ながら。


 ぽつりと言いました。


「最初は」


「はい」


「赤い書き込みが増えるたびに」


 一度。


 息を吐きます。


「失敗したと思っていた」


「はい」


「でも」


 記録紙を持ち上げます。


「今日は違う」


「どう違いますか?」


 私が尋ねました。


「完成へ近づいた跡だと思える」


 レオン様が。


 静かに頷きます。


「修正跡は」


「はい」


「失敗の数ではありません」


「改善の数です」


 殿下は。


 記録紙をもう一度見ました。


「なら」


「はい」


「今日は」


 少しだけ笑います。


「かなり進んだ」


「その通りです」


 私は答えました。


「厳しい言葉ばかりでした」


「はい」


「でも」


「企画を否定する言葉は、一つもありませんでした」


 殿下は。


 少し考えます。


 そして。


 今日一日を思い返すように。


「危険です」


「はい」


「ここは直してください」


「はい」


「確認が必要です」


「はい」


「全部」


 ゆっくり続けます。


「続けるための話だった」


「はい」


 ナリア様も頷きました。


「もし、本当にやめるべき企画なら」


「はい」


「もっと早い段階で止められていました」


「……そうですね」


 殿下は。


 少しだけ肩の力を抜きました。


「今日は」


「はい」


「止められたのではなく」


「育ててもらいました」


 その言葉へ。


 研究会員全員が。


 静かに頷きました。


     ◇


 帰る前。


 ベルナー先生が。


 もう一度だけ学習室へ顔を出しました。


「失礼します」


「先生」


 私たちは立ち上がります。


 先生は。


 修正中の資料を見渡しました。


「もう始めていますね」


「はい」


 レオン様が答えます。


「本日中に整理だけ終えます」


「よろしい」


 先生は。


 殿下を見ました。


「殿下」


「はい」


「今日は、かなり厳しいことを申し上げました」


「はい」


「気分は悪くありませんか」


 殿下は。


 一瞬だけ考えます。


「悔しかったです」


「はい」


「でも」


 先生をまっすぐ見ました。


「企画を否定されたとは思いませんでした」


 ベルナー先生は。


 穏やかに笑います。


「その受け取り方ができるなら、大丈夫でしょう」


「はい」


「企画を守りたい者ほど」


 一度。


 窓の外へ目を向けます。


「褒め言葉だけを集めたくなります」


「はい」


「ですが」


 先生は続けました。


「厳しい指摘を聞けなくなった企画は、成長が止まります」


 静かな教室へ。


 その言葉がゆっくり落ちました。


「耳に痛い言葉ほど」


「はい」


「最後には、来場者を守る言葉になります」


 殿下は。


 深く頭を下げました。


「ありがとうございました」


「修正案を楽しみにしています」


 そう言って。


 ベルナー先生は教室を後にしました。


     ◇


 日が傾き。


 開放学習室の窓から。


 長い夕日が差し込みます。


 赤く染まった紙。


 修正案。


 役割表。


 配置図。


 そのどれにも。


 今日という一日の跡が残っていました。


 春祭りまで、あと十日。


 昨日より。


 直す場所は増えました。


 考えることも増えました。


 決めなければならないことも増えました。


 けれど。


 不思議と。


 企画は遠ざかったようには感じません。


 むしろ。


 少しだけ。


 本番へ近づいた気がします。


 守りたい企画だからこそ。


 厳しい言葉を受け止める。


 好きだからこそ。


 欠点から目をそらさない。


 今日。


 王太子殿下は。


 褒められることよりも。


 直すべき場所を教えていただけることの大切さを知りました。


 それは。


 春祭りだけではありません。


 きっと。


 誰かとの関係も同じなのでしょう。


 優しい言葉は。


 心を温めてくれます。


 けれど。


 本当に大切に思ってくださる人は。


 時に。


 耳が痛いことも伝えてくださいます。


 その言葉から逃げないこと。


 受け止めて。


 より良い形へ変えていくこと。


 それもまた。


 誰かを大切にするということなのです。

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